赤松則村(円心)のタグまとめ

赤松則村(円心)」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには赤松則村(円心)に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「赤松則村(円心)」タグの記事(12)

  1. 太平記を歩く。 その85 「瓦林城跡」 兵庫県西宮市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その85 「瓦林城跡」 兵庫県西宮市

    兵庫県西宮市にある日野神社を訪れました。ここは、かつて瓦林城があったとされる場所です。 白旗城で新田義貞の進軍を阻止した赤松則村(円心)でしたが、赤松軍は播磨だけでなく、摂津にも防衛線を張っていました。そのなかの拠点のひとつが、ここ瓦林城だったとされます。湊川の戦い時には、円心の家臣・貴志五郎四郎義氏がこの城を守っていました。 「貴志義氏軍忠申書」という史料によると、湊川の戦いでは、北の香下...

  2. 太平記を歩く。 その82 「大嶋城跡」 兵庫県相生市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その82 「大嶋城跡」 兵庫県相生市

    「その72」で紹介した白旗城から南東7kmほど下った相生湾の入江にある大嶋城跡を訪れました。ここも、赤松則村(円心)に関係する城です。 写真に写るおわん型の山が、大嶋城跡と伝わる大島山です。かつて大島山は蝦江(相生湾)に浮かぶ離れ島だったそうで、長治元年(1104年)、播磨国の海老名家季がここに城郭を築いたのがはじまりといわれています。海老名氏は、代々矢野荘別名の下司職、矢野荘例名の地頭職等...

  3. 太平記を歩く。 その80 「高田城跡」 兵庫県赤穂郡上郡町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その80 「高田城跡」 兵庫県赤穂郡上郡町

    「その72」で紹介した白旗城から直線距離にして南へ約5km、駒山城から東へ約5km、苔縄城から南東に6kmほどのところに、高田城跡があります。写真中央にそびえる標高359mの山頂が、高田城だったとされています。 時系列から少し逆戻りしますが、ここは元弘3年(1333年)に苔縄城にて赤松則村(円心)が幕府打倒の兵を挙げたとき、東進する赤松軍によって攻め落とされたと伝えられます。 『太平記』によ...

  4. 太平記を歩く。 その79 「宝林寺(円心館)」 兵庫県赤穂郡上郡町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その79 「宝林寺(円心館)」 兵庫県...

    松雲寺や赤松居館跡がある赤松から千種川を挟んだ西側の河野原に、宝林寺という寺院があるのですが、ここは、赤松則村(円心)の三男・赤松則祐が、円心の死後、播磨国守護・惣領家を継いだときに建てたといわれています。 もともと宝林寺は円心の生前から、則祐の自領だった備前国新田荘中山に創建されていましたが、惣領を継いだ後の文和4年(1355年)にこの地へ移されたとつたわります。その後、赤松惣領家の氏寺と...

  5. 太平記を歩く。 その78 「松雲寺」 兵庫県赤穂郡上郡町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その78 「松雲寺」 兵庫県赤穂郡上郡町

    前稿で紹介した五社八幡神社のすぐ西隣にある「松雲寺」を訪れました。ここは、元は白旗城の麓にあった栖雲寺(参照:その72)を継承する寺院として、江戸時代に創建されたと伝わります。 元の栖雲寺は、赤松則村(円心)の次男・赤松貞範が建立したといわれ、禅宗寺院でしたが、この地に移って松雲寺と名を改めたとき、真言宗に改宗したそうです。 貞範は『太平記』の中で、勇猛果敢な戦いぶりや情け深く敵と交わり味方...

  6. 太平記を歩く。 その76 「赤松居館跡」 兵庫県赤穂郡上郡町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その76 「赤松居館跡」 兵庫県赤穂郡上郡町

    少し北に戻って、「その72」で紹介した白旗城跡のある白旗山の西麓にある「赤松居館跡」を訪れました。国道373号線沿いにある駐車場には、「赤松円心の郷」と書かれた大きな観光用看板があります。 駐車場内には、赤松則村(円心)を紹介する大きな陶板があります。とにかく、町全体で円心推しですね。 居館跡です。 何もないただの広場です。 説明板です。 説明板によると、東西105m、南北約55mのほぼ方半...

