キリスト・イエスのタグまとめ

キリスト・イエス」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログにはキリスト・イエスに関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「キリスト・イエス」タグの記事(377)

  1. 2月26日(月) - 御言葉をください2

    2月26日(月)

    わたしたちは先祖たちと同じく罪を犯し、不正を行ない、主に連なった。(詩編106.6)人気ブログランキングにほんブログ村

  2. 天皇制は教会でタブーか - 御言葉をください2

    天皇制は教会でタブーか

    確かに、教会の中でも「天皇制」の問題は、かなり話しづらい。しかし、キリストを信じる者たちが、「天皇制について語るのはタブーだ」と言い出したら、主イエス・キリストに忠実であるかどうか。わたしは、忠実でないと思う。天皇制は、象徴天皇制であっても、ゆるやかであっても、国民を縛っているものがあると見ている。かつての治安維持法のようなものがなく、日本国憲法は人権保障を歌っているので、思想・信条の自由や...

  3. 私は、アウグウスティヌスよりバルトの方が重要なことを語っている、と思っている。 - 御言葉をください2

    私は、アウグウスティヌスよりバルトの方が重要なことを語...

    今、わたしは自分の今まで考えて来たことを、いささか生煮えの形でも、ここに書いておこうかと思う。自分の思想の進展のためである。自分の心の内にあることを言葉に出して、それを今度は自分の外にあるものとして読むということは、自分の考えていることを客観的に吟味するには必要なことだと思われるのである。にほんブログ村人気ブログランキング

  4. 隣人愛には社会的次元がある。 - 御言葉をください2

    隣人愛には社会的次元がある。

    人間が社会をつくって生活する者でなければ、私は、「政治・経済」にかかわろうとしないかもしれない。わたしが、政治・社会問題に取り組むのは、隣人愛を実践しようとするなら、隣人を苦しめている社会的現実をなんとかしようと思うのではなかろうかと考えているからである。場合によれば、法律をかえたり、裁判に訴えたりしようとするべきなのではなかろうか。わたしが政治・社会問題をこのブログで書くのは、わたしが属し...

  5. 私は死人の復活を信じている - 御言葉をください2

    私は死人の復活を信じている

    わたしは、イエス・キリストが世の罪を取り除かれるために死なれたことを信じている。そして、十字架の上で死なれたイエスを神は三日目に死人の中から復活させられたことを信じている。さて、復活されたイエス・キリストは今どこにおられるのであろうか。教会では「神の右に」座しておられる、と言い表してきた。そこから、キリストはわたしたちに聖霊を送ってきてくださっている。それゆえ、キリストを信じている者たちは、...

  6. 今も神が世を支配されているが、神の新しい支配が既に始まっている。 - 御言葉をください2

    今も神が世を支配されているが、神の新しい支配が既に始ま...

    「神の新しい支配」とは新約聖書で「神の国」とか「天の国」と言われているものと同じである。「神の国」の一つのしるしは、教会である。教会は純粋な形での「神の国」ということはできない。教会は罪人の集いでもあるからである。しかし、そこで神の言葉が語られ、聞かれているなら、そこに「神の国」はあり、「天の国」はある。そこで聖霊の働きがあるなら「神の国」はそこにある。しかし、教会に集う人たちが全く罪を犯す...

  7. 死が絶対的な力を振るっているようではあるが、また新しい命も生まれてきている。 - 御言葉をください2

    死が絶対的な力を振るっているようではあるが、また新しい...

    死が絶対的な力を振るっているように見える。しかし、わたしたちは、死が全くこの世界を支配しているわけではないことを、世界で起きていることを見て思わされる。それは、新しい生命が誕生し続けているという単純な事実を見ることによって、そう思わされる。死が完全な支配をしている世界には、命というものはないだろう。しかし、新しい命が誕生しているということをわたしたちは経験している。この誕生の背後に神の力が働...

  8. 神が戦われるのは「罪」と「死」と「悪魔」に対してである。 - 御言葉をください2

    神が戦われるのは「罪」と「死」と「悪魔」に対してである。

    神は罪と死と悪魔に対して、戦われる時、人となって戦われた。これが受肉の意味であった。こうして神が人となられたことによって、神のたたかいは、人のたたかいともなったのである。それは、神のたたかいに、人間も最初から参与することをゆるされていた、ということである。人間を救うために、神ははるかな高みによって、救いの業をなされたのではない。人となり、人の身になって、罪と死の悪魔に打ち勝たれたのである。十...

  9. 結局、神が礼拝の中で集う人たちに語りかけてくださらなければ、何も始まらない。 - 御言葉をください2

    結局、神が礼拝の中で集う人たちに語りかけてくださらなけ...

