大伴旅人のタグまとめ

大伴旅人」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには大伴旅人に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「大伴旅人」タグの記事(16)

  1. 大伴旅人に近づいた山上憶良は、藤原氏から密命を受けていた - 地図を楽しむ・古代史の謎

    大伴旅人に近づいた山上憶良は、藤原氏から密命を受けていた

    まだまだ夏真っ盛りのような福岡県太宰府市の大宰府政庁址です。背後の山は大城山(大野山)です。この大宰府政庁で山上憶良と大伴旅人はであったのです。8月の歴史カフェは、万葉集の巻五の「梅花の宴」について考えます。天平二年の正月に、大伴旅人はどんな思いで正月儀式を行ったのか。その時代背景と旅人の置かれた状況から「梅花の宴」を深読みします。大宰帥・大弐・少弐・国司から無官の者までが一同に会して「梅花...

  2. 大伴旅人、大宰府の水城にて別れの儀式 - 地図を楽しむ・古代史の謎

    大伴旅人、大宰府の水城にて別れの儀式

    天平二年十二月、大伴旅人は大宰府を発ちました。都に大納言として呼び戻されたのです。妻を亡くした上に弟を亡くし、肉体的にも限界だった旅人が、天平二年の正月に催した「梅花の宴」の噂は都にも届き、大評判となりました。そして、長屋王の変の後、武人の氏族である大伴旅人に二心がないことが都にも伝わったのでした。生きているうちに都へ帰りたい、大伴氏の将来を確保しておきたい、都の事件(長屋王家の謀反)には関...

  3. 太宰府・坂本八幡宮には旅人の人生最後の秋に詠んだ歌碑がある - 地図を楽しむ・古代史の謎

    太宰府・坂本八幡宮には旅人の人生最後の秋に詠んだ歌碑がある

    令和になって、急に脚光を浴びた「坂本八幡宮」は、大宰府市の都府楼跡の北西に位置します。都府楼の中を通り抜けて行くこともできるし、蔵司と都府楼の間の車道を通って行くこともできます。都府楼跡からは北西の杜に向かって進みます。都府楼跡には三つの石碑がありますが、写真では石碑群中央の後方にこんもりした樟の杜が見えます。大伴旅人の屋敷跡だったという坂本神社の杜です。旅人の屋敷跡「坂本神社」は、大宰府市...

  4. 「平成」最後の日に「令和」の弥栄を願う - 地図を楽しむ・古代史の謎

    「平成」最後の日に「令和」の弥栄を願う

    今日は平成最後の日になりました。歴代の天皇の中でも国民に寄り添うことを願われたのは、今上天皇をおいては他に知りません。多くの国民に直接声をかけられた方も今上天皇だけでしょうか。平成の平和な時を過ごされたことを何よりと思います。それにしても、次が「令和」という元号であると発表されたことには驚きました。「令和」が万葉集・巻五の「梅花歌卅二首幷序」から採用されたと聞いて、更にびっくりしました。確か...

  5. 大伴卿の最後の日・初期万葉集が家持に渡る - 地図を楽しむ・古代史の謎

    大伴卿の最後の日・初期万葉集が家持に渡る

    大納言大伴旅人は、天平三年七月に没しました。大宰府を離れたのは、天平二年の十二月でしたから、自宅に帰って半年後に薨去となったのでした。万葉集には旅人の最後の歌が残されています。三年辛未(かのとひつじ)に、大納言大伴卿、寧楽の家に在りて、故郷を思ふ歌二首969しましくも行きて見てしか神なびの淵は浅せにて瀬にかなるらむ970さすすみの来栖(くるす)の小野の萩の花散らむ時にし行て手向けむ天平三年の...

