地域の散策のタグまとめ

地域の散策」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには地域の散策に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「地域の散策」タグの記事(205)

  1. 熊阪台州氏(その2)49~高子山の「高子二十境」⑩ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    熊阪台州氏(その2)49~高子山の「高子二十境」⑩

    前回は、「白雲」という言葉のイメージが気になって「白雲洞」を整理した。本当は高子山にかかわる「高子二十境」までの整理のつもりだったので、付け足しの整理だ。ただ、この「白雲洞」は「高子二十境」の十九番目にあたり、その二十番「古樵丘(こしょうきゅう)」がそのすぐ隣の丘だ。「白雲洞」の散策時にはそちらの案内表示も見ている。「高子二十境」の最後の二十番を残すのは区切りが悪い。「谷文晁、高子二十境図を...

  2. 熊阪台州氏(その2)48~高子山の「高子二十境」⑨ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    熊阪台州氏(その2)48~高子山の「高子二十境」⑨

    高子山にかかわる「高子二十境」の整理をしていく中で少し言葉に敏感になったのだろうか。「白雲」という言葉のイメージが気になった。白雲は、辞書的には白い雲でしかないが、門外漢の散策人はその言葉の持つイメージがつかめていない。それで、「白雲」という言葉に「漢文」とか「漢詩」とかという言葉を付加して検索してみた。その確認を通して、「白雲」は古来より使われた詩語のようであることが分かった。そのイメージ...

  3. 熊阪台州氏(その2)47~高子山の「高子二十境」⑧ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    熊阪台州氏(その2)47~高子山の「高子二十境」⑧

    「伊達の香り」が示す「玉兎巖」の位置を参考に、「玉兎巖」の漢詩に添えられた谷文晁氏の挿図を見ていると、高子山の北側から眺めた風景という事になるだろうか。「丹露盤」の漢詩に添えられた谷文晁氏の挿図は高子山の西側から眺めた風景だ。こちらの実風景は、高子山の稜線を確かめるのに何度か眺めていたのでなじみ深い。それに対し、「玉兎巖」の漢詩に添えられた谷文晁氏の挿図と実風景の関係性をスムーズに感じとるこ...

  4. 熊阪台州氏(その2)46~高子山の「高子二十境」⑦ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    熊阪台州氏(その2)46~高子山の「高子二十境」⑦

    「伊達の散歩道(伊達市商工観光課)」の「高子二十境めぐり」という散歩資料の「伊達氏発祥の地・高子ヶ丘と丹露磐」案内に、この図が添えられる。「永慕編(熊阪台州)」の二十境の「丹露盤」の漢詩に添えられた谷文晁氏の挿図だが、そうであることは説明はされない。誰でもが、当然知っていることとされているようだ。谷文晁氏を「美術人名辞典」で確認する。江戸後期の文人画家で、元・明・清画や狩野派・土佐派・文人画...

  5. 熊阪台州氏(その2)45~高子山の「高子二十境」⑥ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    熊阪台州氏(その2)45~高子山の「高子二十境」⑥

    この「龍脊巌」の案内柱は、駅前に掲げられる「高子二十境遊歩道案内」で示される位置にたつものだ。先に「高子20境『龍背巌』と首塚」で整理したのは、そちらだ。https://kazenoshin.exblog.jp/9390709/公的機関が配る散歩コース案内では、こちらが案内される。今回参考にさせていただいている「伊達の香り」では、その四番「龍脊巌」は、高子山の西稜線の岩場をイメージさせる。今...

  6. 熊阪台州氏(その2)44~高子山の「高子二十境」⑤ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    熊阪台州氏(その2)44~高子山の「高子二十境」⑤

    二番「玉兎巖」は、今回参考にさせていただいている「伊達の香り」では、一番「丹露盤」の東側の岩場としている。ただ、駅前に掲げられる「高子二十境遊歩道案内」の案内板や「高子二十境巡りコースマップ」など、公的機関が配る散歩コースでは、その位置は別のところとしている。そこには、案内柱も建っているようだ。それはともかくとして、「玉兎巖」の「玉兎(ぎょくと)」は、辞書的な意味は「仏教や道教の影響を受けた...

  7. 熊阪台州氏(その2)43~高子山の「高子二十境」④ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    熊阪台州氏(その2)43~高子山の「高子二十境」④

    今回の散策で、「将帰阪」とされる付近に丹露盤に向かう道筋を案内する標柱をみつけたのだが、これは偶然ではない。ここに来るたびに、山裾の西側から南側にかけて眺めまわしていたのだ。それは、山頂から南に向かう嶺に沿った道筋が、どこに向かうのかなぁと思って探っていたところがあるのだ。最初に山頂の岩場である丹露盤を目指したのは八幡神社脇からだが、その時に、山頂から尾根筋を走る道筋の行方が気になっていたの...

