墓所のタグまとめ

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「墓所」タグの記事(6)

  1. 太平記を歩く。 その105 「楠木正季・和田和泉守重次の墓(寶國寺)」 大阪府和泉市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その105 「楠木正季・和田和泉守重次...

    大阪府和泉市にある寶國寺にやってきました。ここに、延元元年/建武3年(1336年)5月25日の湊川の戦いで、兄・楠木正成と刺し違えて自決した弟・楠木正季の墓があります。 自決後、兄・正成の首級は京都六条河原で晒された後、足利尊氏の命で河内国の観心寺に届けられ、首塚として祀られたと伝えられますが(参照:その101)、正成に殉じた者たちがどうなったかは伝わっていません。普通に考えれば、兄と一緒に...

  2. 太平記を歩く。 その104 「楠木正成首塚(杜本神社)」 大阪府羽曳野市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その104 「楠木正成首塚(杜本神社)...

    大阪市羽曳野市にある杜本神社にも、楠木正成の首塚があると聞いて訪れました。 神社入り口には、「水分神社併楠公遺物陳列場」と刻まれた石柱があります。「水分神社」とは、「その21」の稿で紹介した千早赤阪村にある建水分神社のことだと思いますが、「楠公遺物陳列」というのは、正成の首ってことでしょうか? 鳥居をくぐって丘の上にある本殿を目指します。 こちらは拝殿です。 由緒書きには、たしかに「大楠公首...

  3. 太平記を歩く。 その94 「楠木正成墓所(湊川神社内)」 神戸市中央区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その94 「楠木正成墓所(湊川神社内)...

    前稿、前々稿で紹介した湊川神社の境内には楠木正成の墓所があります。 墓所の入口門です。墓所です。 この正成の墓は、正成の死から350年以上経った元禄5年(1692年)に、水戸黄門の呼び名で知られる徳川光圀によって建てられたものです。 墓碑に刻まれた「嗚呼忠臣楠子之墓」の文字は、光圀公の揮毫だそうです。裏面には明の遺臣・朱舜水の作った賛文が刻まれているそうです。この墓碑建立の実務を担当したのは...

  4. 太平記を歩く。 その57 「三人五輪」 鳥取県西伯郡大山町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その57 「三人五輪」 鳥取県西伯郡大山町

    前稿で紹介した名和一族郎党の墓とは別に、ここ大山町名和地区には名和氏ゆかりのものと伝わる五輪塔があります。 それが、これ。「三人五輪」と呼ばれる大型の五輪塔3基で、名和長年、その長男の名和義高、三男の名和高光の首塚といわれています。 後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)を護衛して上洛した名和長年は、北条幕府滅亡後に天皇が開始した「建武の新政」において天皇近侍の武士となり、記録所や武者所、...

  5. 太平記を歩く。 その56 「名和一族郎党の墓」 鳥取県西伯郡大山町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その56 「名和一族郎党の墓」 鳥取県...

    前稿で紹介した長綱寺の裏山に、名和一族郎党の墓と伝わる300基以上の五輪塔があります。墓所への参道は、境内に誘導板が設置されているので、すぐにわかります。 急な階段を登ります。 ここが、その場所です。 この五輪塔群は、名和長年が船上山で幕府軍と戦ったときに戦死した一族を祀ったものか、あるいは、そのとき館に残った一族の女性や子どもたちの墓とも伝えられています。 後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初...

  6. 太平記を歩く。 その45 「北畠具行の墓」 滋賀県米原市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その45 「北畠具行の墓」 滋賀県米原市

    清瀧寺徳源院から少し南の丸山という標高285mの山頂に、後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)の重臣・北畠具行の墓があります。 標高285mといっても、近くまで車でいけますので、徒歩での登山は5分ほど。墓所までの参道も整備されていて、迷うこともありません。 しばらく登ると「元弘忠臣北畠具行卿」と刻まれた石碑があります。この横の道を登ると、墓所です。 この日は、雨の降るなか傘をさしての参拝で...

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