地域の散策のタグまとめ

地域の散策」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには地域の散策に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「地域の散策」タグの記事(205)

  1. 朝ドラ「エール」散歩資料(福島)⑩~古関裕而が通う学校③ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    朝ドラ「エール」散歩資料(福島)⑩~古関裕而が通う学校③

    ドラマでは、古関裕而氏が東京から福島に戻る処のは「喜多三」だが、実際は福島商業学校に入学したころには廃業になっているようだ。年譜によると、古関家が福島市新町70番地に転居するのは大正13年のようだ。 自伝では次のように記される。この年(関東大震災の年)の前年(大正11年)、私は県立福島商業学校に入学していた。「喜多三」を継ぐためである。ところが、ちょうど第一次大戦(終結)の影響で日本は大変な...

  2. 朝ドラ「エール」散歩資料(福島)⑩~古関裕而が通う学校③ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    朝ドラ「エール」散歩資料(福島)⑩~古関裕而が通う学校③

    「朝ドラ『エール』視聴~第13週『スター発掘オーディション』第62話」の整理で記したように、古関裕而氏と伊藤久男氏とが直接出会うのは世田谷らしい。ただ、ドラマでは古関裕而氏が伊藤久男氏の幼年時を所々知っているような設定になっている。この商業学校とのかかわりを通して、その設定に近い状態があったかもしれないという情報がある。ちょっと複雑になるが確認してみる。 先に「会津の『わたつみのこえ』を聞く...

  3. 朝ドラ「エール」散歩資料(福島)⑨~古関裕而が通う学校② - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    朝ドラ「エール」散歩資料(福島)⑨~古関裕而が通う学校②

    福島町立福島尋常高等小学校の校舎改築を検討する中で、男子部と女子部の分離と共に上級学校の設置が検討され、男子部に商業補習学校が附設され、女子部に高等女学校を併設する計画が立てられたということのようだ。これは町の有力者の意見が反映される結果のようだが、その背景に町予算があるという。当時、町事業費の不足は町の有力者の有志金に頼ってきているということがあるらしい。 「 わが国産業化と実業教育(羽田...

  4. 朝ドラ「エール」散歩資料(福島)⑧~古関裕而が通う学校 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    朝ドラ「エール」散歩資料(福島)⑧~古関裕而が通う学校

    古関裕而が通う小学校を確認する中で、後に古関裕而氏も野村俊夫氏も通うことになる福島商業学校が創立から10年ほど併設の形で福島第一小学校地内にあったという情報をみた。それが気になって確認を進めた。確認した事を「古関裕而が通う学校」として整理するのは、この地の商業学校の捉え方が他所と少し違うような気がするからだ。少なくとも自分の感覚とは少し違う。 明治20年代の福島町には小学教員養成の専門校であ...

  5. 朝ドラ「エール」散歩資料(福島)⑦~古関裕而が通う小学校② - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    朝ドラ「エール」散歩資料(福島)⑦~古関裕而が通う小学校②

    古関裕而氏が通う福島県師範附属小学校(現福大付属小学校の位置だが、大正12年(1923)製の地図を確認すると、現東分庁舎の位置に「師範学校」と「女子部」の建物が記され、その真南に「附属小本校」が記される。その建物の形状からは、現東分庁舎の西側の道路に面しているように想像される。 昭和2年(1927)製の地図で確認し直すと、「師範学校」と「女子部」とされた建物は「女子師範学校」とされ、その南側...

  6. 朝ドラ「エール」散歩資料(福島)⑤~古関裕而が通う小学校 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    朝ドラ「エール」散歩資料(福島)⑤~古関裕而が通う小学校

    ドラマでは裕一が通う小学校は福島信夫小学校とされるが、古関裕而が入学するのは福島県師範附属小学校(現福大付属小学校だ。古関裕而年譜によると、1916年7歳でその付属小学校に入学し、3年生から6年生まで遠藤喜美治先生に唱歌とつづり方を習ったとある。 「福島の建築34」で整理している建物が、現東分庁舎の位置に旧医大の建物として残っていた師範学校だ。https://kazenoshin.exblo...

