ベラルーシのタグまとめ

ベラルーシ」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログにはベラルーシに関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「ベラルーシ」タグの記事(28)

  1. 「災厄からの立ち直り」という視点 - 本日の中・東欧

    「災厄からの立ち直り」という視点

    今年、新しく開講させてもらった「「負の遺産」と政治」、たいへん熱心な学生さんたちと、毎週、充実した議論ができています。今学期は、竹沢尚一郎編著『ミュージアムと負の記憶-戦争・公害・疾病・災害:人類の負の記憶をどう展示するかー』をベースに、さまざまな負の記憶をどう保存、展示、継承していくかについて思考を重ねています。さらに、このテキストでは取り上げられていない部落差別、人種差別の問題や、それと...

  2. ピーター・ダフィ『ビエルスキ・ブラザーズ無名の三兄弟が演じた奇跡のユダヤ人救出劇』(ソニー・マガジンズ2005年) - 本日の中・東欧

    ピーター・ダフィ『ビエルスキ・ブラザーズ無名の三兄弟が...

    第二次大戦中、ドイツに侵攻されたベラルーシで、ビエルスキ兄弟率いるユダヤの人びとが、迫害を逃れて森に潜み、場所を移しながら、3年に渡って共同体(パルチザン部隊)をつくって生き延びました。2008年には、映画にもなっています。これ、けっこう面白かったのですが、あまり話題になっていない気がするのです。原作はさらに興味深くて、ブログにも長々と記録しました。と思っていたら、春の受講生が、「ディファイ...

  3. 退陣はルカシェンコが先か安倍が先か - 広島瀬戸内新聞ニュース(社主:さとうしゅういち)

    退陣はルカシェンコが先か安倍が先か

    ベラルーシ大統領のルカシェンコの演説中に退陣要求。これはルカシェンコ、余裕を失って下手を打ちましたね。ズルをするのしても(もちろんズルは絶対よくないが)せめて6対4くらいでルカシェンコの勝ち、にしておけばガス抜きになったろうに、8対1なんて非現実的な数字を発表するから怒りに火をつけてしまった。終わりが近づいている。退陣はルカシェンコと安倍、どっちが先か?

  4. ベラルーシ原発導入来月にも稼働/ 東京新聞 - 瀬戸の風

    ベラルーシ原発導入来月にも稼働/ 東京新聞

    【要約】8月にもベラルーシ初の原発が西部のグロドノ州で稼働する。東京新聞20年7月29日■ベラルーシ1986年隣国ウクライナで起きたチェルノブイリ原発事故で大きな被害を受けただけに、現地の復興を支援してきた日本人関係者から困惑する声が出ている。チェルノブイリ原発事故で汚染物質の半分以上はベラルーシ に降ったとされる。経済面でロシア依存がさらに進むとみられる。■ ベラルーシ原発240万KWロシ...

  5. チェルノブイリ34年~観光地化、ドラマ、リトアニア、ベラルーシ~ - 本日の中・東欧

    チェルノブイリ34年~観光地化、ドラマ、リトアニア、ベ...

    ここ数年、4月末には、チェルノブイリ原発事故に関する講義をしています。4月26日は、チェルノブイリ原発事故を忘れずに記憶に刻むための日だからです。人類が経験したことのない未曽有の大惨事であり、現在進行形の問題であり、遠い遠い未来まで人類が抱え続けなくてはならない負債です。そこで、「ロシア・東欧地域研究」5月7日出題のクイズで取り上げたわけですが、このクイズの回答のなかで、アメリカのドラマ「チ...

  6. ネハマ・テック『ディファイアンスヒトラーと闘った3兄弟』(ランダムハウス2009年) - 本日の中・東欧

    ネハマ・テック『ディファイアンスヒトラーと闘った3兄弟...

    先日観た映画「ディファイアンス」、1941年に、ドイツに侵攻されたベラルーシで、ビエルスキ兄弟率いるユダヤの人びとが、迫害を逃れて森に潜み、場所を移しながら共同体(パルチザン部隊)をつくって生き延びたという実話にもとづく話です。これが予想よりも面白く、ビエルスキ隊について詳しく知りたくなり、すぐに原作を取り寄せて読みました。邦訳の出版は、おそらく映画の公開に合わせてでしょう、2009年ですが...

