足利尊氏のタグまとめ

足利尊氏」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには足利尊氏に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「足利尊氏」タグの記事(9)

  1. 太平記を歩く。 その70 「慶雲寺」 神戸市須磨区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その70 「慶雲寺」 神戸市須磨区

    前稿の宝満寺につづいて、この時期の足利尊氏にまつわる伝承が残る寺院が神戸市内にもう1ヵ所あります。湊川の戦いの舞台からはちょっと離れているのですが、須磨区車にある慶雲寺です。 その伝承によると、湊川の戦いのとき、足利尊氏軍の軍勢の近くに一人の僧侶が現われ、その僧が尊氏めがけて飛んでくる幾本もの矢を空中で受け止めては投げ捨ててくれたといいます。そのおかげで、味方をまったく傷つかずにすみ、尊氏軍...

  2. 太平記を歩く。 その69 「福海寺(足利尊氏開祖)」 神戸市兵庫区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その69 「福海寺(足利尊氏開祖)」 ...

    足利尊氏が開祖という神戸市兵庫区の福海寺に来ました。建武3年(1336年)、京都を脱出して西へと敗走する足利尊氏が、新田義貞の軍勢に追われたとき、この地にあった観音堂の下に身を隠して難を逃れたといわれ、その報恩のため、のちに尊氏がこの寺を建立したと伝えられています。 先の話になりますが、「湊川の戦い」で楠本正成が戦死し、新田義貞が敗走したことにより、足利尊氏は京へ戻り、延元元年/建武3年(1...

  3. 太平記を歩く。 その68 「宝満寺」 神戸市長田区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その68 「宝満寺」 神戸市長田区

    神戸市長田区にある宝満寺を訪れました。打出合戦に敗れた足利尊氏が敗走中にここを訪れ、再起を願い、武運を守るようにと祈願したと伝えられます。 その後、尊氏は兵庫から九州へ敗走しますが、筑紫(福岡県)の多々良浜で菊池武敏軍と戦った多々良浜の戦いのとき、突然、突風が吹き、その中から一人の少年が尊氏の前に現われ、矢竹をほしいと頼んだといいます。尊氏は、その少年に一本の矢竹を与えました。その後、勢力を...

  4. 太平記を歩く。 その67 「藤之寺(北風家菩提寺)」 神戸市兵庫区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その67 「藤之寺(北風家菩提寺)」 ...

    神戸市兵庫区にある、藤之寺にやってきました。ここは兵庫津の豪商・北風家の菩提寺として知られますが、その北風家の祖先が、『太平記』に関わっていると知り、ここを訪れました。 伝承によると、建武3年(1336年)2月10・11日の打出合戦に破れた足利尊氏軍が、兵庫津から船で九州に敗走しようとしていたとき、この地に古くから住む豪族・白藤氏の第44代・白藤惟村が、北風を利用して足利軍の船に火をつけ、足...

  5. 太平記を歩く。 その66 「打出合戦、大楠公戦跡の碑」 兵庫県芦屋市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その66 「打出合戦、大楠公戦跡の碑」...

    建武3年(1336年)2月10・11日に起きた、打出合戦の地を訪れました。現在、その跡地である兵庫県芦屋市楠木町には、「大楠公戦跡」と刻まれた巨大な石碑があります。 「建武の新政」に不満を募らせた武士たちの期待に呼応するかたちで、後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)に反旗を翻した足利尊氏は、建武2年(1335年)12月11日、攻め寄せた新田義貞軍を箱根竹ノ下で撃破すると、その勢いで、翌年...

  6. 太平記を歩く。 その65 「一乗寺下り松」 京都市左京区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その65 「一乗寺下り松」 京都市左京区

    京都市左京区にある「一乗寺下り松」を訪れました。ここに、「大楠公戦陣蹟」と刻まれた、大きな石碑があります。 「建武の新政」に不満を募らせた武士たちによって混乱が生じはじめた建武2年(1335年)7月、滅亡した鎌倉幕府の執権だった北条高時の遺児・北条時行が、幕府再興を掲げて信濃で挙兵し、進軍して鎌倉を占拠する「中先代の乱」が起きます。これを鎮圧に向かった足利尊氏は、乱を平定したのちも鎌倉に留ま...

  7. 太平記を歩く。 その39 「六波羅探題府跡(六波羅蜜寺)」 京都市東山区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その39 「六波羅探題府跡(六波羅蜜寺...

    大塔宮護良親王や楠木正成、赤松則村(円心)のはたらきに加え、幕府方だった足利高氏(尊氏)の寝返りが決定打となり、元弘3年(1333年)5月7日、とうとう六波羅探題が落とされます。 六波羅探題は現在の京都市立六原小学校にあったとされ、現在はその近くにある六波羅蜜寺に石碑が建てられています。 『太平記』によると、足利軍と六波羅軍の合戦を源平合戦になぞらえています。足利は源氏、北条は平氏だからでし...

  8. 太平記を歩く。 その38 「篠村八幡宮(足利高氏旗揚げの地)」 京都府亀岡市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その38 「篠村八幡宮(足利高氏旗揚げ...

    京都府亀岡市にある篠村八幡宮を訪れました。ここは、足利高氏(尊氏)が尊王討幕の旗揚げをした地として知られます。シリーズ38にして、ようやく高氏の登場です。 鎌倉幕府の役人だった足利高氏は、当初は幕府軍として笠置山の戦いや下赤坂城の戦いに従軍していましたが、そのとき、父の足利貞氏の喪中であることを理由に出兵動員を辞退しましたが、幕府はこれを許しませんでした。『太平記』では、このことで高氏は幕府...

  9. 新春の足利。 - <徳島早苗の間>

    新春の足利。

     正月に足利へ行って来たのでその時の写真をUP。 夜の鑁阿(ばんな)寺。 真言宗大日派の本山。本尊は源氏、足利氏の守り本尊である大日如来を祀る。元々は足利氏の館。 鑁阿寺の獅子舞おみくじ。 100円入れるとおみくじを引いてくれる。  何かユーモラスで可愛い動き^^。 夜の利性院閻魔堂。 ここの閻魔様は地蔵菩薩の化身で家内安全や厄除けなどの御利益があるとされ「井草の閻魔様」と親しまれているとか...

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