赤松則村(円心)のタグまとめ

赤松則村(円心)」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには赤松則村(円心)に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「赤松則村(円心)」タグの記事(15)

  1. 太平記を歩く。 その76 「赤松居館跡」 兵庫県赤穂郡上郡町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その76 「赤松居館跡」 兵庫県赤穂郡上郡町

    少し北に戻って、「その72」で紹介した白旗城跡のある白旗山の西麓にある「赤松居館跡」を訪れました。国道373号線沿いにある駐車場には、「赤松円心の郷」と書かれた大きな観光用看板があります。 駐車場内には、赤松則村(円心)を紹介する大きな陶板があります。とにかく、町全体で円心推しですね。 居館跡です。 何もないただの広場です。 説明板です。 説明板によると、東西105m、南北約55mのほぼ方半...

  2. 太平記を歩く。 その75 「駒山城跡」 兵庫県赤穂郡上郡町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その75 「駒山城跡」 兵庫県赤穂郡上郡町

    「その73」で紹介した苔縄城跡の南に見えていた駒山城跡を訪れました。駒山城跡は、苔縄城跡とされる愛宕山から2.5kmほど南下した場所にある標高263メートルの生駒山頂上にあります。 登山道は2コースあるようでしたが、この日は、距離はあるものの比較的緩やかな南側からの登城コースを選びました。 登山口には、説明版と案内板が設置されています。 たしかに登山道は整備されていて藪をかき分けていくような...

  3. 太平記を歩く。 その74 「法雲寺」 兵庫県赤穂郡上郡町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その74 「法雲寺」 兵庫県赤穂郡上郡町

    苔縄城跡のある愛宕山の麓にある「法雲寺」を訪れました。背後に見えるのが愛宕山です。 ここ苔縄の地は赤松氏挙兵の地と伝えられ、建武4年(1337年)に赤松則村(円心)がこの地に新寺を建立し、雪村友梅を開山に招請したと伝えられます。 以後、ここが赤松氏の菩提寺になりました。 境内には、推定樹齢600年から800年とされるビャクシン杉の大樹がそびえます。この木は、法雲寺建立の際に、円心が自ら植えた...

  4. 太平記を歩く。 その73 「苔縄城跡」 兵庫県赤穂郡上郡町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その73 「苔縄城跡」 兵庫県赤穂郡上郡町

    前稿で紹介した白旗城から千種川を挟んで西へ3kmほど離れたところに、標高411mの愛宕山があるのですが、この山上が白旗城と同じく赤松氏の拠点だった苔縄城があった場所だと伝えられます。 登城口は、いまは廃校となっている旧赤松小学校の敷地裏にあります。 駐車スペースにあった案内板。愛宕山への登山道は、「苔縄ふれあいの森」と名付けられたハイキングコースになっているようです。 旧小学校敷地内にあった...

  5. 太平記を歩く。 その72 「白旗城跡」 兵庫県赤穂郡上郡町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その72 「白旗城跡」 兵庫県赤穂郡上郡町

    兵庫県の西の端にある白旗城を訪れました。ここは、播磨国守護の赤松氏の居城とされたところで、『太平記』によれば、東上する足利尊氏軍を迎え撃つ新田義貞軍約6万を、赤松則村(円心)がここ白旗城にて50日あまりの間足止めさせたと伝わります。この標高440m、比高390mの登山にチャレンジしました。 城跡への登山の手引は、上郡町のHPで懇切丁寧に紹介してくれていましたので、迷うことなく登れます。写真に...

  6. 太平記を歩く。 その71 「室山城跡」 兵庫県たつの市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その71 「室山城跡」 兵庫県たつの市

    ここでまた少し神戸市を離れて、たつの市にある「室山城跡」を訪れました。築城は播磨の守護大名・赤松則村(円心)といわれ、建武3年(1336年)に足利尊氏が九州に敗走する途中、西下して来る新田義貞の追討軍を阻止すべく、防衛拠点とした城といわれています。円心は、長男の赤松範資を室山城の守りにつけますが、新田義貞軍によって落城。その後、範資は円心の白旗城に逃れます。 室山城は兵庫県たつの市の南西端、...

  7. 太平記を歩く。 その58 「書寫山圓教寺」 兵庫県姫路市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その58 「書寫山圓教寺」 兵庫県姫路市

    兵庫県姫路にある、西の比叡山と称される天台宗の古寺「書寫山圓教寺」を訪れました。書写山は、姫路市の北部にある標高370mの山で、圓教寺はその山上にあります。 大塔宮護良親王や楠木正成、さらには播磨国の赤松則村(円心)らが各地で倒幕の兵を上げると、その機に乗じて後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)は名和長年ら名和一族を頼って隠岐島から脱出し、伯耆船上山で挙兵します。やがて六波羅陥落の知らせ...

