城跡のタグまとめ

城跡」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには城跡に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「城跡」タグの記事(421)

  1. 天橋立を望む丹後八幡山城跡。その3<主郭~帯曲輪> - 坂の上のサインボード

    天橋立を望む丹後八幡山城跡。その3<主郭~帯曲輪>

    「その2」のつづきです。丹後八幡山城主郭下に到着。いきなり目の前に石垣の遺構が飛び込んできました。 石垣は野面積み。 見事に残っていますね。 苔むした感じがいい。古城ファンにはたまらないショットです。 丹後八幡山城の築城時期については定かではなく、『丹州三家物語』によると、一色五郎の居城だったと記されています。丹後国守護の一色氏は、明徳2年(1391年)の明徳の乱で戦功を挙げた一色満範を初...

  2. 天橋立を望む丹後八幡山城跡。その1<八幡神社~段曲輪群> - 坂の上のサインボード

    天橋立を望む丹後八幡山城跡。その1<八幡神社~段曲輪群>

    細川藤孝(幽斎)・忠興父子が築いた丹後宮津城があったとされる京都丹後鉄道の宮津駅から、直線距離で1.2kmほど南下したところにある八幡山の山頂に、かつて八幡山城がありました。ここは、天正7年(1579年)、織田信長の命を受けて丹後を攻略した細川藤孝(幽斎)・忠興父子が、最初に入った城と言われています。 八幡山城跡はのある八幡山は標高165mあります。その登山口には、中腹にある八幡神社の鳥居が...

  3. 丹後宮津城跡を歩く。その1<石垣跡・城門跡> - 坂の上のサインボード

    丹後宮津城跡を歩く。その1<石垣跡・城門跡>

    日本三景のひとつとして有名な天橋立がある京丹後の宮津は、かつて丹後国の中心地として国府が置かれ、室町時代には守護大名の一色氏が本拠地として、いたるところに城や砦を築いていましたが、天正6年(1579年)、織田信長の命を受けた細川藤孝(幽斎)・忠興父子と明智光秀が丹後国を攻略し、一色氏を滅ぼしました。その功によって藤孝に丹後国が与えられ、光秀には丹波国が与えられますが、その後、藤孝は宮津に宮津...

  4. 丹後一色氏の最後の砦、弓木城跡を歩く。その2 - 坂の上のサインボード

    丹後一色氏の最後の砦、弓木城跡を歩く。その2

    「その1」のつづきです。下の写真は弓木城跡主郭南側の巨大竪堀。 巨大過ぎて圧倒されます。 主郭南側の曲輪に降りてきました。 主郭南側一段下曲輪から見上げた主郭切岸です。 そして、さっきの巨大竪堀を下から見あげてみました。 圧巻です。切り通し虎口のようにも見えますが、斜面が急すぎてとても登れません。 逆に、南側を見下ろします。急斜面を数十メートル竪堀が続いています。 続いて、西側下段曲輪に降り...

  5. 丹後一色氏の最後の砦、弓木城跡を歩く。その1 - 坂の上のサインボード

    丹後一色氏の最後の砦、弓木城跡を歩く。その1

    日本三景のひとつとして有名な天橋立から直線距離で6kmほど北西に、かつて弓木城がありました。弓木城は、天正7年(1579年)、織田信長の命を受けた細川藤孝(幽斎)・忠興父子の攻撃を受けた一色氏が、最後に立て籠もった城として有名です。 現在、弓木城跡は城山公園として整備されています。 城山公園駐車場。こういうのはありがたいですね。 駐車場内にある説明板です。 いざ、城跡を目指しましょう。 車道...

  6. 一色義道が自刃した場所と伝わる丹後中山城跡。 - 坂の上のサインボード

    一色義道が自刃した場所と伝わる丹後中山城跡。

    建部山城跡のある建部山から北西約2kmのところに、かつて中山城がありました。ここは、建部山城落城後に落ち延びた一色義道が、最後を遂げた城といわれています。 由良川の東岸を通る県道沿いに南北に細長い丘陵があり、その道路沿いに石碑があります。 石碑には「中山城跡」と刻まれており、その横に説明板があります。 中山城の築城主や築城時期については定かではありませんが、説明板によると、戦国時代には一色左...

  7. 「丹後富士」と称される建部山城攻城記。<後編>建部山堡塁砲台跡 - 坂の上のサインボード

    「丹後富士」と称される建部山城攻城記。<後編>建部山堡...

