万葉集のタグまとめ

万葉集」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには万葉集に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「万葉集」タグの記事(152)

  1. 第23回歴史カフェ「大宰帥大伴旅人」のご案内 - ひもろぎ逍遥

    第23回歴史カフェ「大宰帥大伴旅人」のご案内

    第23回歴史カフェ「大宰帥大伴旅人」のご案内大宰帥大伴旅人-万葉集から描く筑紫の日々―「令和」の典拠となった「梅花の宴」の主催者は大伴旅人でした。旅人は西暦720年に隼人の討伐軍の大将軍として九州に来ているので、神亀4年(727)に大宰帥として来たのは七年ぶりになります。大宰帥は新任の時、香椎廟に参拝することになっていたので、大伴旅人も例外ではなかったでしょう。ところが翌年に、連れて来た妻が...

  2. 梅花の宴に陰陽師も参加していた - ひもろぎ逍遥

    梅花の宴に陰陽師も参加していた

    梅花の宴に陰陽師も参加していた令和出典の「梅花の宴」には32人の歌が載っているが、その中に陰陽師の名を発見。(いや、私が知らなかっただけかも(;^ω^))その名は陰陽師磯氏法麿。大宰府に陰陽師の職があったとは、大変興味深い。この人の伝承は無く、磯氏は磯部氏ではないかとの注書きがあるだけだ。この梅花の宴の時の名前はいずれも簡略化されていて、山上憶良は「筑前守山上大夫」、葛井大成は「筑後守葛井大...

  3. 壬申の乱を勝利に導いた高市皇子の悲劇・歴史カフェ阿蘇 - 地図を楽しむ・古代史の謎

    壬申の乱を勝利に導いた高市皇子の悲劇・歴史カフェ阿蘇

    熊本県阿蘇郡西原村での歴史カフェは、7回目となります。今年は万葉集のお話です。7月31日(水)のテーマは「壬申の乱を勝利に導いた高市皇子の悲劇」となっています。壬申の乱は、大海人皇子(天武天皇)の周到な計画のもとに起きた内乱でした。天武は東国の兵を召集していました。ですから、吉野を脱出して不破ノ関辺りのワザミが原の仮宮にいて、動きませんでした。天武の代わりに軍を率いて活躍したのが、高市皇子で...

  4. 旅の楽しさここにあり万葉集の旅 - シェーンの散歩道

    旅の楽しさここにあり万葉集の旅

    ホリホック:立あおいらじるらじるの「トーキングウィズ松尾堂」ー「万葉集で古代と今を結ぶ」ー坂本信幸高岡万葉歴史館館長が里中真知子氏と出演し万葉集をわかりやすく解説されています。「聴き逃し」で7月14日を聞くことができますので興味にある方はお聞きになってください。らじるらじる聴きのがし7月14日万葉集で古代と今を結ぶ高岡市万葉歴史館坂本信幸館長千里浜レストハウス近くにある万葉集の碑は大伴家持歌...

  5. ブログは新たな展開をみせます - 老人の独り言

    ブログは新たな展開をみせます

    新しいブログについて今日からは今まで述べたことを踏まえて、藤原京が『万葉集』にどのように歌われているかを見ていきましょう。これまでは藤原京がどのように建設されたかを見てきましたが、これからは出来上がった藤原京が,『万葉集』にどのような姿に歌われているかを確認していきましょう。この時代は,中国から盛んに中国の歴史本やお経や漢詩などが輸入された時代です。まだ、日本語が漢字では表現できませんでした...

  6. 歌枕を訪うバスの旅 - シェーンの散歩道

    歌枕を訪うバスの旅

    能登国の歌の世界へ大伴家持が国司として能登巡行の任務の折に残した歌を基に梅雨空の中バスで各地の歌碑を巡ってきました。高岡から千里浜・歌碑→気多大社・歌碑→珠洲市↓能登里山里海ミュージアム←見附島←春日神社・歌碑 能登国分寺跡高岡市万葉歴史館の素晴らし...

  7. 大伴旅人は我が子家持を手放せなくなった - ひもろぎ逍遥

    大伴旅人は我が子家持を手放せなくなった

    香椎東公民館で歴史講座をしてきました大伴旅人は我が子家持を手放せなくなった今朝は香椎東公民館で「大伴旅人―香椎廟に参拝す」というタイトルで歴史講座の講師を務めてきました。ご参加の皆さま、ありがとうございました。ブログではバラバラに記録している大伴旅人の4年間と交遊などを、時系列に通して流してみると、いくつもの発見がありました。特に、福岡では縁がないと思われた壬申の乱や長屋王の変、藤原四兄弟な...

