あの日のオルガンのタグまとめ

あの日のオルガン」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログにはあの日のオルガンに関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「あの日のオルガン」タグの記事(44)

  1. 新緑の信州路 - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    新緑の信州路

    眩しい程の春の光が新緑に踊る長野県を、久し振りに訪れました。コロナ禍以前、「あの日のオルガン」は、長野県内に大きく拡がり始めていました。作品の感動が口づてに伝わり、上映の担い手も多様な方々に拡がってもいました。コロナ禍以前で最後に訪れたのが千曲市だったことを、思い出しています。昨年2月、千曲市で長年にわたって、子どもたちへの素晴らしい文化を伝える活動を続けて来た、<更埴子ども劇場>をお訪ねし...

  2. <JSN支援運動>終了報告会 - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    <JSN支援運動>終了報告会

    長い、長い、コロナ禍のトンネルの先に、細い一筋の光が見えた…そんな思いにさせられた一日でした。コロナの感染再拡大で危機に見舞われた協同組合ジャパン・スローシネマ・ネットワーク(略称JSN)を支援しようと始められた<JSN支援運動>が、無事その幕を降ろし、その<終了報告会>が開かれたのは、本来であれば、夏を彩る「仙台七夕まつり」に賑わっていた筈の、8月8日の仙台でのことでした。足かけ4ヶ月に及...

  3. 「あの日のオルガン」再開第一歩上映会 - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    「あの日のオルガン」再開第一歩上映会

    突然のコロナ禍で仕事を奪われてから、何と5か月を数えようとしていました。思いあって、映画の道を志してから49年…この間、こんなにも長い期間にわたっての停滞を強いられたことは、勿論のことございませんでした。会社の売り上げはゼロを重ね、我が人生その最終盤で、最大の危機を迎えていました。こんな時、心が折れてしまいそうな私たちを支えてくれたのは、<JSN支援運動>に寄せられたご支援のお声の数々でした...

  4. ソロリ、ソロリと… - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    ソロリ、ソロリと…

    突然のコロナ禍で、全ての仕事を奪われてから4ヶ月が流れていました。この間、季節は冬から春へ、そしてもはや初夏を迎えていました。長いようで短かったこの4ヶ月…正直に申し上げるなら、とてもつらい毎日でした。先の見えない感染の拡大…そして、国中を覆う「自粛」の声、声、声。数多くの業種の方々が、その仕事を奪われて行きました。そして、私たちも…。今日は北海道、そして明日は京都…、連日のように連なってい...

  5. 蓮田市…妙楽寺… - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    蓮田市…妙楽寺…

    コロナ禍で、心までもが塞がってしまいそうな時、一陣の風のような爽やかな話題が届けられました。1944年11月25日…戦火から子どもたちの命を守ろうと決意した、戸越保育所の保母たちは、埼玉県平野村(現蓮田市)の妙楽寺に、全国初の疎開保育園を開設して、全ての子どもたちの命を守り抜きました。この史実は、これまでほとんど知られてはいませんでしたが、「あの日のオルガン」が完成し、この全国上映を通して、...

  6. 「オルガン」感想文集 - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    「オルガン」感想文集

    「あの日のオルガン」の上映終了地から、ご覧になった方々の感想文集が相次いで送られて来ました。一つは、宮城県石巻市から。石巻市では、映画をご覧になった、元高校の先生を中心に昨年3月から上映成功に向けたていねいな準備が進められていました。その運動の根幹は、従来あった組織を束ねる型の上映実行委員会ではなく、この作品のテーマ一本に絞って、この上映にご賛同いただける幅広い、個人の結集を目指したことでし...

  7. 映画「プリズン・サークル」 - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    映画「プリズン・サークル」

    「コロナ」で空いてしまった時間を利用して、一本の映画を観ました。「プリズン・サークル」、島根県にある官民協働の刑務所「島根あさひ社会復帰促進センター」を描いたドキュメント作品です。この映画は、「あの日のオルガン」の製作の折、市民プロデューサーとしてご支援いただいた、東京恵比寿駅前で精神科医をされているYさんからのご紹介でした。私たちJSNでは、「あの日のオルガン」の一作前に、「君の笑顔に会い...

  8. 暖かいお手 - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    暖かいお手

    コロナの影響で上映が消えてしまい、つらい日々を送っていました。そんな私たちのもとに、暖かいいくつかのお手がそっと重ねられました。一つは、長野県塩尻市の「あの日のオルガン」上映実行委員会F様から、そして松本市で上映準備をされていたY様、更には参議院議員A様から…。塩尻市では試写会でこの映画をご覧になった、塩尻子ども劇場の方々が大感激、広くご賛同を募って上映実行委員会を発足させ、6月の上映成功に...

  9. あの日から9年・・・ - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    あの日から9年・・・

    3月11日…今日は、東日本大震災から9年目の日です。あの日、東日本一帯に押し寄せた津波は、それまでそこにあった人々の当り前の生活の営みを不当にも奪って行きました。そして、その傷跡はいまだに被災地に深く刻まれています。9年が経っても…。何年経っても忘れることのできないこの日を、今年は暖かな日差しの仙台で迎えました。朝の散歩の折に耳にした鶯の初鳴き、庭の梅の花はほころび始め、季節は巡っておだやか...

  10. 「コロナ」 - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    「コロナ」

    参りました!「コロナウィルス」が国中にまん延して、そのあおりを受けて映画の上映会の中止や延期が相次いでいます。私たちが心を込めて製作、そして全国上映運動に向けた努力を重ねていた作品は「あの日のオルガン」でした。この作品、完成後の作品のご評価はとても素晴らしいものでした。しかしながら、全国上映スタートの頃、その作品評が上映の拡大や、観客数に、必ずしもつながらずに苦慮していました。それでもあきら...

