城跡のタグまとめ

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「城跡」タグの記事(198)

  1. 夏休み4日目高知城2@高知県 - 963-7837

    夏休み4日目高知城2@高知県

    高知城の天守からの眺望です。太平洋までは見えませんが、町並みが綺麗に見えました。そして、天守の内部には、どうやって高知城を造ったのか模型が飾られていました。

  2. 夏休み4日目高知城1@高知県 - 963-7837

    夏休み4日目高知城1@高知県

    「リョーマの休日電車一日乗車券」を使ってとさでん交通を乗り潰してから、その名も高知城前駅で降りて高知城へ向かいました。そして、日本のお城らしく入り組んだ道を登った際に在る天守に向かいました。高知城の沿革高知城はもと大高坂城といい、南北朝時代には大高坂松王丸がここに砦を築いて南朝方に味方して戦った記録がある。戦国時代の天正16(1588)年、土佐の国主であった長宗我部元親が岡豊城(南国市)から...

  3. 築城400周年の明石城を歩く。その10<ライトアップ> - 坂の上のサインボード

    築城400周年の明石城を歩く。その10<ライトアップ>

    「その9」の続きです。令和元年(2019年)6月1日から築城400年事業の一環として、本丸の櫓がライトアップされるという情報を知り、その初日、昼間に続いて再び明石城にやってきました。 写真は明石公園南入口にあたる太鼓門。「その2」でも紹介しましたが、昼間とはまたぜんぜん雰囲気が違いますね。 で、公園内三ノ丸の芝生広場にやってきました。 左が坤櫓、右が巽櫓です。 ライトアップが始まりました。 ...

  4. 築城400周年の明石城を歩く。その9<織田家長屋門・明石駅> - 坂の上のサインボード

    築城400周年の明石城を歩く。その9<織田家長屋門・明石駅>

    「その8」の続きです。前回までで明石城内はすべて攻略しましたが、「その1」で紹介した中濠南西の西不明門(にしあけずもん)の南側に、古い屋敷門跡があります。 この門は「織田家長屋門」といい、明石城築城当時から、歴代家老・重臣が住んでいた屋敷の門跡です。 「織田家」の「織田」は、あの織田信長の一族にあたる家系だそうで、代々明石藩家老を務めました。 明石藩家老の織田家は、織田信長の叔父である犬山城...

  5. 築城400周年の明石城を歩く。その8<薬研濠・桜濠・北ノ丸> - 坂の上のサインボード

    築城400周年の明石城を歩く。その8<薬研濠・桜濠・北ノ丸>

    「その7」の続きです。東ノ丸の東側虎口の北側には薬研濠が広がります。 上の写真は明石公園の外(東側)から見た薬研濠。向こうに見える石垣は、東ノ丸の東側虎口の石垣です。 こちらは、反対側(西側)から見た薬研濠です。濠というより池に近いですね。薬研濠といっても、何もここで薬の研究をしていたわけではありません。濠の底が薬研(薬草をすりつぶす器具)のようにV字型に深く掘られていることから、そう呼ばれ...

  6. 築城400周年の明石城を歩く。その7<二ノ丸・東ノ丸> - 坂の上のサインボード

    築城400周年の明石城を歩く。その7<二ノ丸・東ノ丸>

    「その6」の続きです。「その5」で紹介した本丸東側虎口の「番ノ門」を出て、二ノ丸に向かいます。 明石城は本丸と二ノ丸が土橋を挟んで同じ高さで並んでいます。この構造を、学術的には「連郭式」と呼びますが、明石城の場合、三ノ丸が1段下にありますから、「連郭梯郭混合式」という分類になります。まあ、後世の学者さんが便宜上つくった分類で、往時の大名たちは知ったこっちゃない言葉ですが。 明石城は西国諸藩に...

  7. 築城400周年の明石城を歩く。その6<本丸~天守台・人丸塚~> - 坂の上のサインボード

    築城400周年の明石城を歩く。その6<本丸~天守台・人...

