下北半島のタグまとめ

下北半島」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには下北半島に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「下北半島」タグの記事(19)

  1. 下北紀行 ー 19歳の夏 020 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 020 Northern J...

    下北半島西海岸平舘海峡を青函連絡船が行き交う。この写真を掲載から外そうとしたが、今では見ることが出来ない光景なので考え直した。遠くの山並みは津軽半島。『下北紀行』で掲載した写真は全て50年ほど前のものです旅行作家にして本草学にひいでた三河出身の菅江真澄のことに触れたが、彼以前にも陸奥を訪ねた著名な人物は多い。平安時代には能因法師、能因に影響を受けたと思われる西行法師(菅江真澄は西行の足跡をも...

  2. 下北紀行 ー 19歳の夏 019 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 019 Northern J...

    仏ヶ浦(8)              沖合に青函連絡船らしき船影が見える。平舘海峡の向こうに見える山並は津軽半島。いよいよこのシリーズは終りに近づいた。15回くらいの掲載を予定していたのだが、50年近く眠っていたネガなのでシャバの空気を吸わせて上げたく、親としては取捨選択が難しかった。それで同じような写真ばかりになってしまったのである(ご勘弁を)。撮影後自家現像はしたがベタ焼きを作っただけ...

  3. 下北紀行 ー 19歳の夏 018 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 018 Northern J...

    仏ヶ浦(7)下北半島というと本州最北の地・辺境というイメージがあるかもしれない。一面真実ではあるだろうが、海路を利用すれば交通の利便はそう悪いとは言えないのだ。菅江真澄が下北半島を訪ねた時代は北前船の寄港地として大間、佐井、脇野沢、田名部など幾つかの港があり、交易で裕福な人々がいたことが分る。上方の情報や文化も北前船が持ち込んでいた。主な産業は漁業、林業であるが、忘れてならないのは南部馬の産...

  4. 下北紀行 ー 19歳の夏 017 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 017 Northern J...

    仏ヶ浦(6)菅江真澄には不明なところが多々ある。生まれは三河国と言うが本人は多くを語っていない。若い頃の名は白井秀雄という。「真澄は宝暦四年(1754)ごろに三河国で生れ、若い時から旅を愛し、ほうぼうに遊歴をこころみたが、天明三年(1783)郷里を出て、信濃・越後を経て東北の旅にのぼり、文政十二年(1829)に出羽国角館で長逝するまで、郷里には帰らなかった。生涯を旅に終えた人であった。」・・...

  5. 下北紀行 ー 19歳の夏 016 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 016 Northern J...

    仏ヶ浦(5)江戸時代の“旅行作家“にして本草家、医師、学者と言っても良いほどの博学の人に菅江真澄(すがえますみ)という人がいた。地方新聞『東奥日報』には時々その名を見つけることができる。菅江真澄は寛政四年(1792)から五年にかけ都合三度か四度仏ヶ浦を訪ねている。磯伝いに徒歩で、またある時は小舟に乗りこの場所を観察し歌も詠んでいる。「仏ヶ浦という磯部の石群は、竹の子がならび生えたようなさまで...

  6. 下北紀行 ー 19歳の夏 015 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 015 Northern J...

    仏ヶ浦(4)仏ヶ浦を霊界の入口という人がいるようだが、おどろおどろしい感じは全く感じることはできなかった。むしろ、あっけらかんとした明るく乾いた印象ばかりが残った。霊界、もしくは冥界への入口らしき所は無いかと探しては見たものの、それらしき場所を見つけることは出来なかった。六道の辻で冥界とこの世を行き来した僕と同じ名の人がいたが、僕にはそういう能力が備わってはいないようだ(^^;)仏ヶ浦は、夜...

  7. 下北紀行 ー 19歳の夏 014 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 014 Northern J...

    仏ヶ浦(3)仏ヶ浦を訪ねるには船を利用するしか無かったが、今では山の上を国道が南北に貫き容易に行くことが出来るようになった。展望台や駐車場も設けられており徒歩で海岸へ下りることができるようだ。便利にはなったが、秘境らしさは薄らいだことだろう。

  8. 下北紀行 ー 19歳の夏 013 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 013 Northern J...

    仏ヶ浦 (2)この場所は、長い間地元の人々にしか知られていなかったという。寛政五年(1793)菅江真澄や大正十一年(1922)に大町桂月がこの浜を訪れ、岩の造形の奇妙さに感嘆し歌を詠んでいる。1968年、下北半島国定公園の一部となった。

  9. 下北紀行 ー 19歳の夏 012 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 012 Northern J...

    仏ヶ浦 (1)津軽海峡に臨む下北半島の西部の海岸には、海食作用によって形成された高さ100m近い凝灰岩の奇岩が約2kmにわたって立ち並んでいる。仏ヶ浦は、地元の人々にとって地蔵尊信仰の場所でもある。

  10. 下北紀行 ー 19歳の夏 011 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 011 Northern J...

