徳川家康のタグまとめ

徳川家康」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには徳川家康に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「徳川家康」タグの記事(33)

  1. 徳川家発祥の地徳川東照宮@群馬県 - 963-7837

    徳川家発祥の地徳川東照宮@群馬県

    世良田駅からは無料のレンタサイクルで移動しました。まず最初に行ったのは徳川東照宮です。ここは徳川義季の館址らしいですが、その面影を垣間見るものは何もありませんでした。徳川氏発祥の地尾島町江戸幕府の将軍家徳川氏の先祖は尾島町にはじまるといわれます。新田義重の子の義李は世良田周辺地域を領地とし、世良田氏、徳川氏の祖となりました。義季から八代目の親氏が各地を流浪したすえ、三河国松平鄉(現愛知県豊田...

  2. 冷静な分析力を身につけた家康の言葉は、現代人の心にも響きます - 怒りを感じてストレスが溜まっている麗華のコラム

    冷静な分析力を身につけた家康の言葉は、現代人の心にも響きます

    戦国の世を平和な世へと導いた徳川家康は、様々な名言を遺しています。会社で働いていると、怒りを感じてストレスが溜まることもあります。ネガティブな気分になったときに心の中に浮かぶのが、徳川家康の怒りは敵という言葉です。徳川幕府の初代将軍となった家康は、6歳のときに人質になります。捕虜交換協定により人質生活が終わり、今川氏一族の娘と結婚します。織田信長とは1561年に和睦し、1582年に信長が武田...

  3. 『最強戦国武将伝徳川家康』が出ました!! - ハレルヤ

    『最強戦国武将伝徳川家康』が出ました!!

    新刊のお知らせをさせてください。国土社さんから『最強戦国武将伝徳川家康』が発売されました!!見てのとおりの児童書です。小学校中学年向けの本です。他に小沢章友先生の『織田信長』と、森川成美先生の『豊臣秀吉』が出ています。三傑揃い踏みです。三、四年生向けの作品を書いたのははじめてです。長い家康の人生を、節目となる合戦シーンを中心にコンパクトにまとめてみました。執筆にあたって第一に考えたのはリーダ...

  4. 世界遺産日光東照宮へ行ってきました - Koko no hana

    世界遺産日光東照宮へ行ってきました

    昨日は、日帰りで徳川家康公を御祭神におまつりした神社、日光東照宮に行って来ました。一昨日に、たまたま日光東照宮が出ている番組の録画を見て、主人が、日帰りで行きたいと言い出しました。栃木県は、遠いイメージだったので、まさか日帰りで行くとは、思ってもみませんでした。東照宮は、世界遺産で一番行きたかった所です。反対する理由もなく出発。磐越道経由で行きました。出発するのが遅かったので、日光に着いたの...

  5. 八鶴湖から日吉神社へ ウォーキング - 東金、折々の風景

    八鶴湖から日吉神社へ ウォーキング

    今日のウォーキングは八鶴湖から日吉神社へと足を伸ばした。日吉神社参道の樹齢300~600年の大杉並木は、荘厳な雰囲気を醸し出していた。徳川家康は大坂の陣後、再び鷹狩りで東金村を訪れた際、大願成就の御礼として、代官・高室金兵衛に日吉神社本殿の改築を命じたとのこと。2年に一度開催の日吉神社の大祭で演奏される「東金ばやし」は、千葉県の無形民俗文化財に指定されている。 日吉神社参道入口の鳥居参道の杉...

  6. 日本人のおなまえ!徳川のルーツを探っていくと、トンデモないことがわかってきた! - めざまし政治ブログ

    日本人のおなまえ!徳川のルーツを探っていくと、トンデモ...

    NHKネーミングバラエティで、そのうちに取り上げるかな、と見てても、戦国時代から、一番、有名でレアな武将の名前である「徳川」のルーツが取り上げられることはなかった。何か、不都合な真実があるのか、と調べ始めたら、トンデモない情報が飛び込んできた!実は徳川家康は豊臣秀吉に拉致されてきた陶工の陳寿官と同じ徳川村だ、と言うのだ。その村では、同じように陶工として連れてこられた外務大臣を務めた東郷茂徳氏...

