想いでの記のタグまとめ

想いでの記」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには想いでの記に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「想いでの記」タグの記事(16)

  1. 町田に住んで33年の思い - 私の短歌&アリラン・エッセー

    町田に住んで33年の思い

    〇喜怒哀楽分かち合いたる星子さん身罷りしこと宜えぬ日々〇呆けたるごと君思うベル鳴りて会話楽しむ事のあるかと療養中であったが、いつも明るく前向きで私が励まされていた。昨年は、毎日のように電話で話し合い、南北の和解を喜び合い、平和協定の成る日まで頑張って生きていようと話し合っていた。我が家のばらのゴールドハニーとピースは今、真っ盛りだ。昨年は、この薔薇を一杯摘んで花籠にして送ったのに、送る事も出...

  2. 忘れられない人広瀬禮子さん - 私の短歌&アリラン・エッセー

    忘れられない人広瀬禮子さん

    ☆翁長知事がお亡くなりになった。パソコンを弄っていたら、いきなりこのニュースが飛び込んできた。驚いて、震えが止まらず、合掌を続けるばかりであった。長い事闘い続けたのに、良い結果を見ずに逝ってしまわれた。どんなにか心残りであったろうか?私は、直ぐに尹伊桑さんを思い出した。私の歌集『身世打鈴』のエッセー集に、少しだけ書いてある。【ドイツに住む作曲家の尹伊桑氏は愛する祖国に拉致されるという数奇な運...

  3. 人間の家に人間が来てこそ幸せなのだ - 私の短歌&アリラン・エッセー

    人間の家に人間が来てこそ幸せなのだ

    猛暑が去ったと思ったら台風が来ると言う。我が家の前は直線の道路になっているので、強風の時には近所のごみ迄が、私の家に集まってくる。オモニを我が家に引き取った時に、我が家の前にごみ迄が集まると話したら、オモニは、人間の家には人間が来るのが幸せなのだ。ゴミでも来るのは良い事なのだと~~言い聞かされた。実家は、土木建築請負業だった。現在は、人を雇う時に試験をしたり面接をするが、手荷物を一つ持って働...

  4. 『もう一人の力道山」李淳馹一族の出版記念祝賀会 - 私の短歌&アリラン・エッセー

    『もう一人の力道山」李淳馹一族の出版記念祝賀会

    毎朝、目覚めて一番の楽しみはパソコンで韓国の新聞を読むことだ。昨日は、力道山の事が、載っていた。その内容は、私の息子が北朝鮮迄行き調べて書いた渾身の力道山のノンフィクションの内容そのものの様であった。力道山について息子の李淳馹が『もう一人の力道山』として出版したのは、1996年4月だった。小学館の21世紀国際ノンフィクション大賞に応募し、最後の5作品に残ったが副賞さえもらえなかった。再度の応...

  5. 『あらくさ』短歌の同人誌 - 私の短歌&アリラン・エッセー

    『あらくさ』短歌の同人誌

    ☆就活の為のアルバムの整理を始めたが、遅々として進まない。中学生の多感な少女時代に、占いで、30歳まで生きられたら、儲けもんと言われた。だから、その前にこの世から消えると信じていたのに、今年の秋には80歳になる。普通に結婚をし、現在は子供2人孫5人曾孫1人になっている。ずっと、長生きは出来ないと信じたお陰で、「明日はないかもしれない、今を大切に」をモットーにここまで来た。こんな占いを信じて、...

  6. 2011서웉国際老人文化藝術祭 - 私の短歌&アリラン・エッセー

    2011서웉国際老人文化藝術祭

    ☆2011年10月25日から27日にかけて、韓国に行こうとの誘いの通知が届いた。8年前に、浅草で突然司会を頼まれた高齢者日本NGO会議からだった。海外に行くことを何度誘われても出かける気持ちは起きなかった。「朝鮮籍」であると海外に自由には行けない。韓国なのだからと、何度も言われて仕方なく、もしも、許可が出たなら行くと返事をした。横浜の領事館に申請に行くと領事館の部屋に一人、呼び出された。北に...

  7. アジア高齢者文化祭 - 私の短歌&アリラン・エッセー

    アジア高齢者文化祭

    2003年11月27日・28日浅草公会堂で行われた。アジア高齢者文化祭。朝鮮が植民地にされていた時代に日本に留学していた朝鮮人、中国人、日本人の学生仲間が仲良くすることでアジアの平和に尽くしたいという意志で作られた人達の親睦の会であった。最初は中國で、二度目は韓国で、三度目が日本でこの親睦会が行われた。お互いの国の歌や踊りを見せあって一緒に食事をして親睦を高める趣旨である。私は会員ではないの...

  8. 同胞の悲願叶うだろうか? - 私の短歌&アリラン・エッセー

    同胞の悲願叶うだろうか?

