徳川家康のタグまとめ

徳川家康」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには徳川家康に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「徳川家康」タグの記事(13)

  1. おんな城主 直虎 第37話「武田が来たりて火を放つ」 ~三方ヶ原の戦い~ - 坂の上のサインボード

    おんな城主 直虎 第37話「武田が来たりて火を放つ」 ...

    若き日の徳川家康が無謀にも武田信玄に戦いを挑み、大敗北を喫したことで知られる「三方ヶ原の戦い」の回です。 元亀2年(1571年)、室町幕府15代将軍・足利義昭は織田信長討伐令を出し、これに応えるかたちで武田信玄は、徳川の領国である遠江国、三河国に侵攻する西上作戦を行います。信玄の西上を可能にしたのは、相模国の北条氏康が死んだことで再び北条氏と和睦して甲相同盟を結び、後顧の憂いが絶たれたことに...

  2. おんな城主 直虎 第35話「蘇えりし者たち」 ~戦国大名・今川氏の滅亡~ - 坂の上のサインボード

    おんな城主 直虎 第35話「蘇えりし者たち」 ~戦国大...

     徳川家康が堀川城で起きた気賀の農民たちの一揆を大虐殺でもって鎮圧したちょうど同じ頃、駿府を逃れた今川氏真が籠る掛川城を徳川方の本多忠勝らが攻撃していました。しかし、こちらも今川方が執拗な粘りを見せ、戦いは五分五分といったところで双方に多数の犠牲者を出します。また、今川方の大沢基胤も浜名湖の東岸のある堀江城に籠って徳川軍の攻撃に抵抗しつづけ、家康を悩ませていました(ドラマでは、堀川城の大虐殺...

  3. 大高城址 - 緑区周辺そぞろ歩き

    大高城址

    大高駅の南西500mくらいのところにある大高城の跡、こんもりとした丘の上にあります。今は昔の遺構はあまり残っていませんが、有名な「桶狭間の戦い」の重要な戦略拠点で、現在は国の史跡に指定されています。桶狭間の戦いの時には、今川方の家臣だった松平元康(後の徳川家康)がこの城を守っていて、今川義元はこの城を目指して進軍していました。桶狭間の古戦場はこの城から3kmくらいの距離にあり、義元は入城間近...

  4. おんな城主 直虎 第34話「隠し港の龍雲丸」 ~堀川城の戦い~ - 坂の上のサインボード

    おんな城主 直虎 第34話「隠し港の龍雲丸」 ~堀川城...

     前回、あまりにも衝撃的な結末に、歴史の話をまったくしなかった(する気にならなかった)ので、今回は史実解説を中心にいきます。  永禄11年(1568年)12月、井伊谷城を攻略した徳川家康は、駿河国の今川領を侵攻する武田信玄に加勢すべく遠江国の今川領へ侵攻し、年内に引間城を攻略。その後も家康は今川氏真の籠る掛川城を包囲すべく、侵攻を続けます。しかし、今川方も粘りを見せ、久野城の久野宗能と高天神...

  5. 松平郷に行ってきた - 歴史と素適なおつきあい

    松平郷に行ってきた

    歴史と素適なおつきあい番外編   2017・7・31岡崎から近いのになかなか訪問できず早朝だったが行ってきた東照宮徳川家康の先祖がやってきた地である岡崎城で生まれた家康の為にこの井戸の水を運んだという産湯の井戸が神様になっている高月院位牌家康とかお大様(母)とか初代親氏さんもいたのかなオープンで中まで入れていただけるのは感謝感謝だったがそのため蚊が多くて早めに退散してしまった家康お手植えの松

  6. おんな城主 直虎 第33話「嫌われ政次の一生」 ~小野但馬守政次の最期~ - 坂の上のサインボード

    おんな城主 直虎 第33話「嫌われ政次の一生」 ~小野...

     すごいものを見てしまった・・・というのが今の率直な感想です。今話に限っては、ここでわたしごときが何を語っても安っぽくなるだけで、正直、あまり起稿意欲がわきません。まさに、筆舌に尽くしがたいとはこのことですね。長年大河ドラマを観てきましたが、昔は壮絶な最期や惨い処刑シーンは結構あったものの、これほどの衝撃を受けたのははじめてかもしれません。  『井伊家伝記』にみる小野但馬守政次は、謀略によっ...

  7. おんな城主 直虎 第32話「復活の火」 ~井伊谷三人衆と小野但馬守政次~ - 坂の上のサインボード

    おんな城主 直虎 第32話「復活の火」 ~井伊谷三人衆...

