卑弥呼のタグまとめ

卑弥呼」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには卑弥呼に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「卑弥呼」タグの記事(32)

  1. 卑弥呼はどんな住居に住んだのか - 地図を楽しむ・古代史の謎

    卑弥呼はどんな住居に住んだのか

    倭女王卑弥呼はどんなところに住んだのでしょう。NHKが取り上げていた纏向遺跡の、細い柱の住居の復元図の柱跡が、たまたま東西に並ぶのではないかということで、「!!卑弥呼の住居ではないか?」として、マスコミを巻き込んで話題になったのです。もちろん、全て発掘したのではないし、建物があったと予想される場所は、後世に削平を受けていて大型建築物の大きさは想像なのです。また、大きな溝に大型建築物の柱跡その...

  2. 筑紫平野に訪れた弥生時代の大型甕棺の消滅と古墳時代の異変・小郡埋蔵文化財センター - 地図を楽しむ・古代史の謎

    筑紫平野に訪れた弥生時代の大型甕棺の消滅と古墳時代の異...

    邪馬台国サミットで存在感を示していた片岡浩二さんが仕事をされているのは、筑紫平野の小郡市埋蔵文化財センターです。御顔は存じ上げていましたが。小郡市は、津古生掛古墳という初期の古墳があったので有名です。近隣に住む人には、「ここが卑弥呼の墓だ」と言われる方もおられました。そのくらい古かったそうです。しかし、開発のために、もう破壊されています。私は「なんで壊したの?」と、学芸員さんに聞いたことがあ...

  3. 何処の地域の人が大倭の覇者となったのか・助走を始めたNHK - 地図を楽しむ・古代史の謎

    何処の地域の人が大倭の覇者となったのか・助走を始めたNHK

    1月1日のMHKの「邪馬台国論争」は、久しぶりに普通のテレビ番組でした。しかし、もちろん「あれ?」と思うところはたくさんありました。それは、後で紹介させてください。昨今のテレビ業界の状況は、テレビを見ている人が少なく、古代史の番組を見る人は非常に限られるそうです。その中での番組ですからね、視聴者を考えると、邪馬台国論争のどちらも否定できないはずです。私もテレビは見ますが、ドラマやバラエティー...

  4. 国内最古の分銅を福岡県春日市で確認 - 地図を楽しむ・古代史の謎

    国内最古の分銅を福岡県春日市で確認

    明けましておめでとうございます。皆様今年もよろしくお願いいたします。お逢いしてお話しできる日が一日も早く来ますように、と願う元旦になりました。早速ですが、昨年の12月22日の新聞記事を紹介します。福岡県春日市で国内最古の分銅が確認されました。今までは何だったのかわからなかったものが、分銅だと分かったのです。その可能性は指摘されていたのですが、やはり分銅でした。弥生時代には税を取っていたのです...

  5. 邪馬台国のを考えるための十項目・矛・棺・青銅器・葬送文化・樟・素環頭大刀・志摩国・狗奴国 - 地図を楽しむ・古代史の謎

    邪馬台国のを考えるための十項目・矛・棺・青銅器・葬送文...

    邪馬台国を考える上で、その所在地に迫るには、下記の項目で検討する必要があるでしょう。もちろん古くからの鏡も。鏡が珍重された弥生の国であることは言うまでもありません。①矛や城柵で守られていた:矛が出土する地域はどこか。②棺あるも槨なし:棺が直葬されていた地域はどこか。③各王が通訳を通して半島と通じていた:韓半島の土器が出土する地域はどこか。④各々の王が話し合って擁立したのが女王の卑弥呼:各王は...

  6. 魏の使者が常にとどまった伊都国と女王国との距離の問題 - 地図を楽しむ・古代史の謎

    魏の使者が常にとどまった伊都国と女王国との距離の問題

    シンプルな疑問があります。魏の使者が常に留まるところ、伊都国の位置の問題です。伊都国は魏から贈られた品物や出入りする集団を検閲し、諸国の動向を監視していました。女王国の出先として、また権力の一翼を担っていたことになります。その伊都国は女王国よりどのくらいの距離にあったのでしょう。女王国が畿内にあったのなら、緊急時の対応には何か月もの遅れが生じます。奈良時代は駅鈴があり馬を変えながら走ったでし...

