水戸のタグまとめ

水戸」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには水戸に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「水戸」タグの記事(45)

  1. 下馬橋 - みとぶら

    下馬橋

    下馬橋。極楽橋の由来の伝説に由来する橋です。昔、香取稲荷を前にして殿様の馬が急に進まなくなってしまい下馬したというお話があるからです。そして歩いてきたところ、極楽橋のあたりで馬に乗ることが出来、「あ~,極楽,極楽」と言ったという話が極楽橋の由来に対しての下馬橋…。ちょっと後出しじゃんけんぽいネーミングです。まあ見てお通り、用水路に架けられた橋です。車で走っていると、橋の感じは一切ありません。...

  2. 宝ヒョウタンってなあに?彫刻のあるヒョウタンのことです! - 水戸占いの館占い師の幸運を招く日記

    宝ヒョウタンってなあに?彫刻のあるヒョウタンのことです!

    お墓参りや友だちとの時間は、楽しく過ぎましたか?お仕事をがんばった方、充電は別の機会にしましょうね(^^)/私は、12日に風水のセミナーを開かせて頂きました。その様子はまた明日、ブログでご紹介しますね!これは特に縁起のよい、宝ヒョウタンの写真です。皆さまに開運がありますように!!!また、水戸占いの館では、占い師の先生を募集しています(^-^)/占いの館の電話占い師として、私たちといっしょに占...

  3. アール交通 1651 - 注文の多い、撮影者のBLOG

    アール交通 1651

    アール交通の新型ガーラHDです。2017年3月に東京ディズニーランドに来ていました。アール交通水戸200か1651

  4. 【夏休みのお知らせ】水戸占いの館 - 水戸占いの館占い師の幸運を招く日記

    【夏休みのお知らせ】水戸占いの館

    残暑が厳しいですね夏のお休みをエンジョイしていますか?水戸占いの館は、8月11日、12日の2日間夏休みを頂きます。夜のお電話占いもお休みです。マリアは、12日に東京神田で風水の講演会を開催する予定です(満席になりました<(_ _)>)13日にはまた、店頭で占いをさせて頂きますそれまで、少しの間ですがお店はお休みになりますので、よろしくお願いいたします

  5. 香取稲荷神社(東大野) - みとぶら

    香取稲荷神社(東大野)

    東大野の端の森に位置するのが香取稲荷です。この香取稲荷は格式?があったようです。極楽橋の由来の言い伝えでは、昔,馬に乗っていた殿様の馬が神社を前に急に進まなくなってしまい下馬し歩いてきたところ、極楽橋あたりで馬に乗ることが出来、「あ~,極楽,極楽」と言ったとか…っていうことを記載しました。先日、地元の方からお話をいただきました。お殿様が乗馬していて、今回紹介する香取神社の敷地では下馬しなくて...

  6. 新川河口 - みとぶら

    新川河口

    極楽橋から新川を河口方向に進みます。水神さんを過ぎて、個人宅の船着き場でしょうか?桟橋に半分水没した船が係留されておりますが、なんだかとっても良い雰囲気です。そして那珂川の堤防と水門、そして船溜。船溜まりの雰囲気もこれまた素敵です。水戸にこんな場所があったのか!!というような風景が見られます。秋は鮭を採っているのは知っておりますが、他の季節は何か採っているのでしょうか?那珂川の河口から少し入...

  7. 極楽の水神さん - みとぶら

    極楽の水神さん

    ツアーで回った地獄極楽ウォーキングからは外れた内容になりますが、地元での極楽の由来の地までを追っていきます。極楽橋から新川の河口に向かって歩いていくと、橋から間もなくの場所に大きな木と鳥居があります。ちょうど見ていたら、犬の散歩をしている方がいたので声をかけてみました。この鳥居はどういうものなのか聞いてみると水神様を祀っているそうです。昔水害になって流されてきた子どもがこの木にしがみついて助...

  8. 地獄橋の次は極楽橋 - みとぶら

    地獄橋の次は極楽橋

    頭無~渋井町緑地(土壇場)、境橋(地獄橋)と新川(旧那珂川河川跡)を巡ってたどり着いところは極楽橋です。極楽橋については以前にも紹介しております。 現在の県道に架かる極楽橋横に石碑があることは前回記載しました。県道は古くからこのルートになっており、極楽橋は川に対して斜めに交差して直線的にわたっております。石碑に「跡」とわざわざあるくらいですので、今の橋とはおそらく違う場所にあったことでしょう...

  9. たまには違う店!浜田屋@水戸 - パルシステムのある生活♪

    たまには違う店!浜田屋@水戸

    日曜日のランチはラーメン。近所にできた浜田屋さんは、もともと違うラーメン店(人気店)があった場所に居抜きで入ったもの。チェーン店ですが、今まで行ったことがなかったので、今回初めて食べに行ってみました。私たちが入店した後からどんどん混んできましたよ^^食券制で、私は味噌ラーメンが食べたかったので野菜たっぷり味噌ラーメンをチョイス。ダンナさんはタンメンです^^カウンターに座って待つこと数分、まず...

  10. 土壇場と冥加淀と吉沼磔場を考察する - みとぶら

    土壇場と冥加淀と吉沼磔場を考察する

    渋井町緑地と境橋(地獄橋)と吉沼磔場といわれている場所を中心とした空中写真を用い考察していきます。昭和27年新川の河川改修が行われる前の状態です。河が蛇行して現在とは大きく違います。中心辺りにあるのが境橋。この橋が架かる前はどこに橋があったのかな?河川改修で消えた冥加淀は、橋の左側の木が茂っているあたりなのかな?昭和49年河川改修が行われ、川も道も農地も大きく変化してしまい、改修前の面影がほ...

