夕張のタグまとめ

夕張」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには夕張に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「夕張」タグの記事(21)

  1. 道の駅 夕張メロード と 新夕張駅 - かばおのおでかけ

    道の駅 夕張メロード と 新夕張駅

    ついに夕張市に入りました。他市から夕張市に入ったとたん、きちんと道が整備されていました。隣の市との境を示す標識がなくても(←実際はきちんとした標識があります)、夕張市に入ったことが誰でも一目でわかります。これは市の財源で整備したのでしょうか?ここでは、まだ財政破綻の影はわかりませんでした。それでは中心部へと進んで行きましょう。やってきたのは、道の駅 夕張メロードです。北海道で111番目に開業...

  2. 80年代夕張121・南大夕張炭鉱事故の合同葬 - 萩原義弘のすかぶら写真日記

    80年代夕張121・南大夕張炭鉱事故の合同葬

    南大夕張炭鉱のガス爆発事故で犠牲となった62人の合同葬。参列した遺族たちの後方には残雪の夕張岳が見えた。1985年5月、夕張市の大夕張体育館前で写す

  3. 南大夕張炭鉱の事故から32年 - 萩原義弘のすかぶら写真日記

    南大夕張炭鉱の事故から32年

    三菱南大夕張炭鉱で、1985年5月17日に、62人の犠牲者を出すガス爆発事故が起きた。81年10月16日の北炭夕張新炭鉱の事故に続く夕張での大災害だった。夕張新炭鉱は翌年に閉山し、南大夕張炭鉱も90年の3月に閉山した。そして、明治から続く炭都・夕張の歴史に幕を下ろした。夕張の歴史は炭鉱災害の歴史と言っても過言ではないだろう。新緑が美しくなる春と見事な紅葉となる秋に事故を思い出す。写真は閉山間...

  4. 三菱南大夕張炭鉱・南部青葉町炭住街 - 萩原義弘のすかぶら写真日記

    三菱南大夕張炭鉱・南部青葉町炭住街

    夕張川の対岸に広がっていた南部青葉町の炭住街。早春の光で屋根が輝いていた。1990年写す

  5. 2017.01.06 ジムニー北海道の旅40夕張サワダ珈琲店 - ジムニーとカプチーノ(A4とスカルペル)で旅に出よう

    2017.01.06 ジムニー北海道の旅40夕張サワダ珈琲店

    夕張の最後にはいつも寄る夕張サワダ珈琲店さんへマスターが淹れる珈琲をテイクアウト出来ます自家焙煎で美味しいですよマスターの車はジムニーシェラ今は乗り換えたそうですがジムニーの2ショットとなりました新夕張駅何気に初めて寄ります道の駅夕張メロード石炭やダルマストーブかつて沢山あった学校の帽章が私が通った東小兄貴が通った鹿島中鹿島小も有りますよ滝の上発電所工事が終わった様ですね滝の上公園は凍りつい...

  6. 2017.01.06 ジムニー北海道の旅39夕張のバロンでモツラーメン - ジムニーとカプチーノ(A4とスカルペル)で旅に出よう

    2017.01.06 ジムニー北海道の旅39夕張のバロ...

    雪の中で遊んだ後は清陵町のバロンさんで塩モツチャーシュー麺臭みのあまり無いモツで美味しいですね焼肉もやっているので良いモツ使っているのでしょう近くの夕張新鉱は除雪してませんでした本間ストアーさん店内にはGLAYの写真が飾って有りますよファンの聖地です清水沢駅前の文化堂さんで三菱大夕張鉄道保存会さんのカレンダーをお買い上げ駅横の歩道橋から大夕張鉄道の跡を思いながらここから大夕張まで鉄道が有ったんです

  7. 夕暮れの炭住街 - 萩原義弘のすかぶら写真日記

    夕暮れの炭住街

    夕暮れの炭住街。夕張市南部青葉町で、1990年写す

  8. 南部菊水の炭鉱住宅 - 萩原義弘のすかぶら写真日記

    南部菊水の炭鉱住宅

    夕張市南部菊水の橋の近くにあった4階建ての炭鉱住宅。南部では多くの炭住が木造で、この炭住は今でも印象に残っている。1990年写す

  9. 2017.01.05 ジムニー北海道の旅36ユーパロの湯に泊る - ジムニーとカプチーノ(A4とスカルペル)で旅に出よう

    2017.01.05 ジムニー北海道の旅36ユーパロの...