  7. 太平記を歩く。 その75 「駒山城跡」 兵庫県赤穂郡上郡町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その75 「駒山城跡」 兵庫県赤穂郡上郡町

    「その73」で紹介した苔縄城跡の南に見えていた駒山城跡を訪れました。駒山城跡は、苔縄城跡とされる愛宕山から2.5kmほど南下した場所にある標高263メートルの生駒山頂上にあります。 登山道は2コースあるようでしたが、この日は、距離はあるものの比較的緩やかな南側からの登城コースを選びました。 登山口には、説明版と案内板が設置されています。 たしかに登山道は整備されていて藪をかき分けていくような...

  8. 太平記を歩く。 その74 「法雲寺」 兵庫県赤穂郡上郡町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その74 「法雲寺」 兵庫県赤穂郡上郡町

    苔縄城跡のある愛宕山の麓にある「法雲寺」を訪れました。背後に見えるのが愛宕山です。 ここ苔縄の地は赤松氏挙兵の地と伝えられ、建武4年(1337年)に赤松則村(円心)がこの地に新寺を建立し、雪村友梅を開山に招請したと伝えられます。 以後、ここが赤松氏の菩提寺になりました。 境内には、推定樹齢600年から800年とされるビャクシン杉の大樹がそびえます。この木は、法雲寺建立の際に、円心が自ら植えた...

  9. 太平記を歩く。 その73 「苔縄城跡」 兵庫県赤穂郡上郡町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その73 「苔縄城跡」 兵庫県赤穂郡上郡町

    前稿で紹介した白旗城から千種川を挟んで西へ3kmほど離れたところに、標高411mの愛宕山があるのですが、この山上が白旗城と同じく赤松氏の拠点だった苔縄城があった場所だと伝えられます。 登城口は、いまは廃校となっている旧赤松小学校の敷地裏にあります。 駐車スペースにあった案内板。愛宕山への登山道は、「苔縄ふれあいの森」と名付けられたハイキングコースになっているようです。 旧小学校敷地内にあった...

  10. 太平記を歩く。 その72 「白旗城跡」 兵庫県赤穂郡上郡町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その72 「白旗城跡」 兵庫県赤穂郡上郡町

    兵庫県の西の端にある白旗城を訪れました。ここは、播磨国守護の赤松氏の居城とされたところで、『太平記』によれば、東上する足利尊氏軍を迎え撃つ新田義貞軍約6万を、赤松則村(円心)がここ白旗城にて50日あまりの間足止めさせたと伝わります。この標高440m、比高390mの登山にチャレンジしました。 城跡への登山の手引は、上郡町のHPで懇切丁寧に紹介してくれていましたので、迷うことなく登れます。写真に...

  11. 太平記を歩く。 その71 「室山城跡」 兵庫県たつの市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その71 「室山城跡」 兵庫県たつの市

    ここでまた少し神戸市を離れて、たつの市にある「室山城跡」を訪れました。築城は播磨の守護大名・赤松則村(円心)といわれ、建武3年(1336年)に足利尊氏が九州に敗走する途中、西下して来る新田義貞の追討軍を阻止すべく、防衛拠点とした城といわれています。円心は、長男の赤松範資を室山城の守りにつけますが、新田義貞軍によって落城。その後、範資は円心の白旗城に逃れます。 室山城は兵庫県たつの市の南西端、...

  12. 太平記を歩く。 その58 「書寫山圓教寺」 兵庫県姫路市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その58 「書寫山圓教寺」 兵庫県姫路市

    兵庫県姫路にある、西の比叡山と称される天台宗の古寺「書寫山圓教寺」を訪れました。書写山は、姫路市の北部にある標高370mの山で、圓教寺はその山上にあります。 大塔宮護良親王や楠木正成、さらには播磨国の赤松則村(円心)らが各地で倒幕の兵を上げると、その機に乗じて後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)は名和長年ら名和一族を頼って隠岐島から脱出し、伯耆船上山で挙兵します。やがて六波羅陥落の知らせ...

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