  7. 朝ドラ「エール」散歩資料(福島)⑤~古関裕而生家⑤ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    朝ドラ「エール」散歩資料(福島)⑤~古関裕而生家⑤

    老舗加賀屋総本家金沢弥五兵衛宅の建物があり、昭和6年に秋田銀行福島支店がその建物を引き継いで開業したという経緯、そして、その東側には町年寄役・割元役を勤めた家柄の安斎市郎衛門宅が並んでいたという情報。これらの「喜多三呉服店」の店前の風景の情報を頭において、明治34年の絵図を見ると、現秋田銀行福島支店と現安斎ビルの境界線の向かい側が「喜多三呉服店」の位置と読み取れる。しかし、古関裕而の「生誕の...

  8. 朝ドラ「エール」散歩資料(福島)④~古関裕而生家④ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    朝ドラ「エール」散歩資料(福島)④~古関裕而生家④

    前回、古関裕而生家近くの風景という事では「日本銀行福島出張所」がかかわるかなと思うということで〆たが、その前に秋田銀行福島支店とのかかわりを整理しておく。というのは、絵図に記される「金沢弥五兵衛宅」がかかわるからだ。「古関裕而記念館」の「生誕の地記念碑」について解説するページに掲げられた「明治34年の絵図」には、金沢弥五兵衛宅も記されている。米沢口の直ぐ東手に「字通〇金澤弥〇」が読み取れ、更...

  9. 朝ドラ「エール」散歩資料(福島)③~古関裕而生家③ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    朝ドラ「エール」散歩資料(福島)③~古関裕而生家③

    前回、古関裕而生家の位置が示される絵図の東側に南北にクロスする道筋についてふれた。その東側に第百七国立銀行が描かれている。「福島市ホームぺージ」で、その第百七国立銀行についての詳細と、絵図に描かれていた頃のこの銀行の銅版画、その変遷の写真が確認できる。 その「観光・文化・スポーツ」→「文化・歴史」→「養蚕とふくしま展」→「ふれあい歴史館出張展示過去の展示タイトル」→「7.商業のまち福島の発展...

  10. 朝ドラ「エール」散歩資料(福島)②~古関裕而生家② - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    朝ドラ「エール」散歩資料(福島)②~古関裕而生家②

    「喜多三呉服店」の位置を表す「明治34年の絵図」の全体を見たいものだが、今のところその資料を見つけることはできていない。取りあえずこの絵図に近い絵図を使っている「福島のウォール街」という冊子を購入する。この冊子で「明治19年11月製福島町町屋敷図(個人蔵)」とか、「甚兵衛火事後の福島町図(明治15~16年)」とかと繋ぎ合わせながら眺めると、知りたい範囲の概要が見える。 「明治34年の絵図」の...

  11. 朝ドラ「エール」散歩資料(福島)①~古関裕而生家 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    朝ドラ「エール」散歩資料(福島)①~古関裕而生家

    朝ドラ「エール」は、コロナ禍によって制作が中断したため、6月27日(土)の放送をもって一時休止することになった。 大人になってからの物語では、朝ドラの趣旨なのであろう妻音との二人三脚ものの色が濃い展開になっている。「福島三羽ガラス」の中で、裕一だけはそこそこ作曲家として売れるが、久志も鉄男もくすぶったままだった。それが、ようやく久志がコロンブスのオーディションに研修生として残ったというところ...

  12. 朝ドラ「エール」散歩資料(本宮)⑤~奥州街道本宮宿と伊藤久男氏生家 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    朝ドラ「エール」散歩資料(本宮)⑤~奥州街道本宮宿と伊...

    伊藤久男氏生家は奥州州街道本宮宿の散策として整理した時のイメージでいうと、北町本陣通りの南端ということになる。奥州街道を本宮宿南町方面から進んでくると、安達太良川に出る。その橋を越えたところから先が本宮宿北町だ。橋を越えて北町に入って100mほど進んだところを左折する。そして、直ぐその先でまた右折する。このクランク状に進んだところが、本宮宿北町本陣通りということになる。その右折して直ぐの左手...

  13. 朝ドラ「エール」散歩資料(本宮)③~「花山公園」~「本宮小学校」~生家 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    朝ドラ「エール」散歩資料(本宮)③~「花山公園」~「本...

    先の散策の菅森山・大黒山・愛宕山の連山と伊藤久男氏歌碑があるという花山公園が直接的にかかわるのは菅森山・大黒山の散策だ。ここを一つの山城とイメージすると、愛宕山は少し離れている。ここにも愛宕館があったということで、そちらに向かう。この愛宕山の散策については「本宮城③余談~愛宕山」として整理している。https://kazenoshin.exblog.jp/7507797/ その愛宕山の道路を...

