堺市のタグまとめ

堺市」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには堺市に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「堺市」タグの記事(238)

  1. 経堂古墳とかぶと塚古墳 - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    経堂古墳とかぶと塚古墳

    経堂古墳☆円墳☆直径20m☆築造時期不明(五世紀前半?)☆堺区南陵町宮内庁によって履中天皇陵古墳の飛び地い号と指定されています。履中古墳からは少し離れていますが、陪塚といわれています。かぶと塚古墳☆帆立貝形古墳☆墳丘長50m、後円部直径42m、前方部幅23m☆五世紀☆西区上野芝塀に囲まれて入ることができません。現在は前方部だけが残っています。大塚山古墳(現存せず)の陪塚といわれています。戦後...

  2. ニサンザイ古墳 - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    ニサンザイ古墳

    ☆前方後円墳☆墳丘長300m・後円部径約170m・高さ24.6m・前方部幅約224m高さ約25.9m☆五世紀後半前方部北西角から撮ったもの。鍵穴の形(Keyhole-shaped tomb)教科書や案内図には円い部分(後円墳)が上に来ていますが、前方部に天皇が祀られています。これは円い部分です。ニサンザイという名称に「どうしてこの名がついたんだろう?」と思いました。これは「ニサンザイ」=「ミ...

  3. 関西矯正展2019 - 時の流れに身を任せ…

    関西矯正展2019

    大阪刑務所の特設会場で、関西矯正展が開催されます。法務省の「社会を明るくする運動」の一環として、矯正行政に対する理解と協力を得ることを目的に開かれる催しです。受刑者たちが、社会復帰に向けて、職業訓練などに取り組んでいる姿が紹介されるとともに、受刑者が製作した製品の展示販売が行われます。イベント初日には、登美丘高校ダンス部のパフォーマンスが予定されています。飲食ブースも多数用意されます。所在地...

  4. 方違神社秋祭2019 - 時の流れに身を任せ…

    方違神社秋祭2019

    五穀豊穣に感謝する方違神社の秋祭では、3日間にわたり、さまざまな神賑行事が斎行されます。宵宮には、氏子町内からの稚児行列が宮入するほか、すずめ踊りや堺太鼓が見どころとなっています。宵宮と本宮の両日に、蒲団太鼓も勇壮な姿を見せ、多くの人で賑わいます。所在地:〒590-0021大阪府堺市堺区北三国ヶ丘町2-2-1開催期間:2019年9月14日~16日【14日】宵宮祭/13:00~、稚児行列/15...

  5. 百舌鳥八幡宮秋祭りふとん太鼓2019 - 時の流れに身を任せ…

    百舌鳥八幡宮秋祭りふとん太鼓2019

    豊作祈願を祝う風習が例祭となった「百舌鳥八幡宮秋祭り」が、仲秋の名月にあたる旧暦8月15日に行われます。旧暦8月15日に神社の祭典(神事)が執り行われ、この日に近い土日曜に「ふとん太鼓」が奉納されます。ふとん太鼓は、台座部には荘重な彫り物が、その上に積み重ねられた朱色のふとん部には、金縄や大小の房で華麗な装飾が施され、運行時には高さ約4m、重さ約3tとなります。氏子9町からそれぞれ大小1基ず...

  6. 鎮守山塚古墳(ちんじゅやまづかこふん)光明院 - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    鎮守山塚古墳(ちんじゅやまづかこふん)光明院

    お寺の中の古墳残念ながら外からは見ることができません。ここから円筒埴輪、蓋形埴輪、動物形、家形の埴輪が出土されたそうです。☆円墳☆直径34m☆五世紀中頃この寺は仏頂山金輪寺光明院といい、高野山金剛峰寺に属しています。天平元年(729)光明皇后の発願により創建。中世には当寺の僧が先達となって熊野本宮へ詣でた記録があります。江戸時代前期の寛文九年(1669)に寿宝比丘尼智海が当寺を再興、江戸時代...

  7. 百舌鳥八幡宮(もずはちまんぐう) - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    百舌鳥八幡宮(もずはちまんぐう)

    ☆御祭神応神天皇☆配祀神功天皇・仲哀天皇・住吉大神・春日大神若宮社には仁徳天皇が祀られています。絵馬堂そろばん絵馬所伝によれば、神功天皇が三韓征伐の事を終えて難波にお帰りになった時、この百舌鳥の地に御心を留められ幾万年の後までこの処に鎮まりまして、天下泰平民万人を守ろうという御誓願をたてられ、八幡大神の宣託を受けて欽明天皇の時代に、この地を万代(もず)と称し、ここに神社を創建してお祀りされた...

