大村益次郎のタグまとめ

大村益次郎」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには大村益次郎に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「大村益次郎」タグの記事(6)

  1. 江戸城を歩く。その9「九段坂公園~靖国神社」 - 坂の上のサインボード

    江戸城を歩く。その9「九段坂公園~靖国神社」

    北の丸まで来たので、その北側にある3人の像について触れておきましょう。「その8」で紹介した田安門の北側にある九段坂公園に、2人の像があります。 まずはこの人。品川弥二郎子爵です。 品川弥二郎は長州藩足軽の家に生まれ、15歳で松下村塾に入門。吉田松陰の門下生となります。松陰の死後は高杉晋作らと共に尊皇攘夷運動に奔走し、文久2年(1862年)のイギリス公使館焼討事件にも参加しています。元治元年(...

  2. 台東区立下町風俗資料館。 - 馬耳Tong Poo

    台東区立下町風俗資料館。

    不忍池ほとりにある「下町風俗資料館」。開館前の準備中。入館料300円払って中に入る。

  3. 西郷どん第37話「江戸無血開城」その2~彰義隊と上野戦争~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第37話「江戸無血開城」その2~彰義隊と上野戦争~

    昨日の続きです。勝海舟との会談で慶応4年3月15日(1868年4月8日)に予定していた江戸総攻撃はひとまず中止した西郷吉之助(隆盛)でしたが、徳川慶喜の処遇に関しては、西郷ひとりの判断では決めかねるとして、いったん保留にして朝議にかけるべく京都に持ち帰ります。そして3月20日、二条城において緊急会議が開かれました。メンバーは、三条実美、岩倉具視、大久保利通、木戸孝允、広沢真臣、後藤象二郎、そ...

  4. 幕末京都逍遥その31「大村益次郎遺址」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その31「大村益次郎遺址」

    前稿で紹介した「佐久間象山・大村益次郎遭難之碑」から木屋町通を挟んでほぼ向かい側に、「兵部大輔従三位大村益次郎公遺址」と刻まれた石碑があります。ここは、大村益次郎が襲撃された宿所があった場所です。 明治2年(1869年)8月、大村益次郎は軍事施設視察と建設予定地の下見のため、京都に出張していました。そして9月4日、この地にあった旅宿の奥座敷二階において、長州藩大隊指令の静間彦太郎、大村の鳩居...

  5. 幕末京都逍遥その30「佐久間象山・大村益次郎遭難之碑」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その30「佐久間象山・大村益次郎遭難之碑」

    前稿で紹介した佐久間象山寓居之跡から少し北上した木屋町御池に、「佐久間象山先生遭難之碑・大村益次郎卿遭難之碑」と刻まれた石碑があります。ここで二人が殺されたのか・・・と思いきや、よく見ると、「北へ約壱丁」とあります。どうやら、この石碑は道標だったようです。 道標が示していたとおり、100mほど北上すると、高瀬川に面して二人の遭難之碑がありました。 左が「大村益次郎卿遭難之碑」、右が「象山先生...

  6. 幕末京都逍遥その4「東山霊山護国神社~大村益次郎の墓」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その4「東山霊山護国神社~大村益次郎の墓」

    前稿、前々稿で、坂本龍馬、中岡慎太郎、木戸孝允の墓を紹介しましたが、ここ東山霊山の墓石のなかで、木戸の次に高い官位を贈られた人物といえば、大村益次郎でしょう。その益次郎の墓が、これです。 えっ?・・・と思うくらい小さな墓石で、写真もこのワンカットしか撮れませんでした。この前は崖になっていて、思いっきり体をのけぞって広角レンズで撮ったのが、この1枚です。はじめてこの霊山を訪れたとき、益次郎の墓...

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