愛宕灯籠のタグまとめ

愛宕灯籠」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには愛宕灯籠に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「愛宕灯籠」タグの記事(20)

  1. 上賀茂でも愛宕灯籠を追加 - 手抜かりでした

    上賀茂でも愛宕灯籠を追加

    当初ないないと思っていた上賀茂。ここぞという場所でやっと見つかったのは、当然というか、上賀茂神社の北側でした。鞍馬や市原辺りの流れを汲む場所でした。が、なんと上賀茂神社の南でも出てきました。正直びっくり。ひとつは竹鼻地蔵尊というお地蔵さんおお堂の中に立っておりました。お地蔵さんということで、これもやはりインスタグラムで京都市内の地蔵マスターに教えてもらいました。京都市内はほんと、その人にお任...

  2. 太秦の愛宕灯籠、さらに追加 - 手抜かりでした

    太秦の愛宕灯籠、さらに追加

    太古の昔、それこそ松室の月読神社辺りが繁栄していたころでしょうか、秦氏が本拠地としていたらしい太秦。いや、太秦が繁栄するより前に、むしろ月読神社があったのでしょうか。よくわかりません、本当に。とにかくそんな太秦に愛宕灯籠を再発見。これまたインスタグラムのお地蔵さんハンターに教えていただきました。線路沿いの123_は見つけてあって、ちょうどの通りの南側にあります。最初からもう少し探しておけばよ...

  3. 西京極の愛宕灯籠、また追加です - 手抜かりでした

    西京極の愛宕灯籠、また追加です

    旧山陰通は愛宕スポットということで断続的に愛宕灯籠を見つけてまいりましたが、またあった。集積地、西京極。これまたインスタグラムの知り合いに教えていただきました。622_右京区西京極東町これは古いですね。お隣の家の人に尋ねてみたんですが、よくご存じありませんでした。とにかく昔からあると。しかしこうして見てみると、最初から当たり前だったのかもしれませんが、京都市内南寄りで紹介した307_も旧山陰...

  4. 松室の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    松室の愛宕灯籠

    有名な嵐山ではない。松尾大社は聞いたことはあるけど松尾っていう場所にはイメージが湧かない。その松尾ですらなく、桂と松尾の間の地。それが松室。月読神社という、かなり歴史が深そうな神社の近くに石灯籠が立っていて、それはけっこう早い段階で見つけていたのですが、当時は愛宕灯籠とは思えず放っておりました。それから一年ほど経ち、インスタグラムで明確な愛宕灯籠を教えてもらったところ松尾の近くで、探しに行っ...

  5. 京田辺市の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    京田辺市の愛宕灯籠

    少し前にマツコの知らない世界で緑茶か抹茶の特集をしていて、その時のプレゼンターが、京田辺市のお茶屋さんでした。彼曰く、京都でもっとも質の高いお茶を出すのが京田辺とのこと。へー。それが本当かどうかは別として、京田辺も茶の里だったんですね。知らなかった。20年くらい前に同志社大学ができて、受験して、遅刻して駅から長い坂道をダッシュして、落ちた、という印象しかありませんでした。そんな京田辺市にも愛...

  6. 宇治田原町の愛宕灯籠、大発見 - 手抜かりでした

    宇治田原町の愛宕灯籠、大発見

    宇治田原町自身が、広報誌で、町内に愛宕灯籠が2基あると書いていたと思っていたのですが、この度もう一度読んでみたら「記録されている」のが2基ということでした。なるほど。というわけで、記録されていない愛宕灯籠を3基発見。新たに記録にしてもらえるだろうか。473_宇治田原町奥山田602_宇治田原町湯屋谷603_宇治田原町湯屋谷603_は、ちなみに、向かいの家のおばさんに確認済です。記録されていない...

