天王寺区のタグまとめ

天王寺区」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには天王寺区に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「天王寺区」タグの記事(15)

  1. 淨國寺 じょうこくじ - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    淨國寺 じょうこくじ

     永禄三年(1560)寂蓮社円誉上人が創建しました。明治期に至るまでの大坂の名所旧跡・時事・風俗などを記した『浪華百事談』に「順慶町通りより御堂筋の西を淨國寺町と呼べり」と述べている事からして、もとは西区新町に所在したと推測されます。 昭和二十年の大阪大空襲に際して寺域に焼夷弾を受けるものの、本尊や伽藍に甚大な被害はありませんでした。 境内に不運を幸運に導くという「まんなおし地蔵」雨を止ませ...

  2. 源聖寺 げんしょうじ - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    源聖寺 げんしょうじ

     慶長元年(1596)十二月、遠誉荷公上人が創建しました。後に徳川家康の都市計画によって現在地に移転、大阪大空襲の戦火をまぬがれた江戸初期の本堂は昭和四十八年(1973)に不審火により焼失しました。 お寺の名前を冠した源聖寺坂は「なにわ七坂」のひとつとして知られています。源聖寺右手横にあります。 本尊阿弥陀如来仏像は安阿弥作と伝えられる二尺五寸の立像です。開山遠誉上人が大坂冬の陣の戦火を避け...

  3. 宗念寺 そうねんじ - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    宗念寺 そうねんじ

     文禄五年(1596)信誉宗念上人が創建しました。当初は現在の西区江之子島にありましたが、家康の都市計画により現在地に移転したと伝えられます。 昭和二十年(1945)大阪大空襲で山門以外のすべての堂宇を焼失しました。昭和四十五年(1970)本堂等を再建しました。空襲に火難を免れた総欅造(けやきづくり)の山門は創建当初の建築と推測されます。門を飾る乳唄(ちちばい・社寺金物)はきわめて希少性が高...

  4. 善福寺 ぜんぷくじ - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    善福寺 ぜんぷくじ

     天正十九年(1591)九月二十日、一誉宗念上人が創建しました。 昭和二十年(1945)三月、大阪大空襲により本堂及び庫裡を焼失、以降再建まで唯一延焼をまぬがれた鐘つき堂を仮の本堂として本尊を祀りました。昭和三十七年((1962)四月、本堂・庫裏を現在地の再建しました。 本尊阿弥陀如来仏は創建以来のもので、座して来迎の印を結んでいます。四百年の歳月を超えて、穏やかな金の光沢を今日まで発し続け...

  5. 西念寺 - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    西念寺

     文禄年間(1592~1596)称誉西念上人が創建しました。開山当初は北船場の淨国寺町にあったと伝えられます。元禄十四年(1701)刊行の地誌『摂陽群談』は「開山称誉西念大徳、本尊弥陀立身、運慶仏工の所造なり」と述べられています。 大阪大空襲で本堂他すべての伽藍を焼失しましたが、昭和二十九年(1954)本堂を再建しました。本尊阿弥陀如来立像は鎌倉時代後期の作と伝わります。運慶作の伝承もありま...

  6. 良運院 りょううんいん - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    良運院 りょううんいん

     慶長年間(1596~1615)良運上人の創建と伝わりますが詳細は不明です。元和年間(1615~1624)幕府の都市計画により北船場西縁の淨国寺町から現在地に移転しました。 大阪大空襲で堂宇の大半を焼失。昭和四十年代から五十年代にかけて本堂ほか吒枳尼天社(だきにてんしゃ)、大黒天社といった諸堂を再建しました。 境内を入って正面に4mほどの大きな日限(ひぎり)地蔵尊を祀っています。現在の像は大...

  7. 一心寺 - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    一心寺

    現代的な仁王門 文治元年(1185)春、当時の四天王寺別当慈鎮(じちん)和尚の請によりこの地を訪れた宗祖法然上人が、四天王寺西門の坂のほとりに結んだ四間四面の草庵「荒陵(あらはか)の新別所」に止住された事に始まります。 その後、徳川家康の庇護を受け、江戸末期には宗派を問わない納骨及び施餓鬼法要の寺として有名になりました。 明治二十年(1887)それまでに納骨されたお骨を以て第一期のお骨佛を造...