  7. 映画「ディファイアンス」(2008年) - 本日の中・東欧

    映画「ディファイアンス」(2008年)

    1941年に、ドイツに侵攻されたベラルーシで、ビエルスキ兄弟率いるユダヤの人びとが、迫害を逃れて森に潜み、場所を移しながら共同体をつくって生き延びたという実話にもとづく映画「ディファイアンス」を観ました。ベラルーシでは、ナチ親衛隊のもと、ベラルーシの地元警察が「ユダヤ人狩り」を強行します。何万という人々が連行され、強制収容所に送られたり、森のなかで銃殺されたりしました。ビエルスキ兄弟も、両親...

  8. Советское шампанское -Полусладкое- (Soviet champagne -semi-sweet-) - ポンポコ研究所(アジアのお酒)

    Советское шампанское -Полус...

    ベラルーシのスパークリングワイン「ソヴェトスコエ・シャンパンスコエ」のセミスウィートポン名前がソヴィエトになっているポンが、この工場は1978年2月に「シャンパン」を出荷したポン以来ソヴィエトの名前が引き継がれているポンが、元々の工場名はミンスク・シャンパン工場だったポン(笑)シャンパンは、今ではGI(地理的表示)で保護されているポンで、シャンパーニュ地方で作られた一定基準のスパークリングワ...

  9. 第2次大戦の激戦区 ブレスト要塞@ベラルーシ - FK’s Blog

    第2次大戦の激戦区 ブレスト要塞@ベラルーシ

    ブレスト要塞に到着ソ連の赤い星をモチーフにしたゲートがインパクトあります。ゲート側から見るとこんなに広~いんですよ。無駄に広いのがソ連的。駐車場から結構歩きました。入り口に説明のボードが貼ってあったけどベラルーシ語とロシア語のみ英語表記が無い所がさすが。ゲートから中に進むと戦車が見えてきましたが、当時のものではないみたいです。至る所に銃痕がありました。生々しい銃撃の跡が残る兵舎第2次世界大戦...

  10. ネスヴィジ城 3 /華麗な宮殿内部@ベラルーシ - FK’s Blog

    ネスヴィジ城 3 /華麗な宮殿内部@ベラルーシ

    ネスヴィジ城はホールを中心に男性棟と女性棟に別れ、女性棟は華やかで華麗な部屋が続いていました。The Golden Chamberお城の中央に位置する豪華な部屋です天井のレリーフが豪華!子供たち、ちょっと退屈してるのかな?The Hetman Roomhetmanって何かな?と思ったら軍事司令官の称号のようです。この部屋も暖炉以外に2か所のストーブがありました。The White Ballr...

  11. ロシア正教会”聖霊大聖堂”@ミンスク/ベラルーシ - FK’s Blog

    ロシア正教会”聖霊大聖堂”@ミンスク/ベラルーシ

    スヴィスラチ川沿いの小高い丘の上に建つ聖霊大聖堂1633年にカトリック教会の修道院として建てられ、帝政ロシア領となった後の1852年にロシア正教の教会になりました。内部は撮影禁止でしたが、正教徒の熱心な祈りの姿を目にし、この崇高な場に物見遊山でいていいのだろうかと思ってしまう程でした。内部に置かれた素晴らしいイコンの数々感に感動!撮影禁止じゃなかったら全部写真に収めたいくらいでした…画像はベ...

  12. ソ連の面影を残す街ミンスク@ベラルーシ - FK’s Blog

    ソ連の面影を残す街ミンスク@ベラルーシ

    ベラルーシの首都ミンスクは第2次世界大戦で壊滅、戦後の復興でソ連式(スターリン様式)の街に生まれ変わってしまいました。かつては華やかな文化を持つ美しい街だったミンスクの現在はだだっ広い道路と無機質な建物が立ち並ぶソ連テイストの街でした。↓この建物は、なんと!KGB!崩壊後ロシアにさえその名が存在しない旧ソ連の秘密諜報機関KGBがベラルーシの街の中心に堂々と建っていたのには驚きました。↓国立ボ...

  13. 映画「アレクセイと泉」(2002年) - 本日の中・東欧

    映画「アレクセイと泉」(2002年)

    鑑賞から少し日が経ってしまいました。感動が薄れないうちに記録をば。カメラマンで映画監督の本橋成一さんが、チェルノブイリ原発事故の影響で住民がほとんど退去したベラルーシの村を訪ねたドキュメンタリー映画の2本組DVDの2本目、「アレクセイと泉」です。1本目「ナージャの村」の記録はこちらに。撮影は2001年冬から2002年にかけて行われました。ジャケット写真の青年がアレクセイです。このとき30歳前...

