福島の鉱山のタグまとめ

福島の鉱山」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには福島の鉱山に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「福島の鉱山」タグの記事(10)

  1. 散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡⑩ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡⑩

     今回はtukaさんから頂いた「仲ノ内の変電所」情報を確かめに来たことを整理してきた。 その散策の中心は、瑞宝鉱業時代の松川鉱山を意識しての散策であり、「仲ノ内の変電所」を確認した後は、「製錬所の廃墟の跡」や「山神社」を意識しながら付近を散策した。 ここに来るのに、奥州街道八丁目宿から「奥洲八丁目天満宮」脇の道筋を通って来たのだが、確認を進めるとこの道筋が橋本組時代の松川鉱山とかかわっている...

  2. 散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡⑨ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡⑨

     松川鉱山のシンボルである山神社のお祭りには、花火が打ち上げられ、出店が並んだとのことだが、この時に八丁目の天満宮付近も賑わったのではないかと想像しているが、今のところ確認はできていない。 その八丁目の天満宮だが、地図には「奥洲八丁目天満宮」と仰々しい名称が記されるのだが、「松川のあゆみ」以外、その沿革を記すものを見ない。 ここでは、八丁目出身で安永7年(1778)に真浄院で寂した「忍憧律師...

  3. 散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡⑧ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡⑧

     自家精錬場跡地を推定したところの道を挟んだ◇印を付した付近に、懐かしさを感じる消火栓がある。その脇に、勢至、金毘羅、足尾山等々の石塔が並んでいる。 今回気になったのが、右端の社掌渡邉伊佐美碑だ。 その「社掌」だが、これは旧制の神職の称号らしい。 府県社や郷社にあっては社司が1人いて、その下に若干名の社掌が置かれることになるようだが、村社以下無格社にあっては、この社掌が一切の社務を司ることに...

  4. 散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡⑦ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡⑦

     当時の「古天神」付近の水路を想像で、漠然とこの辺りに自家精錬場があったのかなという見当がついたが、ここからは空想になる。 現在の様子から、自家精錬場があった位置を具体的に想像する。 自家精錬場跡地が耕地に戻ることはないだろうとの仮説で「古天神」付近の水路脇を探せば、〇印の辺りとその左手の宿地の☆印付近から〇印まで間しかない。奥州八丁目天満宮の裏の☆印部分も雰囲気的に似ているが、ここは「八丁...

  5. 散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡⑥ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡⑥

     「松川のあゆみ」の「旧松川町字切図」を参考に、、現在の地区名をヒントに字界を推定し、当時の「古天神」付近の水路を想像してみたのがこの図だ。 人々が搗鉱場と呼んだ自家精錬場が、この古天神地内に設備されていたということだ。 水力を利用し、石臼に良質鉱を入れてスタンプで鉱石を搗(つ)き砕いたとのことで、水車利用を想像する。また、水銀アマルガムによる方法を用いての精錬ということでもあったとのことだ...

  6. 散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡⑤ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡⑤

     今回の散策は、松川鉱山最盛期の繁栄のなごりとして残る製錬所のために設置されたと思われる仲の内変電所の確認が主目的だった。 ただ、頭の片隅には、その途中で、古天神地内の精錬場跡の痕跡も探れないものかという思いもあった。 「古天神地内の精錬場」というのは、瑞宝鉱業(株)の手に移る前の「製錬所」のことだ。 「松川のあゆみ」によると、昭和3年に瑞宝鉱業(株)の手に移ってからの松川鉱山が最盛期の繁栄...

  7. 散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡④ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡④

     「松川のあゆみ」では、松川鉱山最盛期の繁栄のなごりとして残る現在も残る遺跡として、製錬所の廃墟の跡・六本松と仲の内変電所・山神社が紹介される。 そのうちの製錬所の廃墟の跡・仲の内変電所を確認してきた。 この中の六本松変電所については今のところ全く分からないのだが、山神社については、このあたりらしいという想像はついてきている。 先に「福島の鉱山25~信夫地方の鉱山「松川鉱山」⑦」で「山神社」...

  8. 散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡③ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡③

     「松川のあゆみ」によれば、松川鉱山の最盛期は昭和9年から昭和14年頃で、従業員数500余人を数え、社宅も設立されたという。その職種は主として坑内夫、製錬夫、雑役夫、選鉱婦なそうだ。 当時の採鉱設備は、手掘りからコンプレッサーによる削岩機に移り、掘削作業が一段と発展していたのだという。坑内採掘は、排水ポンプ等の設備導入で水準以下の採掘が可能となり、山神竪坑では地下200mに達したのだそうだ。...

  9. 散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡② - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡②

     この道筋が、tukaさんがいう「関根から鉱山のある峠を越える道筋」だ。峠を抜けて松川側に抜けた丁字路から眺めていることになる。 「福島の鉱山⑳~信夫地方の鉱山「松川鉱山」②」でふれた「大正の初めに再開され、昭和3年瑞宝鉱業(株)の経営に移り昭和9年青化製錬場を設けたが昭和18年に旧山となった」というその鉱山の製錬所跡が、この道筋の左手の高まりにあるのだと思う。 http://kazenos...

  10. 散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    散策覚書「松川鉱山仲ノ内の変電所」跡

     先に、信夫地方の鉱山の一つとして「松山鉱山」について調べていたことがある。その精練所とのかかわりで変電所が存在していたことは分かったのだが、その具体的な位置までは分からなかった。その事については、「福島の鉱山25~信夫地方の鉱山「松川鉱山」⑦」で整理した。 http://kazenoshin.exblog.jp/22995240/ これに、tukaさんが「仲ノ内の変電所」の具体的な位置情報...

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