三帖和讃のタグまとめ

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「三帖和讃」タグの記事(7)

  1. 仏が仏になる - 仏からの道

    仏が仏になる

      釈迦弥陀は慈悲の父母  種種に善巧方便し  われらが無上の信心を  発起せしめたまいけり  (高僧和讃) わたしがわたしの持物だと思っている肉体とわたしが"わたし"だと思っている心、それはちょうど、肉体という仏壇にわたしという"本尊"が安置されているようなものなのでしょう。肉体が滅んでも本尊である"わたし"は死なない。あるいは死後仏になると思っている。"わたし"が仏になるなんて思うから邪...

  2. 「観念成就のさとり」とは何か - 仏からの道

    「観念成就のさとり」とは何か

      十方無量の諸仏の  証誠護念のみことにて  自力の大菩提心の  かなわぬほどはしりぬべし  三恒河沙の諸仏の  出世のみもとにありしとき  大菩提心おこせども  自力かなわで流転せり  (正像末和讃)  煩悩具足の身をもって、すでにさとりをひらくということ。  この条、もってのほかのことにそうろう。  即身成仏は真言秘教の本意、三密行業の証果なり。  六根清浄はまた法華一乗の所説、四安楽...

  3. 事実に立つ - 仏からの道

    事実に立つ

      浄土真宗に帰すれども  真実の心はありがたし  虚仮不実のわが身にて  清浄の心もさらになし  (正像末和讃) 文意をわずかに窺えば、「尊いことに、浄土真実の教えに遇えばこそ、この身のどこにも真実の心などないと教えていただきました。世間を生きる身ゆえにそれらしくはしていますが、心の中の生活は浅ましくも惨めなものです。もとより仏になるための清浄心もありませんので、如来よりいただいた真心で往...

  4. 機の深信 - 仏からの道

    機の深信

      弥陀成仏のこのかたは  いまに十劫をへたまえり  法身の光輪きわもなく  世の盲冥をてらすなり  (浄土和讃)  我々は自分自身を知らぬ。  自分自身を知ることが出来ぬ。  外の方は一応知識を持つ。  月の世界まで旅行することが出来るまで人間の知識は進んだが、  自分自身を知る眼は全く閉じている。  これは、阿弥陀如来の御光に照らされて  自分自身というものを見るところの智慧を始めて与え...

  5. 現生十種の益(続) - 仏からの道

    現生十種の益(続)

      五濁悪世の衆生の  選択本願信ずれば  不可称不可説不可思議の  功徳は行者の身にみてり  南無阿弥陀仏をとけるには  衆善海水のごとくなり  かの清浄の善身にえたり  ひとしく衆生に回向せん  (高僧和讃)  金剛の真心を獲得すれば、  横に五趣八難の道を超え、  かならず現生に十種の益を獲。  (教行信証・信巻) 信心とは仏のお心をいただくことです。いただくとは仏のお心がわたしの内面...

  6. 浄土は心の世界である - 仏からの道

    浄土は心の世界である

      弥陀智願の広海に  凡夫善悪の心水も  帰入しぬればすなわちに  大悲心とぞ転ずなる  ※「転ずる」の左訓  悪の心、善となるを転ずるなりというなり。  (正像末和讃)  如来の回向南無阿弥陀仏によって自己を照らす眼を開かせて頂くのである。  そうすると、そこに浄土が心の前に開ける。浄土は心の世界である。  我等の心の無明を照らして下さるものである。  心が自由に眼を開いて来るなら、煩悩...

  7. 信心のご利益 - 仏からの道

    信心のご利益

      無碍光の利益より  威徳広大の信をえて  かならず煩悩のこおりとけ  すなわち菩提のみずとなる  (高僧和讃)  たとい我、仏を得んに、  十方無量不可思議の諸仏世界の衆生の類、  我が光明を蒙りてその身に触れん者、  身心柔軟にして、人天に超過せん。  もし爾らずんば、正覚を取らじ。  (三十三願・触光柔軟の願)  身体があるから煩悩がある。  煩悩具足であるが、その煩悩が起って来る傍...

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