  6. 大伴旅人・水城にて乙女と別れ歌を交わす - 地図を楽しむ・古代史の謎

    大伴旅人・水城にて乙女と別れ歌を交わす

    万葉集・巻五は、大伴旅人の絶望の歌ではじまります。大宰帥大伴卿、凶問に報(こた)ふる歌一首禍故(かこ)重畳し、凶問累集す。ひたぶるに崩心の悲しびを懐き、もはら断腸の涙を流す。ただ、両君の大助によりて、傾命(けいめい)をわずかに継げらくのみ。筆の言(こと)を尽くさぬは、古今歎くところ。792余能奈可波牟奈之伎母乃等志流等伎子伊与余麻須万須加奈之可利家理神亀五年六月二十三日妻を亡くしたばかりの旅...

  7. 新年号・令和、平城天皇の思いが叶った瞬間 - 地図を楽しむ・古代史の謎

    新年号・令和、平城天皇の思いが叶った瞬間

    新年号が令和と決まり、万葉集の梅花の宴の序文から「令」と「和」がとられたと聞いて、一瞬「その時が来た」と思いました。平城天皇の深い思いが叶ったと。平城(へいぜい)天皇は、即位するとすぐに、大伴家持(すでに20年前に死亡)の官位を復し「万葉集」を召し上げました。万葉集、そこに書かれていることを、十分に理解されていたのです。だからこそ、侍臣に編集させ「万葉集」を世に出されました。そこで、「奈良の...

  8. 天平二年の梅花の宴は前王朝の正月儀式の再現だった(2) - 地図を楽しむ・古代史の謎

    天平二年の梅花の宴は前王朝の正月儀式の再現だった(2)

    「天平二年の梅花の宴は前王朝の正月儀式の再現だった」の続きです。天平二年正月、大宰府の帥の館に大弐・少弐から無位の役人まで集い宴が執り行われました。その宴では老いも若きも官位の高低もなく、ひとしく梅を詠んだのです。通常では考えられないことでした。身分を分けること、出自を明らかにすることなど、政治が目指していたことでした。律令も整えられ官位も細かく分けられて、秩序を重んじ身につけるものまで決め...

  9. 天平二年の梅花の宴は前王朝の正月儀式の再現だった(1) - 地図を楽しむ・古代史の謎

    天平二年の梅花の宴は前王朝の正月儀式の再現だった(1)

    大伴旅人が太宰帥として九州に来たのは、神亀四年の暮れか、神亀五年(728)のはじめと云われていますが、彼が九州に来たのはこの時が最初ではありません。元正天皇の養老四年(720)三月には、「征隼人持節大将軍」として九州に来ています。隼人が反乱を起こしたのです。(この時、武人だけでなく神官も宇佐の神も総動員して隼人討伐に動員されますから、当時の戦いに呪詛力は必要だったのです。)同じ養老四年八月に...

  10. 万葉の歌人・大伴旅人は大宰府の歴史を知った - 地図を楽しむ・古代史の謎

    万葉の歌人・大伴旅人は大宰府の歴史を知った

    もしかしたら、大宰府政庁が置かれる前に九州の権力者の王都が大宰府にあったのではないか、大宰府王都説や白村江敗戦後の筑紫都督府説、など様々な説がありますが、その可能性はどれほどでしょうか。前回までに、福岡県太宰府市の大野城や蔵司(くらのつかさ)の紹介をしました。そこで出土した古いタイプの瓦の出土を紹介していますが、草創期の瓦は何処で焼かれたのか分かりません。その瓦は、太宰府だけでなく大野城市や...

  11. 万葉集現代語訳巻八雑歌1539・1540・1541・1542 - 讃岐屋一蔵の古典翻訳ブログ

    万葉集現代語訳巻八雑歌1539・1540・1541・1542

    天皇の御製の歌二首※「天皇」聖武天皇。1539秋の田の穂田(ほだ)を雁(かり)がね暗けくに夜(よ)のほどろにも鳴き渡るかも※「秋の田の穂田を」〈かり〉を導く序詞。※「雁がね」雁。※「夜のほどろ」夜が明けはじめるころ。たわわに実る秋の田の穂を刈るころの田の上を雁が夜明けの暗い中鳴いて渡って行くことだ1540今朝(けさ)の朝明(あさけ)雁が音(ね)寒く聞きしなへ野辺(のへ)の浅茅(あさじ)そ色(...