  8. 九應寺 きゅうおうじ - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    九應寺 きゅうおうじ

     慶長十八年(1613)宗誉荘厳上人が創建しました。大阪大空襲で堂宇の全てを焼失。戦後建立した仮本堂・庫裏を基盤に増改築を行ない伽藍の整備を進めていますが、現在も復興の途上にあります。 なお、旧「大坂四十八箇寺阿弥陀巡礼」の創設には当山の淳誉霊哲上人が深く関与しました。 本尊阿弥陀仏は身の丈三尺にあまる大きな坐像です。大阪大空襲のおり、当時の住職が火の粉を浴びつつ持ち出したさいの焦げあとが今...

  9. 長圓寺(千日前法善寺別院) - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    長圓寺(千日前法善寺別院)

     長圓寺は慶長十一年(1606)厳蓮社照誉上人により開山されました。昭和二十年三月十三日の大阪大空襲にて伽藍を焼失。当時の住職が庫裡を建て本堂建立に尽力するものの、思うように再建ならず、縁ある寺院に助力を依頼したところ、生玉組大宝寺住職の紹介により千日前法善寺と縁を結ぶこととなりました。 千日前法善寺も空襲により伽藍を焼失していて金比羅堂・庫裡等は再建出来ていましたが本堂はまだ未着手であった...

  10. 大安寺 - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    大安寺

     慶長元年(1596)徳蓮社大誉久厳上人が創建。亨保三年(1718)六月、本堂・書院・弁天堂など伽藍を再建しますが明治三十二年(1899)六月、失火により焼失。明治四十一年に本堂・玄関を再建。大正十二年(1923)書院・庫裏を再建。昭和二十年大阪大空襲ですべての堂宇を焼失。昭和三十六年九月に本堂を五十四年から六十一年にかけて庫裏・書院を再建しました。 元文五年(1740)当山の寂誉上人が『大...

  11. 淨運寺 じょううんじ - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    淨運寺 じょううんじ

     慶長五年(1600)大誉久厳上人が開創。幕末の安政六年(1859)再建。昭和六十年(1985)には大がかりな改装が行われました。 かって薬湯を沸かし近隣に振る舞ったという伝えが残されています。また咳を治めるのに霊験あらたかと伝わる石地蔵が現在もあり、地域医療に密接であった寺院の由緒がしのばれます。 本尊は阿弥陀如来立像。戦災で焼失したため昭和三十年の奔走再建の時に新調されました。 五代目坂...

  12. 大寶寺 だいほうじ - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    大寶寺 だいほうじ

     文禄二年(1593)三月十五日、桓蓮社霊誉上人が島之内大宝寺町に創建。元和年間(1615~1623)徳川幕府による大坂夏の陣後の戦災復興都市計画の一環として現在地に移転しました。跡地には近年まで「大宝寺町」の地名が残っていました。 本尊阿弥陀仏立像は安阿弥(あんなみ・快慶)の作と伝えられます。観音堂地蔵堂 大阪大空襲の難を逃れた数少ない寺院の一つでもあります。亨保年間(1716~1735)...

  13. 光善寺 - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    光善寺

     慶長元年(1596)三月三日、伝誉上人が創建。昭和二十年(1945)年大阪大空襲によって山門以外の堂宇および本尊を焼失しました。現存する山門は元禄年間(1688~1703)の建築と伝えられています。 昭和三十九年(1964)古寺院建築の様式に準じて新本堂を再建しました。 戦前は、呉服関係・綿業界の檀家が多く名を連ねていました。他に白龍大神を祀っています。 本尊阿弥陀如来像は昭和三十九年本堂...

  14. 増福寺 - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    増福寺

     慶長七年(1602)良誉冥託上人が創建。本堂は明和五年(1768)に焼失しましたが安永二年(17739に再建しました。 類焼を免れた山門は、大阪大空襲の戦災からものがれ、創建当時の姿を現在までとどめています。 江戸期より上方の出版界に功績のあった檀家が多く、大阪における「版元の寺」「本屋の寺」ともいえる歴史を有しています。 本尊阿弥陀仏立像は春日の仏師作と伝えられ製作年代は不明です。他に金...

  15. 天王寺区子育て応援スタート応援券の使い道 - haco

    天王寺区子育て応援スタート応援券の使い道

    大阪は少し春めいた暖かい日でしたもうすぐ3月、卒業・入学シーズンですね~今日も当ブログにお越しいただきまして、ありがとうございます!(^^)!今日は、「子育てスタート応援券」の利用で区役所へ行ってきました~~私は、大阪市天王寺区に住んでいます。そして、↓の写真にあります「子育てスタート応援券」とういうものを娘が生まれてから1万円相当分貰っていたのですが、2歳の誕生日を目前(あと数日・・・)と...

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