    ☆今日も嬉しいニュースが届く。文在寅大統領がロシアで、ロシアから自分が育った釜山まで鉄路を繋ごうと遠大な構想を話している。地続きの朝鮮、中国、ロシアまで、仲良くできる事を願っていた私にとって本当に嬉しい事である。南北合同チームでアジア大会に参加する。統一旗、アリラン等当然のように決まっていく、平壌、ソウルでのバスケットの親善試合も決まった。本当に嬉しい。アボジやオモニ、沢山の逝ってしまわれた...

  9. 冷戦の完全な終息か?朝米会談 - 私の短歌&アリラン・エッセー

    冷戦の完全な終息か?朝米会談

    米朝会談が実現した。両国の首脳が署名した。長い長い南北民族の分断による苦しみから解放されるだろうか?朝鮮の南北会談は日本の植民地政策と米国への真珠湾攻撃から始めた敗戦の結果だ。米ソの冷戦によりアメリカが日本を赤化への防御の為に日本と韓国に米軍を置いた事から始まっていると私は思っている。米国の心変わりが無い事をひたすら祈るばかりである。訪朝した時の事がしきりに思われる。心から喜んでいる事であろ...

  10. 日本・朝鮮文化交流協会結成20周年の思い出 - 私の短歌&アリラン・エッセー

    日本・朝鮮文化交流協会結成20周年の思い出

    昨夜,BSニュースのプライムニュースで久しぶりに石井一さんが出演していた。現在の日本の政権に対して元国会銀であった三人が意見を話していた。私が一番同感出来る人は石井一さんであった。石井さんには1992年の日本・朝鮮文化交流協会20周年に参加して会っている。恐れを知らぬ私は言いたい放題の私の意見を言ったのだろう。すっかり忘れているが写真の整理をしているので、二人でカメラに向かっている写真がでて...

  11. 朝鮮大学の講師になった日 - 私の短歌&アリラン・エッセー

    朝鮮大学の講師になった日

  12. 鄭敬謨さんと黄晳暎さんとの思い出 - 私の短歌&アリラン・エッセー

    鄭敬謨さんと黄晳暎さんとの思い出

    連日、パソコンで韓国の新聞を読むことが日課になっている。懐かしい黄晳暎さんの作品が映画化されるとの記事が出ていた。黄晳暎・황석영さんは韓国の著名な作家だが、1989年に禁止されていた訪朝をした事で、韓国政府の怒りを買い、帰国出来ないで、しばらくの間、ドイツに在住していた。漸く帰国したが「国家保安法」とやらで逮捕され4年もの刑務所生活をさせられてしまった。鄭敬謨さんは、朝鮮戦争の休戦協定の時に...

  13. 会いたい人。60年前の手紙の差し出し人。 - 私の短歌&アリラン・エッセー

    会いたい人。60年前の手紙の差し出し人。

    会いたいなあ、あの人に~~。という歌があった。就活の中で見つかった古い手紙。会いたいと切実に思う。どんな人であるのか、生存しているのか?封筒が無いので名前が分からない。便箋も古びた三枚の手紙、他の人の手紙の封筒の中に入っていた。差し出し人の名前もなく、差し出し日の年月日もない。文面を読むと私の名前がはっきりと出ているので私宛の手紙であることは間違いない。又、昔の家庭内で呼ばれていた名前も書い...

  14. 朝鮮学校 - 私の短歌&アリラン・エッセー

    朝鮮学校

    十二月号原稿9月に詠む 行政の差別と司法の擁護朴(ぱっ)貞(ちょん)花(ふぁ)神奈川 東京朝鮮高校無償化裁判に東京高裁の却下行政の差別を司法が擁護子供達の権利と未来を奪う 弱者への差別と苛めを指南する国の子供達に苛めは無くならない 米国に追従する安倍首相の私利私欲の友達政権を支える人々 アジアへの蔑視政策は戦争責任を認めず謝罪せず明治への回帰を続ける 日本の植民地政策の落とし子朝鮮人として...

  15. 無窮花を剪定しました - 私の短歌&アリラン・エッセー

    無窮花を剪定しました

    駐韓日本大使館前の水曜デモに、参加するために訪韓した。9月19日より2泊3日の皇帝だが、私は、その後に5巻を一人で韓国で過ごした。文在寅大統領になってから、「景福宮」に夜間でも自由に入れるようになった。シャッターを押してとお願いした人は日本に留学した家族連れだったらしく、日本から来られたのですねと。ふと空を見上げると月がぽっかりと浮かんでいた。夜間の「景福宮」に喜び、連れの人との会話に花を咲...

  16. 私の啄木 - 私の短歌&アリラン・エッセー

    私の啄木

    はたらけどはたらけど猶(なお)わが生活楽にならざりぢっと手を見る 日本の敗戦時に、炭鉱から逃げ出し山奥に隠れ住んでいた我が家は帰国が叶わなかった。父は林道工事の下請けを始めたが、我が家の暮らしは火の車だった。仕事を任せてくれた人が搾取していた事実が、彼の急死で判明した。母は、闇米、養豚、密造酒と仕事を探してきた。「女は弱しされど母は強し」であった。母と共に行動した私は読み書きの担当でもあった...

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