     永禄11年(1568年)12月6日、甲斐国の武田信玄は甲府を出発して駿河への侵攻を開始します。対する今川氏真は、12月12日、武田軍を迎撃するため重臣の庵原忠胤に1万5千の軍勢を与えて、薩埵峠へ向かわせました。しかし、ここで今川は有力な国衆21人の裏切りにあい、12月13日、今川軍は潰走し、駿府は武田軍に占領されます。今川氏滅亡劇が始まりました。  一方、三河国の徳川家康も、信玄に呼応する...

  8. 久能山東照宮 - 春夏秋冬

    久能山東照宮

    晩年を駿府で過ごした徳川家康が死去した時、遺命によりこの地に埋葬され(後に改葬され日光の日光東照宮に移された)ました。 久能山東照宮は家康の遺言により2代将軍秀忠公が建立し、家康公を祀りました。権現造りの社殿は、楼門や神楽殿などとともに国の重要文化財に指定されていて、本殿の裏手には家康の墓所があります。 案内板にあった久能山東照宮の全体図です。社務所付近から楼門(重要文化財)方向で...

  9. 8月のお知らせ - ウンノ整体と静岡の夜

    8月のお知らせ

    明日から8月です。暑さも緩むことなくこのまま突き抜けていきそうですね。さて、8月ですが、水曜日の定休日のほか15日(火)16日(水)17日(木)を夏期休業とさせていただきます。8月のおススメオプションコースは「ストレッチコース」です。ストレッチは軽い運動にもなります。暑さで運動不足が気になる方にもおススメです。通常1000円のところ、整体との組み合わせで+500円にて承ります。お気軽にどうぞ!

  10. おんな城主 直虎 第29話「女たちの挽歌」 ~信玄・家康の密約と虎松の生母の再婚~ - 坂の上のサインボード

    おんな城主 直虎 第29話「女たちの挽歌」 ~信玄・家...

    寿桂尼がこの世を去った永禄11年(1568年)、井伊家を取り巻く情勢はいよいよ緊迫の様相を呈していました。同年8月17日、実質破綻していた甲斐国の武田信玄と駿河国の今川氏真の手切れが決定的となります。危機感を抱いた氏真は、越後国の上杉謙信と同盟を結ぶべく懸命に交渉を進めていました。劇中、井伊直虎が三河国の徳川家康に上杉氏との同盟を持ちかけたのは、そんな背景からの着想だったわけです。上杉氏と徳...

  11. 名古屋と江戸と家康…『家康、江戸を建てる』 - 風の中で~

    名古屋と江戸と家康…『家康、江戸を建てる』

    『ブラタモリ』が好きで見ている。が、割とタイムリーに見ないで、後になって録画を見ることが多い。先日『名古屋』編を見て驚いた。名古屋城が、大阪城に対する守りのために家康が建てたというのは知っていたが、名古屋の町割りを家康が行っていたというのは、全く知らなかった。名古屋って、やっぱり秀吉のイメージだけど大阪が秀吉で、名古屋は家康なのであった。大阪からさらに進化した、町人中心の町割りを名古屋の地で...

  12. 国宝 東照大権現 - フォト・フレーム  - 四季折々 -

    国宝 東照大権現

    今日は、「人の一生は重荷を負て遠き道を行くが如し、急ぐべからず」の遺訓を残した東照公家康を祀る久能山東照宮です。               40mm f 13 1/60 参拝は海岸線から1159段の階段を上る表参道経由か、日本平からロープウエーを利用して5分で行ける二通りのルートがあります。久能山駅からは眼下に多くの「石垣イチゴ」のハウスを見ることが出来ます。久能山はもともと天然の要害で一...

  13. おんな城主 直虎 第21話「ぬしの名は」 ~気賀宿と中村屋~ - 坂の上のサインボード

    おんな城主 直虎 第21話「ぬしの名は」 ~気賀宿と中村屋~

     浜名湖に面する商業の町・気賀が今話の舞台でしたね。気賀は現在の浜松市北区にあった地名で、かつては東海道の脇往還である本坂通の宿駅として栄え、江戸時代には気賀関所が設けられたまちでした。エンディングの『直虎紀行』でも紹介されていたとおり、かつて浜名湖は淡水湖だったそうですが、ドラマのこの時代より遡ること70年近く前の明応7年(1489年)に起きた「明応の大地震」によって南側が決壊し、海へと通...

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