  11. 多様な上映 - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    多様な上映

    「あの日のオルガン」上映運動実現の願いを携えて、三日月滋賀県知事とご面会したのは、昨年の5月のことでした。幸い上映運動へのご賛同をいただき、それ以降丁寧に時間をかけながら準備をして来た、滋賀県での「オルガン」上映運動は、琵琶湖畔のまち東近江市からスタートを切ることになりました。昨日は、市のお呼びかけに応えて、約30人の市内各団体の代表の方々がお集まりになっての「あの日のオルガン」東近江市上映...

  12. 新島々 - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    新島々

    松本から約15㎞、小さな、まるでおとぎの国の電車に乗って、山あいの終着駅新島々を訪れました。釜トンネルが開通するまでは、北アルプスの玄関口上高地へのルートは、島々から徳本峠を越えての道のり…数々の山岳紀行にも語られ、一度は訪れてみたいと思っていた駅でした。「オルガン」の長野県での仕事が相次ぎ、その狭間になった日曜日の空いた時間を利用しての新島々訪問には一つの目的がありました。新島々駅前にある...

  13. スローシネマ - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    スローシネマ

    時間の流れの余りの早さには驚かされるばかり・・・又、師走の節が巡って来ました。改めて手帳を開いて今年を振り返って見れば、それはまさに「あの日のオルガン」一色に彩られた一年でした。この作品は、はじめの頃はなかなかに動きが重く、その展開をいささか心配していましたが、やっと動きが見えて来た様に思えて来ました。決して派手ではないが、それでも上質なこの作品が全国に届くのには、これ位の時間が必要だったの...

  14. 訃報 - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    訃報

    多くの方々の手に支えられて昨年7月完成し、その上映の輪を全国に拡げている映画「あの日のオルガン」・・・、戦火から子どもたちの命を守るため、全国初の保育園の地方への疎開を行い、子どもたちの命を守り抜いた保母たちの奮闘の史実にもとづく映画です。この疎開保育園は、約一年におよぶ保母たちの苦闘のドラマでしたが、その疎開生活を全身全霊の努力で支えた保母は11名・・・その全てが20歳前後の若い娘たちでし...

  15. 若者たち - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    若者たち

    阿寒湖から始まった北海道の旅、明けて翌日は、国際ソロプチミスト釧路アミティが主催した「あの日のオルガン」の釧路での試写会でした。以前、札幌の試写会でご覧になった、市議会議員の会員さんが大感激、今年創立25年を迎える会の記念行事での上映を・・・そんな願いで開かれた試写会でした。試写会には、会場をいっぱいに埋めた、市内各団体の90名の方がご参加、流れる涙をぬぐいながら上映の成功を誓い合う試写会と...

  16. 阿寒湖 - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    阿寒湖

    いつの間にか、北の地には秋が訪れていました。「あの日のオルガン」を携えて、久し振りの北海道、空港でレンタカーを借りて、一路道東へ…。何と、目に映る森の木々の葉は赤や黄色に色づいて、北の大地は秋まっ盛りの風情でした。社会に目をやるなら暗い話題ばかり…、国の未来に漠たる不安も覚える毎日でしたが、自然の営みは変わらずに四季の巡りを重ねていることに、安堵の思いにもさせられました。明日の釧路での試写会...

  17. 「オルガン」品川区上映 - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    「オルガン」品川区上映

    「あの日のオルガン」には、2つの「ご当地」があります。一つは、戦火から逃れた子どもたちを受け止めた埼玉県平野村(現蓮田市)、そしてもう一つは、戸越保育所があった東京都品川区です。いずれの地でも、この映画製作企画を喜びをもって受け止めていただき、支援の運動は始まっていました。一歩先に上映の実現となったのは蓮田市、市民の運動に市も賛同し、以前のブログでご紹介した素晴らしい上映会となりました。そし...

  18. 記録映画「或る保姆の記録」 - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    記録映画「或る保姆の記録」

    「あの日のオルガン」の製作企画を始めていた頃、是非観たい、と願っていた記録映画がありました。「或る保姆の記録」、発足間もない戸越保育所での子どもたちの生活を描いた作品です。戸越保育所が幼い子どもたちの命を育んでいたのは、東京都品川区でした。この地区は、大井町駅を中心とした、小さな工場が林立する労働者の街でもありました。戸越保育所の創設者となった大村栄之助・鈴子さんご夫妻は、労働者に心寄せるお...

  19. 「あの日」蓮田市上映大成功!! - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    「あの日」蓮田市上映大成功!!

    振り返れば、蓮田市の製作上映運動は、そのスタートから2年を数えていました。戦火から逃れて来た、53人の幼い命を守った、誇り高い蓮田の歴史を語ろうとする運動は、劇場上映に引き続く第2次上映の全国トップを切って行われ、その上映は見事な大輪の花を咲かせたのでした。初めにこの運動のお声をあげたのは、心やさしき市民の方々でした。〝子どもの命と平和〟を語るこの作品を完成させ、蓮田の地から全国に発信しよう...

  20. 盛岡 - シネマとうほく鳥居明夫の旅と映画

    盛岡

    心安らぐ北の街盛岡・・・私を生み育てた故郷です。仙台まで、新幹線に乗るなら45分、泊ることはほとんどなかったのでしたが、昨日の夜の予定が急に変更になって、そのまま盛岡の宿泊を決め、思いたって市内で書店を営む中学校の同級生に連絡をして、これも中学の同級生がやっている居酒屋で久し振りの旧交を温めました。昭和23年に盛岡に生まれた私でしたが、父親の転勤でその後、函館、東京と転校を重ねて、盛岡に戻っ...

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