神功皇后伝承地のタグまとめ

神功皇后伝承地」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには神功皇后伝承地に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「神功皇后伝承地」タグの記事(17)

  1. 寄せては返す - ひもろぎ逍遥

    寄せては返す

    寄せては返す 寄せては返す 寄せてばかりではいかんぜよ。シフトしようっと。撮影場所 綿津見神社 下巻75いつもポチっと応援ありがとう。にほんブログ村

  2. 相島積石塚―綿津見神社の参道―香椎宮古宮 安曇族の墓地と聖地を結ぶ不思議なライン - ひもろぎ逍遥

    相島積石塚―綿津見神社の参道―香椎宮古宮 安曇族の墓地...

    相島積石塚―綿津見神社の参道―香椎宮古宮安曇族の墓地と聖地を結ぶ不思議なラインチェリーが福岡市東区の綿津見神社の参道の向きに注目して、ラインを見つけてくれた。それは相島積石塚と香椎宮古宮を繋ぐライン上にあった。どれも安曇族関連の墓地であり、聖地だ。いったい何を示しているのだろうか。私の写真とのコラボを楽しもう。相島積石塚と香椎宮古宮のライン上に綿津見神社が乗ってくる。この積石塚は大きなヤツか...

  3. 不思議な光の玉 - ひもろぎ逍遥

    不思議な光の玉

    不思議な光の玉 カメラを覗いたら、白い玉がポツンと見えて、あれあれ?またカビさせた?と心配しながら、シャッターを押そうとすると、ピカピカピカと光の玉がいくつも出て来て、パシャリ。こんな画像になりました。ここは香椎宮の古宮。仲哀天皇が崩御して御前会議があった所。スピカを祀っていたという。掲示板に太宰帥(だざいのそち)が年に二回参拝する話を見つけて撮ろうとした所でした。そこだけは、ちゃんと写って...

  4. ムーミンの木にまた会えた - ひもろぎ逍遥

    ムーミンの木にまた会えた

    ムーミンの木にまた会えたバスハイクの皆さんと一緒にムーミンの木を仰ぐ。みんなで見ると楽しい♪古賀市 五所八幡宮にて。ここは青柳街道沿いの楠が茂る岬状の境内。仲哀天皇が崩御したために、祟った神を知ろうとして向かった小山田斎宮の途中に位置付けています。 こちらは綿津見神社で遊んでいたコ。にゃーーー。と大きな声で鳴きながらみんなについてくる。撫でて―と、頭をゴッツンしてくるコ。初対面なのに、なでな...

  5. 行って来ました(^^)/ 香椎~古賀 - ひもろぎ逍遥

    行って来ました(^^)/ 香椎~古賀

    バスハイク第6回香椎・古賀バスハイク、行って来ましたよ!とても良い天気でした。香椎宮参道。香椎宮拝殿。神殿。朝の神社はとても素晴らしいですね。朝日に輝いています。これは綿津見神社の横の三苫海岸。 初めての時と、こうして改めて参拝するときとでは、神社の様子が全く違って感じられます。どの表情もそれぞれに感じ入る所があります。「自然と歴史をまもる会」主催のバスハイクで、6回目でした。次回は久留...

  6. 歴史講座、ありがとうございました。 - ひもろぎ逍遥

    歴史講座、ありがとうございました。

    今日は香椎東公民館での歴史講座、「香椎が都だった頃」というタイトルで、仲哀天皇、神功皇后、そして安曇磯良を柱にお話ししました。沢山のご参加ありがとうございます。香椎宮の周辺には神功皇后の史跡が特に多く、謎に思っていた方も多かったと思います。講座を終えて、「点が線になりました」と話してくださる方もありました。今朝は香椎参道を通って行きましたが、楠の並木道が美しくて、感動しました。運転手席でない...

