城跡のタグまとめ

城跡」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには城跡に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「城跡」タグの記事(25)

  1. 太平記を歩く。 その146 「花矢倉展望台」 奈良県吉野郡吉野町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その146 「花矢倉展望台」 奈良県吉...

    吉野山シリーズの最後は、吉野朝廷の舞台がほぼ見渡せる花矢倉展望台からの眺望です。桜のシーズンは観光客でにぎわう絶景スポットですが、真夏のこの日はわたしひとりでした。標高約600mで、ここまで上がってくるのは結構たいへんですからね。 眼下に目を落とすと、吉野山の町並みが南北に馬の背のような格好で尾根伝いに浮かびます。 尾根伝いのいちばん向こうにひときわ高くそびえ立つ大建築が、「その127」で紹...

  2. 水戸の旅 茨城県立図書館 @茨城県 - 963-7837

    水戸の旅 茨城県立図書館 @茨城県

    このシリーズのラストです。 茨城県立図書館の前を通ると水戸城の説明書きがあったので立ち止まって拝見しました。 ふむふむ。なるほど。 そして、更にウロウロしてみるとポケモン?に熱中する少年たちの前に水戸黄門像が建っていました。「県指定史跡 水戸城跡(塁及び濠)」所在地 水戸市三の丸1丁目指定年月日 昭和42年11月24日 この場所は、旧水戸城三之丸の西端に造られた空堀の跡である。 水戸城の歴史...

  3. 太平記を歩く。 その134 「大橋跡・天王橋跡・丈之橋跡」 奈良県吉野郡吉野町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その134 「大橋跡・天王橋跡・丈之橋...

    南北に細長い吉野山には、3つの橋の跡があります。これは、かつて大塔宮護良親王が挙兵した吉野城に設けられたとされる空堀に架かる橋でした。 まず初めに紹介するのは、最も北側にある「大橋跡」です。現在、朱塗りの欄干が復元されていますが、これは、形こそ橋の格好をしていますが、橋の下に水はなく、両側は谷になっています。 谷の下から撮影した大橋です。もちろん、かつては木の橋が架かっていました。 車の交通...

  4. 太平記を歩く。 その133 「大塔宮仰徳碑・火の見櫓」 奈良県吉野郡吉野町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その133 「大塔宮仰徳碑・火の見櫓」...

    高城山の登山道の途中にある丘の上に、かつて大塔宮護良親王が挙兵した吉野城の火の見櫓跡があります。 現在、火の見櫓跡は登山客の休憩場所になっており、あずまやがあります。 標高435mの丘の上には、小さな石碑が建てられています。 火の見櫓跡から北を見下ろすと、金峯山寺蔵王堂が見えます。 拡大します。 火の見櫓跡の向かい側の台地には、高さ8mに及ぶ「大塔宮仰徳碑」が建てられています。 この碑は、日...

  5. 太平記を歩く。 その131 「高城山」 奈良県吉野郡吉野町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その131 「高城山」 奈良県吉野郡吉野町

    吉野山の南にある標高702mの高城山にやってきました。古くは万葉集にも歌われるこの山は、大塔宮護良親王が吉野で挙兵した際、奥の詰城となった場所です。 現在は展望公園となっています。 誘導看板の脇に整備された登り口があり、5分ほど登ると山頂に着きます。もっとも、金峯山寺などのある吉野山中心部からここまで、30分以上の登山でしたが。 山頂には往時の山城の砦を思わせるような休憩所が設置されています...

  6. ナゴヤ城に行こう - Tea's room  あっと Japan

    ナゴヤ城に行こう

    「ナゴヤ城に行こう。」ナゴヤ?今から?あ、肥前名護屋城ですね。名前は聞くけど、何のお城だっけ?いまは、城跡しかないみたいだけど。名護屋城は、豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)に際して出兵拠点として築かれた城です。1592(文禄元)年の開戦から秀吉の死で諸大名が 撤退するまで、7年間、大陸侵攻の拠点となりました。城の面積は約17ヘクタール。当時では大坂城に次ぐ規模を誇りました。周囲には130...

