CHINAのタグまとめ

CHINA」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログにはCHINAに関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「CHINA」タグの記事(149)

  1. 『偉大なる道』にまつわる名前いろいろ - Out of Far East

    『偉大なる道』にまつわる名前いろいろ

    この本は朱徳の波乱万丈の半生記だけでなく、封建社会での農民の暮らしが細かい所まで書かれている。作家ハン・スーインは朱徳と同じ四川省の生まれだが、何代も前から読書人階級として暮らしてきた名門出身なので、自伝では特権階級の暮らしぶりが書かれている所が興味深かった。それに比べると、朱徳の生まれた家の暮らしのつつましさには驚くことが多かった。 この本は中国だけでなく東アジアの封建社会での民衆の習俗を...

  2. ▶︎◀︎ CHINA girl ▶︎◀︎ -  NUTTY BLOG

    ▶︎◀︎ CHINA girl ▶︎◀︎

    シノワズリに憧れて・・・。▶︎◀︎ CHINA girl ▶︎◀︎model & styling / ai夏といえばカンカン帽。元は水兵や船の漕ぎ手のために作られ、当時は船遊びやピクニックなどの娯楽面でも愛用されていたそう。すっきりまとめ髪にオンしてお洒落に。□ Boater straw hat:vintage(SOLD OUT)□ 40's twotone bakelite ear...

  3. 『偉大なる道』にまつわる人物いろいろ - Out of Far East

    『偉大なる道』にまつわる人物いろいろ

    この本には敵味方いろいろな人物が登場してくるので、読んでいて楽しかった。朱徳が対峙してきたのは地主などの特権階級から始まって、清朝の西太后、袁世凱や蒋介石とその周辺の軍人政治家たち、外国の帝国主義者たち。朱徳が語っているように国が外国に侵略されるときは必ず自国内に買収された協力者がいて、彼らの存在は中国固有の問題ではない。ただ中国は領土も人口も桁違いに大きいので、その分反逆者の数は多いし、殺...

  4. 『偉大なる道』にまつわる出版いろいろ - Out of Far East

    『偉大なる道』にまつわる出版いろいろ

    国家的偉業をなした人物の伝記はたくさん出版されてきている。『偉大なる道』で描かれている朱徳についても中国では国家的事業としてたくさんの伝記が出版されてきているはずだ。ただし、偉大なことは教育を通じて認識しているけれど、もう過去の人物として普段の生活では忘れられた存在だろう。このあたりの実感はよくわからない。毛沢東や周恩来など他の革命の指導者の伝記もそうだと思う。 朱徳の最後の夫人だった康克清...

  5. 記憶の欠片 パンダ - Life with Leica

    記憶の欠片 パンダ

    OLYMPUS OM-D E-M10 OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL 9-18mm F4.0-5.6上野動物園(台東区)で5年ぶりにジャイアントパンダの赤ちゃんが誕生し、地元商店街や商業施設では「はじめまして」「誕生おめでとう」と書かれたお祝いのポスターが貼り出されるなど喜びと歓迎ムードが広がった。(6月13日 産経ニュース)パンダ、パンダって、なんでそんなに大騒ぎするかねえ...

  6. 朱徳の半生記を読んで - Out of Far East

    朱徳の半生記を読んで

    ブログの過去記事を見ると、昨年10月からアメリカ人女性アグネス・スメドレーが聞き取り編集した朱徳の半生記『偉大なる道』を丁寧に読み始めたことになる。 こんなに本の中の登場人物に愛着を持って読みすすめたことも珍しい。勢いで読んだ一回目、少し余裕を持って読んだ2回目よりもはるかに多くの知識、発見、再認識を得たし、現代の国内情勢を考える目も少し養われた感じがする。とくにアメリカの対アジア政策のこと...

  7. 還暦を迎えて 「偉大なる道」⑤―5 - Out of Far East

    還暦を迎えて 「偉大なる道」⑤―5

    四川省の貧農の子だった朱徳将軍はいま六十歳になった。11月30日、戦闘の真っ最中に、華北の人民と部隊は彼を祝福して愛情と激励の言葉を贈った。はるかな満州の戦地から林彪の幕僚が打電してきた。 「貴下の六十歳の誕生日を祝うため、われわれは一つの新しい勝利を贈る。ただいま国民党の一個連隊、わが方に投降せり」 上海で出ている雑誌『群衆』の編集局が誕生日に間に合うように手紙を送ってきた。 「敬愛する先...