  8. 熊阪台州氏(その2)42~高子山の「高子二十境」③ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    熊阪台州氏(その2)42~高子山の「高子二十境」③

    厄介なのは、散歩人程度の素養では、解説されて直ぐに納得といかない事だ。解説されたことの言葉の確認が必要になる。まずは、「孤標は、ただちに承露盤であり、仙人掌であり金狄掌である」とあることについての確認。「孤標」とは、他よりも一際すぐれているという意を含んで「山や樹木の特出的頂端」を意味するようだ。覇陵氏がいう特出的頂端は、丹露盤と称する高子山山頂の岩を指している思う。その鑑賞の解説では、この...

  9. 熊阪台州氏(その2)41~高子山の「高子二十境」② - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    熊阪台州氏(その2)41~高子山の「高子二十境」②

    高子山山頂の「丹露盤」について最初にふれたのは、「高子ケ岡の『亀岡八幡宮』」の散策の時だ。https://kazenoshin.exblog.jp/6331746/また、「福島の鉱山35~信夫地方の鉱山⑧~高子付近の鉱山と高子二十境」でも、ふれている。https://kazenoshin.exblog.jp/23048300/「丹露盤」は、風景としては、散歩人の現在持ち合わせている知識でも識...

  10. 熊阪台州氏(その2)40~高子山の「高子二十境」 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    熊阪台州氏(その2)40~高子山の「高子二十境」

    「伊達の香り」のページの「福島伊達の名勝『高子二十境』」の項によると、「高子二十境」は「高子村海左園二十境」の略称とのことだ。その景勝の位置は、高子山あたりを中心にしてほぼ円形にその周辺に散在するという。http://datenokaori.web.fc2.com/index.htmlしかも、その「高子七境の確定とネーミングの手法」の項によると、「高子二十境」の一番丹露盤から七番将帰阪までは...

  11. 鴎外氏が認識する熊阪系譜⑤:熊阪台州氏(その2)39~「處士台州熊阪翁墓碑」⑦ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    鴎外氏が認識する熊阪系譜⑤:熊阪台州氏(その2)39~...

    児島定悠氏が熊阪氏になる経緯と覇陵氏とその関係については、先に台州氏代の「熊坂家蛍域」とのかかわりで確認している。その概略は以下のようだ。児島定悠氏は、保原村の尾張支藩の梁川藩御用達である熊阪助利氏と江戸で出会う。助利氏は、定悠氏は才能があると見込んで、弟太次右衛門の寡婦になっていた片平氏娟に入夫させ、伊達に住まわせて、熊阪氏を名乗らせた。児島定悠氏にとっては、助利氏が梁川藩御用達であること...

  12. 鴎外氏が認識する熊阪系譜④:熊阪台州氏(その2)39~「處士台州熊阪翁墓碑」⑥ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    鴎外氏が認識する熊阪系譜④:熊阪台州氏(その2)39~...

    初めは散策資料が案内するような観点で地域散策をしている。それで、一般的には漢詩文は近世の「支配階級」や「知識階級」の者だけの文化活動として行われていたものという認識だ。それなのに、この時代に、ここ白雲館では熊阪三代のような篤農家の指導者のもと、非武士階級の者たちが文学活動を展開していたことは特異な事であるという見え方になる。ところが、鴎外氏は、史伝「井沢蘭軒」で、作中のわたしに「磐谷の祖先は...

  13. 鴎外氏が認識する熊阪系譜③:熊阪台州氏(その2)38~「處士台州熊阪翁墓碑」⑤ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    鴎外氏が認識する熊阪系譜③:熊阪台州氏(その2)38~...

    井沢蘭軒氏や菊池五山氏と熊阪盤谷氏との交流にかかわって、「伊沢蘭軒(森鴎外)」に熊阪三代が紹介される。このことにかかわってちょっとわき道にそれる。「おくのほそ道自然歩道(福島県県民室)」に、この事を意識した表現があるのが気になっていたのだ。同書では東根道の中の一つとして、熊阪家墓も紹介される。月の輪―高子沼―熊阪家墓―愛宕山―福源寺―瀬上の各所が紹介されるのだが、「熊阪家墓」は次のような紹介...

  14. 森鴎外氏が認識する熊阪系譜:熊阪台州氏(その2)36~「處士台州熊阪翁墓碑」③ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    森鴎外氏が認識する熊阪系譜:熊阪台州氏(その2)36~...