  8. 太平記を歩く。 その37 「滝山城跡」 神戸市中央区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その37 「滝山城跡」 神戸市中央区

    「その8」で紹介した布引の滝の西側にある滝山城に来ました。場所は、JR山陽新幹線・新神戸駅の裏山です。 滝山城の築城年代は定かではありませんが、京都東福寺の良覚が記した『正慶乱離志』によると、摩耶山合戦から1ヶ月余りあとの元弘3年(1333年)4月、赤松則村(円心)の陣として、ここ滝山城が使われたと記されています。 城跡への登山道は2とおりありますが、この日は先に「布引の滝」を訪れたので、東...

  9. 太平記を歩く。 その35 「山王神社」 神戸市北区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その35 「山王神社」 神戸市北区

    専念寺から南西に300mほどのところにある「山王神社」を訪れました。 ここは何の予備知識もなく、専念寺を訪れたついでに、同じ集落で目に入ったので立ち寄ってみたのですが、偶然にも、ここも赤松則村(円心)・則祐父子ゆかりの神社だったようです。 拝殿です。 拝殿横に設置された説明板です。「建武動乱の折り、戦勝を祈願して円心・則祐が金幣などを奉納した」とありますね。でも、前稿の専念寺と同じく、その立...

  10. 太平記を歩く。 その34 「唐櫃城跡(専念寺)」 神戸市北区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その34 「唐櫃城跡(専念寺)」 神戸市北区

    神戸市北区の有馬温泉の近くにある「専念寺」というお寺の地が、かつて唐櫃城があったとされる場所で、赤松則村(円心)が一時滞在していたといわれているそうで、訪れました。 専念寺は、「その33」で紹介した五社八幡神社から直線距離にして約2km南にあり、摩耶山城からは六甲山脈を超えた北側になります(神戸では、六甲山北側のことを「裏六甲」といいます)。 現地説明板によると、円心が滞在していたのは「建武...

  11. 太平記を歩く。 その33 「五社八幡神社」 神戸市北区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その33 「五社八幡神社」 神戸市北区

    神戸市北区にある「五社八幡神社」を訪れました。元弘3年(1333年)2月の「摩耶山合戦」の際、摩耶山城を本拠とした赤松則村(円心)は、北方の備えとしてこの背山に支城を築き、荒廃した社殿を再建して戦勝を祈願したと伝えられます。 その甲斐あって赤松軍は幕府六波羅軍に大勝し、倒幕の勢いにのります。鎌倉幕府の瓦解は、遠く離れた神戸のまちから始まっていました。 時代は下って戦国時代、三木城主別所長治の...

  12. 太平記を歩く。 その32 「五鬼城展望公園」 神戸市灘区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その32 「五鬼城展望公園」 神戸市灘区

    摩耶山の麓にある、「五鬼城展望公園」を訪れました。かつてここは摩耶山城の砦のひとつだったと考えられています。摩耶山の登山口に位置し、「摩耶山合戦」に関わっていないはずはないと思い、シリーズに加えました。 「五鬼城展望公園」へのルートは、摩耶山登山道と同じです。 五鬼城の名称の由来は、昔この地を支配していた豪族・五鬼氏からきたものだそうです。以下、説明板より引用。 五鬼城之由来 昔この地に五鬼...

  13. 太平記を歩く。 その31 「六甲八幡神社」 神戸市灘区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その31 「六甲八幡神社」 神戸市灘区

    阪急六甲駅のすぐ南にある森が、六甲八幡神社です。 『太平記』によると、元弘3年(1333年)2月の「摩耶山合戦」において、摩耶山城に籠る赤松則村(円心)に対し、幕府六波羅の軍勢が「八幡林よりぞ寄たりける」とあるのですが、その「八幡林」が、ここ八幡神社の森と考えられています。 いまは街なかにありながらも、境内は広い森となっています。このあたりの住所は現在も八幡町といい、たぶん、当時はこの辺り一...

  14. 太平記を歩く。 その30 「赤松城跡(神戸大学キャンパス内)」 神戸市灘区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その30 「赤松城跡(神戸大学キャンパ...

    神戸市灘区の山の手にある国立神戸大学のキャンパスが、赤松則村(円心)の建てた「赤松城」だったという伝承があります。 『太平記』によると、円心は大塔宮護良親王の令旨を持って都から帰った子・赤松則祐の勧めで、一族に奮起を促し、「当国赤松城に馳せ参ぜしむべし」と伝えたといわれますが、その赤松城というのが、ここ神戸大学の敷地だったとの説です。 明治41年(1908年)の発掘調査で遺構や石垣跡が発見さ...

  15. 太平記を歩く。 その29 「摩耶山城跡」 神戸市北区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その29 「摩耶山城跡」 神戸市北区

    神戸市に横たわる六甲山脈のなかで、六甲山の次に標高の高い摩耶山上に、かつて摩耶山城がありました。ここは、元弘3年(1333年)に播磨国の守護大名、赤松則村(円心)によって築かれた城です。 城跡には徒歩でも登れますが、登山に慣れないわたしは摩耶ケーブルで登ります。 摩耶ケーブルの終点「虹の駅」のある一帯が東の曲輪群だそうです。虹の駅からの眺望。神戸港から大阪湾が一望できます。空気が澄んでいたら...

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