  14. ベラルーシ文化の日イベントと、ポケトークでロシア語会話。 - artandlove☆もんもく日記2

    ベラルーシ文化の日イベントと、ポケトークでロシア語会話。

    特定非営利活動法人アースアイデンティティ・プロジェクトの河原会長の呼び出しでベラルーシ共和国文化の日の記念イベントのお手伝いに行ってきました(๑'ᴗ'๑)おととし、河原会長のプロジェクトの一環で日本・ベラルーシ友好団の副団長として沢山の高校生たちとベラルーシに滞在したことをはじめ、わたしはたまに、この団体のスタッフになります・笑まったくもうかりませんが夢は世界平和。コンセ...

  15. 究極のフードリスト500243.ボルシチ(ロシア→旧ソ連圏) - Da bin ich! -わたしはここにいます-

    究極のフードリスト500243.ボルシチ(ロシア→旧ソ連圏)

    243番目はボルシチです!フードリストではロシアで紹介されていますが、ロシアでいいのか・・・実はボルシチはロシア発祥の料理ではありません。ロシアの友人と話しているときにロシアの料理で何が好きか聞かれたことがありました。ボルシチも好き、と答えたときの反応が忘れられません。「それ、ウクライナ料理なんだけど」明らかにムッとしていましたwもちろん、ロシアにもボルシチがあり、モスクワ風ボルシチなんてい...

  16. Жыгулёўскае асобае(ジグレヴゥスコエ・アソベイェ) - ポンポコ研究所(アジアのお酒)

    Жыгулёўскае асобае(ジグレヴゥスコエ...

    旧ソ連邦の時代から作られているジグリ(Жыгулёўскае)ビールポンが、これはベラルーシで作られたものポンасобаеというのは「スペシャル」という意味ポンで、そのせいかどうか、ロシアで作られているジグリよりもアルコール度数が高いポンでも、ジグリらしく軽いビールポン銘柄:Жыгулёўскае асобае(Zhigulevskoe osoboe : ジグレヴゥスコエ・アソベイェ)製造元...

  17. 映画「炎628」(クリモフ監督1985年)を観ました - 本日の中・東欧

    映画「炎628」(クリモフ監督1985年)を観ました

    第二次世界大戦中の白ロシア(現在のベラルーシ)を舞台とする戦争映画です。ベラルーシは、第二次世界大戦で、920万人の住民のうち220万人、およそ4分の1が亡くなったとも言われています。戦闘によるものだけでなく、ナチスドイツによる住民虐殺も極めて苛烈でした。600以上の村が焼き払われ、住民が皆殺しにされています。この映画の邦題「炎628」は、そのような焼き払われた村の数を示しています。原題は「...

  18. ベラルーシの同志より:情況報告と支援要請 - Circle-A

    ベラルーシの同志より:情況報告と支援要請

    この文章は2017年7月3日insurrectionnewsworldwide.comに掲載された記事を訳し加筆したものです。ベラルーシの革命運動から国際連帯への求め世界の同志たちに敬礼!私たちは東欧、ベラルーシの革命運動というアナキストのグループです。私たちの最終的な目標は社会革命を通じた世界的な無政府社会です。私たちの現在の活動は、階級闘争・街頭アジテーション・独自メディアの開発です。我...

  19. アレクシェーヴィチ『ボタン穴から見た戦争白ロシアの子供たちの証言』をみんなで読んだ@同志社特殊講義「文学作品で知るロシア・東欧」 - 本日の中・東欧

    アレクシェーヴィチ『ボタン穴から見た戦争白ロシアの子供...

    輪読ゼミ2冊目は、スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチの2作目『ボタン穴から見た戦争』です。こちらは第二次世界大戦―ソ連ではドイツとの「大祖国戦争」と言いますが―当時、白ロシア(ベラルーシ)で幼児から子どもの年齢だった人たちの戦争体験です。101人の(当時の)子どもたちの証言は、女性兵士たちの証言を集めた前作『戦争は女の顔をしていない』よりも淡々としているように思ったと受講生たち。なるほどそう...

  20. ベラルーシ・ウクライナ・モルドバ訪問記(4) - HOME★9(ほめ・く)別館

    ベラルーシ・ウクライナ・モルドバ訪問記(4)

    2日目の最後の観光は、もう一つの世界遺産であるネスヴィジ城の見学。ネスヴィジ地方一帯を支配していたラジヴィウ家が最初に城を建てたのは17世紀。18世紀に入って城の巨大化と内部装飾が進められ、今の様な形になったようです。1770年代にロシア軍によって略奪され朽ちてしまいますが、1880年代にラジヴィウ家によって再建されます。しかし、ロシア革命の後にラジヴィウ家は城を追われ、ソ連時代はサナトリウ...

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