    「高子から全国に発信される文学活動③~熊阪台州氏⑨」で記したように、森鴎外史伝三部作の第二「伊沢蘭軒」という作品で、盤谷氏とのかかわりで、熊阪氏3代について解説する箇所がある。https://kazenoshin.exblog.jp/23487373/連載の129回目で、文政5年(1822)の秋の蘭軒の詩は、末の三首が森枳園の手写しで、その前に看過すことの出来ない一首があるとの書き出しで、7...

  15. 熊阪台州氏(その2)35~「處士台州熊阪翁墓碑」② - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    熊阪台州氏(その2)35~「處士台州熊阪翁墓碑」②

    處士台州熊阪翁墓の表題が読みにくいので、この碑の確認には本文も確かめている。これは、昨日整理の本文出だしの諱、字、姓にかかわることが刻まれる部分だが、彫は鮮明で「翁諱定邦、一諱邦、字子彦、姓熊阪氏、本姓兒島氏」が確認できる。ここで気になった事の一つが、「本姓兒島氏」とあること。系譜にこだわらずに散策していた時点では、漠然と熊阪氏の系譜の中で捉えている。更に、「熊坂家蛍域」原風景の確認でも、実...

  16. 熊阪台州氏(その2)34~「處士台州熊阪翁墓碑」 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    熊阪台州氏(その2)34~「處士台州熊阪翁墓碑」

    熊阪氏についての知識がないので、散策資料を読み取るのに苦労した。今までの確認で、ようやく「熊坂家蛍域」に建つ案内板の熊阪覇陵氏、台州氏、盤谷氏の熊阪三代墓碑を確認する前提が整ったところだ。「覇陵熊阪君墓碑」は先に確認したので、こんどは台州氏、盤谷氏の墓碑を確認する。まずは、「處士台州熊阪翁墓碑」。「白雲館墓碣銘(菅野宏氏)」がいう「定邦台州碣銘」だ。建立は「文化乙丑春三月」とのことなので、文...

  17. 熊阪台州氏(その2)33~台州氏代の「熊坂家蛍域」⑤ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    熊阪台州氏(その2)33~台州氏代の「熊坂家蛍域」⑤

    菅野宏氏は「白雲館墓碣銘」の前書きで、「観海撰文南畝書の覇陵の碣銘は有名だが、小さい碣銘も心に残るもので、読み継げば、著作には見えない、白雲館の年代記が鮮明に浮かび上がってくる」と記す。しかし、自分にはその有名だとされるする覇陵の碣銘も識別できない状態だった。それが、台州氏代の「熊坂家蛍域」を確かめるという作業を通して、ようやく確認できたということだ。これで、案内板にある熊阪覇陵氏、台州氏、...

  18. 熊阪台州氏(その2)32~台州氏代の「熊坂家蛍域」④ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    熊阪台州氏(その2)32~台州氏代の「熊坂家蛍域」④

    台州氏代の「熊坂家蛍域」原風景にかかわる墓碑群を確認してきた。その確認を通して、覇陵氏達が高子に住する際の「熊坂家蛍域」原風景のイメージも見えて来た。この3基の墓碑群の「阿閣院翽鳳起居士之墓」の墓碑が、それだろうと思う。実際には、この墓碑自体は寛政四年に台州氏が撰文し、盤谷氏の書になる整備が行われたものなので、あくまでもイメージとしてということではある。この墓碑の表題は「阿閣院翽鳳起居士之墓...

  19. 熊阪台州氏(その2)31~台州氏代の「熊坂家蛍域」③ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    熊阪台州氏(その2)31~台州氏代の「熊坂家蛍域」③

    高子熊阪氏の分家は、覇陵氏の実父母との関りで行われたわけではないようだ。それは、画策され中村熊阪氏3代太左衛門(助利)氏の姉の嫁ぎ先の秦氏とのかかわりを要として行われるようだ。「熊坂家蛍域」原風景にかかわる墓碑のうち、中央の「太右衛門豊重・久保氏越碣銘」が、これに絡む。昨日、中村熊阪氏から高子熊阪氏が分家する部分と覇陵氏の実父母とのかかわりを図示した。この図に、高子熊阪氏の分家の要とる秦氏と...

  20. 熊阪台州氏(その2)30~台州氏代の「熊坂家蛍域」② - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    熊阪台州氏(その2)30~台州氏代の「熊坂家蛍域」②

    先に「覇陵熊阪君墓碑」について整理したが、このことによって今までの見え方と違ったことがある。それまでは、熊阪氏の系譜の中での覇陵氏という見え方だった。覇陵氏の実父方の系譜を意識したことがなかった。ところが、「覇陵熊阪君墓碑」で語られる系譜は実父方の系譜を中心にしているらしいのだ。「熊阪台州氏(その2)⑦~「覇陵熊阪君墓碑」⑦」で「白雲館墓碣銘(菅野宏)【白雲会研究会1989/4】」をもとに確...

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