  7. 女王国で重視した鏡や武器の形 - 地図を楽しむ・古代史の謎

    女王国で重視した鏡や武器の形

    そもそも、卑弥呼の邪馬台国は三角縁神獣鏡で論じられていました。では、卑弥呼が外交を望んだ魏の鏡はどんなものだろうと知りたくなります。折しも、2019年は日中交流40周年ということで、記念の交流事業が催されました。国博の三国志展ですそこで展示された鏡を見なおしてみましょう。「獣文鏡」13.3cm。後漢・一~二世紀。魏ではこのような鏡も用いられたかもしれないと説明がありました。銘文「徐氏がつくっ...

  8. 魏武王・曹操は寒冷期を乗り越え、漢王朝の文化を発展させた - 地図を楽しむ・古代史の謎

    魏武王・曹操は寒冷期を乗り越え、漢王朝の文化を発展させた

    中国の河南省安陽市で発掘された墓に西高穴二号墳と命名されました。そこが記録にある「曹操高陵」と同じ場所であったこと、副葬品に「魏武王」と記した石牌(せきはい)があったことなど、魏武王は曹操を指しますから、曹操の墓であることが判明確定したのでした。三国志時代の曹操の墓だなんて…すごい発見でした。これを見ずに死んでしまった人に申し訳ない気持ちです。さて、曹操の時代は地球的には寒冷期でした。邪馬台...

  9. 仕事用の靴を買いました - 花茶Tagebuch

    仕事用の靴を買いました

    明日は祭日なのでのんびり気分です。金曜日がまた来たみたい。うれしいです(^^♪会社帰りに松坂屋に行って卑弥呼の靴を買ってきました。松坂屋カード会員割引をやっていまして、10%オフで買えました!アウトレットで買ったダイアナの靴の踵が先週、壊れてしまいました。その靴の買い換えです。2年しか履いていないのに壊れるなんて(2年履けば十分?)ビックリです。昨日、オンワード樫山のファミリーセールで買い物...

  10. 三国志展に選ばれた鏡・三段式神仙鏡とは何だ? - 地図を楽しむ・古代史の謎

    三国志展に選ばれた鏡・三段式神仙鏡とは何だ?

    九州国立博物館で始まった「三国志の時代展」に展示されている三段式神仙鏡。あまり知られていない鏡です。実は、重要だったのです。それにしても、なんとなくなじみがありませんよね。なぜこの鏡が展示されたのか、実は意味深なのです。その三段式神仙鏡によく似た鏡があるのです。群馬県前橋市、前橋天神山古墳から出土した鏡(上の画像の右の鏡)です。現在の前橋天神山古墳は、気の毒な状況です。しかし、後円部が残され...

  11. 三角縁神獣鏡が時代を席巻した理由は何か - 地図を楽しむ・古代史の謎

    三角縁神獣鏡が時代を席巻した理由は何か

    九州国博では三国志の時代展が開催中です。前々回に「畿内説の学者さんたちは、卑弥呼の貰ったという鏡を三角縁神獣鏡から画文帯神獣鏡に換える方針だ」と書かせていただきました。そこで、疑問が生じます。そうは言っても、今日まで大量に出土した三角縁神獣鏡はどういう位置づけになるのだろう?とか、既に500面は越えている(?)という出土状況をどのように解釈するのだろう?とかつまり、おいそれと鏡のみを交換する...

  12. 弥生後期の政変・広形銅戈はどこへ消えたか - 地図を楽しむ・古代史の謎

    弥生後期の政変・広形銅戈はどこへ消えたか

    東京国博と九州国博で開催の「三国志展」に深い絶望を感じたのですが、でも、少し思ったことを書いてみましょう。それは、卑弥呼はどこにいたのか。なぜ、倭女王は「魏」を選んで遣使したのか。曹操を尊敬していたのなら、それをどのように取り入れ表現したのか。卑弥呼の時代の人の思考はどのような形で残されたのか。その経済基盤は何だったのか‥等々にかかわることでもあります。まず、弥生時代の全盛期・弥生中期に甕棺...

  13. 卑弥呼が貰った鏡を変えて畿内説を示唆する方向に - 地図を楽しむ・古代史の謎

    卑弥呼が貰った鏡を変えて畿内説を示唆する方向に

    東京と九州の国立博物館で開催されている「三国志展」の開催意図は、他でもありません。邪馬台国九州説の撲滅でしょう。今日、「邪馬台国が九州に在った」と言っているのは素人で、考古学者は畿内説になっている。というのが事実です。文化庁もその方向です。その意図がはっきり表れているのが、今回の三国志展です。私が知りたいのは事実と真実です。本当に、邪馬台国畿内説でいいのか、未だに納得がいきません。これまでに...

