寺院のタグまとめ

寺院」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには寺院に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「寺院」タグの記事(74)

  1. 法善寺 - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    法善寺

     琴雲上人が開山。寛永十四年(1637)金比羅天王懇伝の故事により中誉専念上人が現在地に移転しました。文政年間、寛永年間など火災が重なり、安政二年(1855)見誉上人が再建しました。昭和二十年、大阪大空襲で伽藍を焼失しましたが、逐次復興して現在に至っています。 「水掛不動さん」で有名な西向不動明王 古来千日念仏の寺として崇敬を集めるとともに芸能にも縁が深く、市中の特別区として三味線語りや浄瑠...

  2. 専念寺 せんねんじ - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    専念寺 せんねんじ

     天正十一年(1583)三月五日、天誉滴翠上人が大坂松江町に創建しました。元和二年(1616)太政官命により現在地に移転、亨保九年(1724)、寛政四年(1792)、天保八年(1837)の三度、火災により伽藍を失いますが逐次再建されました。昭和二十年(1945)大阪大空襲により山門以外の堂宇を焼失、昭和五十年開宗八百年を期して本堂を再建、本堂塔屋に「三心(さんじん)の鐘」を設置しました。 承...

  3. 寺の桜 - アンチLEICA宣言

    寺の桜

    3月26日夕刻、薄墨桜の寺に行ってみた。右は大島桜。左が薄墨桜だが、若木に植え替えられていた。花はまだ咲いてなかった。

  4. 青い寺院ワット・ロンスアテン@チェンライ - ☆M's bangkok life diary☆

    青い寺院ワット・ロンスアテン@チェンライ

    チェンライ2日目は寺院とカフェ巡り。ブルー・テンプルと呼ばれているワット・ロンスアテン(Wat Rong Sua Ten/วัดร่องเสือเต้น)へ。このお寺、以前は青くなかったそうです。ホワイト・テンプルと呼ばれているワット・ロンクンを建てたアーティストのチャルームチャイ・コーシットピパット氏の弟子によって改装されたそうです。改装後、観光客がたくさん訪れるようになりました。寺院に入...

  5. 大長寺 だいちょうじ - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    大長寺 だいちょうじ

     慶長十年(1605)十月、毛利輝元(てるもと)の一族佐々木高久が外祖毛利定春の冥福を祈り下屋敷を寺院として建立したのが始まり。かっての境内は現在の桜宮公園と推測されます。「定春亭」の一宇があり秀吉や家康が訪れた記録が残っています。 明治四十二年(1909)明治の豪商藤田男爵家の寄進により現在地に移転。山門・本堂・観音堂・藤田殿・庫裡・鐘楼など壮大な伽藍を誇っていましたが、昭和二十年六月の空...

  6. 源光寺 - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    源光寺

     天平十九年(747)聖武天皇の勅願により行基菩薩が創建。後年良忍上人が中興して融通念仏の本山となったが、やがて衰退。承元三年(1209)行基・良忍の旧跡が荒廃するのを嘆いた法然上人が寺号を源光寺と改め、浄土大念仏本山として復興したという。 文政三年(1830)火災により一切の堂宇、勅額、綸旨、縁起などを焼失。本尊は火難を免れました。 本尊阿弥陀仏像は鎌倉後期の作と推測される立像。加古の沙弥...

  7. 淨國寺 じょうこくじ - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    淨國寺 じょうこくじ

     永禄三年(1560)寂蓮社円誉上人が創建しました。明治期に至るまでの大坂の名所旧跡・時事・風俗などを記した『浪華百事談』に「順慶町通りより御堂筋の西を淨國寺町と呼べり」と述べている事からして、もとは西区新町に所在したと推測されます。 昭和二十年の大阪大空襲に際して寺域に焼夷弾を受けるものの、本尊や伽藍に甚大な被害はありませんでした。 境内に不運を幸運に導くという「まんなおし地蔵」雨を止ませ...

  8. 吉野山 上千本 蔵王堂 - 魅せられて大和路

    吉野山 上千本 蔵王堂

    平成30年3月撮影、上千本の風景です。[予告] 続いて、11年前の「吉野山 上千本 桜」を投稿します。にほんブログ村 ← 気に入られたら、こちらをクリックして下さい。

  9. 源聖寺 げんしょうじ - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    源聖寺 げんしょうじ

     慶長元年(1596)十二月、遠誉荷公上人が創建しました。後に徳川家康の都市計画によって現在地に移転、大阪大空襲の戦火をまぬがれた江戸初期の本堂は昭和四十八年(1973)に不審火により焼失しました。 お寺の名前を冠した源聖寺坂は「なにわ七坂」のひとつとして知られています。源聖寺右手横にあります。 本尊阿弥陀如来仏像は安阿弥作と伝えられる二尺五寸の立像です。開山遠誉上人が大坂冬の陣の戦火を避け...

  10. シュエダゴンパゴダ - Mr.こりあんのひとりごと

    シュエダゴンパゴダ

    ミャンマー仏教の聖地!先回は昼間行ったが、地元の人のアドバイスで夕方からいってみた!荘厳そのもの!今も目に焼きついている。

  11. 宗念寺 そうねんじ - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    宗念寺 そうねんじ

     文禄五年(1596)信誉宗念上人が創建しました。当初は現在の西区江之子島にありましたが、家康の都市計画により現在地に移転したと伝えられます。 昭和二十年(1945)大阪大空襲で山門以外のすべての堂宇を焼失しました。昭和四十五年(1970)本堂等を再建しました。空襲に火難を免れた総欅造(けやきづくり)の山門は創建当初の建築と推測されます。門を飾る乳唄(ちちばい・社寺金物)はきわめて希少性が高...

