愛宕灯籠のタグまとめ

愛宕灯籠」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには愛宕灯籠に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「愛宕灯籠」タグの記事(24)

  1. 岩倉の西側の愛宕灯籠、また追加 - 手抜かりでした

    岩倉の西側の愛宕灯籠、また追加

    岩倉の西側にまだありました。それも、思いがけず主要道に面しております。さすがにこれで全部だと思います。小さな岩倉集落(西側)に本当にたくさんあったものです。584_左京区岩倉上蔵町目次へ

  2. 和束町の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    和束町の愛宕灯籠

    茶の里和束町です。和束町自体がHPを作って公開してくれています。ここ行くの?という細道をぐいぐい進んで行ったら本当にあった、という感じで、HP情報なしにはまぁ見つからなかったろうなと思われます。同様の集落がきっと他にもあるんだろうなと思うと、じゃっかん途方にくれますね。それにしても、どうしてこんな茶畑の奥にまで愛宕灯籠があるのか。謎すぎます。が、ウィキペディアで宇治茶を調べると意外な記述が出...

  3. 滋賀で愛宕灯籠を追いかけ回す - 手抜かりでした

    滋賀で愛宕灯籠を追いかけ回す

    ご無沙汰になっております。目下、滋賀を中心に愛宕灯籠を追いかけましたり、想像を巡らしたりしています。これまでどおりエリアごとに小さくまとめ、記事としてここにも投稿したいのですが、なかなか追いついていません。もう少し時間がかかりそうです。京都の中でもちらほらと追加が見つかっているし、そもそも京都の全部を紹介しきれているわけでもないのですが、しばらくはインスタグラムを見ていただけると幸いです。一...

  4. 久御山町の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    久御山町の愛宕灯籠

    城陽を紹介して、ようやく南側の書き方に端緒を見いだせた気がします。次は久御山町(くみやま ちょう)。ウィキペディアによると、「久世郡」の「御牧村」と「佐山村」が合併してできた町とのこと。なかなか上手な命名だなと思います。響きがきれい。さて、それで愛宕灯籠ですが、驚いたことにここにもあります。まじで、と思わずにいられなかった。というのも、なかなか失礼な話ではありますが、久御山って元々は巨椋池と...

  5. 城陽南側の木津川周りの愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    城陽南側の木津川周りの愛宕灯籠

    城陽市内を少し南に下って、木津川沿いです。木津川沿いに神社があって、その神社に灯籠もあります。いつの段階かに神社へ移されたんではないでしょうか。川にそって集落が作られ、川に乗って文化が伝わったのでしょう。川自体は、愛宕山のある北西に向かって、愛宕山からは遠くなる南東から流れていくことを考えると、「上り」の船便が出されていたんですかね。そもそも、ここらが京下りの文化なのか、古都奈良上りの文化な...

  6. 宇治から城陽にかけての愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    宇治から城陽にかけての愛宕灯籠

    「村の境界に関する一考察」という学術論文があって、園田学園女子大学の山本紀世子という教授が講師時代の1992年に、古老の話を聞くなど当時の史実を足で追いかけて調べ上げた記録です。なので、その報告はなかなか迫力があります(論旨の良しあしはわかりません)。お地蔵さんやお祭りを「村の境界を示すもの」として扱っており、愛宕灯籠は「お地蔵さんの他にも・・・」程度の扱いです。これには、「道祖神的な役割と...

  7. 高島市の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    高島市の愛宕灯籠

    愛宕捜索を始めて以来、長らくの間、最北でありつづけているのが高島市のこの灯籠です。233_高島市安曇川町田中正直、どうしてここにあるのかさっぱりわかりません。移設されてここへきているようですが、それしたって何十キロも移動させたわけではないでしょうから、元々高島辺りなんだろうと思われます。西近江路の果てなのかもしれませんが、西近江路という意味では、この灯籠の一つ南が比良の451_で、だいぶ離れ...

  8. 大津市比良の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    大津市比良の愛宕灯籠

    これまで右手に琵琶湖に見ながら西近江路を北上してきました。ウィキペディアによると西近江路は大津市衣川というところから始まるそうですが、その真隣というか一部みたいになっているのが堅田です。その堅田に端を発し、真野→小野→和邇→蓬莱→木戸→荒川と、もう石灯籠にあふれておりました。湖西のみならず滋賀の灯籠文化はすごいとしか言いようがないというのが実感です。で、名もなき灯籠たちに紛れて確かな存在感を...

  9. 湖西山側にも愛宕灯籠を追加 - 手抜かりでした

    湖西山側にも愛宕灯籠を追加

    同じ伊香立の下龍華では見つかっていたので、上龍華にないはずはない、と思いつつも一向に見つけ出せずにいました。それがようやく見つかりました。しかも、あるべきところにちゃんとあった、という感じです。けっこう熱心に探していたつもりだったんですが、まだまだ甘かったです。457_大津市伊香立上竜華町とにかく、これでぐぐっと山に入り込みました。相変わらず、大原以北(以東)の古知平や小出石、途中峠、さらに...

  10. 物集女に愛宕灯籠を追加 - 手抜かりでした

    物集女に愛宕灯籠を追加

    嵐山から松尾神社を経由して桂へと至る南北の一帯に、仮に一続きの意味や一体感があると仮定すれば、その背骨の少なくとも一部になっているのが物集女街道ということになります。物集女の愛宕灯籠としてくくったのは、山陰街道や西国街道という東西のラインへのアンチテーゼとして、南北ラインを示したいという愛宕的野心だったのでしょう。なるほど、若き日の(1年以内だけど)その野心は、今もなお正鵠を射ているのではな...

