和算のタグまとめ

和算」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには和算に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「和算」タグの記事(38)

  1. 「黒岩虚空蔵の算額」③ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    「黒岩虚空蔵の算額」③

    前回は、「佐久間文庫」解説にある「和算の最後の花」とある「最後の花」について、「花」の方に重点をかけた解釈の場合として整理した。しかし、「黒岩虚空蔵の算額」には、「最後」の方に重点をかけた意味合いの見え方もある。この算額では、「最上流宗統派の系譜」の5伝曠齋氏の門人として6伝の長沢保斎氏である長澤忠兵衛氏の算法が記され、更にその保斎氏の門人として7伝の長澤辰蔵氏の算法が記される。「最上流宗統...

  2. 「黒岩虚空蔵の算額」 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    「黒岩虚空蔵の算額」

    これは黒岩虚空蔵様の正面左手に掲げられた算額だ。「最上流五伝曠齋尾形貞蔵悦」とある。最後に、「明治26年7月23日菊池〇𠮷画、大槻童作書」とあり、「昭和41年3月3日復元奉納」とある。明治26年7月23日に尾形貞蔵悦氏が奉納したものを、昭和41年3月3日に復元したものであることが分かる。実際にはそこまで確認できるのだが、この写真はピンが甘く手振れを起こしてしまっている。実際に出かけて確認して...

  3. 和算散策余談③ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    和算散策余談③

    割り算九九の確認は中途だが、何となくこんな感じだろうということが分かった。思い出の確認が目的だ。これ以上深入りするつもりはない。ここまでにする。ただ、確認の資料とした「塵劫記」は、江戸時代のベストセラーで、ロングセラーだったとのことなので、パラパラとページをめくって全体を眺めてみた。今回は、割り算九九とそれに関連した算盤の運珠法を図で示されたところを中心に見ていたが、その前には、命数法、単位...

  4. 和算散策余談② - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    和算散策余談②

    前回の整理で、小さい頃にそろばん塾に通っていたことについてふれた。その関連で思い出したのが、父親との割り算九九についてのやり取り。珠算の練習をしているのを見ていた父が、もっと簡単な割り算の仕方があるといってこの割り算九九なるものを教えてくれたのだ。ただ、いくつもの運指法を使ってしまっては、混乱しかねないので取り入れることはなかった。記憶に残っているのは、「にいちてんさくのご」という語感だけだ...

  5. 和算散策余談~そろばん - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    和算散策余談~そろばん

    確認していくと、自分の年代近くまで和算の世界が存在していたらしいことが分かるが、接触する機会はなかったと思っていた。ただ、全く無縁だったということでもなさそうなのだ。小さい頃にそろばん塾に通っていたことがあるが、江戸時代これが和算の道具の一つだったということもあるようなのだ。この習い物で、結果的に珠算三級の資格を取得している。当時は、商業的な就職には有利な資格とされていたと思う。この時につち...

  6. 和算「最上流宗統派の系譜」から⑲ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    和算「最上流宗統派の系譜」から⑲

    今回の視点で整理していくと、師匠を頂点とするいわば家元制的な見え方が中心になる。特に、奉納された算額の確認では、その家元の成果公開のようにも感じられる。ただ、和算の場合、たとえ家元制的な見え方ではあっても、旦那衆の道楽芸というふうな見え方とは少し違う。その思考法が、実際の日常生活での問題解決に役立つという側面があるようなのだ。例えば、最上流二伝渡辺治右衛門一氏は、二本松藩藩校の講師として迎え...

  7. 和算「最上流宗統派の系譜」から⑱ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    和算「最上流宗統派の系譜」から⑱

    算額情報を拾うことで確かめようとしたことは、空振りが多かった。しかし、思いもかけない情報に出会う事もある。例えば、「大阪天満宮文化元年3月奉納者最上流渡辺一門人二本松住完戸政つね」とあるのをみつけた。問題の類別にかかわる資料だったと思うが、定かではない。「最上流渡辺一門人二本松住」とのことなので、今回整理の「最上流三伝宍戸佐左衛門政彝氏」であることはほぼ確実だ。この方は「和算『最上流宗統派の...