  14. 朝ドラ「エール」散歩資料(本宮)③~「花山公園」 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    朝ドラ「エール」散歩資料(本宮)③~「花山公園」

    伊藤久男氏歌碑があるという花山公園も先に散策している。ここを散策する時には、安達太良神社が鎮座す菅森山頂という感覚だ。ここを整理した時の意識は、舘跡の散策散歩で、この歌碑についてはさらりと流していた。 ここの舘を散策するには、菅森山を菅森山・大国山。愛宕山の連山で成り立っているという見方と、その連山を総称して菅森山というという見方の両方が必要だ。その事については「本宮城①~鹿子田館」の初めに...

  15. 朝ドラ「エール」散歩資料(本宮)②~「本宮映画劇場」 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    朝ドラ「エール」散歩資料(本宮)②~「本宮映画劇場」

    「朝ドラ『エール』視聴~第13週『スター発掘オーディション』②」で、昭和17年頃撮影されたと解説される「伊藤久雄記念音楽会(田村劇場)」の写真についてふれた。そこに、古関裕而氏、伊藤幟氏、伊藤久雄氏、野村俊夫氏、三門純子女史が写るという情報を確認したところだった。朝ドラ「エール」とのかかわりでいえば、福島三羽カラスが写っているということだ。 今まで散策地の見直しという視点でいえば、この撮影場...

  16. 朝ドラ「エール」散歩資料(本宮)①~造酒屋「大天狗」 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    朝ドラ「エール」散歩資料(本宮)①~造酒屋「大天狗」

    朝ドラ「エール」に登場する佐藤久志(山崎育三郎)は、古山裕一(窪田正孝)と幼馴染として描かれている。しかし、そのモデルになっている伊藤久男氏は本宮の旧家出身のようだ。その伊藤家は、町長、県会議員、衆議院議員を輩出した政治家一家のようだ。久男氏の本名伊藤四三男(しさお)の由来は、明治43年生まれだったからなのだとか。 先に本宮散策をしているが、その時は宿場町だとか、古墳だとか、舘だとかという歴...

  17. 神霊の学者石塚直太郎氏について - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    神霊の学者石塚直太郎氏について

    この心霊の学者石塚直太郎氏については、先に「三角山の散歩⑤―井野目の三井戸③」でふれている。https://kazenoshin.exblog.jp/20332368/井野目村では、井野目堰の山口庄右衛門氏の偉業と恩恵に感謝し、その大恩を忘れないようにするため井戸を掘らないという「願掛け」をしていた。その井戸のない生活は、その願外しが行われる昭和20年まで続いていたという。この学者石塚直太郎...

  18. 旧八反田川の川筋の散策の中で⑥ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    旧八反田川の川筋の散策の中で⑥

    平野六角の教法院手持ち情報は少ない。今回は、その教法院の忿怒相大黒天について整理してきたところだ。その時に、ここと共に信達坂東33番の第13番とされる「天王下観音堂」との共通項がないかなという思いがあって探し当てたのが、忿怒相大黒天と摩怛利神との習合情報だ。摩怛利神と習合した忿怒相大黒天の御利益が、「天王下観音堂」の建立時の願いである疫病や災厄除けと共通であるということだった。しかし、これは...

  19. 旧八反田川の川筋の散策の中で⑤ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    旧八反田川の川筋の散策の中で⑤

    先に記したように、「平野の伝承とくらし」では「天王下観音堂」が「信達坂東33番の第13番大悲大慈正観世音菩薩の札所」だという。しかし、一般的には信達坂東33番札所の13番札所は、平野六角の教法院とされている。しかし、「天王下観音堂」と「教法院」とのかかわりを示す手持ち情報はない。それで、この忿怒相の大黒天が、人々にどのように受けとめられていたかという一般的な事例を確認して、それをこの地域での...

  20. 旧八反田川の川筋の散策の中で④ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    旧八反田川の川筋の散策の中で④

    関心事は、この忿怒相の大黒天がこの地域でどのように受け入れられていたかということだが、その手持ち情報はない。ここの案内板の後半に以下のような付記がある。「伝えによると、仙台伊達氏の持仏とされていたものが廃仏毀釈のあおりで市場に出され、それを明治元年(1868)教法院の法印石川民部氏がもたらしたものであるといいます」この地での名の通った権力者の持仏らしいというというのも、地域に受け入れられやす...

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