アート・建築・映画・サブカルのタグまとめ

アート・建築・映画・サブカル」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログにはアート・建築・映画・サブカルに関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「アート・建築・映画・サブカル」タグの記事(40)

  1. 097 ハルビンはアールヌーヴォーの街 - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    097 ハルビンはアールヌーヴォーの街

    19世紀末にロシア人に造られたハルビンには、ヨーロッパから多くの外国人が集まってきており、さまざまな様式の西洋建築が建てられた。なかでも当時隆盛を極めたアールヌーヴォー建築が、遠く離れたこの地に周回遅れで建てられた面がある。その有機的なモチーフや曲線を多用するデザインは遊び心にあふれていて、当時のハルビンはまるでおとぎの国のようでもあった。(撮影/2014年7月)※いまでこそ、高層ビルもずい...

  2. 日本時代の記憶がそこかしこに残るサハリンの港町コルサコフ - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    日本時代の記憶がそこかしこに残るサハリンの港町コルサコフ

    コルサコフは少々くたびれた感じの港町ですが、戦前から稚内と航路もつながっており、日本時代の樺太の記憶がそこかしこに残っています。日本からの航路の玄関口としては垢抜けなさがちょっと残念な港町コルサコフ http://inbound.exblog.jp/27262734/港に近い線路跡のさびれた光景は、日本のどこかの昭和の風景のようにも思えてきます。日本時代に建てられたレンガ倉庫も残っています。...

  3. 旧落合王子製紙工場跡の管理人は「こうなったのはゴルバチョフの頃だ」と話す - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    旧落合王子製紙工場跡の管理人は「こうなったのはゴルバチ...

    ポロナイスクから夜行列車に乗って、朝5時半過ぎにドリンスクに到着。そのまま乗っていれば、1時間後にユジノサハリンスクに着くのに、わざわざこの駅で降りたのは、前日に引き続き、旧王子製紙工場跡を訪ねるためでした。駅を降りると、ホテルが1軒ありましたが、鍵がかかって中に入れないし、カフェも開いていない。タクシーもいません。一瞬、途方に暮れましたが、少し歩くと、食材店があり、ドリンクとハンバーガーを...

  4. 「樺太には樹木がない」と書いた林芙美子と旧敷香王子製紙工場廃墟 - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    「樺太には樹木がない」と書いた林芙美子と旧敷香王子製紙...

    ポロナイスクでは、旧敷香王子製紙工場の廃墟も訪ねています。昭和10年(1935年)に操業を開始した、樺太で最後に造られた工場のようです。以下、写真家の佐藤憲一さんの写真を見ていきましょう。ところで、昭和9年(1934年)に樺太を訪ねた林芙美子は「樺太への旅」にこんなことを書いています。「この豊原に来るまでに、一時間あまり車窓を見て驚いた事は、樺太には野山という野山に樹木がないことでした。(中...

  5. 先住民とロシア人、日本人の関係を物語るポロナイスク博物館の展示 - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    先住民とロシア人、日本人の関係を物語るポロナイスク博物...

    昭和9年(1934年)6月、林芙美子が訪ねた樺太の敷香町(現ポロナイスク)には、「オタスの杜」と呼ばれた先住民の集落がありました。彼女が書いた紀行文「樺太への旅」によると、そこにはニブフ(ギリヤーク)やウィルタ(オロッコ)、エヴェンキ(キーリン)、ウリチ(サンダー)、ヤクートなどの先住民が集められ、日本語教育が行われていました。大鵬以外にもいるポロナイスク(敷香)と縁のある日本人の話(間宮林...

  6. 084  遊園地の中にある旧ウスペンスキー教会 - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    084  遊園地の中にある旧ウスペンスキー教会

    ハルビンに数ある教会の中でも、独特の雰囲気を残しているのが、旧ウスペンスキー教会だ。1908年に建てられたロシア聖堂だが、現在は遊園地の中にある。蔦のからまる外壁はかなり老朽化していて、立法体の建物の上にちょこんと載る円筒系の塔には鐘が吊るされていたはずだが、現在非公開。(撮影/2014年7月)※ウスペンスキー教会は、ハルビンの中でいちばん好きな教会です。遊園地の中にあるため、周囲はいろんな...

  7. 大鵬以外にもいるポロナイスク(敷香)と縁のある日本人の話(間宮林蔵、鳥居龍蔵、馬場脩、林芙美子) - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    大鵬以外にもいるポロナイスク(敷香)と縁のある日本人の...