  7. 2017年夏休み3日目 松本城 @長野県 - 963-7837

    2017年夏休み3日目 松本城 @長野県

    ついでに松本城へも行きました(国宝をついで扱いで、すみません)。 時間が遅かったので、城の中には残念ながら入ることはできませんでした。

  8. 太平記を歩く。 その118 「藤島城跡(超勝寺)」 福井県福井市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その118 「藤島城跡(超勝寺)」 福...

    前稿で紹介した小黒丸城跡から7kmほど東にある藤島城跡を訪れました。現在は超勝寺という寺院が立ちます。 ここも、越前国守護の斯波高経が築いたといわれる足羽7城のひとつと伝わります。 山門の横には「藤島城址」と刻まれた石碑と、説明板が設置されています。 『太平記』巻20にある「足羽七城の戦い」の中心となったのが、小黒丸城とここ藤島城でした。小黒丸城には足利方の大将・斯波高経が籠って全軍の指揮を...

  9. 太平記を歩く。 その117 「小黒丸城跡」 福井県福井市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その117 「小黒丸城跡」 福井県福井市

    日野川の戦いに勝利した新田義貞軍は、越前国府を占領します。『太平記』では、この報が越前国中に伝わると、足利方の73の出城が降伏を申し出たと伝えます。気運に乗った義貞は、越前国を完全掌握するため北上。足利方で越前国守護の斯波高経の籠る小黒丸城を包囲します。 現在、小黒丸城は住宅地と田園のなかに石碑が立つのみで、遺構などは残っていません。 小黒丸城は黒丸城ともいい、足利方の足羽7城のなかの本城と...

  10. 太平記を歩く。 その116 「新善光寺城跡(正覚寺)」 福井県越前市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その116 「新善光寺城跡(正覚寺)」...

    「その114」で紹介した杣山城跡から6kmほど北上した場所にある新善光寺城跡を訪れました。ここは現在、正覚寺という寺院になっています。 山門の手前にある「正覚寺」の寺号碑には、「新善光寺城跡」という文字も刻まれています。 山門には、「旧府中城表門」という立札があります。府中城とは、戦国時代に前田利家が築いた城で、新善光寺城とは別のものです。 山門の横には「新善光寺城址」の石碑が。 新善光寺城...

  11. 2017年夏休み3日目 岩村の街並み @岐阜県 - 963-7837

    2017年夏休み3日目 岩村の街並み @岐阜県

    岩村城へ行く時間は無くなってしまいましたが、せめて遠くからでも見てから岩村駅へ戻りました。 そしたら、綺麗な街並みが在って、そこには黒いポストがあって景観を保持する気持ちが伝わってきました。家々の向こうに在る山が、多分岩村城が在った場所・・・?

  12. 太平記を歩く。 その114 「杣山城跡」 福井県南条郡南越前町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その114 「杣山城跡」 福井県南条郡...

    「その110」で紹介した金ヶ崎城跡から直線距離にして20kmほど北西にある杣山城跡を訪れました。ここは、金ヶ崎城の戦いで新田義貞軍に加担した瓜生氏の居城でした。 杣山城は標高492m、比高402mの山頂にあり、登山道は険峻でガッツリ登山系の城跡です。 この日は早朝に神戸を出て、車で2時間半かけて敦賀市に入り、午前中に金ヶ崎城跡をめぐり、午後から約30分かけてここに来ました。結構つかれていたの...

  13. 太平記を歩く。 その110 「金ヶ崎城跡」 福井県敦賀市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その110 「金ヶ崎城跡」 福井県敦賀市

    福井県敦賀市にある金ヶ崎城跡までやってきました。これまで関西を中心にめぐってきたため(山陰も行きましたが)、ここはちょっと遠いのでどうしようか迷ったのですが、やはり、『太平記』には福井県は欠かせないと思い至りました。というわけで、しばらく越前国シリーズが続きます。 足利尊氏が京の都を占領し、後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)との講和が始まると、徹底抗戦を主張していた新田義貞は恒良親王、...