    尻屋崎バスの発車時刻までに余裕があり、遠くまで歩いたようです。脇野沢村ニホンザルの餌付け場所へ行く途中に撮影。少しばかり日が陰ってきたようです。真夏とはいえ、下北半島で見る太陽の位置は思いの外低い(関西人の気分は「思えば遠くに来たもんだ」)。撮影地は九艘泊(くそうどまり)という集落ではないかと思う。今では野猿公苑が出来ていつでもニホンザルを観察できるとか。                  ...

  11. 下北紀行 ー 19歳の夏 010 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 010 Northern J...

    イカ釣り舟撮影地の記憶は定かではないが大間港と思われる。これほど密集して係留してあるのは珍しいのではないだろうか。出 漁これも撮影地は判然としない。太陽の位置からすると陸奥湾に面した脇野沢村か。鯛 島鯛島は脇野沢村にある悲恋伝説の島。「征夷大将軍である坂上田村麻呂が蝦夷征伐のために脇野沢村に訪れた際、美しい村の娘と恋に落ち、娘は身ごもりました・・・」鯛というより鯨の姿に見える。

  12. 下北紀行 ー 19歳の夏 009 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 009 Northern J...

    西海岸撮影地は定かではありませんが西海岸としておきます。見ての通り雑然とした雰囲気があります。通路の脇には物干し竿のように丸太が組まれていますが、スルメイカや洗濯物を干す所のようです。冬には暴風・防雪のための板囲いに“変身“するのかもしれませんね。                              尻屋崎灯台北には津軽海峡、東には広大な太平洋がある。尻屋崎尻屋崎には寒立馬(かんだちめ...

  13. 下北紀行 ー 19歳の夏 008 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 008 Northern J...

    漁網の修理夏の強い日差しの下での細かい作業はさぞ辛かろうに。見ているだけで頭がクラクラしそう。村へ続く道終点でバスを降りてから、一番西にある集落まで一里を越える距離を歩いた覚えがある。午後の海左奥に見える山並みは津軽半島と思われる。

  14. 下北紀行 ー 19歳の夏 007 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 007 Northern J...

    西海岸当時のレンズはゴーストやフレアーがよく出た。それを意図して撮影したのではなく、気にしていないだけ(^^;)民家だろうか、海風を防ぐため風上に囲いをしてある(津軽地方では大がかりな囲いが見られる。それは次のシリーズで)。舟の陸揚げ作業人力で舟を陸に揚げている。これは小さい労力で重量のある物を移動させることができる、言わばウインチ(歯車は無い)。子どもの頃、これでよく遊んだものです。“曳き...

  15. 下北紀行 ー 19歳の夏 006 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 006 Northern J...

    西海岸にて          スルメイカを干している光景はどこでも見られるものだが、玄関先に吊るしてあるのは珍しいのでは。          なにか意味があるのだろうか(まず都会では見ることが出来ない光景)。海岸ではこのような光景をよく見かける。写真右奥に見える舟がイカ釣り舟。夜間海へ出て、集魚灯を点灯しスルメイカをおびき寄せては釣り針で引っかける漁法。                   ...

  16. 下北紀行 ー 19歳の夏 005 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 005 Northern J...

    尻屋崎東日本大震災ではこの辺も大津波の被害を被ったものと思う。南には、核燃料の再処理工場「六カ所再処理工場」がある。この地を福島原発の立地と同様かつては「不毛の地」と言っては言い過ぎか。戊辰戦争で官軍に敗れた会津藩士は、この斗南(となみ)地方に追いやられ幾多の辛酸を舐めたことと思う。それは僕の血筋に無関係では無かったのだ。                               西...

  17. 下北紀行 ー 19歳の夏 003 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 003 Northern J...

    霊場恐山 osorezan田名部(たなぶ)駅前からバスに乗り、霊場恐山に着いたのは昼頃だったろうか。宿坊に宿泊の申し込みを済ませてから霊場と宇曽利湖の周囲を散策したことを覚えている。その日は風の強い日で、火口湖である宇曽利湖は波だっており、荒涼とした雰囲気をより一層際立たせていた。極楽浜を歩いていると、一人の老婆が僕に近づいてきて知らぬ名で呼んでいる。老婆の娘さんらしき婦人が後ろから「違うよ...

  18. 下北紀行 ー 19歳の夏 002 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 002 Northern J...

    霊場恐山 osorezan下北地方では、人は死ぬと魂は恐山に帰ると言い伝えられている。この地は霊場であるが、古くから湯治場としても知られていた。北前船の船乗りも田名部から山を越え、ここへ湯治に来ていたという。※写真は、50年ほど前に撮影したものです

  19. 下北紀行 ー 19歳の夏 001 Northern Japan  - ギャラリー同仁斎      Gallery  Dojinsai

    下北紀行 ー 19歳の夏 001 Northern J...

    prologue                              仏ヶ浦霊場恐山釜臥山尻屋崎脇野沢村「下北紀行」は、ある本を読んだことにより始まりました。その本とは大江健三郎氏の『厳粛な綱渡り』でした。その中に恐山の記述があったのです。人間的な、あまりに人間的な、という内容でイタコの口寄せの場面の記述があり、それが妙に印象に残ったのです。旅を続けるうちに風土が人間に及ぼす影響にも関...

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