千種忠顕のタグまとめ

千種忠顕」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには千種忠顕に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「千種忠顕」タグの記事(3)

  1. 太平記を歩く。その106「雲母坂~雲母坂城跡」京都市左京区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その106「雲母坂~雲母坂城跡」京都市左京区

    延元元年/建武3年(1336年)5月25日の湊川の戦いで楠木正成が討死し、退却した新田義貞が京に戻ってくると、足利尊氏軍の追撃を防ぐため、後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)を京から比叡山に移します。そして、東坂本(現在の滋賀県側)を新田義貞と名和長年が守り、西坂本(現在の京都府側)を、後醍醐天皇の皇子・尊良親王と、千種忠顕が守りました。そして6月7日、尊氏の弟・足利義直の軍勢が西坂本に...

  2. 太平記を歩く。その54「的石」鳥取県西伯郡大山町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その54「的石」鳥取県西伯郡大山町

    前稿で紹介した名和氏館跡のすぐ近くに、「的石」と呼ばれる遺跡があります。この石は、名和長年を始めとする名和氏一族が、弓矢の修練に使用した的だと伝わります。 広い公園内の一角に、大きな石と説明板が見えます。 説明板です。 縦170cm、横150cmの大きな石で、たしかに平らに削ったような面があるものの、それ以外は何の変哲もないただの石です。 なんでも、この的石は、雨が降りやんだあとに太陽が照り...

  3. 太平記を歩く。その50「後醍醐天皇御腰掛の岩」鳥取県西伯郡大山町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その50「後醍醐天皇御腰掛の岩」鳥取県西...

    せっかく伯耆国まで足を伸ばしたので、船上山周辺の『太平記』にまつわる史跡を巡ってみます。まずは、御来屋漁港にある「後醍醐天皇御腰掛の岩」。 元弘3年/正慶2年(1333年)閏2月、側近の千種忠顕らと共に配流先の隠岐の島を脱出した後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)は、当初、出雲国を目指すも風に流され、ここ名和の湊にたどり着き、ここで、この地で海運業を営んでいた名和長年を頼ります。 このと...

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