    「その5」に続いて本丸を歩きます。本丸南西隅の坤櫓の北側に、天守台があります。 天守台は小笠原忠真の築城時から存在していましたが、明石城には一度も天守が築かれることはありませんでした。 この時代に築かれた城で天守台だけ築いたという例は他にもあり、その理由については、幕府に遠慮して建てなかったというものや、当時、大砲が主力兵力となりつつあり、その標的になりやすい天守は、時代にそぐわない無用の長...

  8. 築城400周年の明石城を歩く。その5<本丸~巽櫓、坤櫓、艮櫓跡~> - 坂の上のサインボード

    築城400周年の明石城を歩く。その5<本丸~巽櫓、坤櫓...

    「その4」の続きです。いよいよ、明石城の主要部に向かいます。 「その3」で紹介した南帯郭の虎口に戻って、石段を登ります。 石段を登りきったところが右にカーブしていて、食違い虎口になっています。ここに、「大ノ門」という櫓門がありました。 櫓門跡の石垣です。 振り返ると、向こうに明石海峡大橋が見えます。 大ノ門を過ぎると、東にまた櫓門跡の石垣がみえます。ここは「番ノ門」という名称の門で、本丸の東...

  9. 築城400周年の明石城を歩く。その4<稲荷郭> - 坂の上のサインボード

    築城400周年の明石城を歩く。その4<稲荷郭>

    「その3」の続きです。南帯郭最西端まで戻ってきました。 写真は本丸の西側にある稲荷郭の石垣です。 その稲荷郭に向かってみましょう。 稲荷郭に向かう虎口の正面にそびえる高石垣は、天守台石垣です。明石城は一度も天守は築かれませんでしたが、天守台は、小笠原忠真の築城時から存在していました。 天守台は上面の大きさが東西25m、南北20m、約152坪あり、5重の天守が乗る規模です。これは熊本城の天守台...

  10. 夏休み2日目松山城5@愛媛県 - 963-7837

    夏休み2日目松山城5@愛媛県

    オイラが松山城へ行った日、とてもとてもとても暑い日でした。エアコンの効いていない城を出て、炎天下の中歩いたので、売店で蛇口みかんジュースを横目で見ながら、伊予柑ソフトクリームを食べてクールダウンしました。

  11. 夏休み2日目松山城4@愛媛県 - 963-7837

    夏休み2日目松山城4@愛媛県

    天守の最上階からの眺望です。ここからは瀬戸内の海まで見ることができます。

  12. 築城400周年の明石城を歩く。その3<南帯郭> - 坂の上のサインボード

    築城400周年の明石城を歩く。その3<南帯郭>

    「その2」のつづきです。三ノ丸東側の石段を登って、本丸に向かいます。 写真左側は巽櫓。そこから西(右)に伸びている高石垣は、二ノ丸、東ノ丸の石垣です。 数年前にここを訪れたときには、木が覆い茂っていてこんなに高石垣は露出していなかったのですが、築城400年事業の一環なのか、木が伐採されていて、いい感じのロケーションになっています。ただ、私が訪れたこの日、たまたま絵を描きに訪れていた老翁が、「...

  13. 夏休み2日目松山城3@愛媛県 - 963-7837

    夏休み2日目松山城3@愛媛県

    天守の中に入って外を眺めると何とも言えない風景が広がっていました。天守の途中でこの眺望ですので、最上階の景色はさぞや・・・。楽しみです。

  14. 夏休み2日目松山城2@愛媛県 - 963-7837

    夏休み2日目松山城2@愛媛県

    ロープウェイを降りて最初に目に入ったのが、正岡子規の句碑「松山や秋より高き天主閣」っぽい俳句ポストでした。そして、天守に向かって歩いて移動しました。

  15. 築城400周年の明石城を歩く。その2<太鼓門、三ノ丸> - 坂の上のサインボード

    築城400周年の明石城を歩く。その2<太鼓門、三ノ丸>

    「その1」の続きです。明石城中濠南側中央の太鼓門から城内に入ります。 太鼓門は現在、JR明石駅のすぐ北側にあり、明石公園の正門となっています。 向こうに見えるのは本丸の坤櫓と巽櫓です。いずれも現存櫓で、国の重要文化財に指定されています。 数年前に来たときは、太鼓門正面の石垣の上に木が茂っていたので、ここから坤櫓と巽櫓は見えなかったのですが、今はその木がなくなっていて、見えるようになっていまし...

