三角縁神獣鏡のタグまとめ

三角縁神獣鏡」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには三角縁神獣鏡に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「三角縁神獣鏡」タグの記事(13)

  1. 魏の使者が常にとどまった伊都国と女王国との距離の問題 - 地図を楽しむ・古代史の謎

    魏の使者が常にとどまった伊都国と女王国との距離の問題

    シンプルな疑問があります。魏の使者が常に留まるところ、伊都国の位置の問題です。伊都国は魏から贈られた品物や出入りする集団を検閲し、諸国の動向を監視していました。女王国の出先として、また権力の一翼を担っていたことになります。その伊都国は女王国よりどのくらいの距離にあったのでしょう。女王国が畿内にあったのなら、緊急時の対応には何か月もの遅れが生じます。奈良時代は駅鈴があり馬を変えながら走ったでし...

  2. 卑弥呼が貰った鏡を変えて畿内説を示唆する方向に - 地図を楽しむ・古代史の謎

    卑弥呼が貰った鏡を変えて畿内説を示唆する方向に

    東京と九州の国立博物館で開催されている「三国志展」の開催意図は、他でもありません。邪馬台国九州説の撲滅でしょう。今日、「邪馬台国が九州に在った」と言っているのは素人で、考古学者は畿内説になっている。というのが事実です。文化庁もその方向です。その意図がはっきり表れているのが、今回の三国志展です。私が知りたいのは事実と真実です。本当に、邪馬台国畿内説でいいのか、未だに納得がいきません。これまでに...

  3. 歴史街道いづみ路-椿井大塚山古墳 - 人生四季折々

    歴史街道いづみ路-椿井大塚山古墳

    椿井大塚山古墳(つばいおおつかやまこふん)、京都府木津川市山城町にある椿井大塚山古墳は古墳時代前期の前方後円墳である。南山城を貫流する木津川が,東の伊賀から山城に抜けて北へと流れを転ずる付近に位置する。国の史跡に指定され、出土品は国の重要文化財に、石室天井石は木津川市指定有形文化財に指定されている。古墳時代初期の前方後円墳(出現期古墳)である。小林行雄博士は、三角縁神獣鏡を分類して7つの型式...

  4. 黒塚古墳・三角縁天王日月・唐草文帯四神四獣鏡 - 奈良・桜井の歴史と社会

    黒塚古墳・三角縁天王日月・唐草文帯四神四獣鏡

    黒塚古墳。130メートルほどの前方後円墳、3世紀から4世紀のものである。墳丘は、中世・近世に砦、お城として使われた歴史があり、改造が著しい。竪穴石室は後円部の中心、南北にむけて設けられていた。石室に関わる施設では、前方部につながる鞍部から作業道(墓道)が発見されていて、葬送の儀式の入り口、石室を作るための作業通路として使われたらしい。 盗掘や開発を逃れて、1997年、タイムカプセルのように、...

  5. 三角縁神獣鏡は甕棺からは出土しない - 地図を楽しむ・古代史の謎

    三角縁神獣鏡は甕棺からは出土しない

    国産鏡だった・弥生後期の平原王墓出土の国宝の鏡国産鏡という平原王墓の鏡ですが、三角縁神獣鏡はありません。前漢鏡は甕棺からしか出土しないと聞きました。平原王墓は方形周溝墓です。弥生後期にはこれだけの鏡を生産できるようになっていたのです。ですが、古墳時代になると三角縁神獣鏡が出土します。しかし、古墳からは三角縁神獣鏡が出土する原口古墳は甕棺墓の上に築造された全長80mの前方後円墳です。主体部は粘...

  6. 青銅鏡は紀元前に北部九州で国産が始まった - 地図を楽しむ・古代史の謎

    青銅鏡は紀元前に北部九州で国産が始まった

    青銅鏡は紀元前に国産品があった!!もう数年前の新聞記事です。春日市で多鈕細文鏡の鋳型が見つかりました。紀元前に銅を熔かし鏡を作ることができたのです。大きな甕棺を製作していた人たちですから、決して無理ではなかったでしょう。その技術は進んでいったようで、糸島の平原弥生王墓の大型鏡も国産品ということです。40面の鏡のうちの内向花文鏡は、直系46.5cm重さは8kgです。これほどの技術は何処へ行った...

  7. 赤塚古墳の三角縁神獣鏡はヤマトから来たのか? - 地図を楽しむ・古代史の謎

    赤塚古墳の三角縁神獣鏡はヤマトから来たのか?

