城跡のタグまとめ

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「城跡」タグの記事(172)

  1. 葛生へ行く佐野駅@栃木県 - 963-7837

    葛生へ行く佐野駅@栃木県

    佐野駅に来たのは何回目かな?でも、今回は佐野駅周辺がメインではないので、とっとと目的の場所へ向かいます。と、その前に佐野駅の直ぐ側にある佐野城址へ行きました。とても駅近です。

  2. 阿波国最大の山城、一宮城攻城記。その4<小倉丸~椎の丸~下山道> - 坂の上のサインボード

    阿波国最大の山城、一宮城攻城記。その4<小倉丸~椎の丸...

    「その3」の続きです。本丸を後にして、一宮城南側に向かいます。 一宮城の縄張りは大きく北城と南城に分かれていて、「その2」「その3」で紹介した才蔵丸、明神丸、本丸が北城、そして本稿で攻める曲輪が南城になります。 誘導板にある水手丸、小倉丸、椎丸が、南城の曲輪です。 しばらく歩くと、「投石用の石」と書かれた説明板と石がありました。たしかに、投げやすそうな大きさの石ですが、これだけをもって「投石...

  3. 阿波国最大の山城、一宮城攻城記。その3<本丸> - 坂の上のサインボード

    阿波国最大の山城、一宮城攻城記。その3<本丸>

    「その2」の続きです。一宮城本丸跡まで登ってきました。眼前に姿を見せた本丸石垣の迫力に圧倒されます。 一宮城本丸は標高約144.3mに位置し、ここだけ、総石垣造りとなっています。石垣に沿っての本丸の大きさは、東北約36m、西北約23mの不等辺三角形で、石垣の高さは約5mあり、反りはほとんどありません。 虎口は東側の1ヶ所だけです。 とにかく本丸石垣の周囲を1周してみましょう。 虎口石段横の石...

  4. 阿波国最大の山城、一宮城攻城記。その2<才蔵丸~明神丸> - 坂の上のサインボード

    阿波国最大の山城、一宮城攻城記。その2<才蔵丸~明神丸>

    「その1」の続きです。一宮城の縄張りは大きく北城と南城に分かれていますが、その北城の東側にある才蔵丸と明神丸を分断する大堀切が下の写真です。 見事なV字です。この左側が才蔵丸、右側が明神丸です。 その説明板。 反対側からみた堀切です。 堀切の南側に、才蔵丸に登る虎口があります。 入口に立つ石碑は「才蔵丸」ではなく「財蔵丸」と刻まれています。 才蔵丸跡です。 広い。 才蔵丸は一宮神社横の登城口...

  5. 阿波国最大の山城、一宮城攻城記。その1<登山口~湧水> - 坂の上のサインボード

    阿波国最大の山城、一宮城攻城記。その1<登山口~湧水>

    先日の稿で紹介した勝瑞城跡から直線距離で12kmほど南西にある一宮城跡を訪れました。ここも、勝瑞城跡と同じく平成29年(2017年)4月6日に日本城郭協会から発表された続日本100名城に選定された城です。徳島県下ではこの2ヶ所が選ばれました。 一宮城は徳島市の南西部、鮎喰川右岸にある東竜王山系の尾根先端にある標高144.3mの山頂にあります。登山口は、一宮神社と四国八十八箇所霊場の第十三番に...

  6. 阿波三好氏の居城、勝瑞城を歩く。 - 坂の上のサインボード

    阿波三好氏の居城、勝瑞城を歩く。

    先日の稿で紹介した摂津の芥川山城主だった細川氏や三好氏のルーツとなる城が、徳島県にあります。続日本100名城に選定された勝瑞城です。 県道松茂吉野線沿いに、「勝瑞城跡」と記された誘導板があります。矢印は北側を誘導しています。 現在、勝瑞城跡は見性寺というお寺になっています。見性寺は三好氏の菩提寺で、江戸時代にここに移され三好氏代々の墓を守ってきました。 入口には、「史跡勝瑞城趾」と刻まれた石...

  7. 三好長慶の本城、芥川山城攻城記。その4~北出丸・南出丸~ - 坂の上のサインボード

    三好長慶の本城、芥川山城攻城記。その4~北出丸・南出丸~

    「その3」で主郭まで攻略しましたが、続いて、主郭北西にある曲輪に向かいます。 主郭北西にある細い道を下ります。 主郭北側の一段下がったところにも、曲輪跡と見られる削平地があります。 その周囲は、立派な土塁跡で囲われています。 更にその北西にある曲輪に向かいます。細い喰違虎口となっています。 虎口を抜けて下ったところに、堀切と土橋があります。 土橋です。 そして堀切です。 土橋を渡ると、東西に...