  7. 桂川沿い(東岸)に愛宕灯籠を追加 - 手抜かりでした

    桂川沿い(東岸)に愛宕灯籠を追加

    嵯峨野に区分しようかとも迷いましたが、桂川沿いにしました。その方が、なんか、純度が高いような気がします。というか、我ながらうまい分類をしたなと今になってしみじみと。446_右京区嵯峨高田町さて、ここまで堂々と「この神社の名前です」風のものは例がないです。というより、ここまで型にはまっていると、この神社が愛宕神社でないことの方が不思議なほどで、じゃあ何なんだと問えば、「三宮神社」なわけです。こ...

  8. 高島市朽木の愛宕灯籠だろうか、これは - 手抜かりでした

    高島市朽木の愛宕灯籠だろうか、これは

    これも愛宕灯籠という確認はされていません。ただ、わざわざ土地を割かれている感じがいかんともしがたく愛宕かな、と。葛川は脱したものの、安曇川沿いは安曇川沿いだし。いや、うん、我ながら無理はありますが。557_高島市朽木古川車がビュンビュン走る沿道でして、誰にお尋ねすればよいやらわかりません。誰か教えてください。目次へ

  9. 大津市葛川の愛宕灯籠かな、追加 - 手抜かりでした

    大津市葛川の愛宕灯籠かな、追加

    葛川とはいえさすがにこれは違うかなー、とは思いますが、お札箱。一応。集落の出口と入り口、二つしかないと言っていい外部との連絡口に立っています。そして、558_の方は、このすぐ北というか、坂の上が地蔵院ですので、地蔵院の足もとにある感じです。地蔵といえば、愛宕神社は勝軍地蔵ですので、縁があるよね、と。それと、この中村町の少し南の坂下町には愛宕神社と書かれた祠もあります(ただし、そう明記された灯...

  10. 市原の愛宕灯籠、追加 - 手抜かりでした

    市原の愛宕灯籠、追加

    市原の里にもまだありました。前々から見つかってはいたのですが、さすがにこれは愛宕じゃないよね、と見切っていたのです。何となく雰囲気が怖くて、電話から写真データごと削除していました。インスタグラムを介して情報提供をしてもらったのをきっかけに再度撮りに行ってきました。585_左京区静市市原町方々あちこちで色々な愛宕ものを見た結果、久々にこれを見ると完全なる愛宕でした。そもそもすぐ近くの45_によ...

  11. 岩倉の西側の愛宕灯籠、また追加 - 手抜かりでした

    岩倉の西側の愛宕灯籠、また追加

    岩倉の西側にまだありました。それも、思いがけず主要道に面しております。さすがにこれで全部だと思います。小さな岩倉集落(西側)に本当にたくさんあったものです。584_左京区岩倉上蔵町目次へ

  12. 和束町の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    和束町の愛宕灯籠

    茶の里和束町です。和束町自体がHPを作って公開してくれています。ここ行くの?という細道をぐいぐい進んで行ったら本当にあった、という感じで、HP情報なしにはまぁ見つからなかったろうなと思われます。同様の集落がきっと他にもあるんだろうなと思うと、じゃっかん途方にくれますね。それにしても、どうしてこんな茶畑の奥にまで愛宕灯籠があるのか。謎すぎます。が、ウィキペディアで宇治茶を調べると意外な記述が出...

  13. 滋賀で愛宕灯籠を追いかけ回す - 手抜かりでした

    滋賀で愛宕灯籠を追いかけ回す

    ご無沙汰になっております。目下、滋賀を中心に愛宕灯籠を追いかけましたり、想像を巡らしたりしています。これまでどおりエリアごとに小さくまとめ、記事としてここにも投稿したいのですが、なかなか追いついていません。もう少し時間がかかりそうです。京都の中でもちらほらと追加が見つかっているし、そもそも京都の全部を紹介しきれているわけでもないのですが、しばらくはインスタグラムを見ていただけると幸いです。一...

