古高俊太郎のタグまとめ

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「古高俊太郎」タグの記事(4)

  1. 幕末京都逍遥その97「古高俊太郎遺髪墓(福勝寺)」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その97「古高俊太郎遺髪墓(福勝寺)」

    前稿、前々稿で紹介した教善寺・浄圓寺から北東に300mほどのところにある福勝寺に、古高俊太郎の遺髪墓があります。古高は攘夷派の志士で、池田屋事件の発端となった人物です。 古高俊太郎は近江国大津出身で、京都に移住したのち梅田雲浜に師事し、尊皇攘夷思想を学びます。その後、同士のひとりだった湯浅五郎兵衛の依頼で、湯浅喜右衛門の養子となり、小道具の「桝屋」を継いで枡屋喜右衛門と名乗ります。その「桝屋...

  2. 幕末京都逍遥その92「平野國臣以下三十七士之墓(竹林寺)」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その92「平野國臣以下三十七士之墓(竹林寺)」

    京都西陣にある竹林寺に、「その90」で紹介した六角獄舎で処刑された平野國臣をはじめとする37士の墓があると知り、足を運びました。 幕末、六角獄舎には多くの政治犯が投獄されていましたが、元治元年7月19日(1864年8月20日)の禁門の変(蛤御門の変)によって起きた大火災によって京都の町は火の海となり、火災に乗じて囚人が逃亡することを恐れた西町奉行所の役人・滝川具挙が、判決が出ていない状態のま...

  3. 幕末京都逍遥その90「六角獄舎跡(勤王志士平野國臣外十数名終焉之地)」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その90「六角獄舎跡(勤王志士平野國臣外十...

    二条城から500mほど南下したあたりに、江戸時代の京の牢獄「六角獄舎」がありました。正式名称は「三条新地牢屋敷」といい、六角通りにあったことから、「六角獄舎」または「六角獄」、「六角牢」などと呼ばれていました。 現在、六角獄舎跡の敷地はマンションが建っており、当時の痕跡を窺い知ることはできません。マンションの入口には、「勤王志士平野國臣外数十名終焉趾」と刻まれた石碑があります。幕末、この地で...

  4. 幕末京都逍遥その7「東山霊山護国神社~池田屋事件殉難者の墓」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その7「東山霊山護国神社~池田屋事件殉難者の墓」

    幕末の京都といえば、真っ先に思い浮かぶのが新選組。新選組といえば、「池田屋事件」ですよね。「池田屋の変」「池田屋事変」ともいいます。ここ東山霊山には、池田屋事件で命を落とした志士たちが、揃って祀られています。いまさら説明するまでもないと思いますが、池田屋事件とは、旅館・池田屋にて尊王攘夷派志士たちが集って行われていた密談を新選組が事前に察知し、襲撃した事件ですね。この事件によって、尊攘派は多...

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