  8. 三好長慶の本城、芥川山城攻城記。その3~主郭~ - 坂の上のサインボード

    三好長慶の本城、芥川山城攻城記。その3~主郭~

    「その2」の続きです。二之郭の北の細い道を西に進むと、急に視界が開けた場所に出ます。 そこには、芥川山城跡ではなく「城山城跡」と刻まれた小さな石碑があります。 石碑の脇には、南へ下る道があります。どうやらこの道が大手道のようです。ここが、大手筋ルートと塚脇ルートの交差点になっているようです。 石碑を過ぎると、主郭と二之郭を結ぶ細長い帯曲輪となっています。 主郭虎口。細い喰違虎口となっています...

  9. 三好長慶の本城、芥川山城攻城記。その2~第2曲輪・東出丸~ - 坂の上のサインボード

    三好長慶の本城、芥川山城攻城記。その2~第2曲輪・東出丸~

    「その1」の続きです。芥川山城を登り始めて約30分、切通し虎口があります。縄張り図によると、ここを抜けると第2曲輪となっています。 「切通し」とは、丘などの土を掘削して造った道のこと。 石垣の名残でしょうか?虎口の脇には大きな石がゴロゴロ散在しています。 虎口を過ぎると、左側(南側)が一段高くなっています。縄張り図によると、「第2曲輪」「二之郭」「東出丸」などの名称で書かれていますが、まあ、...

  10. 三好長慶の本城、芥川山城攻城記。その1~登城道~ - 坂の上のサインボード

    三好長慶の本城、芥川山城攻城記。その1~登城道~

    今回は大阪府下最大の規模を誇る芥川山城を攻めます。芥川山城は阿波徳島から攻め上ってきた三好長慶が管領・細川晴元を追い落として入城し、畿内統治の本拠としていた城です。 登城口近くの「塚脇」というバス停に、芥川山城の案内板や説明板が並んで設置されています。 こちらの説明板では、「三好長慶が細川晴元を擁して入城」と書かれていますね。わたしが知るところでは、晴元は長慶に攻められて追い落とされたはずな...

  11. 横浜市南区の文化財 #2 - 神奈川徒歩々旅

    横浜市南区の文化財 #2

    文化財ファイル横浜市南区の文化財 #2横浜市南区には横浜最古の寺院があるのです。ちょっと誇らしい。●横浜市南区三春台4 関東学院中学校関東学院中学校かんとうがくいんちゅうがっこう【横浜市認定歴史的建造物】1991年度 認定歴史的建造物である本館は既に解体済みです。外観が復原されるという話があるようなので楽しみです。●横浜市南区庚台66光明寺光明寺書院こうみょうじしょいん【国登録有形文化財 建...

  12. 摂津国茨木城跡を歩く。 - 坂の上のサインボード

    摂津国茨木城跡を歩く。

    先日の稿で紹介した高槻城跡から5kmほど南西あたりに、かつて茨木城がありました。現在、茨木城があったとされる場所は、茨木市の中心地として宅地化されているため、その遺構を確認することはできません。 茨木城は現茨木小学校付近の小字「本丸」「中土井」付近に中心があったと考えられており、現在、小学校の校門は茨木城の移築櫓門を模したという門が建てられています。 寛文3年(1663年)に大和国小泉藩2代...

  13. 北摂津、高槻城跡逍遥。 - 坂の上のサインボード

    北摂津、高槻城跡逍遥。

    今回は、かつて北摂津にあった高槻城跡を歩きます。江戸時代、高槻城は北摂津唯一の城郭として重要な役割を果たしていました。 現在、高槻城の縄張りは市街地化によってその痕跡を見るのは難しくなっていますが、その敷地の一部が城跡公園として整備され、石垣などで演出されています。 公園の入口に建てられた石碑です。 その横に設置された説明板。 高槻城の歴史は古く、伝承では永祚2年(990年)に近藤忠範が久米...