  8. 和算「最上流宗統派の系譜」から⑰ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    和算「最上流宗統派の系譜」から⑰

    前回、明治24年4月(1891福島県福島市立子山目細内110篠葉沢稲荷神社に奉納された算額(丹治重治他)に掲げられた方々を確認した。その整理の中で、名古屋で2015年に開催された「庶民の算術展」に出品されたとしたところだが、開催時期が違っていた。展覧会情報を確認すると2005年のようだ。訂正する。「和算『最上流宗統派の系譜』から⑬」でもふれたように、「最上流宗統派の系譜」としたのは「金谷川の...

  9. 和算「最上流宗統派の系譜」から⑯ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    和算「最上流宗統派の系譜」から⑯

    前回は、法道寺善氏の福島来遊についての情報を確認した。法道寺善氏は、初め広島で梅園立介に数学を学び、後に江戸へ出て内田五観の塾でさらに数学を学んだ後、日本全国を遊歴して各地で数学を教授しているとのことだった。その長崎来訪の事例をもとに論じるのが「法道寺善の「観新考算変法」と九圓變換術矩合集について(米光丁)」。その本論は専門的内容なので歯が立たないので、その結びから捉えるべきことを推測する。...

  10. 和算「最上流宗統派の系譜」から⑮ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    和算「最上流宗統派の系譜」から⑮

    前回は、七伝の杉妻村黒岩の長沢辰蔵氏の情報確認のために算額情報を拾ってきたその過程を記し始めたところだ。「黒岩虚空蔵の算額」についてのやや詳しく情報を拾ったところで思い出すのは、「佐久間文庫の由来」での以下の解説。時たまたま慶応2年、広島の法道寺善の来遊があり、和算の最高峰に位する転距軌跡、およびそれに伴う重心問題が、丹治庄作、尾形貞蔵らによって研究された。その成果は、福島市の近郊の(例えば...

  11. 和算「最上流宗統派の系譜」から⑭ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    和算「最上流宗統派の系譜」から⑭

    七伝の杉妻村黒岩の長沢辰蔵氏の情報確認のために、浅川村と杉妻村周辺の奉納された算額情報を拾ってみたが、拾えた情報は先に記した通りで大きな収穫はない。ただ、この確認作業の過程で、最上流宗統派の系譜の特徴ともかかわるかもしれないと感じたものがあった。その中には、先に山形の「佐久間文庫」でみた情報である「慶応2年当時和算の最高峰に位する転距軌跡、およびそれに伴う重心問題」の概要とも重なるのかなと思...

  12. 和算「最上流宗統派の系譜」から⑬ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    和算「最上流宗統派の系譜」から⑬

    「金谷川のあゆみ」が「最上流宗統派の系譜」について、今のところ確認できたのは、次のような事だ。まずは、「最上流宗統派の系譜」の繋がりそのもの。元祖会田安明氏から土湯の渡辺治右衛門一氏(二伝)に継がれた最上流の和算が二本松の宍戸佐左衛門氏(三伝)に継がれる。ここから、安政4年(1857)に金沢村丹治重治氏(四伝)に継がれて、明治17年(1884)に浅川村舩橋の尾形曠斎氏(五伝)に継がれる。そし...

  13. 和算「最上流宗統派の系譜」から⑫ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    和算「最上流宗統派の系譜」から⑫

    前回、宍戸佐左衛門政彝氏の算数の実力を示すのに、紹介されるままに「文政9年版『古今名人算者鑑』では西幕下14枚目に位置される」とした。しかし、これでは素人の散策人としては、どんな実力なのかが分からない。それで、ここに次の情報を付け加える。このランキングで、最上流二伝渡辺治右衛門一氏は、東前頭三枚目とされているとのことだ。その中で、弟子である宍戸佐左衛門政彝氏が西幕下14枚目にランキングされた...

