墓地と墓石のタグまとめ

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「墓地と墓石」タグの記事(8)

  1. ◆会報第93号より-04歴史散歩④ - Y-rekitan 八幡

    ◆会報第93号より-04歴史散歩④

    シリーズ「私の歴史さんぽ」・・・④私の身近な歴史散歩―路傍の石仏や石塔などを巡る―高田昌史(会員)はじめに約40年以上前に八幡川口の梨園が宅地に転用され販売された。私は勤務地が川向いの大山崎だったのでその第一期分譲で移り住んだ。周辺は田園で木津川にも近くて、環境面で大変気にいっていたが、当時は高度成長期で会社では異常に忙しく帰宅は毎日遅くなり休日も出勤することが多く自宅と会社を往復の毎日であ...

  2. ◆会報第92号より-04横穴墓② - Y-rekitan 八幡

    ◆会報第92号より-04横穴墓②

    《講演会》南山城の横穴墓と被葬者像を巡って(後編)2019年4月八幡市文化センターにて岩松保(京都府埋蔵文化財調査研究センター)4月20日の講演会での配布資料を 前号の会報91号に引続き、講師の岩松氏の同意のもとに後編として掲載します。5.横穴の造営主体に関わる評価以上のように、南山城地域の横穴墓は隼人の墓ではない、という根拠を示しました。それ以外にも、横穴墓=隼人の墓と考えた場合、辻褄の...

  3. ◆会報第91号より-02横穴墓 - Y-rekitan 八幡

    ◆会報第91号より-02横穴墓

    《講演会》南山城の横穴墓と被葬者像を巡って2019年4月八幡市文化センターにて岩松保(京都府埋蔵文化財調査研究センター)4月20日(土)に八幡市文化センターにて当会年次総会を開催し、引き続き”講演と交流の集い”が行われました。講演は「京都府埋蔵文化財調査研究センター」の岩松保氏に表題のお話をしていただきました。概要を報告します。なお今回の報告は、講演会で配付された講演資料を基に若干の語句を加...

  4. ◆会報第90号より-05御本社道① - Y-rekitan 八幡

    ◆会報第90号より-05御本社道①

    御本社道を探る―その1―谷村勉(会員)御本社道を歩く平成22年(2010)、枚方市教育委員会が発行した「楠葉台場跡」の報告書は専門家のみならず郷土史家や歴史好きの人々にも大きなインパクトを与えた。読み進んでゆくと「かつて楠葉方面から石清水八幡宮へと通じる『御本社道』という登山道が男山南西斜面にあった」と記載されている(資料編p315)。聞いたこともない「道」の名前だった。江戸中期作成の「石...

  5. ◆会報第89号より-02八幡古寺巡礼6 - Y-rekitan 八幡

    ◆会報第89号より-02八幡古寺巡礼6

    《歴探ウォーク》八幡の古寺巡礼―第6回:杉山谷不動尊~神應寺を巡る―2018年12月八幡市内 にて高田昌史(会員)今年の「八幡の古寺巡礼」は、12月6日に貞観2年(860)男山北側山腹に石清水八幡宮本殿とほぼ同時に創建された神應寺を中心に巡りました。当日は生憎の天候で足元が悪かったために当初予定の神應寺墓地行きは中止しましたが、その代わり神應寺ではご住職の講話をゆっくり拝聴し、本堂内や書院を...

  6. ◆会報第78号より-04五輪塔⑩ - Y-rekitan 八幡

    ◆会報第78号より-04五輪塔⑩

    シリーズ「五輪塔あれこれ」・・・⑩いかにして野間口秀國(会員)第1章「現場の解説板」を皮切りに五輪塔の不思議を探ってきました。しかしながら、当然と言えるかも知れませんがこれといった明確な回答は得られませんでした。だからと言って決して落胆している訳でもございません。「なぜ」、そう訊かれそうですが「明確な回答はそうそう容易には得られないのだ」と分かったからです。加えて、既に分かっているなら、図書...

  7. ◆会報第77号より-01文殊菩薩像 - Y-rekitan 八幡

    ◆会報第77号より-01文殊菩薩像

    心に引き継ぐ風景・・・⑧八幡の石仏さん・文殊菩薩像石仏と言えば八幡森の「夜泣き地蔵」と呼ばれる等身大の石仏がよく知られるところですが、古くから「八幡宮道」、「志水道」と呼ばれる道から正法寺の南門を抜けて西に登れば、ひと際存在感を放つ石仏があります。高さ1メートルの「文殊菩薩」の石仏です。一瞬、騎乗の「将軍地蔵」かと思いましたが、右手に知恵を象徴する宝剣を、左手に経典を乗せた蓮華を持って、獅子...

  8. ◆会報第77号より-05五輪塔⑧ - Y-rekitan 八幡

    ◆会報第77号より-05五輪塔⑧

    シリーズ「五輪塔あれこれ」・・・⑧誰の手によって造られたのか野間口秀國(会員)本章では「だれ / Who 」を考えてみたいと思います。現地の説明板に「摂津尼崎の商人が中国宋との貿易の帰途、石清水八幡宮に祈って海難を逃れ、その恩に報いるため建立されたと伝えられる」とありますので、この商人について調べることを避けては通れません。また『八幡市誌第1巻』には、「その海難を逃れられたお礼として承安年間...

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