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「コメントあり!」タグの記事(39)

  1. 心の交通* - 仏からの道

    心の交通*

    先ず仏に信じられておる。私どもは知らぬけれども、仏が私どもを信じ念ずるという言葉が南無阿弥陀仏である。先ず以て仏から信ぜられているということを教えて頂く、そこで南無阿弥陀仏で以て私どもは仏様と始終(寝ても覚めても)心の交通がある。信ずるということは信じられている。念ずるということは念ぜられておる、という証拠が南無阿弥陀仏である。その道理を聴聞するということが「聞其名号信心歓喜」ということであ...

  2. 歎異抄・第十二章(2) - 仏からの道

    歎異抄・第十二章(2)

    一文不通にして、経釈のゆくじもしらざらんひとの、となえやすからんための名号におわしますゆえに、易行という。学問をむねとするは、聖道門なり、難行となづく。あやまって、学問して、名聞利養のおもいに住するひと、順次の往生、いかがあらんずらんという証文もそうろうぞかし。(歎異抄・第十二章)『御消息』に云わく、「故法然聖人は、「浄土宗のひとは愚者になりて往生す」と候いしことを、たしかにうけたまわり候い...

  3. 七地沈空の難 - 仏からの道

    七地沈空の難

    浄土論註 32問うて曰わく、もしすなわち等しからずは、また何ぞ菩薩と言うことを得ん。ただ初地に登れば、もってようやく増進して、自然に当に仏と等しかるべし。何ぞ仮に上地の菩薩と等しと言うや。答えて曰わく、菩薩七地の中にして大寂滅を得れば、上に諸仏の求むべきを見ず、下に衆生の度すべきを見ず。仏道を捨てて実際を証せんとす。その時にもし十方諸仏の神力加勧を得ずは、すなわち滅度して二乗と異なけん。菩薩...

  4. 愛欲の広海に沈没し - 仏からの道

    愛欲の広海に沈没し

    信巻・御自釈 27誠に知りぬ。悲しきかな、愚禿鸞、愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑して、定聚の数に入ることを喜ばず、真証の証に近づくことを快しまざることを、恥ずべし、傷むべし、と。(教行信証・信巻・御自釈)これが現生不退の内面の事実です。われらは煩悩具足の凡夫だから煩悩はなくならない。なくす努力すらしたことがない。煩悩はいわば本能だから凡夫には「断じる」ことはできない。仏力に乗じて、煩悩...

  5. 二河白道(4) - 仏からの道

    二河白道(4)

    観経疏 18この人すでに此に遣わし彼に喚うを聞きて、すなわち自ら正しく身心に当たりて、決定して道を尋ねて直ちに進みて、疑怯退心を生ぜずして、あるいは行くこと一分二分するに、東の岸の群賊等喚うて言わく、「仁者回り来れ。この道嶮悪なり。過ぐることを得じ。必ず死せんこと疑わず。我等すべて悪心あってあい向うことなし」と。この人、喚う声を聞くといえどもまた回顧ず。一心に直ちに進みて道を念じて行けば、須...

  6. 三塗苦難ながくとじ - 仏からの道

    三塗苦難ながくとじ

    讃阿弥陀仏偈和讃 44三塗苦難ながくとじ但有自然快楽音このゆえ安楽となづけたり無極尊を帰命せよ(讃弥陀偈讃44/48)『無量寿経』に云わく、「清浄・離欲・寂滅・真実の義に随順し、三宝・力・無所畏・不共の法に随順し、通慧、菩薩・声聞所行の道に随順し、三塗苦難の名あることなし。但自然快楽の声あり。このゆえにその国を名づけて安楽と曰う」と。執着する心には不安と恐怖がある。求めて得られないから「三塗...

  7. 自余の九方の仏国も - 仏からの道

    自余の九方の仏国も

    讃阿弥陀仏偈和讃 31自余の九方の仏国も菩薩の往覲みなおなじ釈迦牟尼如来偈をときて無量の功徳をほめたまう(讃弥陀偈讃31/48)『東方偈』に云わく、「その仏の本願の力、名を聞いて往生せんと欲えば、みなことごとくかの国に到りて、自ずから不退転に致る。菩薩、至願を興して、己が国も異なることなからんと願ず」と。法蔵菩薩が建立した安楽仏土は智慧を伝える方便としてこれ以上のものがないと、東南西北・四維...

