大国主命のタグまとめ

大国主命」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには大国主命に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「大国主命」タグの記事(9)

  1. 今週の読書 - おじさん秀之進の山中リタイヤ生活

    今週の読書

    古事記。読んでみたいとは思うものの、難しそうで、とてもとても。ということで、そのあらましを紹介してくれる本。古事記って、いろんなこと書いてあるんですね。神様として祀られている大国主命がモテ男で女好きだったとか。民のための政治をしたといわれる仁徳天皇も恋愛体質の男だったとか。仁徳天皇が民の竈に煙が立たないのを見たのは宮殿のバルコニーでのことかと思ってたら、山に登って山の上から見てたんですね。知...

  2. 出雲はタニハ「出雲大神宮」の伝承 - 日子坐王ノート

    出雲はタニハ「出雲大神宮」の伝承

    日子坐王は開化天皇第三皇子と位置付けられているが、彼とその一族、そして後裔らの祭祀をよく観察すると出自が「皇別」とは、とても思えなくなる。つまり、日子坐王一族は和珥氏も含めて国津神、つまり出雲系としか思えない。天孫族としての大王(=天皇)より早くから大八洲國で暮らし、大国主命の系統を「王」として崇めていた、出雲系=出雲族なのだ。現代の人間は、出雲といえば島根県の出雲を思い浮かべるが、近畿地方...

  3. 杵築大社(出雲大社)創建の謎(2) 「出雲国」ではなくて「葦原の中津国」 - 蘇える出雲王朝

    杵築大社(出雲大社)創建の謎(2) 「出雲国」ではなく...

    ■古代史における論理の違和感稲佐の浜考古学のシンポジウムを聞いていて、なにかしら違和感をいつも感じている。それがどこにあるのか。一つは出雲VS大和の構図である。別に出雲VS大和の史実があるわけではない。「国譲り神話」があるだけである。しかし、『日本書紀』にも「国譲り神話」と矛盾した記述がある。「事代主神、三嶋溝橛耳神(みしまのみぞくひみみのかみ、陶津耳)の娘の玉櫛媛(たまくしひめ)に共(みあ...

  4. えびす神の謎⑥西宮神社その1 - 蘇える出雲王朝

    えびす神の謎⑥西宮神社その1

    ■西宮神社の起原西宮神社本殿 右手(奥)が蛭児大神、中央が、天照大御神及び大国主大神を配祀、左が須佐之男大神を祀る。a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/user:663highland" class="extiw" title="ja:user:663highland"663highla...

  5. 軽井沢史友会通信1月号より「子年について考える」 - Maystorm Journal                    寺山 光廣

    軽井沢史友会通信1月号より「子年について考える」

    子年について考える寺山光廣 まだ正月気分の方もいるかもしれませんので、軽い話題「ネズミ考」です。ネズミ講ではありません。十二支の中ではもっとも軽量級。人間にとっては害の方が大きい動物が、なぜトップバッターに選ばれたのでしょうか。神々しくもなければ恐ろしくもない動物。牛の背に乗って一番乗りしたり、ネコを騙して 1 日遅刻させたという話も、ずる賢いイメージです。鼠算式に増えるというとおり多産で...

  6. 国譲り神話と出雲大社創建(9) 黄泉の洞窟 - 蘇える出雲王朝

    国譲り神話と出雲大社創建(9) 黄泉の洞窟

    1)富家伝承富家伝承によれば、「武志」の地は、出雲大社の建設の予定地であった。〝出雲郡武志の北方には、宇賀という地名の山々がある。古事記には「ウカノ山(宇伽能山)の山本に、宮柱を建てる」という語句がある。これも武志が宮予定地だったことを示している。〟(斎木雲州著『古事記の編集室』大元出版)その建設予定地ではなく、杵築になったのは、〝八千矛王の遺体は北山山地の竜山に埋葬されていたから、その山を...

  7. 国譲り神話と出雲大社創建(8)多芸志の小浜 - 蘇える出雲王朝

    国譲り神話と出雲大社創建(8)多芸志の小浜

    『古事記』では、大国主命が、国譲りを決め、その後、多芸志の小浜(たぎしのおばま)に天の御舎(あめのみあらか)を建てて、タケミカヅチを饗応するしたことが書かれている。“つらいことじゃったろうがのう、こう言うたかと思うと、オホクニヌシは、出雲の国の多芸たぎ志しの小浜に、タケミカヅチを天つ神の使いとして迎えるための館やかたを造っての、ミナトの神の孫、クシヤタマを膳夫かしわでとなして、伏まつろいのし...

  8. 国譲り神話と出雲大社創建(6)高層神殿 - 蘇える出雲王朝

    国譲り神話と出雲大社創建(6)高層神殿

    1)なぜに高く造営しないといけなかったのか現在では、出雲大社が平安時代には、高層神殿であったことを否定する人はいないのではないかと思う。平成12年に、高層神殿を裏づける3本束ねた本殿の巨大柱が発見されたのである。この柱は、宝治2年(1248年)の造営のものと推定されている。おそらく創建時も天高く、そびえ立つ造りであったと想像される。出雲大社の伝承では、「上古三十二丈(96m)、中古十六丈(4...

  9. 夏越の大祓村屋坐弥富都比賣神社 - 奈良・桜井の歴史と社会

    夏越の大祓村屋坐弥富都比賣神社

    村屋坐弥富都比賣(むらやにますみふつひめ)神社を「ディスカバー!奈良」(毎日新聞奈良版)で紹介した。 神社の主祭神は三穂津姫命(みほつひめのみこと・弥富都比賣)。「三穂津姫命は大国主命の后神として高天原(たかまがはら・天上の世界)から稲穂を持って降り、稲作を中津国(なかつこく・現実の世界)国に広めたとされる神である。祭神で考えれば、大国主命を祀る大神神社とは夫婦の関係かと思われますし、また、...

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