  11. 花脊の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    花脊の愛宕灯籠

    幡枝人さんから情報提供いただきました。驚きの花脊。松上げあるところ灯籠なし、の理論で行くと花脊に愛宕灯籠はないはずでした。が、ありました。しかし、幡枝人さんがすでに先回りして、松上げをしているのは花脊でも八桝という場所で、この灯籠がある別所というところは、同じ花脊でも南側だと教えてくれたのです。なるほど!そういうわけで、鞍馬の奥の奥の奥へとえんやこら行ってきました。九十九折りという言葉そのま...

  12. 旧田中村の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    旧田中村の愛宕灯籠

    出町柳を拠点駅とする叡山電鉄、略して叡電に「元田中」という駅があります。変な名前だなと思っていたら、すぐ近くに田中神社という有名じゃないけど大きな神社があるのでした。構えなんかもかなり立派です。孔雀までいます。創建は863年という話もあるそうで、めちゃくちゃ古いです。そして、田中神社の辺りを昔は田中村といっていました。日文研に古地区データベースがあるのですが、そこに収蔵されている「古今都細見...

  13. 大枝の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    大枝の愛宕灯籠

    大枝と書いて「おおえ」と読みます。昔は「おおい」と呼んでいて、それが京都と亀岡の間の「老ノ坂」になったという説もあります。そして、鬼で有名な大江山も実はここじゃないか、少なくも、ここも「オオエヤマ」で、鬼のような悪党が山中に潜んでは、夜な夜な京の都を脅かしていたのだろう、といわれています。なるほど、距離感的にはこちらの方が非常にすっきりしますね。酒呑童子の首塚もあるし。さて、そんな大枝の旧山...

  14. 大原野・沓掛に愛宕灯籠を追加 - 手抜かりでした

    大原野・沓掛に愛宕灯籠を追加

    大原野に一基、追加で発見しました。森神社のほど近く、089_のすぐ最寄りにありました。これだけ近いのも珍しいし、見れば見るほど寺社仏閣が密集していることがわかります。今日でも、左京区の比叡山のふもと辺り、一乗寺や修学院の山側には寺社が密集し、地域全体に底冷えしてむせ返るような稠密な静謐感がありますが、大原野の山よりも元はそんな感じだったのかもしれません。京都縦貫道も罪作りです。というか、小塩...

  15. 南丹市内の亀岡盆地の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    南丹市内の亀岡盆地の愛宕灯籠

    園部町では南丹市の観光パンフを紹介しましたが、同じものでも仕方ないので、市民向けの市勢要覧というのを紹介いたします。表と裏で別になっております。この地図でも四分割されているというか、市の成り立ちがそもそも四つの地域の合併なのですね。位置的には下から二つ目、園部町の一つ上の東側が八木町です。市役所は園部にありますし園部の方が有名なのですが、起源的には八木の方が古いようです。山陰街道が一筋通って...

  16. 南丹市園部周辺の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    南丹市園部周辺の愛宕灯籠

    どうしてこういう行政区画をしてしまったのか、南丹市。北は茅葺屋根の集落で有名な美山から、南は先日亡くなった野中広務で有名な園部町まで、どう考えても全然違う文化圏を含んでいます。南丹市がきれいな観光ガイドを出していて、地図もついていますので、ぜひご覧ください。力作だと思います。さて、山陰街道をウィキペディアで見てみます。京の七口の一つとされる丹波口を起点として、樫原を経由し老の坂を越えて丹波国...

  17. 上賀茂の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    上賀茂の愛宕灯籠

    松上げのできないところに愛宕灯籠、というのがこのブログでの愛宕灯籠の扱いです。本当の愛宕信仰は松上げという一種の山焼きであり、山がないとか木がないとか人里に近いとか、そういう理由で盛大な山焼きをできないところに置かれる縮小版の炎が愛宕灯籠という説です。(ちなみに、松上げと五山の送り火は全く別のものです。)そういう意味では、愛宕の火伏信仰の本質は「火をもって火を制す」なのかもしれません。火の神...

  18. 西加茂の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    西加茂の愛宕灯籠

    上賀茂から賀茂川を渡って西側が西賀茂です。ここでも2つ見つかりました。京都市内北寄りの060_の近くというか、それよりも北西ですね。驚いたことに、今回の2つと既出の060_がまったく一直線上です。奇遇ですね。しかも、火袋の上にお札置きの小窓という形態もよく似ています。偶然といえば偶然かもしれないけれど、何らかの一貫性を見出したくなるのが人情。440_北区西加茂北鎮守菴町441_北区西加茂光院...

  19. 宕陰地区の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    宕陰地区の愛宕灯籠

    愛宕神社に最も近い愛宕灯籠ではないかと思います。356_。この仕事(じゃないけど)をするまで知らなかったのですが、この辺りを宕陰(とういん)地区というのです。まんま、愛宕山の陰ということで、過去には愛宕神社への参拝者の宿坊などもあったという。素敵なサイトやマップが用意されていますので、ぜひご覧ください。356_右京区嵯峨樒原宮ノ上町実際行ってみても、なんかこう、圧倒されます。その名も樒原(し...

  20. 淀の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    淀の愛宕灯籠

    久世の追加で書きました桂川にぶつかるところの愛宕灯籠です。ぱっと見、鳥羽街道の延長上なのですが、何せ桂川を渡っています。なので街道上ではないと思うのです。406_伏見区淀樋爪町気になるのは2点でその辺りが鳥羽街道からの渡し船の船着き場だったのか(だったら鳥羽街道の延長ってことかもしれません)淀とか納所という、今は立派な橋のかかっている周辺に灯籠がないか(あれば、橋を通じて一つの淀文化圏になる...

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