  8. 阿弥陀仏の御名をきき - 仏からの道

    阿弥陀仏の御名をきき

    讃阿弥陀仏偈和讃 28阿弥陀仏の御名をきき歓喜讃仰せしむれば功徳の宝を具足して一念大利無上なり(讃弥陀偈讃28/48)『浄土論』に云わく、「仏の本願力を観ずるに、遇うて空しく過ぐる者なし、能く速やかに功徳の大宝海を満足せしむ」と。信の一念に智慧をいただく。これが「御名をきき」です。聞くとは信じることです。証拠を見せていただいた。仏のお姿をわずかに垣間見た。以来、仏にすっかり恋をしている。一度...

  9. 十方衆生のためにとて - 仏からの道

    十方衆生のためにとて

    讃阿弥陀仏偈和讃 16十方衆生のためにとて如来の法蔵あつめてぞ本願弘誓に帰せしむる大心海を帰命せよ(讃弥陀偈讃16/48)『浄土和讃』に云わく、「信心よろこぶそのひとを/如来とひとしとときたまう/大信心は仏性なり/仏性すなわち如来なり」と。智慧の働きを「仏性」という。心の闇を見えるようにしてくださるから智慧を光という。光があるから目が見る。だから、自分の心が見えたら、それが光に遇ったことです...

  10. 智慧の光明はかりなし - 仏からの道

    智慧の光明はかりなし

    讃阿弥陀仏偈和讃 2智慧の光明はかりなし有量の諸相ことごとく光暁かぶらぬものはなし真実明に帰命せよ(讃弥陀偈讃2/48)『無量寿経』に云わく、「このゆえに無量寿仏を、無量光仏・無辺光仏・無碍光仏・無対光仏・焰王光仏・清浄光仏・歓喜光仏・智慧光仏・不断光仏・難思光仏・無称光仏・超日月光仏と号す。それ衆生ありて、この光に遇えば、三垢消滅し、身意柔軟にして、歓喜踊躍し善心を焉に生ず。もし三塗・勤苦...

  11. 弥陀成仏のこのかたは - 仏からの道

    弥陀成仏のこのかたは

    讃阿弥陀仏偈和讃 1弥陀成仏のこのかたはいまに十劫をへたまえり法身の光輪きわもなく世の盲冥をてらすなり(讃弥陀偈讃1/48)親鸞聖人は曇鸞大師の造られた『讃阿弥陀仏偈』を和讃にして『讃阿弥陀仏偈和讃』と名づけ、『浄土和讃』の冒頭に置かれました。曇鸞大師を大切にしているのです。さて、第一首は『讃阿弥陀仏偈』の第二偈「成仏よりこのかた十劫をへたまえり。寿命まさにはかりあることなし。法身の光輪、法...

  12. 依釈段・結勧(2) - 仏からの道

    依釈段・結勧(2)

    *今回でこのシリーズは終わりです。(原文)道俗時衆共同心唯可信斯高僧説(読み方)道俗時衆、共に同心に、ただこの高僧の説を信ずべし、と。(正信偈-60)『高僧和讃』に云わく、「釈迦弥陀は慈悲の父母/種種に善巧方便し /われらが無上の信心を/発起せしめたまいけり」と。宿業の身には煩悩だけでなく「信心仏性」が埋め込まれています。この身は無始劫以来の宿業の蓄積で、煩悩は雑多ですが、仏性は一つで、その...

  13. 依釈段・源空章(2) - 仏からの道

    依釈段・源空章(2)

    (原文)真宗教証興片州選択本願弘悪世(読み方)真宗の教証、片州に興す。選択本願、悪世に弘む。(正信偈-56)『観経疏』に云わく、「一心に弥陀の名号を専念して、行住坐臥に、時節の久近を問はず、念々に捨てざる者は、是を正定の業と名づく、彼の仏願に順ずるが故に」と。法然は四十三歳の時、この一文に出会って回心したと言われています。「彼の仏願」とは十八願です。「わたし」が称える自力の念仏から「仏」が称...