  14. 和算「最上流宗統派の系譜」から⑪ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    和算「最上流宗統派の系譜」から⑪

    「和算「最上流宗統派の系譜」から⑤」で確認したように、福島地区の散策資料では最上流三伝宍戸政政彝氏についての情報は少ない。それで、それを挟んだ最上流二伝渡辺一氏と最上流四伝丹治重治氏の情報から宍戸政政彝氏についての情報を拾っていたところだった。 しかし、二本松地区の散策資料を確認していたら、以下のような最上流三伝宍戸佐左衛門政彝氏そのものの詳細情報もあることが分かった。二本松に生を受け、松...

  15. 和算「最上流宗統派の系譜」から⑩ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    和算「最上流宗統派の系譜」から⑩

    今回得た和算についての情報を、2007年秋に土湯温泉辺りを散歩したこととかかわりながら整理している。前回は、「土湯温泉と高湯温泉③:薬師様(2007/9/24)」として整理した土湯こけし薬師堂にかかわる和算家渡辺治右衛門一氏土湯薬師堂に算額奉納情報を確認した。その算額に記される復元趣旨と「薬師こけし堂の由来説明板」解説から、当時の薬師堂は、現湯本下の町の共同浴場「中の湯」辺りに鎮座していたと...

  16. 和算「最上流宗統派の系譜」から⑨ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    和算「最上流宗統派の系譜」から⑨

    半沢氏の「歴史地図」をもとに土湯温泉辺りをウロチョロと散歩したのは、2007年秋頃だ。この散策をもとにして、今回和算について得た情報を加えてみる。まずは、確実な情報から。寛政3年8月に、和算家渡辺治右衛門一氏が土湯薬師堂に奉納した算額が復元されているという。この算額が薬師堂に掲げられているとのことだ。この薬師堂については、「土湯温泉と高湯温泉③:薬師様(2007/9/24)」として整理してい...

  17. 和算「最上流宗統派の系譜」から⑧ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    和算「最上流宗統派の系譜」から⑧

    旧旧ニ本松街道近くで、和算家渡辺治右衛門の墓という標識を見つけたことがあった。「土湯探索余談(2007/9/29)」の記事でそのことについてふれたが、この方が、今回整理している二本松藩士最上流二伝渡辺一氏だ。https://kazenoshin.exblog.jp/6236962/この時には、その渡辺一の墓のある墓地らしいことまでは分かったのだが、渡辺一の墓そのものは分からないという事で、そ...

  18. 和算「最上流宗統派の系譜」から⑦ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    和算「最上流宗統派の系譜」から⑦

    「日本古典作者事典」に「息子未文は砲術家、孫の孫市は武衛流砲術師範」とあったことの情報確認の続きだ。「孫の孫市は武衛流砲術師範」の部分だが、この孫市氏は、嫡男渡辺貫氏を指しているようだ。この方も武衛流砲術師範とのことだが、二男の木村貫治氏も家禄65石の武衛流砲術師範のようだ。この方は木村左司馬次章氏の養子とのことだ。「二本松市史」では、「郡山市大槻町『安斎家文書』」を元に「幕末の二本松藩砲術...

  19. 和算「最上流宗統派の系譜」から⑥ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    和算「最上流宗統派の系譜」から⑥

    前回は、「十文字岳温泉」引湯工事の引き湯設計が、二本松藩士最上流二伝渡辺一氏の仕事であることの情報確認をした。今度は、「日本古典作者事典」に「息子未文は砲術家、孫の孫市は武衛流砲術師範」とあったことの情報を確認する。「二本松市史」の「幕末の二本松藩砲術の実態」の前項で、他の武芸よりも砲術が足軽芸として一段低く見られていた風潮が解説される。更に、その本項に入って、二本松藩の伝統的な砲術について...

  20. 和算「最上流宗統派の系譜」から⑤ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    和算「最上流宗統派の系譜」から⑤

    最上流三伝宍戸政政彝氏についての情報は少ないが、それを挟んだ最上流二伝渡辺一氏と最上流四伝丹治重治氏については容易に確認できる。そちら情報から宍戸政政彝氏についての情報を拾う。「日本古典作者事典」の渡辺一氏の項の中に「門弟:宍戸政彝・佐久間正晴ら多数」とある。ここからは、宍戸政彝氏が、佐久間正晴氏と共に、最上流二伝渡辺一氏の高弟であっただろうことが伺える。また、丹治重治氏の項では、「1850...

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