    夕張で温泉と言えば夕鹿の湯がリニューアルしてユーパロの湯に懐かしい名前で営業再開してました簡易宿泊も可能温泉も源泉かけ流しで良いお湯です遅くまで食事も出来ますお塩ちゃんが逢いに来てくれましたこの時は宿泊する場合2日分の入館料600円×2と館内着200円計1400円でOKでした安いねーこの金額は暫定的ですので、事前に問い合わせた方が良いですねユーパロの湯のフェイスブックはこちらhttps://...

  10. 夕張・南部小学校の子供たち - 萩原義弘のすかぶら写真日記

    夕張・南部小学校の子供たち

    1990年3月に三菱南大夕張炭鉱が閉山。南部小学校も閉校した。今、この子供たちはどこにいるのだろうか。南部小学校前で、1990年3月写す

  11. 南大夕張炭鉱 - 萩原義弘のすかぶら写真日記

    南大夕張炭鉱

    1985年の三菱南大夕張炭鉱のガス爆発事故からもうすぐ32年。写真は1990年に撮影。

  12. 小さな旅~夕張・栗山編 - なまらや的日々

    小さな旅~夕張・栗山編

    ふと思いたって、車で出かけてきました。栗山町に宿をとって、小林酒造で思う存分試飲してやろうという目論見です。以前、旅の途中で小林酒造に寄ったときには、蔵元の生家・小林家が休館中だったので、リベンジ。ツメの甘い我々は、目の前まで行ってみたら閉まっていた。ということが多いのです。たしかにツメが甘いのが悪いのだけど、どうも確率を超えて、異常に巡り合わせが悪い。(これ、伏線です)小林酒造の酒はうまい...

  13. ズリ山のある風景 - 萩原義弘のすかぶら写真日記

    ズリ山のある風景

    夕張の歴史がつまる末広共同墓地から見た新夕張炭鉱のズリ山。雪とけが始まった頃のズリ山は、白と黒のまだら模様で、立体感があって美しい。夕張市・末広共同墓地で、1990年写す

  14. 三菱南大夕張炭鉱選炭機 - 萩原義弘のすかぶら写真日記

    三菱南大夕張炭鉱選炭機

    閉山直前の三菱南大夕張炭鉱の選炭機1990年写す

  15. 紅葉山駅を出発する石炭列車 - 萩原義弘のすかぶら写真日記

    紅葉山駅を出発する石炭列車

     国鉄が分割民営化されて30年が経つ。写真は1975年に撮影した旧夕張線紅葉山駅を出発するD51牽引の石炭列車。この年に平和炭鉱が閉山したがまだ夕張には炭鉱が健在だった。石勝線が開業し、紅葉山駅も新駅ができ新夕張となったが、数年先に新夕張・夕張間は廃止になるという。炭鉱がすべて閉山し、夕張の人口が激減した。そして、明治からの鉄路もなくなる運命にある。

  16. ズリ山のある風景 - 萩原義弘のすかぶら写真日記

    ズリ山のある風景

    社光の炭住街と夕張炭鉱のズリ山。かつての夕張の代表的な炭鉱風景。今もズリ山は残る。1990年写す

  17. 「登川村と田村清考④~宗教~」 - 彩生堂備忘録

    「登川村と田村清考④~宗教~」

             (大夕張神社=「写真集明治大正昭和夕張」より=) 危険な坑内労働と過酷な労働。それらが背景にあるのか、かつての夕張には宗教各派がこぞって布教活動をしていた、という歴史もある。あるいは、国の産業政策に沿い、炭鉱・炭住地帯として興隆を極め、それなりに人口が多かったせいもあるだろう。 「増補改訂夕張市史」には、何と昭和初期に合計77箇所もの信仰の場があった、とある。内訳は神社18...

  18. 80年代夕張120・記憶の再生10、通洞東口 - 萩原義弘のすかぶら写真日記

    80年代夕張120・記憶の再生10、通洞東口

    1982年撮影              2012年撮影    夕張新炭鉱の東口通洞入り口で写す

  19. 「登川村と田村清考①」 - 彩生堂備忘録

    「登川村と田村清考①」

     5、6年ぐらいが経ったと思うが、田村清という人が気になり、ずっと調べ続けている。昭和10年に22歳という若さで夕張で亡くなった人だ。その一端は「若き日の藤田若雄と田村清」という電子書籍(アマゾン)で公にはしたが、どうも田村清という人やその時代のことを十分に表現した、とは思えないし、自分でもその文章などでは物足りない。 やはり、改めてまとまった作品にしてみよう、と考えたものの、既存の発表形式...

  20. 80年代夕張119・福住 - 萩原義弘のすかぶら写真日記

    80年代夕張119・福住

    かつて山の上の方まで炭住が建っていた福住地区。中腹には自然に還ろうとしている炭住がいくつか見られた。1982年写す

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