  8. 定の山古墳(じょうのやまこふん) - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    定の山古墳(じょうのやまこふん)

    ☆帆立貝形古墳☆墳丘長約69m、後円部径約69m、高さ約7m☆五世紀中頃昭和30年代までは、まわりに水田が広がり古墳の周濠も残っていましたが、今は『城の山公園』の中に古墳があり、御廟表塚古墳と同じく墳丘に登れます。周りを見渡すと住宅街になっています。一見するとただの土まんじゅうのような形をしていますが、もともとは前方部を西に向けた帆立貝形古墳で、昭和43年(1968)より行なわれた区画整理事...

  9. 御廟表塚古墳(ごびょうおもてづかこふん) - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    御廟表塚古墳(ごびょうおもてづかこふん)

    ☆帆立貝形古墳☆墳丘長約84.8m、後円部径約67.6m、高さ約8m☆五世紀後半筒井家の敷地の中にあったといわれています。筒井家は戦国大名の筒井順慶の子孫という旧家です。円墳のように見えますが、本来は帆立貝形古墳で、今はなくなってしまった前方部の一部を残して埋め立てられてしまいました。後円部は二段に築かれています。大阪府指定と堺市保存樹木の二本の大楠があります。参孝引用掲載ザ・古墳群写真ro...

  10. 西酒呑古墳と東酒呑古墳 - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    西酒呑古墳と東酒呑古墳

    西酒呑古墳(にしさけのみこふん)☆円墳☆墳丘直径25m☆築造時期不明☆堺区旭ヶ丘南2丁目履中天皇陵古墳の後円部西側の住宅地に200mほど離れてあります。この西酒呑古墳は全体が見れますが、東酒呑古墳は周りを住宅に囲まれていて、横を歩いても見つかりません。住宅と住宅の小さなすき間に入って、初めて見ることができます。東酒呑古墳(ひがしさけのみこふん)☆円墳☆墳丘直径21m☆築造時期不明☆堺区旭ヶ丘...

  11. 履中天皇陵古墳(りちゅうてんのうりょう) - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    履中天皇陵古墳(りちゅうてんのうりょう)

    ☆前方後円墳☆墳丘長約365m☆後円部径205m、高さ27,6m、前方部幅約235m、高さ25,3m☆五世紀初頭☆堺市西区石津が丘(石津ヶ丘古墳)ここは堺市西区上野芝町、古墳周りは高級住宅街になっています。堺市西区石津ヶ丘の地名はこの古墳のためだけにある地名です。国内第三位の規模を誇り地元では「ミサンザイ古墳」と呼ばれてきました。前方部を南に向けて築造され、墳丘を三段に築いています。くびれ部...

  12. 菅原神社(北の天神さん) - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    菅原神社(北の天神さん)

    摂津の堺の守り神「北の天神さん」と呼ばれ親しまれています。創建は長徳三年(997)、ご神体は太宰府で菅原道真が自ら刻んだ木像の一つが堺の港に流れ着いたもの。天台宗威徳山常楽寺の僧がこの像を祀る天神社を創建したのが始まり。御祭神は菅原道真公と農業と養蚕、木綿の神さま・天穂日命(あまほひのみこと)相撲の神さま・野見宿禰(のみのすくね)の三座を祀っています。境内には大坂夏の陣の後に再建、朱塗りが鮮...

  13. 開口神社(あぐちじんじゃ・大寺さん)与謝野晶子の歌碑 - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    開口神社(あぐちじんじゃ・大寺さん)与謝野晶子の歌碑

    古い堺は旧市街地を東西に貫く大小路を境界に北側を摂津国堺北庄、南側は和泉国摂津国堺南庄になっていました。この堺南庄の氏神とされる開口神社は平安時代後期の都市形成がされる以前の原・木戸・開口の三か村の産土神が合祀されて今日に至ったとされます。開口とは港の水門を意味しているといわれ堺の地理を見事に表しています。神社なのに通称「大寺さん」といわれているのは不思議ですね。奈良時代の僧・行基がここに念...