  8. 高岡万葉歴史館での講座「『日めくり万葉集』を読む」 - シェーンの散歩道

    高岡万葉歴史館での講座「『日めくり万葉集』を読む」

    高岡市万葉歴史館前回(7月6日)の花をもっていった折に「花がたくさんあってたいへん。」と話しているのが聞こえましたので今回は半分ほどに減らして持っていきました。歴史館のあちこちが花で飾られて来館者に喜んでもらえるでしょうから大変でしょうが頑張って欲しいものです(^_^)花を切って準備するのに10分や20分ではできないんですしね。今日は日めくり万葉集の日でした。

  9. 六ケ岳と沖ノ島と宇佐、二つの相似形から思い出した大伴旅人の隼人鎮圧 - ひもろぎ逍遥

    六ケ岳と沖ノ島と宇佐、二つの相似形から思い出した大伴旅...

    六ケ岳と沖ノ島と宇佐、二つの相似形から思い出した大伴旅人の隼人鎮圧2019年6月29日付の西日本新聞に「こんなところに沖ノ島③」が掲載されていた。あの六嶽神社の拝殿にある三女神の降臨図が出ていた。フォトショかなにかで強調されて、薄くなっていた線がかなり再現されて、克明にそして、驚いたのは宮若市から見た六ケ岳の姿が沖ノ島そっくりだということだ。確かに二つの緩やかな峰がある島影と似ている。伝承的...

  10. ゆたにたゆたに… - 侘助つれづれ

    ゆたにたゆたに…

    『順才吸酢』落とし梅蓴菜は睡蓮の仲間寒天質に厚く包まれた若芽が珍重されるこれからの暑い夏にはゆらゆらぷるぷるひんやりつるりんうれしい食感ですね***わが心ゆたにたゆたに浮ぬなは辺にも沖にも寄りかつましじ(万葉集)沼縄(ぬなわ)は蓴菜の古名ゆらゆらと水面を漂う蓴菜になぞらえて揺れ動く恋心を歌ったものだとか古の恋人たちも夏につるりと蓴菜を楽しんだのかしら

  11. 大伴旅人書殿でのうまのはなむけ山上憶良俺のこと何とか頼むと… - ひもろぎ逍遥

    大伴旅人書殿でのうまのはなむけ山上憶良俺のこと何とか頼むと…

    大伴旅人書殿でのうまのはなむけ山上憶良俺のこと何とか頼むと…昨日はネット接続が不良になって、あれこれとやって、今日、ようやくサクサクと動くようになりました。さて、今日は大伴旅人が大宰府を離れる時の話です。天平元年に長屋王の変を受けて太宰大貮の丹比県守が帰京して、夜須で飲む独り酒を嘆いた旅人ですが、その翌年の12月には自分も帰京の想いが叶いました。(時系列がバラバラですねえ。ブログでは、その日...

  12. 大伴旅人葛井大成筑後からの通い道 - ひもろぎ逍遥

    大伴旅人葛井大成筑後からの通い道

    大伴旅人葛井大成筑後からの通い道大伴旅人が太宰帥の任を終えて、奈良に戻ったあと寂しい思いをした男がもう一人いた。筑後守葛井連大成(ふじいのむらじおおなり)という人物だ。次のような歌を詠んでいる。大宰帥大伴卿の京に上った後、筑後守葛井連大成が悲しみ嘆いて作る歌一首576番今よりは城の山道は不楽しけむわが通はむと思ひしものをいまよりはきのやまみちはさぶしけむわがかよわんとおもいしものを(これから...

  13. スリル満点「万葉集の発明」(品田悦一) - 梟通信~ホンの戯言

    スリル満点「万葉集の発明」(品田悦一)

    朝刊を見たら、膝のサポーターとサプリの大きな広告、なるほど膝の痛みは高齢化社会の国民病かもしれないな。一昨日買ったサポーターがきついので、さっそく電話した。コンドロイチンを飲むサプリ、赤ひげ先生に、ああいうのはどうなんですかと尋ねたら、「効くと思いますか」と問い返されて「食べてしまったら分解されてコンドロイチンではなくなるのではないでしょうか」と言ったら、にやっと笑って「直接注射の方が効きそ...

  14. どうやって生きていく? - 梟通信~ホンの戯言

    どうやって生きていく?

    きのう、サンチと散歩していたら、前からときどき痛んでいた左の膝の痛みがひどくなって、足を引きづるようにして家に帰った。なにかの拍子で股関節がギクッと痛む。リハビリに通っている赤ひげ先生に診てもらった。レントゲンの結果は「骨は大丈夫」だが、軟骨が痛んでいる。コンドロイチンの注射をして、ロキソニンの絆創膏を処方してくれた。毎週一回、五週間注射をする、それはいいとして(想像したより痛くもなんともな...