    <前編>のつづきです。登山開始から約1時間、建部山山頂に到着しました。いきなり目に飛び込んできたのは、古い煉瓦造りの建物の跡。 これが、明治の建部山堡塁跡のようですね。 説明看板が設置されていました。 説明板によると、明治34年(1901年)の海軍舞鶴鎮守府の開庁により、舞鶴湾は、日本で第4番目、日本海側で初めて軍港として開港したそうで、その舞鶴軍港を防衛するために、湾口の岬や市内への進入路...

  8. 「丹後富士」と称される建部山城攻城記。<前編>登山道 - 坂の上のサインボード

    「丹後富士」と称される建部山城攻城記。<前編>登山道

    日本海を望む京都府北部の舞鶴湾に面して、「丹後富士」と称される秀麗な形をした山があります。標高315mのこの山は建部山といい、かつてこの山頂に丹後の守護大名として力を有していた一色氏の居城・建部山城がありました。 明治時代、舞鶴湾は軍港として整備され、その舞鶴湾を防衛するために、湾口への進入路を見下ろす山の上に砲台が築かれ、ここ建部山もその1つとなったため、城跡の遺構は破壊されて残っていない...

  9. 丹波須知城(市森城・志宇知城)攻城記。その3<主郭~西郭> - 坂の上のサインボード

    丹波須知城(市森城・志宇知城)攻城記。その3<主郭~西郭>

    「その2」のつづきです。琴滝から登ること約30分、須知城主郭の高石垣に到着しました。 見事な高石垣です。 圧巻ですね。 こんな見事な石垣が残る城跡の存在を最近知ったわたしは、まだまだ山城マニアと名乗るには程遠いです。 石垣は鈍角に折れ曲がった出隅が3ヶ所あります。これは、おそらく「しのぎ積み」の呼ばれる古い工法ですね。但馬の有子山城跡でも同じ工法が見られました。 天正3年(1575年)に織田...

  10. 丹波須知城(市森城・志宇知城)攻城記。その2<登山道~東曲輪> - 坂の上のサインボード

    丹波須知城(市森城・志宇知城)攻城記。その2<登山道~...

    「その1」のつづきです。琴滝をあとにして、須知城跡のある山頂を目指します。 琴滝のすぐ横に、「須知城跡」と書かれた誘導看板があります。この地点をスマホのアプリ「標高ワカール」で調べてみたところ、標高254m。山頂が標高384mですから、比高130mの登山です。チョロイな、と思ったのですが・・・。 登り始めて早々に前言撤回。めっちゃ険しい。 道と言えるようなはっきりしたコースはなく、ピンクのテ...

  11. 丹波須知城(市森城・志宇知城)攻城記。その1<琴滝> - 坂の上のサインボード

    丹波須知城(市森城・志宇知城)攻城記。その1<琴滝>

    周山城から西へ約17km、塩貝城から南西約12km、宇津城から西へ約14km、八木城から北西約12kmのところに、かつて須知城(しゅうちじょう)がありました。ここも、天正7年(1579年)の明智光秀の丹波攻めの際、攻め落とされた城です。この2年ほど、週末の休日を利用して明智光秀関連の丹波の山城をめぐってきた私でしたが、この城は、当初、わたしが調べたリストに入っていなかったため、存在を知りませ...

  12. 明智光秀が築いた周山城を攻める。その4<鷹屋ノ丸・馬屋ノ丸・小姓丸> - 坂の上のサインボード

    明智光秀が築いた周山城を攻める。その4<鷹屋ノ丸・馬屋...

    「その3」の続きです。周山城本丸の南側の曲輪、鷹屋ノ丸にやってきました。 鷹屋ノ丸は本丸のすぐ南下に直結した曲輪なので、主郭同様の機能を果たしていたのではないでしょうか。向こうに見える一段高いところが本丸です。 鷹屋ノ丸の南側はこんなふうに断崖になっています。 鷹屋ノ丸の東側に、石段跡の様な痕跡が見られます。 明らかに石段跡ですよね。おそらく、ここが鷹屋ノ丸の虎口跡でしょう。北側から見た虎口...