  16. 築城400周年の明石城を歩く。その1<中濠、東不明門、西不明門> - 坂の上のサインボード

    築城400周年の明石城を歩く。その1<中濠、東不明門、...

    令和元年(平成31年)の今年、兵庫県明石市にある明石城が築城400周年を迎えました。そこで、過日、その400周年を記念して明石城をじっくり歩いてみました。 現在、JR明石駅の北側にある明石公園内に、その一部が残っています。上の写真はその明石公園の南東外周から見た濠。往時は三ノ丸の外を囲う中濠でした。右側に見える石垣は三ノ丸の南東にある東不明門(ひがしあけずもん)の石垣です。 石垣は打込み接ぎ...

  17. 平成最後の築城、145年ぶりに甦った尼崎城天守。 - 坂の上のサインボード

    平成最後の築城、145年ぶりに甦った尼崎城天守。

    令和の幕が開ける1ヶ月ほど前の平成31年(2019年)3月29日、兵庫県尼崎市に2年間の建設工事をかけて完成した尼崎城の復興天守がグランドオープンしました。まさに、平成最後の築城です。 この天守は、家電量販店ミドリ電化(現・エディオン)創業者の安保詮氏が、「創業の地に恩返しがしたい」という意向で私財12億円を投じて再建を構想し、さらに市民らからも2億円近い寄付が集まって再建されたものです。平...

  18. 海に浮かぶ要塞、讃岐高松城を歩く。その6<外周、東の丸> - 坂の上のサインボード

    海に浮かぶ要塞、讃岐高松城を歩く。その6<外周、東の丸>

    「その5」の続きです。城跡公園の外に出てみましょう。 写真は公園西入口です。石垣の造りなどから見て、往時も何らかの門があったのでししょうが、説明書きなどがなかったため、詳細はわかりません。 入口の右側(南側)の石垣が突起している部分には、かつて弼櫓があったそうです。 入口横には「玉藻公園」と刻まれた大きな石碑があります。讃岐高松城は、別名、「玉藻城」ともいいます。その由来は、万葉集で柿本人麻...

  19. 海に浮かぶ要塞、讃岐高松城を歩く。その5<本丸、天守台> - 坂の上のサインボード

    海に浮かぶ要塞、讃岐高松城を歩く。その5<本丸、天守台>

    「その4」の続きです。高松城二ノ丸と本丸を結ぶ鞘橋を渡り、本丸へ向かいます。 鞘橋を渡ると、喰違虎口となっています。 振り返ると長さ16間(約30m)の鞘橋が。前稿でも紹介しましたが、有事にはこの橋を落とすことによって本丸だけを守るようになっていました。この構造は、防備に優れている一方で、一旦橋を落としてしまうと内部にいる人間は逃げ場を失ってしまう、という欠点があります。もっとも、高松城の場...

  20. 海に浮かぶ要塞、讃岐高松城を歩く。その4<水門、鉄門、二ノ丸> - 坂の上のサインボード

    海に浮かぶ要塞、讃岐高松城を歩く。その4<水門、鉄門、...

    「その3」の続きです。高松城三ノ丸北側通路を西へ戻ります。下の写真は、三ノ丸と二ノ丸の間の内濠です。向こうに見えるのは二ノ丸の石垣。前稿でも述べましたが、ここ高松城は、北は瀬戸内海に面し、残り三方を囲む濠には海水を引き入れた海城で、伊予国今治城、豊前国中津城と並んで、日本三大水城のひとつに数えられています。この三ノ丸と二ノ丸の間の内濠は、北側の海とつながっていました。ここが、海と濠をつなぐ水...

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