  14. ザビエル公園と阿免寺(あめんじ) - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    ザビエル公園と阿免寺(あめんじ)

    十六世紀日本を訪れたイエズス会宣教師の多くは堺を訪れました。彼らが常宿にしたのが、キリシタン商人・日比屋ディアゴ了慶の邸です。日比屋家はみな敬虔なクリスチャンで、邸宅の一部は南蛮寺としてキリシタンの信仰拠点となっていました。その広大な屋敷跡がこのザビエル公園になっています。聖フランシスコ・ザビエル芳躅碑キリシタン大名の小西行長屋敷跡行長の父は小西立佐(りゅうさ)でフランシスコ・ザビエルの世話...

  15. 南宗寺(千家の聖地) - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    南宗寺(千家の聖地)

    「泉南仏国」(せんなんぶっこく)と呼ばれた堺一大寺町端緒を開いたのが南宗寺の前身「南宗庵」です。弘治三年(1557)に南宗庵の住職、大林宗套(だいりんそうとう)に帰依した三好長慶は、父・元長の菩提を弔うために小さな庵を大改造し南宗寺を創建しました。この時、千利休の師であった武野紹鴎(たけのじょうおう)も財を投入して協力を惜しまなかったといわれています。南宗寺は茶の湯の発展に大きく寄与しました...

  16. 千利休切腹と利休屋敷跡 - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    千利休切腹と利休屋敷跡

    千利休は大永二年(1522)豪商魚屋(ととや)の長男として生まれました。幼い頃の名前は田中與四郎(よしろう)若くして茶の湯に親しみ、17才で北向道陳(きたむきどうちん)に、その後は武野紹鴎(たけのじょうおう)に師事してわび茶を大成させました。「宗易(そうえき)」は南宗寺に参禅して与えられた法命です。最も知られる「利休」の名前は天正十三年(1585)の禁中(御所)茶会の際に天皇に賜った居士号(...

  17. 粽祭2019 - 時の流れに身を任せ…

    粽祭2019

    神功皇后が方違の祓をされた故事により、毎年5月31日に行われる方違神社の例大祭で、一年間授与する粽(ちまき)を神前に奉ります。菰(こも)の葉で埴土(はにつち)を包んだ粽を受けると、方位から来る災いから免れることができるとされ、この粽が転居や旅行などの悪方位を祓うものとして古くから信じられています。祭りの当日、まずその年に授与する粽をお供えし、続いて稚児による「お砂持神事」が執り行われ、清めの...

  18. 海船政所跡(かいせんまんどころあと)と七道駅辺り - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    海船政所跡(かいせんまんどころあと)と七道駅辺り

    阪堺線綾ノ町駅から南海線の方へ歩いて行くと内川という川に出る。この川はせせらぎの散歩道とよばれ、ベンチもあってとてものどかな感じです。川に沿って南海七道駅方向へ歩いて行くと「海船政所跡」に・・・信長の前に「天下人」だった三好長慶(みよしながよし)「堺幕府」(1527~1532)がありました。その中心だったのが三好元長。その子の長慶が中央政権を握った。堺の拠点としたのがこの政所です。長慶は堺な...

  19. 堺本願寺別院(北御坊) - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    堺本願寺別院(北御坊)

    市内に現存する最大の木造建築初め、足利一族が一寺を創建、その後堺の豪商・樫木屋道顕(かしきやどうげん)が文明二年(1470)浄土真宗を一大教団に発展させた蓮如を招いて、大きな堂宇を再興しました。明治四年(1871)堺県庁に使用され10年間「堺県」としての独自の県政を行なっていました。門前には「明治天皇聖址」「堺県庁址」の石碑が残っています。境内には親鸞上人と蓮如上人の像が向かい合って立ってい...

  20. 堺事件妙国寺と宝珠院 - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    堺事件妙国寺と宝珠院

    (明治新政府権下の日仏衝突)明治元年戊辰の年、徳川慶喜の軍が伏見・鳥羽の戦いに敗れて大阪城をも守る事ができずに江戸へ。大阪・兵庫・堺の諸役人は職を捨てて潜み匿れたことで、これらの都会は一時無政府状況に陥りました。大阪は薩摩、兵庫は長門、堺は土佐の三藩が朝令によって取り締まる事になります。堺へは土佐の六番歩兵隊、八番歩兵隊が繰り込みます。陣所となった糸屋町の与力屋敷、同心屋敷。土佐藩は堺の民政...

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