  12. 善福寺 ぜんぷくじ - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    善福寺 ぜんぷくじ

     天正十九年(1591)九月二十日、一誉宗念上人が創建しました。 昭和二十年(1945)三月、大阪大空襲により本堂及び庫裡を焼失、以降再建まで唯一延焼をまぬがれた鐘つき堂を仮の本堂として本尊を祀りました。昭和三十七年((1962)四月、本堂・庫裏を現在地の再建しました。 本尊阿弥陀如来仏は創建以来のもので、座して来迎の印を結んでいます。四百年の歳月を超えて、穏やかな金の光沢を今日まで発し続け...

  13. 西念寺 - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    西念寺

     文禄年間(1592~1596)称誉西念上人が創建しました。開山当初は北船場の淨国寺町にあったと伝えられます。元禄十四年(1701)刊行の地誌『摂陽群談』は「開山称誉西念大徳、本尊弥陀立身、運慶仏工の所造なり」と述べられています。 大阪大空襲で本堂他すべての伽藍を焼失しましたが、昭和二十九年(1954)本堂を再建しました。本尊阿弥陀如来立像は鎌倉時代後期の作と伝わります。運慶作の伝承もありま...

  14. 運潮寺 うんちょうじ - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    運潮寺 うんちょうじ

     文禄三年(1594)天満川崎村に一宇を建立したのが開創とされます。大阪大空襲により本堂及び本尊や庫裡を焼失しましたが、終戦後焼け残った観音堂の一隅から従来の東寺町にて再興しました。その後昭和三十五年(1960)に大阪市の都市整備計画で、現在の柏原市玉手への移転が具体化して、昭和四十年(1965)十二月二十日すべての移転、修復工事が完了しました。 玉手山の山頂に、白亜の新正運潮寺が誕生するこ...

  15. 良運院 りょううんいん - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    良運院 りょううんいん

     慶長年間(1596~1615)良運上人の創建と伝わりますが詳細は不明です。元和年間(1615~1624)幕府の都市計画により北船場西縁の淨国寺町から現在地に移転しました。 大阪大空襲で堂宇の大半を焼失。昭和四十年代から五十年代にかけて本堂ほか吒枳尼天社(だきにてんしゃ)、大黒天社といった諸堂を再建しました。 境内を入って正面に4mほどの大きな日限(ひぎり)地蔵尊を祀っています。現在の像は大...

  16. 一心寺 - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    一心寺

    現代的な仁王門 文治元年(1185)春、当時の四天王寺別当慈鎮(じちん)和尚の請によりこの地を訪れた宗祖法然上人が、四天王寺西門の坂のほとりに結んだ四間四面の草庵「荒陵(あらはか)の新別所」に止住された事に始まります。 その後、徳川家康の庇護を受け、江戸末期には宗派を問わない納骨及び施餓鬼法要の寺として有名になりました。 明治二十年(1887)それまでに納骨されたお骨を以て第一期のお骨佛を造...

  17. 梅香る御厨神社 - ぶらり休暇

    梅香る御厨神社

    思わず”暑い”という言葉がでた日。全国的にあたたかな春の日だった3/4桜を思わせるような見事なピンクの梅が咲いていたのは兵庫県明石市の御厨(みくりや)神社です。空色×ピンク♡ルンルンとスキップしたくなる春色♡たっぷりとどっしりと密集しているピンクのカーテン。軽やかに春風になびいています。足元の水仙も春色の囲まれてウキウキ嬉しそうです。一輪一輪可憐な姿と魅惑の香りに心奪われた1日でした。

  18. 九應寺 きゅうおうじ - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    九應寺 きゅうおうじ

     慶長十八年(1613)宗誉荘厳上人が創建しました。大阪大空襲で堂宇の全てを焼失。戦後建立した仮本堂・庫裏を基盤に増改築を行ない伽藍の整備を進めていますが、現在も復興の途上にあります。 なお、旧「大坂四十八箇寺阿弥陀巡礼」の創設には当山の淳誉霊哲上人が深く関与しました。 本尊阿弥陀仏は身の丈三尺にあまる大きな坐像です。大阪大空襲のおり、当時の住職が火の粉を浴びつつ持ち出したさいの焦げあとが今...

  19. 長圓寺(千日前法善寺別院) - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    長圓寺(千日前法善寺別院)

     長圓寺は慶長十一年(1606)厳蓮社照誉上人により開山されました。昭和二十年三月十三日の大阪大空襲にて伽藍を焼失。当時の住職が庫裡を建て本堂建立に尽力するものの、思うように再建ならず、縁ある寺院に助力を依頼したところ、生玉組大宝寺住職の紹介により千日前法善寺と縁を結ぶこととなりました。 千日前法善寺も空襲により伽藍を焼失していて金比羅堂・庫裡等は再建出来ていましたが本堂はまだ未着手であった...

  20. 大安寺 - Pilgrim 東西南北巡礼記 

    大安寺

     慶長元年(1596)徳蓮社大誉久厳上人が創建。亨保三年(1718)六月、本堂・書院・弁天堂など伽藍を再建しますが明治三十二年(1899)六月、失火により焼失。明治四十一年に本堂・玄関を再建。大正十二年(1923)書院・庫裏を再建。昭和二十年大阪大空襲ですべての堂宇を焼失。昭和三十六年九月に本堂を五十四年から六十一年にかけて庫裏・書院を再建しました。 元文五年(1740)当山の寂誉上人が『大...

1 - 20 / 総件数:74 件

似ているタグ