  14. 大手門建設の仮設歩道 その後 - みとぶら

    大手門建設の仮設歩道 その後

    大手橋の仮設歩道の階段強度が弱くて踏み抜きそうだってネタを、階段が出来て早々に載せました。先日行ってみると、階段部分はコンクリートになってました。滑らず、硬いし、安全になりました。最初から強度を上げた状態で作ればよかったのにね。8月20日現在の大手門の予定地です。弘道館側には、ようやく高校生用の自転車置き場が出来てました。階段を持ち上げて通っていましたからね。ただ、ここから一高や三高までは距...

  15. 太平記を歩く。 その106 「雲母坂~雲母坂城跡」 京都市左京区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その106 「雲母坂~雲母坂城跡」 京...

    延元元年/建武3年(1336年)5月25日の湊川の戦いで楠木正成が討死し、退却した新田義貞が京に戻ってくると、足利尊氏軍の追撃を防ぐため、後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)を京から比叡山に移します。そして、東坂本(現在の滋賀県側)を新田義貞と名和長年が守り、西坂本(現在の京都府側)を、後醍醐天皇の皇子・尊良親王と、千種忠顕が守りました。そして6月7日、尊氏の弟・足利義直の軍勢が西坂本に...

  16. 船岡山に登る - ミカンセーキ

    船岡山に登る

    盆の京都。朝の大徳寺界隈の散歩ついでに、船岡山に登ってみる。山といっても標高112m、外周1.3kmの小高い丘で、周辺との標高差は45m、「登山口」のある北側からだと30mくらいか。右の写真は北大路通りを挟んで大徳寺側から見た船岡山遠景。山全体は公園として整備されていて、中腹の広場では近所の人が朝のラジオ体操してました。観光的に何がある訳ではないけど、一度は登ってみたいと思っていた理由がこれ...

  17. 太平記を歩く。 その96 「阪本城跡(大倉山公園)」 神戸市中央区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その96 「阪本城跡(大倉山公園)」 ...

    前稿で紹介した廣厳寺のすぐ北に、大倉山公園という市民憩いの場があるのですが、ここに、かつて楠木正成が築いた阪本城があったといわれているそうです。 阪本城が築かれたのは、建武年間(1334年~1338年)だったと考えられているそうですが、詳しいことはわかっていません。ただ、時期的に見て、「湊川の戦い」に何らかの役割を果たしていたと考えられるでしょうね。 公園は高台になっており、現在は高層の建物...

  18. 埼玉を楽しむ旅 行田市郷土博物館 @埼玉県 - 963-7837

    埼玉を楽しむ旅 行田市郷土博物館 @埼玉県

    忍城は行田市郷土博物館と渡り廊下的な通路でつながっていて、忍城の中に入ると各階に色んなものが展示してあります。 そんな展示物を拝見しながら最上階へ上ると少し狭い窓から街の風景を見ることができます。街をウロウロしている時に、こんな石碑を見つけました。

  19. 太平記を歩く。 その85 「瓦林城跡」 兵庫県西宮市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その85 「瓦林城跡」 兵庫県西宮市

    兵庫県西宮市にある日野神社を訪れました。ここは、かつて瓦林城があったとされる場所です。 白旗城で新田義貞の進軍を阻止した赤松則村(円心)でしたが、赤松軍は播磨だけでなく、摂津にも防衛線を張っていました。そのなかの拠点のひとつが、ここ瓦林城だったとされます。湊川の戦い時には、円心の家臣・貴志五郎四郎義氏がこの城を守っていました。 「貴志義氏軍忠申書」という史料によると、湊川の戦いでは、北の香下...

  20. このライトアップは誰のために???馬鹿げた歴史的景観 - みとぶら

    このライトアップは誰のために???馬鹿げた歴史的景観

    弘道館前の大手橋が大手門復元工事のため車で渡れなくなって1か月ちょっとすぎました。渡れないので通ることもなくなったのですが、夜の「みとぶら」ってことで9時過ぎに行ってみました。もともと車どおりが多いわけではなかったですが、やはり道路が通れなくなって水戸二中から出てくる車しか通る車はありませんでした。そして一高方面に歩いていくとびっくり!!なんと二中の大シイの木が、水戸芸術館タワーや、低区配水...

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