  7. 越前松平家の福井城跡を歩く。その2~結城秀康~ - 坂の上のサインボード

    越前松平家の福井城跡を歩く。その2~結城秀康~

    「その1」の続きです。福井城本丸跡に建つ県庁庁舎ビルの前には、初代福井藩主の結城秀康の像があります。結城秀康は徳川家康の次男で、「関ケ原の戦い」の翌年にあたる慶長6年(1601年)に越前68万石を与えられ入国し、慶長11年(1606年)にここ福井城を築城しました。この騎馬石像は、平成14年(2002年)4月に秀康の入国400年を記念して、3,800万円かけて建立されたものだそうで、ひとつの石...

  8. 越前松平家の福井城跡を歩く。その1~内堀、石垣~ - 坂の上のサインボード

    越前松平家の福井城跡を歩く。その1~内堀、石垣~

    過日、福井県を訪れた際に福井城跡に立ち寄りました。福井城は、徳川家康の二男で初代福井藩主となった結城秀康が慶長11年(1606年)に築城し、約270年間17代にわたって越前松平家の居城となった城ですが、現在は石垣と堀の一部だけが残っているだけで、その跡地には福井県庁の庁舎、県会議事堂、県警察本部などがあります。 写真は南東の堀と巽櫓跡の石垣です。現在残っている堀は内堀で、県庁などのある石垣の...

  9. 国登録有形文化財・八鶴亭 - 東金、折々の風景

    国登録有形文化財・八鶴亭

    写真は東金の桜の名所・八鶴湖に面して建つ、明治18年創業の「八鶴亭」。国登録有形文化財の指定を受けている古い建物。八鶴湖の景観もこの建物のおかげでプラスとなっている。 東金駅から10分の「八鶴亭」は現在も料亭として営業中。昼時にはランチもある。八鶴湖の周囲には「本漸寺」や「最福寺」などの名刹もある。徳川家康が鷹狩りで二度訪れた東金は、旅が好きな人にはおすすめの街だ。国登録有形文化財・八鶴亭1...

  10. 初詣 - 石と、居る。

    初詣

    遅ればせながら今頃…今年はご近所の天神さんではなく、娘たちがかつてアルバイトをしていた八幡さんに詣でました。徳川家康が出陣前には必ず、戦勝祈願に訪れたという由緒ある神社。おみくじは中吉。戦はしないので、家族の無事と健康をお願いしておきました。

  11. 江戸城を歩く。その5「三ノ丸~二の丸」 - 坂の上のサインボード

    江戸城を歩く。その5「三ノ丸~二の丸」

    「その4」の続きです。皇居外苑から北上し、大手門に向かいます。 慶長8年(1603年)に徳川家康が幕府を開くと、天下普請と称して全国の諸大名に散財させ、大坂城に負けない豪壮な城の拡張に着手し、やがてその事業は2代将軍・徳川秀忠、3代将軍・徳川家光に引き継がれ、寛永13年(1636年)に内外郭合わせてほぼ全容を完成させました。現在、江戸城の中心部にあたる本丸、二の丸、三の丸の一部は、皇居東御苑...

  12. 江戸城を歩く。その1「和田倉門~巽櫓~桔梗門」 - 坂の上のサインボード

    江戸城を歩く。その1「和田倉門~巽櫓~桔梗門」

    東京のド中心部にある天皇陛下のお住まい、皇居。江戸時代は徳川幕府の政庁・江戸城だったことは誰もが知るところだと思います。ただ、そのすべてが皇居となっているわけではなく、皇居として使用されているのはかつての西の丸のみで、江戸城の中心部にあたる本丸、二の丸、三の丸の一部は、皇居東御苑として一般公開されています。過日、東京を訪れた際、丸1日フリーの日が出来たので、じっくり時間をかけて江戸城を歩いて...