    大分風土記の丘・三角縁神獣鏡赤塚古墳には三角縁神獣鏡が5面副葬パンフレットを見ると、ここも三角縁神獣鏡はヤマト王権との絆とされています。では、大分の三角縁神獣鏡を見ましょう。博物館の鏡は撮影できませんからパンフレットをデジカメで写したものになります。唐草文帯二神二獣鏡(21・7㎝)同型鏡(徳島県宮谷古墳、岡山県鶴山丸山古墳(伝)*傘松文様があります天王日月鋸歯文帯四神四獣鏡(23・0cm)同...

  8. 彷徨う月ノ岡古墳の三角縁神獣鏡 - 地図を楽しむ・古代史の謎

    彷徨う月ノ岡古墳の三角縁神獣鏡

    三角縁二神二獣鏡は三角縁神獣鏡に入らないそんなことないでしょう!?(月ノ岡古墳の三角縁神獣鏡(上)と吉井町の若宮八幡宮)最近でしたが、吉井町の若宮八幡を紹介しました。この広場に享保一揆と宝暦一揆の農民たちが集結したと云うことなどを。ここは、古来より人々の心の拠所だったと思うのです。この神社を挟んで二つの古墳があります。月ノ岡古墳(西側)と日ノ岡古墳(東側)です。月ノ岡は竪穴式石室で長持形石棺...

  9. 三角縁神獣鏡はなぜ大量生産されたのか? - 地図を楽しむ・古代史の謎

    三角縁神獣鏡はなぜ大量生産されたのか?

    三角縁神獣鏡は卑弥呼が魏から下賜された鏡ではない最近、既に多くの人がこう考えているようです。それはそれでいいのですが、では何故大量に生産されたのでしょうか。三角縁神獣鏡が人気商品だった理由があるはずです。弥生時代の甕棺から出土する鏡は、一つの鋳型で一つの鏡しか造らないそうです。しかし、三角縁神獣鏡は一つの鋳型でたくさんの同范鏡を作っているのです。同范・同形鏡は全国で出土しています。その供給元...

  10. 三角縁神獣鏡を製造した?椿井大塚山古墳 - 地図を楽しむ・古代史の謎

    三角縁神獣鏡を製造した?椿井大塚山古墳

    椿井大塚山古墳に行きました三角縁神獣鏡を製造した首長の墓?椿井大塚山古墳の被葬者が、王権の委託を受けて三角縁神獣鏡を製造したと、いう説がほぼ定説です。この古墳を線路が横断していますので、前方部と後円部は線路で分断されています。だから、時々電車が通ります。ここは、木津川市の椿井大塚山古墳です。では、大塚山に登ってみましょう。線路のガード下を通って、墳丘に登ります。ここを上って行くと、後円部につ...

  11. 続・黒塚古墳の三角縁神獣鏡 - 地図を楽しむ・古代史の謎

    続・黒塚古墳の三角縁神獣鏡

    黒塚古墳にいきました黒塚古墳の三角縁神獣鏡の続き黒塚古墳は三角縁神獣鏡が33面出土した古墳でした。33面は棺外に置かれていましたね。戦後には「卑弥呼の鏡」として話題を呼びましたが、大量に見つかってしまった上に棺外に置かれていたので、これら三角縁神獣鏡が中国からの下賜品とは考えにくくなり、今では「三角縁神獣鏡」に考古学者でもふれない人が多いということです。が、今でも三角縁神獣鏡の中でも出来のい...

  12. 黒塚古墳の三角縁神獣鏡 - 地図を楽しむ・古代史の謎

    黒塚古墳の三角縁神獣鏡

    黒塚古墳に行きました三角縁神獣鏡を見ました資料館では黒塚古墳の竪穴式石室を再現していました。正面からも上からものぞくことができます。三角縁神獣鏡が棺外に並べられていたことがわかりますね。ここは写真撮影はOKでしたよ。18号を写していないようです。33枚はやや多いので、次にまわします。また、後で。歴史ランキング神社・仏閣ランキング

  13. 三角縁神獣鏡を33面も副葬した黒塚古墳 - 地図を楽しむ・古代史の謎

    三角縁神獣鏡を33面も副葬した黒塚古墳

    黒塚古墳に行きました春に行ったときは資料館が閉館していましたので、再度、夏に行きました。後世に城が造られているので、元々どんな古墳だったのか分からないのです。後円部の縁を廻って前方部から墳丘の上に登りました。墳丘の頂上は平らになっていて、石室のようすが陶板で紹介されていました。周囲を全部見渡せる位置に墳丘墓は作られていました。木が高くて十分に辺りが見えませんでした。辺りには大型古墳が揃ってい...

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