島津斉彬のタグまとめ

島津斉彬」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには島津斉彬に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「島津斉彬」タグの記事(10)

  1. 藩祖の品質品質管理Vol.211 - シーエム総研ブログ

    藩祖の品質品質管理Vol.211

    大相撲名古屋場所は、横綱鶴竜が、7場所ぶり6度目の優勝を飾りました。千秋楽の対戦相手、白鵬には、これまで7勝41敗と大きく負け越し、今回優勝をかけた直接対決で初めて競り勝ち、名古屋場所での優勝も初めて。本人にとっても特別な思いだったことでしょう。おめでとうございます。本日の一枚は、照国神社です。鹿児島県鹿児島市照国町にある神社。藩祖を祀った神社のひとつ。御祭神は、照國大明神。島津家28代当主...

  2. 幕末京都逍遥その44「西郷隆盛寓居跡(鍵直旅館跡)」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その44「西郷隆盛寓居跡(鍵直旅館跡)」

    前稿で紹介した薩摩藩錦小路邸跡の石碑から200mほど東のあたりに、かつて西郷隆盛の定宿だった鍵直旅館がありました。現在、その跡地には石碑などの類は何もなく、そこにそんな歴史があることはほとんど知られていません。 安政5年7月16日(1858年8月24日)、京都に入った西郷隆盛は、吉井友実とともに定宿鍵屋直助方に滞在しました。その同じ日、大坂では西郷の主君であり師でもある島津斉彬が急逝します。...

  3. 西郷どん第15話「殿の死」~井伊直弼の大老就任と島津斉彬の死~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第15話「殿の死」~井伊直弼の大老就任と島津斉...

    安政5年4月23日(1858年6月4日)、彦根藩主の井伊直弼が幕府大老職に就任します。そのきかっけは、孝明天皇(第121代天皇)からの条約勅許獲得に失敗した堀田正睦が4月21日に江戸に戻り、第14代将軍・徳川家定に報告した際、堀田は松平春嶽を大老に就けてこの先対処したいと家定に述べたところ、家定は「家柄からも人物からも大老は井伊直弼しかいない」と言ったため、急遽、話が決まったといいます。 大...

  4. 西郷どん第11話「斉彬暗殺」~虎寿丸の死去と斉彬毒殺説~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第11話「斉彬暗殺」~虎寿丸の死去と斉彬毒殺説~

    嘉永7年閏7月24日(1854年9月16日)、島津斉彬の五男・虎寿丸が死去します。わずか数えの6歳でした。斉彬には計6男5女の子供がいましたが、10代まで成長したのは三女・四女・五女のみで、長男から四男までの男児はすべて3歳までに早逝しており、ただひとり、虎寿丸だけが6歳まで成長していました。それだけに、虎寿丸の死は斉彬にとって大きなショックだったに違いありません。 虎寿丸の死については、当...

  5. 西郷どん第10話「篤姫はどこへ」~篤姫の輿入れと将軍継嗣問題~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第10話「篤姫はどこへ」~篤姫の輿入れと将軍継...

    篤姫の輿入れ先が明らかになりましたね。幕末ファン、大河ドラマファンの方々にとっては言うまでもないことだと思いますが、島津斉彬の養女となった篤姫の輿入れ先は、江戸幕府第13代将軍・徳川家定の正室でした。外様大名の分家の娘が、一国のファーストレディーになるというのですから、当時としては、ちょっとしたシンデレラストーリーだったことでしょう。その篤姫の輿入れに西郷吉之助(隆盛)も深く関わることになる...

  6. 西郷どん第9話「江戸のヒー様」~西郷はじめての江戸行きと、御庭方役拝命~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第9話「江戸のヒー様」~西郷はじめての江戸行き...

    嘉永7年正月21日(1854年2月18日)、西郷吉之助(隆盛)は主君・島津斉彬に付き従って江戸に向かうべく鹿児島を発ちます。西郷はこの少し前に藩から中御小姓、定御供、江戸詰を命じられていました。父が勘定方小頭だったことを思えば、この人事は大抜擢だったといえます。その大抜擢を命じたのが、他ならぬ斉彬だったといいます。 今回のドラマでは描かれていませんでしたが、西郷の伝記では欠かさず出て来る逸話...

  7. 西郷どん第6話「謎の漂流者」~ジョン万次郎と薩摩藩~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第6話「謎の漂流者」~ジョン万次郎と薩摩藩~

    土佐の貧しいの家に生まれながら、少年期に遭難してアメリカの捕鯨船に助けられたことで、アメリカに渡り、西洋文化に触れ、帰国後はその知識で幕府高官にも討幕の志士たちにも多大な影響を与えたことで知られるジョン万次郎こと中濱萬次郎。天保12年(1841年)、14歳のときに漁師仲間4人と共に遭難し、伊豆諸島の無人島鳥島に漂着して何とか命を繋いでいると、143日目にアメリカの捕鯨船ジョン・ホーランド号に...

  8. 西郷どん第5話「相撲じゃ! 相撲じゃ!」~斉彬藩主就任~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第5話「相撲じゃ! 相撲じゃ!」~斉彬藩主就任~

    嘉永4年(1850年)2月、43歳にして島津斉彬がようやく藩主の座に就くと、斉彬の藩主就任を待ち望んでいた勢力は、お由羅騒動で前藩主・島津斉興より不当な処分を受けた者たちの赦免を期待しました。しかし、斉彬は斉興時代の重臣たちを罷免することなく、また、処分を受けた斉彬派の赦免も行いませんでした。あくまで藩内融和を第一としたわけですね。これは賢明な斉彬なら当然の策で、ここで前政権の重臣たちを一掃...

  9. 西郷どん第4話「新しき藩主」~お由羅騒動~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第4話「新しき藩主」~お由羅騒動~

    嘉永元年(1848年)12月、幕府から密貿易の件で咎められた薩摩藩家老の調所広郷が急死(おそらく自害)すると、藩内外で賢明な島津斉彬の藩主就任を望む声が高まりますが、一方で、前話の稿で説明したとおり、洋学好きの斉彬を嫌うアンチ斉彬派の声も一層高まり、藩内の両派の対立が激化します。何より、アンチ斉彬派の筆頭が現藩主であり斉彬の実父である島津斉興でした。斉興は密貿易の情報を幕府主席老中の阿部正弘...

  10. 西郷どん第3話「子どもは国の宝」~島津斉彬の藩主就任が送れた理由~ - 坂の上のサインボード

    西郷どん第3話「子どもは国の宝」~島津斉彬の藩主就任が...

    その卓越した見識により、幕末きっての開明派大名として後世に名高い島津斉彬は、16歳のときに薩摩の世子(嫡子)として徳川第11代将軍・家斉への謁見もすませており、やがてその賢名は天下に聞こえ、まだ部屋済みに身でありながら主席老中の阿部伊勢守正弘を始め賢侯と呼ばれる他藩の藩主とも親交を持ち、それらの人たちから尊敬されていたほどの人物でしたが、40歳を過ぎてもまだ藩主には就いていませんでした。その...

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