    昭和の人気力士、横綱大鵬(本名・納谷幸喜)は昭和15年(1940年)当時日本領だった樺太の敷香町、現在のポロナイスクで、ロシア革命後に樺太に亡命したというウクライナ人の父と日本人の母の間に生まれています。大鵬の公式サイトによると、この銅像が建てられたのは、2014年8月15日のことでした。第四十八代横綱大鵬オフィシャルサイトhttp://www.taiho-yokozuna.com/prof...

  8. 「巨人・大鵬・卵焼き」の大鵬が生まれたポロナイスクで昭和の時代を思う - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    「巨人・大鵬・卵焼き」の大鵬が生まれたポロナイスクで昭...

    ユジノサハリンスクから北へ288km、サハリン中南部の東海岸にある港町のポロナイスクは、戦前まで「敷香(しすか)」と呼ばれていました。サハリン南部を日本が領有していたこの時期、敷香は北緯50度線の国境に近い町でした。今年6月中旬、この町を訪ねたのですが、あいにく午後になってもオホーツクの海霧に覆われていて、ずいぶんさびしい土地のように見えました。さらに北にあるノグリキでは好天に恵まれたのです...

  9. 083 礼拝が行われているハルビンの教会 - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    083 礼拝が行われているハルビンの教会

    ハルビンには東方正教系の教会がいくつもあるが、1935年に建てられたアレクセイエフ教会は、現在ハルビン天主堂と呼ばれている。20数年前に訪ねたとき、この教会の鐘は外され、地面に置かれていたが、いまはミサが行われている。地元のおじさんたちの憩いの場でもある。(撮影/2014年7月) ※ミサといっても、ロシア正教ではなく、中国政府が管理するキリスト教です。このような教会は中国各地にあり、中国語の...

  10. 制裁のさなか、なぜ中国は北朝鮮と結ぶ新しい橋を建設するのか - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    制裁のさなか、なぜ中国は北朝鮮と結ぶ新しい橋を建設するのか

    先日、中国吉林省延辺朝鮮族自治州の延吉に住む友人から1枚の写真が届きました。これは中朝国境の町、図們で対岸の北朝鮮の南陽と結ぶ新しい橋を建設している光景です。写真の左手が日本時代の1941年に造られた図們大橋、右手が現在建設中の新橋です。旧橋が老朽化したのと、トラック1台しか走れない幅なので、もっと物流を増やせるように対面で2台が走れるような大きな橋になるそうです。再来年に完成の予定だとか。...

  11. 082 ハルビンのシンボル、聖ソフィア大聖堂 - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    082 ハルビンのシンボル、聖ソフィア大聖堂

    ハルビン生まれの若いカップルが寄り添い見上げる、ネギ坊主型のドーム屋根にレンガの外壁。かつてのロシア正教会の寺院、聖ソフィア大聖堂はハルビンのシンボルだ。建設は1907年からで、完成したのは1932年。現在は、ハルビンの歴史博物館となって、宗教施設としては使われていない。(撮影/2014年7月) ※ここ本当に中国? と思うかもしれません。戦前はこの町に日本人も多く住んでいました。ボーダーツー...

  12. 樺太時代をいまに伝えるサハリン州郷土博物館 - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    樺太時代をいまに伝えるサハリン州郷土博物館

    サハリンが樺太と呼ばれていた時代が確かにあったことをいまに伝えるシンボルともいうべき場所がサハリン州郷土博物館です。この威風堂々とした建物は、昭和12年(1937)に樺太庁博物館として建てられました。当時流行していた「帝冠様式」を採用したもので、建築家の貝塚義雄が設計しています。同館の沿革は、サハリン北部のロシア人の最初の居留地のひとつ、アレクサンドロフスク・サハリンスキーにあった国境警備所...

  13. 日本人としてぜひ訪ねておきたいサハリン鉄道博物館 - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    日本人としてぜひ訪ねておきたいサハリン鉄道博物館

    ユジノサハリンスクにはいくつもの博物館がありますが、駅の近くにあるサハリン鉄道博物館は、日本人としてぜひ訪ねておきたい場所だと思います。樺太時代をいまに伝えるサハリン州郷土博物館 http://inbound.exblog.jp/27174994/展示室は3つに分かれているのですが、まず目に飛び込んでくるのは、樺太時代の鉄道に関する部屋です。戦前の日本で流行した樺太の鳥瞰図が目を引きます。樺...