  14. 犬走りの代表的な城、岸和田城攻城記。その3~二ノ丸~ - 坂の上のサインボード

    犬走りの代表的な城、岸和田城攻城記。その3~二ノ丸~

    「その2」のつづきです。岸和田城大手門の北西には、かつての二ノ丸跡があります。現在は二の丸広場として市民憩いの公園となっています。 いまは芝生広場になっていますが、かつてはここに二ノ丸御殿がありました。さらに昔の中世にまで遡ると、ここ二ノ丸が本丸だったそうです。 岸和田城の歴史は古く、南北朝時代、後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)の建武の新政によって摂津国、河内国、和泉国の3ヵ国守護に...

  15. 犬走りの代表的な城、岸和田城攻城記。その2~本丸~ - 坂の上のサインボード

    犬走りの代表的な城、岸和田城攻城記。その2~本丸~

    「その1」の続きです。岸和田城内堀北西の土橋を渡って本丸に向かいます。土橋入口の左右に設置された行灯には、それぞれ「千亀利城」と「猪伏山」という文字が書かれています。 「猪伏山」とは岸和田城が築かれた丘の名称で、「千亀利城」とは岸和田城の別称です。 大手櫓門は再建です。 門をくぐると枡形虎口になっており、その隅に石碑が建てられています。 碑文は漢文で、文末に「正五位勲五等舊臣 土屋弘 謹撰」...

  16. 犬走りの代表的な城、岸和田城攻城記。その1~内堀~ - 坂の上のサインボード

    犬走りの代表的な城、岸和田城攻城記。その1~内堀~

    だんじり祭りで有名な大阪府岸和田市にある岸和田城は、犬走り石垣の代表的な城として知られています。「犬走り」とは、石垣と堀の間や土手の斜面に設けられた細長い通路や平地部分のことで、犬が通れるくらいの幅しかない道という意味合いから、そう呼ばれます。 写真は内堀の南東からの撮影です。石垣の下に犬走りがあるのがわかるかと思います。 南東は本丸大手門のちょうど真裏になります。犬走りから本丸に登る石段が...

  17. 室町時代の庭園が残る多気北畠氏城館跡を訪ねて。<後編>武家庭園 - 坂の上のサインボード

    室町時代の庭園が残る多気北畠氏城館跡を訪ねて。<後編>...

    <前編>の続きです。多気北畠氏城館跡内にある庭園を散策します。ここからは有料。 入口横には、「名勝及史蹟多気北畠氏城館址」と刻まれた石碑があります。 案内板です。庭園は7代国司・北畠晴具の時代、享禄元年(1518年)頃の管領・細川高国の作庭という説に合致するそうです。 いざ、庭園内へ。 ここを訪れたのは平成30年(2018年)11月18日。見事な紅葉が彩ります。 天気が良ければもっときれいだ...

  18. 室町時代の庭園が残る多気北畠氏城館跡を訪ねて。<前編>北畠神社 - 坂の上のサインボード

    室町時代の庭園が残る多気北畠氏城館跡を訪ねて。<前編>...

    南北朝時代から戦国時代にかけて伊勢国の守護大名だった北畠氏の城館跡が、三重県津市の多気の地にあります。多気(たげ)と読みます。 多気北畠氏城館跡は多気のほぼ中央に位置する館跡と詰城およびその背後の山頂にある霧山城をあわせた総称ですが、この日は夕方からの訪問だったため、麓の館跡のみの見学です。 駐車場にイラストマップがあります。 現在、館跡には北畠神社が鎮座します。北畠神社はその名のとおり、初...

  19. 観音山館跡@福島県矢吹町 - 963-7837

    観音山館跡@福島県矢吹町

    八幡神社(福島県矢吹町根宿)は観音山館跡の中に在ります。そして、細い道の先に奥の院(?)が在り、更に、愛宕神社、山の神神社も同じ観音山館跡の中に在ります。

  20. 奥大和の宇陀松山城跡登城記。<後編>南西虎口~本丸 - 坂の上のサインボード

    奥大和の宇陀松山城跡登城記。<後編>南西虎口~本丸

    <前編>の続きです。案内板のあった郭跡からほんの2~3分登ると、急に視界が開けます。そこには、見事な大堀切跡が。 写真じゃ伝わりづらいでしょうか? 幅約11.5m、深さ約5mの巨大な横堀です。 大堀切跡を過ぎると、南西虎口の「雀門跡」があります。南西虎口部は、宇陀松山城の大手筋の登山道が到達した位置にあり、本丸、天守郭、帯郭、西御加番郭などの主郭部と城外との境となる重要な虎口だったようです。...

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