  7. 万葉集「いざ児ども 香椎の潟に」の歌はココ 香椎潟での玉藻刈りはミソギ - ひもろぎ逍遥

    万葉集「いざ児ども 香椎の潟に」の歌はココ 香椎潟での...

    万葉集「いざ児ども 香椎の潟に」の歌はココ香椎潟での玉藻刈りはミソギ香椎廟参拝後、この香椎潟に大伴旅人が馬でやってきて、玉藻を刈る歌を詠んでいます。 (御島神社と香椎潟)6巻 957番 冬11月、大宰の官人ら、香椎廟を拝し奉りおえて、まかり帰る時、馬を香椎浦にとどめて各々思いを述べて造る歌 帥大伴卿の歌一首いざ児ども 香椎の潟に 白妙の 袖さえぬれて 朝菜摘みてむ(さあ、みんな、香椎潟で白い...

  8. 『日本書紀』に書かれた「神功皇后の美豆良結い」の場所はココ 海の中の御島神社  - ひもろぎ逍遥

    『日本書紀』に書かれた「神功皇后の美豆良結い」の場所は...

     『日本書紀』に書かれた「神功皇后の美豆良結い」の場所海の中の御島神社香椎イオンに行く途中の橋の上に細長い公園があります。そこから見える海の中の鳥居が御島神社♫海ですねえ。ええ、岩礁が神社なんです。かつては大きい岩だったらしいですが。向こうには照葉の新しい街が出来ましたが、ちょっと前までは海でした。昔、この岩は船の人にとっては香椎宮へ向かうための良いランドマークでした。ここが『日本書紀』に書...

  9. 最澄と神功皇后 - ひもろぎ逍遥

    最澄と神功皇后

    最澄と神功皇后神功皇后関連で時々、最澄が出てくるので、ちょっと整理しておきましょう。楯崎神社(下巻70)楯崎寺 福津市「桓武天皇の御世、最澄師、求法のために唐国に赴かんとしてここに詣で、宿願を達せんことを祈り、自ら薬師阿弥陀観音像を彫刻して安置し、楯崎寺という。」最澄は遣唐使の直前に福津に滞在して、薬師阿弥陀観音像を彫ったんですね。巨大な磐座がある宮で、時々紹介していますが、今も病気平癒祈願...

  10. 広瀬アリス主演映画は宮地嶽神社で - ひもろぎ逍遥

    広瀬アリス主演映画は宮地嶽神社で

    広瀬アリス主演映画は宮地嶽神社で二年前に完成した「宮地嶽神社と磐井の末裔たち」の原稿ですが、この二年間に新たな情報も多々出て来ました。3月、金星が逆行する時に、この原稿を書き直す、と決心して大幅に書き直し始めました。この数日は集中して推敲をしています。副題には九州王朝の名も入れていましたが、これは古田氏の造語だし、正面切って「倭王朝」の名を使うことにしました。『日本書紀』は安曇磯良の名も、磐...

  11. 玉垂命は安曇磯良(アントンイソラ) - ひもろぎ逍遥

    玉垂命は安曇磯良(アントンイソラ)

    今日は久留米大学公開講座でした。参加の皆さま、ありがとうございました。3時間の講座のために12ページの資料を準備しましたが、無事、最後まで読むことが出来ました。あとで何人かの話を伺いましたが、高良山の歴史は深く、広大な地域に影響を与えているのがよく分かりました。古くて、かつ今も歴史が生きているのが高良山です。さて、準備した画像の一枚です。拙著『神功皇后伝承を歩く』からも画像を集めてみましたが...

  12. ひめちゃご76 高良山―英彦山 香春岳を巡る争い - ひもろぎ逍遥

    ひめちゃご76 高良山―英彦山 香春岳を巡る争い

    ひめちゃご76高良山vs英彦山 香春岳を巡る争い 「高良玉垂宮神秘書」より 前回まで英彦山の話だったが、今回は高良山に伝わる謎の本「高良玉垂宮神秘書」に出てくる英彦山の話を紹介しよう。142条 彦権現、異国人ニテマシマスノ間、彦権現ハカリコトヲ ナシ玉フ、(略)高良ノ、彦権現ハ、モツハラノテキ神ナリ高良にとって彦権現は異国人で「もっぱらの敵神なり」という、珍しい話が書かれている。こうなった理...