  8. 煽られる内戦 「偉大なる道」⑤―4 - Out of Far East

    煽られる内戦 「偉大なる道」⑤―4

    マーシャル将軍がアメリカへ帰って報告書を出したのは、国民党が攻撃を開始した7月22日から6ヶ月の後だったが、彼は内戦について国共双方を非難しながらも、誠実に次のようにのべていた。「国民党反動グループは、彼らの封建的な中国支配の保持に熱心であり、……彼らが何をしてもアメリカは支持してくれると計算している」 朱将軍は後になって、マーシャルの失敗の原因はマーシャル自身というよりもアメリカ政府の政策...

  9. 重慶協定破綻 「偉大なる道」⑤―3 - Out of Far East

    重慶協定破綻 「偉大なる道」⑤―3

    1946年4月になって重慶協定が破綻したことがはっきりしたので、これに参加した共産党側の指導者11人が飛行機で延安に向けて重慶を去った。この飛行機は途中で墜落して、乗っていた全員が死亡した。操縦者と乗務員はアメリカ人だったが、そんな小さなことは国民党秘密警察のサボタージュ行為の妨げにはならなかった。死亡者の中には新四軍の前司令官葉挺将軍がいたが、彼は5年間の監獄生活から釈放された人で、いま妻...

  10. 蒋介石の陰謀 「偉大なる道」⑤―2 - Out of Far East

    蒋介石の陰謀 「偉大なる道」⑤―2

    マーシャル将軍は1946年3月初旬ワシントンに行き、5億ドルの借款を請求した。これは12月15日のトルーマン大統領の声明によれば、新しい民主政府だけに与えられるはずだった。   ところが国民党反革命の武器庫には、マーシャルが想像もしないような謀略が隠されていた。マーシャルの不在の間に、国民党中央執行委員会は秘密会議を開き、重慶協定の決定を廃棄した。国民党は行政部門が国会に対して責任を負うとい...

  11. 国内平和を求めて 「偉大なる道」⑤―1 - Out of Far East

    国内平和を求めて 「偉大なる道」⑤―1

    1946年1月に、朱将軍は外国人記者ジョン・ロデリックと会談したが、彼は朱将軍のことを「熱心な聴き手」で、「旧世界的な作法」をもった人であり、すすめられる煙草をとる前などには両手を胸のあたりで握り合わせて、軽く頭をさげると書いた。ロデリックの話によると、朱将軍はそのころはもう兵隊とバスケット・ボールをすることはなく、長い散歩をとり、ときどき馬に乗って猟に出かけた。戦争中に日本の爆弾で破壊され...

  12. 重慶協定調印 「偉大なる道」④―3 - Out of Far East

    重慶協定調印 「偉大なる道」④―3

    朱将軍が満州地域の問題を考えていた当時、中国の情勢がまた急に変わった。1945年12月15日にトルーマン大統領は声明を発表して、アメリカ政府は、「中国の国民政府が一党専制の政府」だということを認めること、そして政治的統一は中国人自身によってのみ作り出されるということを明らかにした。大統領は内戦の停止命令を擁護して、平和と統一と民主的改革は中国政府の基盤をひろげて他の党派を含めることによって促...

  13. 満州に対する政策 「偉大なる道」④ー2  - Out of Far East

    満州に対する政策 「偉大なる道」④ー2 

    毛沢東は10月に重慶から戻ってきた後、ひどく心臓を病んでいたので、延安に来た二人のアメリカ人記者と会見できなかったが、朱将軍は率直に会談した。 その当時、共産主義者の本拠地延安は引越し最中だった。戦争が終わったとき、八路軍部隊は工業都市の張家口から日本軍を追い出したが、そこは延安から東北40日の行軍距離にあった。この途中にたくさんの宿泊所が設けられ、延安から張家口やその他の場所へ移動する何千...

  14. 革命兵力vs.反革命兵力 「偉大なる道」④ー1 - Out of Far East

    革命兵力vs.反革命兵力 「偉大なる道」④ー1

    1945年10月、11月が過ぎると、全華北は革命兵力と反革命兵力の間の闘争場になった。アメリカと日本と兵隊は、共産軍に挑戦する国民党軍や傀儡軍が使用できるように共同で鉄道を警備した。国民党軍の使用にあてるアメリカの飛行機やレンド・リース物資が上海や華北のアメリカが管理する港にぞくぞくと送りこまれた。 8月23日に満洲の占領を完了したソビエト赤軍は、この地方の主要都市と交通線をおさえていて、一...