  14. 依釈段・善導章(4) - 仏からの道

    依釈段・善導章(4)

    (原文)与韋提等獲三忍即証法性之常楽(読み方)韋提と等しく三忍を獲、すなわち法性の常楽を証せしむ、といえり。(正信偈-50)量深師に教えを乞う。「心が落ち着いて、どんな事があっても、どの様な逆境があっても、心が落着き得るようになった。それは、心が生死を超えた世界に生きておる。そういう心の生活を無生法忍という」(津曲敦三著『親鸞の大地』)と。ありのままの事実を受け入れて、しかも事実から自由であ...

  15. 依釈段・道綽章(3) - 仏からの道

    依釈段・道綽章(3)

    (原文)三不三信誨慇懃像末法滅同悲引(読み方)三不三信の誨、慇懃にして、像末法滅、同じく悲引す。(正信偈-45)『高僧和讃』に云わく、「決定の信をえざるゆえ/信心不淳とのべたまう/如実修行相応は/信心ひとつにさだめたり」と。「三不信」は『論註』にある教えで、曇鸞の教えを受けて道綽は信心の相を「淳心・一心・相続心」と教えた。自力は自分の心を信仰している。自分の心をもって仏になりたい理想がある。...

  16. 依釈段・曇鸞章(4) - 仏からの道

    依釈段・曇鸞章(4)

    (原文)往還回向由他力正定之因唯信心(読み方)往・還の回向は他力に由る。正定の因はただ信心なり。(正信偈-40)『歎異抄』に云わく、「源空が信心も、如来よりたまわりたる信心なり。善信房の信心も如来よりたまわらせたまいたる信心なり。されば、ただひとつなり」と。智慧を回向して救うのが仏の慈悲です。よって、信心とは智慧のことです。智慧とは仏の方からわたしが見える。仏は智慧を回向して、本当の自分が見...

  17. 依釈段・曇鸞章(1) - 仏からの道

    依釈段・曇鸞章(1)

    (原文)本師曇鸞梁天子常向鸞処菩薩礼(読み方)本師、曇鸞は、梁の天子常に鸞のところに向こうて菩薩と礼したてまつる。(正信偈-37)『教行信証』に云わく、「謹んで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり。往相の回向について、真実の教行信証あり」と。三祖・曇鸞(476-542)は洛陽で菩提流志に出会い、『観無量寿経』を授けられて念仏に帰し、『浄土論』の注釈『浄土論註』を...

  18. 依釈段・天親章(3) - 仏からの道

    依釈段・天親章(3)

    (原文)広由本願力回向為度群生彰一心(読み方)広く本願力の回向に由って、群生を度せんがために、一心を彰す。(正信偈-33)『浄土論』に云わく、「世尊、我一心に、尽十方無碍光如来に帰命して、安楽国に生まれんと願ず」と。「世尊」とは釈尊のこと。「我一心に」とは、われ、今、仏のお心をいただいて。「尽十方無碍光如来に帰命して」とは、煩悩に影響されないさとりの智慧に導かれて。「安楽国に生まれんと願ず」...

  19. 依釈段・龍樹章(5) - 仏からの道

    依釈段・龍樹章(5)

    (原文)憶念弥陀仏本願自然即時入必定(読み方)弥陀仏の本願を憶念すれば、自然に即の時、必定に入る。(正信偈-29)誰にも名前がある。知った人の名前なら聞けばすぐ顔が浮かぶ。その人柄も、その人の家族のことも、仕事振り、経歴など、思い出せと言われなくてもすぐ思い出す。ましてや三世流転の闇から救っていただいた「仏さまのお名前」です。仏さまのお名前を聞いたら、すぐに仏さまに救われた一瞬を思い出す。信...

  20. 依経段・釈迦章(9) - 仏からの道

    依経段・釈迦章(9)

    (原文)一切善悪凡夫人聞信如来弘誓願(読み方)一切善悪の凡夫人、如来の弘誓願を聞信すれば、(正信偈-19)「釈迦章」は信心開発した行者の内面に開けてくる「さとりの心境」がどのようなものかを明らかにしている。信心とは仏のお心の中に「生まれる」のですから、それは経験しないとわからない。お聖教を読むだけの「畳の上の水練」では救いにはならない。「行」を信じる、南無阿弥陀仏を称えることが仏教だからです...

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