  13. ひめちゃご67  連玉ビーズは幼な子の胸に - ひもろぎ逍遥

    ひめちゃご67  連玉ビーズは幼な子の胸に

    ひめちゃご67連玉ビーズは幼な子の胸に ロッキーが高三潴の連玉ビーズの公開の画像を送ってくれた。多分このようなものはネット上でも見ることは出来ないだろう。貴重な画像を載せて記録としておきたい。そこには新聞に書かれなかった重要な情報がある。なんと、連玉ビーズは子供のために副葬されたものだったのだ。糸島では王墓かもしれないが、高三潴では幼な子の胸にかけられたものだった。何故これが新聞には書かれな...

  14. 第五回バスハイク鞍手・宮若2 - ひもろぎ逍遥

    第五回バスハイク鞍手・宮若2

    第五回バスハイク鞍手・宮若2神功皇后の伝承を辿るバスハイクの続きです。これは鞍手の古月横穴から見える山並み。→の所が六ケ岳です。この古墳群は正面に六ケ岳を見ていました!(上巻60ページ)鞍手を離れて宮若へ。春日神社です。この神紋は撃鼓神社と同じもの。榊でしょうか。(上巻20番)トヨタ工場を抜けてすぐに笠松神社。丘を越えて百官百寮も、ここで休憩です。(上巻21番)山口川に出ました。ここは沼口の...

  15. 今日のバスハイクは桜吹雪のなかで 鞍手・宮若 - ひもろぎ逍遥

    今日のバスハイクは桜吹雪のなかで 鞍手・宮若

    今日のバスハイクは桜吹雪のなかで2017年4月13日の鞍手、宮若のバスハイクは天気に恵まれ、遅れた桜を満喫してきました。桜吹雪の舞う中、鞍手の里は桜の里という新しい姿を見せてくれました。明日、明後日なら間に合うかも。あるいは来年行く?桜狩の里として物部の里、鞍手は要チェックですよ(*´ω`)木月剣神社(上巻17)桜のトンネルです。3月31日はつぼみだったので、再参拝しました。「脇巫女」姫巫女...

  16. ひめちゃご64 ここが高三潴 国乳別皇子の政治の地と前方後円墳 - ひもろぎ逍遥

    ひめちゃご64 ここが高三潴 国乳別皇子の政治の地と前...

    ひめちゃご64ここが高三潴 国乳別皇子の政治の地と前方後円墳 景行天皇に命ぜられて水沼に残った国乳別皇子(くにちわけのみこ)は天壇のある赤司八幡神社から南へ下って高三潴に住んだ。弓頭神社がその宮跡である。神功皇后と武内宿禰がやってくると、出迎えた国乳別皇子は弓大将として新羅役に参戦したことから、「弓頭」(ゆみがしら)の社号がついている。「ゆがしらさん」と呼ばれている。政治的中心地がここになる...

  17. 第4回 神功皇后伝承地巡り バスハイク - ひもろぎ逍遥

    第4回 神功皇后伝承地巡り バスハイク

    今日はあいにくの雨模様でしたが、予定通り、バスハイクに行ってきました。遠賀川中流域の中間と鞍手を始めとして田川、飯塚への旅です。このエリアは『日本書紀』には書かれていないのですが、仲哀天皇と神功皇后の足跡が濃厚に伝わっています。田川の田原麻瑠と宇美町の宇美八幡神社の伝承が対応しているのは面白いです。逆に、田油津姫が兄の夏羽と共に怨霊となってしまった話が田川に伝わっているのは哀しい対応です。百...

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