  14. 神となった関羽の像に会える・九州国博「三国志展」 - 地図を楽しむ・古代史の謎

    神となった関羽の像に会える・九州国博「三国志展」

    10月から九州国博で「三国志展」が始まりました。会場に入ると関羽像に出会います。219年、関羽は非業の最期を遂げましたが、敵将の曹操からも「義の人」と称賛されました。その関羽の像は、スリムです。顔の半分が顎髭という一般化された関羽像と違って、どこか若くりりしく見えます。三国志の中では、人気ナンバーワンですかね。諸葛孔明が好きな人も多いようですが。関羽は張飛とともに早くから劉備に仕えました。「...

  15. 金隈弥生遺跡は 卑弥呼の時代まで六百年間継続し、136 体の人骨が出土 - 地図を楽しむ・古代史の謎

    金隈弥生遺跡は 卑弥呼の時代まで六百年間継続し、136...

    福岡県福岡市の金隈(かねのくま)遺跡に出かけました。甕棺墓が見学できるように公開されています。『金隈遺跡では、約2,400年前から1,800年前、弥生時代のおよそ600年にわたって甕棺348基をはじめ土壙墓(どこうぼ)119基石棺墓2基の合計469基もの墓が発見されています。』とパンフレットに書かれています。ここから136体分の人骨が出土しました。貝輪や石製の小玉、甕棺に供えられた小型の壺が...

  16. もう一丁! - いととはり

    もう一丁!

    今日も朝から雨…うぅ……うらめしや〜〜(~_~;)気温は24℃〜19℃、只今の湿度は92%となっている。なんだかなぁ〜早く梅雨明けろ〜〜〜と叫びたい‼︎(T ^ T)昨日の動画よりももっと分かりやすい動画をみっけ!1716 Hirushi Hayashi 卑弥呼はレプタリアン…https://www.youtube.com/watch?v=5dm3X2G6IQ4このHayashiさんって方は...

  17. 見つかった。 - いととはり

    見つかった。

    どうも、どうも、こんにちは。先日のぶっ飛び話しでちょっとふれた、卑弥呼はイナンナかもしれない…と思うようになった切っ掛け動画を見つけた。だいぶ前に見た動画だったのでハテ?どれだったかなぁ?〜と思っていたら、ぴょんと出てきた(^^;; なんだか私の脳心をよまれている感じ…ちょっと気味が悪いようにも思う。。。で、そのYouTube動画は↓これHiroshi Hayashi 327重卑弥呼はエ...

  18. 卑弥呼が九州から消える日・縄文から始まる - 地図を楽しむ・古代史の謎

    卑弥呼が九州から消える日・縄文から始まる

    とうとうその日が来るのですか。誤解から始まった邪馬台国近畿説が、国家の歴史として決定される日が。何と恐ろしい!真実がみえなくなり、歴史はゆがみます。箸墓が卑弥呼の墓だという信じられない説を一般化した畿内説学者は、文献や考古資料では「邪馬台国九州説を撲滅することは出来ない」と知っています。「文献では邪馬台国は読めないから、読まない。」と言い出して半世紀以上が経ちました。(文献で読むと九州説が有...

  19. 卑弥呼の墓(PART 1) - デンマンのブログ

    卑弥呼の墓(PART 1)

    卑弥呼の墓(PART 1)(himiko130.jpg)(himiko131.jpg)(himiko92.jpg)(himiko22b.gif)あらっ。。。今日はあたくしの遠い祖先のお話なのでござ~ますわねぇ~。。。(kato3.gif)あれっ。。。あの有名な卑弥呼は卑弥子さんの遠い祖先なのですかァ~?あたくしは日本人ですものォ~。。。卑弥呼さんの血の1敵や2滴ぐらいはあたくしの血の中にも受...

  20. 百年の嘘をホケノ山古墳に粉飾 - 地図を楽しむ・古代史の謎

    百年の嘘をホケノ山古墳に粉飾

    伊都国の平原王墓と、山城の椿井大塚古墳が同時代?「飯塚発古代史情報最前線・イイヅカから未来のトビラを拓く」というフォーラムでした。2月18日のテーマは『卑弥呼の戦争と武器』でした。松木先生ほんとですか?邪馬台国が戦争をした相手は何処ですか?確か、狗奴国です。狗奴国は邪馬台国の南に在ったのです。魏書に書いてあります。卑弥呼が死んだとき、帯方郡より張政が倭国に来ています。その後、卑弥呼宗女壱与が...

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