  14. 久御山町の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    久御山町の愛宕灯籠

    城陽を紹介して、ようやく南側の書き方に端緒を見いだせた気がします。次は久御山町(くみやま ちょう)。ウィキペディアによると、「久世郡」の「御牧村」と「佐山村」が合併してできた町とのこと。なかなか上手な命名だなと思います。響きがきれい。さて、それで愛宕灯籠ですが、驚いたことにここにもあります。まじで、と思わずにいられなかった。というのも、なかなか失礼な話ではありますが、久御山って元々は巨椋池と...

  15. 城陽南側の木津川周りの愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    城陽南側の木津川周りの愛宕灯籠

    城陽市内を少し南に下って、木津川沿いです。木津川沿いに神社があって、その神社に灯籠もあります。いつの段階かに神社へ移されたんではないでしょうか。川にそって集落が作られ、川に乗って文化が伝わったのでしょう。川自体は、愛宕山のある北西に向かって、愛宕山からは遠くなる南東から流れていくことを考えると、「上り」の船便が出されていたんですかね。そもそも、ここらが京下りの文化なのか、古都奈良上りの文化な...

  16. 宇治から城陽にかけての愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    宇治から城陽にかけての愛宕灯籠

    「村の境界に関する一考察」という学術論文があって、園田学園女子大学の山本紀世子という教授が講師時代の1992年に、古老の話を聞くなど当時の史実を足で追いかけて調べ上げた記録です。なので、その報告はなかなか迫力があります(論旨の良しあしはわかりません)。お地蔵さんやお祭りを「村の境界を示すもの」として扱っており、愛宕灯籠は「お地蔵さんの他にも・・・」程度の扱いです。これには、「道祖神的な役割と...

  17. 高島市の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    高島市の愛宕灯籠

    愛宕捜索を始めて以来、長らくの間、最北でありつづけているのが高島市のこの灯籠です。233_高島市安曇川町田中正直、どうしてここにあるのかさっぱりわかりません。移設されてここへきているようですが、それしたって何十キロも移動させたわけではないでしょうから、元々高島辺りなんだろうと思われます。西近江路の果てなのかもしれませんが、西近江路という意味では、この灯籠の一つ南が比良の451_で、だいぶ離れ...

  18. 大津市比良の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    大津市比良の愛宕灯籠

    これまで右手に琵琶湖に見ながら西近江路を北上してきました。ウィキペディアによると西近江路は大津市衣川というところから始まるそうですが、その真隣というか一部みたいになっているのが堅田です。その堅田に端を発し、真野→小野→和邇→蓬莱→木戸→荒川と、もう石灯籠にあふれておりました。湖西のみならず滋賀の灯籠文化はすごいとしか言いようがないというのが実感です。で、名もなき灯籠たちに紛れて確かな存在感を...

  19. 湖西山側にも愛宕灯籠を追加 - 手抜かりでした

    湖西山側にも愛宕灯籠を追加

    同じ伊香立の下龍華では見つかっていたので、上龍華にないはずはない、と思いつつも一向に見つけ出せずにいました。それがようやく見つかりました。しかも、あるべきところにちゃんとあった、という感じです。けっこう熱心に探していたつもりだったんですが、まだまだ甘かったです。457_大津市伊香立上竜華町とにかく、これでぐぐっと山に入り込みました。相変わらず、大原以北(以東)の古知平や小出石、途中峠、さらに...

  20. 物集女に愛宕灯籠を追加 - 手抜かりでした

    物集女に愛宕灯籠を追加

    嵐山から松尾神社を経由して桂へと至る南北の一帯に、仮に一続きの意味や一体感があると仮定すれば、その背骨の少なくとも一部になっているのが物集女街道ということになります。物集女の愛宕灯籠としてくくったのは、山陰街道や西国街道という東西のラインへのアンチテーゼとして、南北ラインを示したいという愛宕的野心だったのでしょう。なるほど、若き日の(1年以内だけど)その野心は、今もなお正鵠を射ているのではな...

1 - 20 / 総件数:20 件

似ているタグ