  12. 万葉集現代語訳巻八雑歌1469・1470・1471・1472・1473 - 讃岐屋一蔵の古典翻訳ブログ

    万葉集現代語訳巻八雑歌1469・1470・1471・1...

    沙弥(さみ)のホトトギスの歌一首※「沙弥」仏門に入り得度(剃髪)したばかりで、まだ具足戒(比丘・比丘尼の守るべき戒律)を受けていない者。1469あしひきの山ほととぎす汝(な)が鳴けば家なる妹(いも)し常に偲(しの)はゆ※枕詞:あしひきの※「偲はゆ」〈ゆ〉自発。恋い慕われる。帰りたいと血を吐いて鳴くという山ホトトギスおまえが鳴けば家にいる妻が恋しくなってくる刀理宣令(とりのせんりょう)の歌一首...

  13. 万葉集現代語訳巻六雑歌969・970 - 讃岐屋一蔵の古典翻訳ブログ

    万葉集現代語訳巻六雑歌969・970

    天平三年(731年)、大納言大伴卿が奈良の家にあって故郷明日香を思った歌二首969しましくも行きて見てしか神奈備(かむなび)の淵は浅(あ)せにて瀬にかなるらむ※「しましくも」ちょっとの間も。※「てしか」願望。※「神奈備の淵」飛鳥川の雷丘(いかづちのおか)付近の淵。〈かむなび〉は神の降りて来る、または、神の鎮座する山や森(明日香では川も)をいう。ほんのわずかの間でも訪ねて行って見てみたい神奈備...

  14. 万葉集現代語訳巻六雑歌965・966・967・968 - 讃岐屋一蔵の古典翻訳ブログ

    万葉集現代語訳巻六雑歌965・966・967・968

    冬十二月に、大宰帥大伴旅人卿が都に上ったときに、乙女が作った歌二首965凡(おお)ならばかもかもせむを恐(かしこ)みと振りたき袖を忍びてあるかも※「凡」普通。※「かもかも」ああでもこうでも。〈かもかくも〉と同じ。普通の方との別れならあれやこれやとしようけど高貴でおそれ多いから振りたい袖を耐えている966大和道(やまとじ)は雲隠(くもがく)りたり然(しか)れども我(わ)が振る袖をなめしと思(も...

  15. 万葉集現代語訳巻六雑歌960・961・962 - 讃岐屋一蔵の古典翻訳ブログ

    万葉集現代語訳巻六雑歌960・961・962

    帥の大伴卿がはるかに吉野離宮を思って作った歌960隼人(はやひと)の瀬戸(せと)の巌(いわお)も鮎(あゆ)走る吉野の滝になほしかずけり※「隼人の瀬戸」鹿児島県阿久根市黒之浜と天草諸島の長島との間の海峡。黒之瀬戸。隼人の瀬戸にそびえ立つ大きな岩も鮎躍る吉野の滝の景色にはやはりおよばないことだ帥の大伴卿が次田(すきた)の温泉に泊まって、鶴が鳴くのを聞いて作った歌961湯の原に鳴く葦鶴(あしたず)...

  16. 万葉集現代語訳巻六雑歌955・956・957・958・959 - 讃岐屋一蔵の古典翻訳ブログ

    万葉集現代語訳巻六雑歌955・956・957・958・959

    大宰少弐(だざいのしょうに)石川朝臣足人(いしかわのあそみたるひと)の歌955さす竹の大宮人(おおみやひと)の家と住む佐保(さほ)の山をば思ふやも君※枕詞:さす竹の※「君」大伴旅人をさす。大宮人がみずからの家と定めて住む佐保の山をあなたは懐かしくお思いになるのでしょうか大宰帥(だざいのそち)大伴卿が答えた歌956やすみしし我(わ)が大君(おおきみ)の食(お)す国は大和(やまと)もここも同じと...

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