  15. 万葉集の庶民とは誰か「万葉集の発明国民国家と文化装置としての古典」(品田悦一) - 梟通信~ホンの戯言

    万葉集の庶民とは誰か「万葉集の発明国民国家と文化装置と...

    元号「令和」が万葉集からとられ、それは古代日本人の天皇から庶民に至るまでの歌を集めたものであるから、「美しい調和」という令和の含意にもふさわしい、みたいなことを誰か、お調子もんが言ってた。それはとんでもない万葉集の誤読である、と品田教授の本を読んでわかった。ほとんどの人が読めない上代語で書かれた約4500首のうち、多くの国民はせいぜい10首くらいしか、目を通したことはないだろうし、それも注釈...

  16. 嘉麻市おすぎの本気度からの、山上憶良の役所跡 - ひもろぎ逍遥

    嘉麻市おすぎの本気度からの、山上憶良の役所跡

    嘉麻市で山上憶良が自分の作品を選定したものが「嘉摩三部作」と呼ばれた話を昨日書いたが、これはその嘉麻市の観光案内パンフレット。ああ、おすぎのド、アップが…。(;^ω^) なんと嬉しそう…。おすぎは福岡のテレビやラジオに出ていて、時々その声を聴くことがあるが、数年前、テレビ番組で「福岡に嘉麻市(かまし)がある」と、聞いて、「どうして教えてくれなかったのお!」とのたまうことがあった。「カマ」の...

  17. 山上憶良嘉麻市で選定した三部作「瓜食めば子ども思ほゆ」 - ひもろぎ逍遥

    山上憶良嘉麻市で選定した三部作「瓜食めば子ども思ほゆ」

    山上憶良嘉摩三部作6月27日にバスハイクで飯塚市と嘉麻市に行くが、そこには重要な古墳がある。王塚古墳と沖出古墳だ。午前中に飯塚市の王塚装飾古墳館を訪れ、午後に嘉麻市の沖出古墳を見学する。いずれもきちんと保護されていて、特に装飾古墳館には実物大のレプリカが作られ、その鮮やかな壁画が体感できるようになっている。また見学できるかと思うと、楽しみだ。その古墳館の前に万葉歌碑があり、この筑豊もまた万葉...

  18. 天武朝の悲劇は天武天皇から始まった - 地図を楽しむ・古代史の謎

    天武朝の悲劇は天武天皇から始まった

    6月11日(火)の筑紫古代文化研究会でのお話は「天武天皇」です。壬申の乱で勝利した天武天皇は、『万葉集ではどのように位置づけられているか』を考えます。写真の大きな礎石は、本薬師寺(もとやくしじ)の金堂の礎石出す。ここは、天武天皇が皇后の病気平癒を祈念して建立を発願した寺です。天武九年(680年)のことでした。伽藍が完成したのは十数年後になります。寺は金堂から造営をはじめますが、開眼会(かいげ...

  19. 太宰府・坂本八幡宮には旅人の人生最後の秋に詠んだ歌碑がある - 地図を楽しむ・古代史の謎

    太宰府・坂本八幡宮には旅人の人生最後の秋に詠んだ歌碑がある

    令和になって、急に脚光を浴びた「坂本八幡宮」は、大宰府市の都府楼跡の北西に位置します。都府楼の中を通り抜けて行くこともできるし、蔵司と都府楼の間の車道を通って行くこともできます。都府楼跡からは北西の杜に向かって進みます。都府楼跡には三つの石碑がありますが、写真では石碑群中央の後方にこんもりした樟の杜が見えます。大伴旅人の屋敷跡だったという坂本神社の杜です。旅人の屋敷跡「坂本神社」は、大宰府市...

  20. 大伴旅人は何故、対馬の琴を藤原房前に贈ったのか - ひもろぎ逍遥

    大伴旅人は何故、対馬の琴を藤原房前に贈ったのか

    万葉集の810番から812番に大伴旅人が藤原房前(ふささき)に琴を贈った話が載っている。対馬の桐で出来た小琴を手に入れて藤原房前に贈るとき、旅人はわざわざ夢物語に仕立てた話を手紙に記した。琴の精霊が乙女の姿で夢に現れて言った。自分は対馬の高い山で育った桐から出来た琴で、「常に君子の左にある琴」になりたいと、願って歌を詠んだ。その歌は810番如何にあらむ日の時にかも声知らむ人の膝の上我が枕かむ...

総件数:152 件

似ているタグ