  13. 明智光秀が築いた周山城を攻める。その3<本丸> - 坂の上のサインボード

    明智光秀が築いた周山城を攻める。その3<本丸>

    「その2」の続きです。周山城を登り始めて約70分、ようやく本丸にたどり着きました。 周山城本丸は標高480m、比高230mの山頂にあり、その規模は東西約40m、南北約40mの方形をしています。 山頂の木には、手作り感満載の木札が掛けられていました。 説明板もあるのですが、字が消えてしまっていて読解不可能です。 その横には、木の切り株を利用した縄張り図がありますが、保護アクリル板が汚れていて読...

  14. 二の丸散策路まで@福島県三春町 - 963-7837

    二の丸散策路まで@福島県三春町

    三春城跡から三春小学校方面へ歩いて移動しました。すると本丸跡に居た時はドン曇りだったのが、ここへ来たら晴れているし・・・。なんだかなー。

  15. 明智光秀が築いた周山城を攻める。その2<東帯曲輪~二ノ丸> - 坂の上のサインボード

    明智光秀が築いた周山城を攻める。その2<東帯曲輪~二ノ丸>

    「その1」の続きです。周山城を登り始めて約45分、東出曲輪からさらに西側に向かって進みます。 東出曲輪の西側にも長い帯曲輪がつづきます。馬場跡でしょうか? 帯曲輪の脇には土塁跡があります。 その土塁跡の側面には、石垣跡と思われる遺構が見えるのですが、倒れ込んだ木が邪魔です。 でも、明らかに石積みの跡ですね。 土塁を越えて、帯曲輪の切岸の斜面に降りてきました。 あるある、石垣の跡。 こっちにも...

  16. 三春城跡@福島県三春町 - 963-7837

    三春城跡@福島県三春町

    三春城跡から三春町の中心部を見下ろすことができます。しかも、ありとあらゆるところに乾燥した落ち葉あって、「カサカサ」と音がするので歩くだけでも楽しいです。

  17. 明智光秀が築いた周山城を攻める。その1<登山口~東出曲輪> - 坂の上のサインボード

    明智光秀が築いた周山城を攻める。その1<登山口~東出曲輪>

    明智光秀の丹波攻略の拠点は亀山城でしたが、丹波国平定後は、織田信長の命でいくつかの新しい城を築き、丹波の領国経営を進めました。そのひとつが、北丹波に築かれた福知山城。そしてもうひとつが、京都から若狭へ抜ける街道沿いの東丹波の山上に築かれた周山城です。 周山城登山口へは、城山の東側にある道の駅「ウッディ京北」に車を停めて歩きます。ここで城跡への案内図がもらえるので、必ず立ち寄りましょう。 光秀...

  18. 丹波福知山城を歩く。その4<遠景> - 坂の上のサインボード

    丹波福知山城を歩く。その4<遠景>

    「その3」の続きです。シリーズ最後に、福知山城本丸のある丘を降りていろんな角度から天守を見てみましょう。 まずは東側の駐車場から見た天守です。 ズームします。 その少し北側から撮影。手前の櫓のような建物は、佐藤太清美術館。左側のアーチ型の橋は、「その1」で紹介した昇龍橋です。 せっかくなので、佐藤太清美術館も載せておきましょう。佐藤太清とは、福知山出身の日本画家だそうです。左側に少しだけ見え...

  19. 丹波福知山城を歩く。その3<天守> - 坂の上のサインボード

    丹波福知山城を歩く。その3<天守>

    「その2」のつづきです。いよいよ福知山城天守を攻略します。 まずは天守西側から。福知山城天守は三重四階建ての大天守と二重二階建ての小天守が連結された構造になっていますが、上の写真はその大天守を西側から見たものです。左側奥にちょっとだけ見えているのが小天守。 日本各地の城跡に天守がありますが、そのほとんどが再建であることは周知のところだと思います。江戸時代の城がそのまま残る「現存天守」は、世界...

  20. 丹波福知山城を歩く。その2<本丸> - 坂の上のサインボード

    丹波福知山城を歩く。その2<本丸>

    「その1」のつづきです。福知山城本丸に登ってきました。いきなり天守に向かいたいところですが、まずは本丸内を歩いてみます。 上の写真は本丸西側にある銅門番所です。福知山城唯一の現存遺構で、かつてはここから西に100m以上離れた二ノ丸の北西隅にあった二ノ丸の正門横の番所にありました。 大正のはじめ頃に天守台(小天守台)に移築され、昭和59年(1984年)に天守再建に際してこの場所に移築されたそう...

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