    すべては、神にかかっている。すべてはキリストにかかっている。そして、神を信じ、キリストを信じている人たちが、キリストに従って語り、行動するかにかかっている。人間だけでは何もできない。(もちろん、オリンピックなどは別の次元の話である。)しかし、神は人を用いようとされ、用いられたし、用い続けておられるのである。そして、わたしたちの救い主は、神であり人である方なのである。人気ブログランキングにほん...

  10. わたしが疲れ果てたのは「日本基督教団と天皇制」という発題の準備のせいだろう。 - 御言葉をください2

    わたしが疲れ果てたのは「日本基督教団と天皇制」という発...

    ある意味で避けて来た日本基督教団の問題と天皇制のことについて、たとえ読書だけということであったにせよ、取り組んだということが、わたしをずいぶん、疲れさせてしまったのだろう。あの3.11の大震災の前から、日本基督教団の中では、北村慈郎教師の免職問題が起こり、この件で、わたしは、知らず知らずのうちに、日本基督教団の中では名前を知られるようになった。これは、別に望んだことではなくて、だれかが言わな...

  11. 「全知全能の神」というより「十字架につけられた神」 - 御言葉をください2

    「全知全能の神」というより「十字架につけられた神」

    神はしばしば「全知全能の神」と言われるが、わたしはむしろ「十字架につけられた神」と言いたい。この「十字架につけられた神」はルターが言ったらしいが、モルトマンもその著作『十字架につれられた神』に使った言い方である。「全知全能」は間違いではないが、御子イエス・キリストが十字架につけられたことを思えば、ただ単に「全知全能の神」と言うだけでは、それが本当に聖書で言われている神かどうかわからない。少な...

  12. 2月25日(日) - 御言葉をください2

    2月25日(日)

    正しい裁きは御座の基、慈しみとまことは御前に進みます。(詩編89.15)人気ブログランキングにほんブログ村

  13. 神は平和の神である。 - 御言葉をください2

    神は平和の神である。

    愛と平和の神(コリント二13.11)人気ブログランキングにほんブログ村

  14. 神は愛である。 - 御言葉をください2

    神は愛である。

    愛する者たち、互いに愛し合いましょう。愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているからです。愛することのない者は神を知りません。神は愛だからです。神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。わたしたちが神を愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。...

  15. 神は日本人の神でもある。 - 御言葉をください2

    神は日本人の神でもある。

    しばしば、「キリスト教は外国の宗教である」と言われる。しかし、神は単にユダヤ人の神であるだけでなく、日本人の神であり、中国人の神であり、実にさまざまな民族の神なのである。神は、国籍に縛られない。「天皇」あきひとさんも、神に命を与えられている。そして、わたしと同じく罪人であり、御子イエス・キリストなしでは救われない者の一人である。人気ブログランキング

  16. バイブルとは「書かれたもの」という意味の言葉である。 - 御言葉をください2

    バイブルとは「書かれたもの」という意味の言葉である。

    聖書には「神の言葉」が書かれている。「聖書」とは、「神によって聖別された書物」という意味であろう。

  17. 神が罪人の滅びを望まれなかったので、御子がわたしたちのもとに遣わされた。 - 御言葉をください2

    神が罪人の滅びを望まれなかったので、御子がわたしたちの...

    御子とは、イエス・キリストのことである。わたしたちの罪は、御子が十字架の上で、永遠の死を味わわれることなしに、取り除かれることはなかったのである。人気ブログランキングにほんブログ村

  18. 安倍晋三氏に、今、命を与えられているのは神である。 - 御言葉をください2

    安倍晋三氏に、今、命を与えられているのは神である。

    彼も神の被造物である。イエス・キリストは彼のためにも来られたのである。彼のためにも十字架の上で死なれたのである。神の愛は、彼にも及んでいるが、彼は、そのことを聞いたことがあるだろうか。安倍晋三氏は、わたしたちと同じく罪人であり、神の罪の赦しなしに、生きることができないものである。人気ブログランキングにほんブログ村

  19. 神は、すべての人の命の初めと終わりを定められる。 - 御言葉をください2

    神は、すべての人の命の初めと終わりを定められる。

    今、世界で生きているすべての人の初めと終わりを定められているのは、神である。運命でも、偶然でもない。人気ブログランキングにほんブログ村

  20. 神は「私は」と言われる。 - 御言葉をください2

    神は「私は」と言われる。

    神は人間に語りかけてこられる方である。わたしたちに向かって、「私は」と言って語りかけてこられる神である。沈黙されることもあるが、わたしたちに語りかけてこられる神である。神は、一人の人に「あなたは」と語りかけられることも、大勢の人に「あなたがたは」と語りかけてこられることもある。人気ブログランキングにほんブログ村

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