  13. 歴史の奥深さ - With Art

    歴史の奥深さ

    徳川家康SONY ILCE-7M3 with Carl Zeiss Planar T* FE 50mm F1.4 ZA

  14. 今日のお言葉「日光東照宮」人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し急ぐべからず。 - 設計事務所 arkilab

    今日のお言葉「日光東照宮」人の一生は重荷を負うて遠き道...

  15. 幕末京都逍遥その86「二条城二の丸御殿」 - 坂の上のサインボード

    幕末京都逍遥その86「二条城二の丸御殿」

    二条城にやってきました。現在に伝わる二条城は、関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康が、上洛時の宿所として慶長7年(1602年)から翌年にかけて造営されたものですが、幕末、ここ二条城の二の丸御殿において、大政奉還の宣言が行われました。 ここを訪れたのは昨年の9月で、ちょうど「大政奉還150年周年記念プロジェクト」が行われており、東大手門前には金屏風風の看板が設置されていました。 そして、こちらが大政...

  16. 大高八幡社(家康と桶狭間の戦い) - 緑区周辺そぞろ歩き

    大高八幡社(家康と桶狭間の戦い)

    先回紹介した桶狭間古戦場まつりでは、「信長攻路」という共同イベントがあり合戦当日の再現劇が各地で行われました。ここ緑区でも桶狭間会場から少し離れた大高八幡社で、徳川家康と河村名古屋市長のトークショーというちょっと変わった関連イベントが開かれました。信長攻路なのに、なぜ家康?と思われるかもしれませんが、桶狭間の戦いでは徳川家康も今川方の家臣として参戦し、大高城へ兵糧を運び込み今川軍の入城を待つ...

  17. 賽の河原の石積み - 仏教フリーク

    賽の河原の石積み

    流転輪廻をしている私たちの姿を、徳川家康は、人の一生は重荷を背負って遠き道を行くがごとしといっています。徳川家康は、私たちが欲しいと思っているようなものを全部持っていました。それでも喜びは続かずに、次のものを求めます。まるで賽の河原のようです。賽の河原というのは、子供が石を積み上げていると鬼が壊しにやってきます。川のほとりの砂場でつくった山を固めてつくっていると壊しにやってきます。またつくっ...

  18. 春の一日~小田原城~ - magic hour

    春の一日~小田原城~

    桜前線がみるみるうちに北上してきた先週末。ここ数ヵ月行こう行こうと思っていた小田原城に行ってきました。仕事でちょっぴり疲れ気味なのもあって、電車でのんびり移動できるのも良いかなと思ったのもきっかけ。前日は結構遅くまで飲んでいたのだけれど、気合を入れて早起き!とにかく移動時間が欲しかったので、湘南新宿ラインで向かいます。グリーン車で快適快適♪読書をしたり、考え事したり、眠ったりして、ちょうどい...

  19. この世で一番美味しいもの - 仏教フリーク

    この世で一番美味しいもの

    江戸時代、有名な武将で徳川家康という人がいました。ある時、家康が側近に「この世の中で一番おいしいものは何かな」と尋ねました。ある人は「それは何といっても一番うまいものは酒ですね」次に家康、隣にいた人に「そなたは一番おいしいものは何か」「私はチョコレートパフェですね」「砂糖とは違うなめらかな舌触り、あれはおいしいです」またある人に「そなたは一番おいしいものは何か」「それはもう松屋の牛丼ですね」...

  20. 家康のしかみ像。 - sweat lodge @ blog

    家康のしかみ像。

    もう十年以上前にいった記憶の岡崎城。戦国時代の歴史に興味を持たせてくれた友達のお陰だけどあの時京都まで行く途中にあった岡崎城。その頃は本田忠勝の像の方が記憶に残って家康の「しかみ像」はその意味を深く考えずに見てきたと思う。月日も流れ家康がしかみ顔の画を描かせた意図の方が重要に思うようになった。成長したと思ってもいいのかねこれは。同じ場所も歳を重ねてからまた足を運んでみると感じ方や見る角度も...

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