  11. 吉沼磔場は本当にここなのか? - みとぶら

    吉沼磔場は本当にここなのか?

    吉沼磔場は本当にここなのか?と書いておきながら、そもそも磔場があったのかは知りません。「水府異聞」に書かれている言い伝えしか情報を得れるものがありません。水府異聞読んで、ああそうなんだ~、ここ磔場なのねって思っていて訪問したんですが、行ってみるとなんだか違和感・・・・わざわざ土壇場と呼ばれた「死者を埋める土地」があって、磔場があったならば、わざわざ橋を渡ってそのような施設を作るのかな?江戸時...

  12. 地獄橋と呼ばれていた 境橋 - みとぶら

    地獄橋と呼ばれていた 境橋

    渋井町緑地そばには境橋があります。手前側左が渋井町、見切れている道路の右側が西大野、対岸が吉沼町となってます。まさしく町堺!またまた「水府異聞」からになりますが、地獄橋と呼ばれた新川に架かる「境橋」とあります。「徳川時代、罪人の死者、および無籍の死者を葬りし所にて、葬り方が粗末なる故、時々露出し、犬の引きズリ出す等の事あり、惨状甚だしく、見る者戦慄して、地獄橋と名づくに至る。明治維新後は橋の...

  13. かつて「土壇場」と呼ばれていた渋井町緑地  - みとぶら

    かつて「土壇場」と呼ばれていた渋井町緑地 

    渋井町の末端部、新川沿いに整備された渋井町緑地です。碑があるのですが、その裏側に碑文があります。渋井町緑地碑この地は 渋井町の田園地帯の一角にあり自然環境が豊かに残されているところである年々歳々自然環境が失われているなか地域からこの自然環境を守り育てる意識のもとに 公園としての要望がありその熱意に応え水戸市が整備したものであるまた この地は 幕末における藩内の争乱の際に処刑された人々の遺骸が...

  14. このライトアップは誰のために???馬鹿げた歴史的景観 - みとぶら

    このライトアップは誰のために???馬鹿げた歴史的景観

    弘道館前の大手橋が大手門復元工事のため車で渡れなくなって1か月ちょっとすぎました。渡れないので通ることもなくなったのですが、夜の「みとぶら」ってことで9時過ぎに行ってみました。もともと車どおりが多いわけではなかったですが、やはり道路が通れなくなって水戸二中から出てくる車しか通る車はありませんでした。そして一高方面に歩いていくとびっくり!!なんと二中の大シイの木が、水戸芸術館タワーや、低区配水...

  15. 鹿島神社(渋井町)と新川 - みとぶら

    鹿島神社(渋井町)と新川

    頭無地蔵尊、那珂川旧河道を見た後は、渋井の微高地を進みます。そして鹿島神社へ。その鹿島神社は新川沿いにあります。鳥居がありますが、震災で被災して新しい鳥居が建てられました。 元の鳥居は「井坂直幹」によって作られました。井坂直幹といってピンとくる水戸の人はどれだけいるのでしょうか?壊れた鳥居がオブジェのように並び、そこに井坂直幹の説明が載っております。このあたりの国道51位号線に近いところで生...

  16. 渋井町の地名考察 - みとぶら

    渋井町の地名考察

    国道6号線バイパス、茨城交通の浜田営業所そばの浜田十字路の東側、福徳弁財天の参道の東側は渋井町です。今回はこの「渋井」の地名について考えていきます。鎌倉期には渋江という名はあったようです。この時は信田尻村(信太尻村?)内の地名だそうです。佐竹時代には渋井村です。江を示すのは入江のことですね。海や湖が陸地に入り込んだ地形のことです。治水地形分類図2007~2014年版を見てみます。濃い青の横線...

  17. 田んぼの風景 - 花、書、音楽、旅、人、、、日常で出会う美しごとを

    田んぼの風景

    初めてではない、多分2度目なのだが、常磐線に乗った。まだ伸び切らない、田んぼの水に空が映っている。気持ち良い景色。あまり良い写真ではないですが。

  18. 那珂川旧河道 - みとぶら

    那珂川旧河道

    福徳弁財天の裏側、頭無地蔵尊前、大洗鹿島線下の道を進んでいくと、一段低地になります。車に乗ってしまうと、微妙な地形の変化にはにはかなり意識していないと気付かないですね。ここが、自然堤防と旧河道の境となります。段差の下から上の写真の左側を撮影したものです。水田になる前は、吉沼町の語源ともなったアシの生えた沼地だったのでしょう。いつぐらいに水田になったのでしょうか?新田開発は江戸時代なのでしょう...

  19. 頭無と首無 の地名考察 - みとぶら

    頭無と首無 の地名考察

    頭無は、渋井町の字名です。頭無は、「あたまなし」ではなく「かしらなし」です。1/5万 昭和22年5月30日発行「那珂湊」です。現在の地形図を見ても(国土地理院のページから見ることができます)頭無の字名は記載されております。ちなみに下道や、極楽は名前がなくなってます。「頭無」という地名がどのあたりかわかる人って少ないのではないでしょうか?。治水地形分類図2007~2014年版を見てみます。濃い...

  20. 頭無地蔵尊(首無地蔵尊) - みとぶら

    頭無地蔵尊(首無地蔵尊)

    最初に述べておきますが、頭無地蔵尊、首無地蔵尊と呼ばれている地蔵はここにある地蔵の頭首がないからそう呼ばれているわけではありません。網代茂著、水府異聞を読むと、赤沼牢屋屋敷で斬首された遺体の慰霊に首なし地蔵(地蔵に首がない理由の記述はないのですが)・・・とあり、赤沼の牢屋敷のから始まり、頭無(首無)、地獄橋、までのことが書かれております。そして、地獄橋の先にある極楽橋に至るまで、何かストーリ...

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