  15. 米軍の不法行為とアメリカ人の友人 「偉大なる道」③―5 - Out of Far East

    米軍の不法行為とアメリカ人の友人 「偉大なる道」③―5

    アメリカ軍に関係する事件が続いていたころ、上海の2、3の勇敢な新聞が「米軍暴虐のページ」という欄を設けたが、月日がたつにつれて、アメリカ軍の不法行為に関する報道や投書でいっぱいになった。あるアメリカの提督は、婦女子の暴行や男子の殴打殺害に抗議しに行った上海の中国人代表団に向かって、「アメリカの若い連中」は何ヶ月も海上でさびしい思いをしたので、ちょっと楽しみを取っているのだと答えた。 だが、天...

  16. アメリカの内政干渉 「偉大なる道」③ー4 - Out of Far East

    アメリカの内政干渉 「偉大なる道」③ー4

    朱将軍は9月17日に論文で反駁した数日後に、また文章を発表して、こんどはマッカーサー将軍が東京で発表した日本人戦争犯罪者の名簿に抗議した。この名簿には真珠湾攻撃当時の閣僚と、フィリピン、ビルマ、そして蘭領東インドの残虐行為の責任の地位にあった高官の38人しか載っていなかった。名簿には中国での残虐行為の責任者はひとりも入っていなかった。 朱将軍は「日本はその重工業の若干と極東貿易における指導的...

  17. 日本軍と傀儡軍 「偉大なる道」③ー3 - Out of Far East

    日本軍と傀儡軍 「偉大なる道」③ー3

    重慶での交渉が続いている間、朱徳将軍は相変わらず延安でこつこつ精出していた。連合軍の勝利を祝う9月5日の民衆大会で、民主的な中国だけが国民を統一することができること、そして民主主義の実践と生産活動の点で、解放区が全国の手本にならなければならないことを説いた。 「もしいかに戦うかを知り、しかも戦争中にも生産に従事し、そして真に奉仕する人民軍というものがなかったならば、戦争での勝利も平和と復興に...

  18. 毛沢東と蒋介石の会談 「偉大なる道」③―2 - Out of Far East

    毛沢東と蒋介石の会談 「偉大なる道」③―2

    1945年8月の末になって、ハーレイ将軍は毛沢東に重慶に来て、交渉するよう強要した。そして毛の身辺の安全を保証するため、ハーレイ将軍自身が張治中将軍を連れて延安に飛行機で来て、8月28日王若飛将軍といっしょに毛沢東を連れ出した。 毛と会った蒋総統の第一の要求は、八路軍と新四軍を国民党軍に改編することだった。これに対して毛は、それほど愚かではなかったので、彼の軍は中国人民全体を代表する連合民主...

  19. 日本軍国主義と米ソの思惑 「偉大なる道」③ー1 - Out of Far East

    日本軍国主義と米ソの思惑 「偉大なる道」③ー1

    朱将軍は生え抜きの軍人そのものだったが、人類の歴史上最も偉大な闘争の一つのまっただ中に立っていることをはっきりと自覚する想像力を持っていた。 彼の机に届く書類や国際社会に見られる動きのほとんどすべて、国籍や人種の境界を越えて階級は階級を呼び求めるという彼の確信を裏付けたのであった。 机には華北の日本軍部隊が出した布告の写しがのっているが、それは彼らが「重慶政府軍政部長何応欽将軍から中国共産匪...

  20. 国際外交舞台 「偉大なる道」②ー5 - Out of Far East

    国際外交舞台 「偉大なる道」②ー5

    朱将軍の武装解除に関する要求の返事を蒋介石がまとめるには二日かかった。その間に朱将軍は、南京の岡村将軍に打電して、現在地で八路軍と新四軍に投降するよう解放区の全日本軍に指令することを命じた。華南では、国民党軍に取り巻かれている部隊以外は華南抗日部隊に投降するよう要求した。 また敵の占領地域の施設や物資はすべて現状のまま保存し、日本軍の飛行機と華北、華東の港内の艦船はすべて現在地にとどめ、黄海...

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