  14. 日本時代の記憶が懐かしいサハリンで購入した写真集 - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    日本時代の記憶が懐かしいサハリンで購入した写真集

    今年6月、サハリンに行った話を知り合いや友人にしたら、ご両親や祖父母、親戚が樺太に住んでいたという人が何人かいました。現地で購入したこの本は、日本時代と現代の同じ場所の写真を見開きごとに並べた写真集です。ぼく自身はロシア語に不自由しているので、よくわからないところもあるのですが、当時の記憶のある方に見せたらきっと懐かしく思うのではないでしょうか。この写真集の話をサハリン在住の日本の方にしたと...

  15. ノグリキ郷土博物館で知るサハリン北部に住んでいた先住民族たち - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    ノグリキ郷土博物館で知るサハリン北部に住んでいた先住民族たち

    ノグリキは小さな町ですが、かつてサハリン北部に多く住んでいたニブフ(ギリヤーク)やウイルタ(オロッコ)、エヴェンキなどの先住民族たちの暮らしや歴史を展示する郷土博物館があります。場所は1番バスの終点です。サハリン鉄道終点の町、ノグリキのなんてことのない歩き方http://inbound.exblog.jp/27119084/ そこには、彼ら先住民族の生活道具や衣服、祭祀に使う道具などが展示さ...

  16. サハリン北緯50度線、日ソまぼろしの国境標石跡を訪ねる - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    サハリン北緯50度線、日ソまぼろしの国境標石跡を訪ねる

    もう70年以上前のことですが、サハリンの南半分は日本の国土でした。当時、サハリンの北緯50度線に沿って日本とソ連(当時)の陸路の国境があったのです。※同じ1905年にロシアから租借地として移行した中国の関東州(大連)にも清国との陸路国境と税関がその後できています。今年6月、北緯50度線に位置するかつての国境標石の跡を訪ねました。サハリン東海岸の中央部に位置するポロナイスクのホテルで車をチャー...

  17. 廃墟の中で出会った少年たち~旧真岡王子製紙工場を歩く - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    廃墟の中で出会った少年たち~旧真岡王子製紙工場を歩く

    ホルムスクにある旧真岡王子製紙工場の廃墟に潜入し、撮影をしていると、ふたりのロシア人の少年がぼくらの前に現れました。どうやらふたりは、怪しげな外国人が廃墟の中にいる様子を見て、何事だろうと近づいてきのでした。というのも、あとで聞いた話では、彼らにとってここは小さな頃から慣れ親しんだ遊び場だったからです。旧真岡王子製紙工場は大正8年(1919年)に樺太工業が操業を開始し、昭和8年(33年)に同...

  18. 「日本にいちばん近いヨーロッパの田舎町」ユジノサハリンスク街歩きモデルコース - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    「日本にいちばん近いヨーロッパの田舎町」ユジノサハリン...

    ユジノサハリンスクは、サハリン州の州都ですが、人口20万人ほどの町。まさに「日本にいちばん近いヨーロッパの田舎町」です。ヨーロッパの都会のような見どころ盛りだくさんというわけにはいきませんが、半日くらいかけて、のんびり街歩きするにはちょうどいい大きさです。そこで、サハリン・ツーリストインフォメーション作成のマップを頼りにして、ユジノサハリンスク駅を起点に見どころが集中している地図の右下半分、...

  19. サハリンのロシア正教会のミサに行ったら、心がゾゾゾと震えた - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    サハリンのロシア正教会のミサに行ったら、心がゾゾゾと震えた

    6月に訪ねたサハリンの話をします。旅先で出合ったいくつもの光景の中で、いちばん印象に残ったのが、ロシア正教のミサに参加したとき、聖堂内で見た世界でした。日曜朝9時、写真家の佐藤憲一さんと一緒にユジノサハリンスクのガガーリン公園の隣にあるロシア正教会を訪ねると、すでに何百人もの信者が集い、ミサが行われていました。厳かな賛美歌と司祭が振りまく香に包まれた堂内には、中世のような神秘的な時間が流れて...

  20. 061 太陽島、雪の彫刻博覧会 - ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

    061 太陽島、雪の彫刻博覧会

    ハルビンでは、この時期、氷のモニュメントだけでなく、雪の彫刻を多数展示する博覧会も開かれる。場所は、松花江の中洲のひとつ、太陽島だ。今年は鶏年とあって、見事な鶏の彫刻が人気を呼んでいた。(撮影/2017年2月)※夜は氷雪大世界で、昼間は雪の彫刻博覧会へ。この時期、ハルビンの2大ハイライトです。雪の彫刻博覧会(哈尔滨太阳岛国际雪雕艺术博览会)公式サイトhttp://www.xuebohui.c...

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