愛宕灯籠のタグまとめ

愛宕灯籠」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには愛宕灯籠に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「愛宕灯籠」タグの記事(30)

  1. 神君伊賀越えと愛宕灯籠② - 手抜かりでした

    神君伊賀越えと愛宕灯籠②

    [つづき]さぁ、早速、愛宕灯籠マップです。黄色が定説、緑が新説、オレンジはさらに新説。ベッドのマークは宇治田原町郷之口と小川です。そういうわけで、愛宕灯籠の数的に、神君伊賀越えルートは以下の通りになります。6/2 四条畷→星田→私市→寺→(かいがけの道)→天王→多々羅→草内→奈島→郷之口/泊6/3 郷之口→岩山→湯屋谷→奥山田→小川/泊6/4 小川→多羅尾→諏訪→石川→田中→友田→柘植定説ル...

  2. 神君伊賀越えと愛宕灯籠① - 手抜かりでした

    神君伊賀越えと愛宕灯籠①

    東京の芝にも愛宕神社があってその急な階段、出世階段で有名なようですが、東京へ愛宕神社を持って行ったのは徳川家康なんだそうです。家康公直々の勧請ですから、江戸ではさぞ大きな顔をしていたんじゃないでしょうか。持って行った愛宕神社は何故か京都市右京区のそれではなく、なんと、信楽のものだそう。それがここ。陶器神社と愛宕神社が同時に祀られているようです。まぁ、製陶では火を使いますから、合理的といえば合...

  3. 上賀茂でも愛宕灯籠を追加 - 手抜かりでした

    上賀茂でも愛宕灯籠を追加

    当初ないないと思っていた上賀茂。ここぞという場所でやっと見つかったのは、当然というか、上賀茂神社の北側でした。鞍馬や市原辺りの流れを汲む場所でした。が、なんと上賀茂神社の南でも出てきました。正直びっくり。ひとつは竹鼻地蔵尊というお地蔵さんおお堂の中に立っておりました。お地蔵さんということで、これもやはりインスタグラムで京都市内の地蔵マスターに教えてもらいました。京都市内はほんと、その人にお任...

  4. 西京極の愛宕灯籠、また追加です - 手抜かりでした

    西京極の愛宕灯籠、また追加です

    旧山陰通は愛宕スポットということで断続的に愛宕灯籠を見つけてまいりましたが、またあった。集積地、西京極。これまたインスタグラムの知り合いに教えていただきました。622_右京区西京極東町これは古いですね。お隣の家の人に尋ねてみたんですが、よくご存じありませんでした。とにかく昔からあると。しかしこうして見てみると、最初から当たり前だったのかもしれませんが、京都市内南寄りで紹介した307_も旧山陰...

  5. 松室の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    松室の愛宕灯籠

    有名な嵐山ではない。松尾大社は聞いたことはあるけど松尾っていう場所にはイメージが湧かない。その松尾ですらなく、桂と松尾の間の地。それが松室。月読神社という、かなり歴史が深そうな神社の近くに石灯籠が立っていて、それはけっこう早い段階で見つけていたのですが、当時は愛宕灯籠とは思えず放っておりました。それから一年ほど経ち、インスタグラムで明確な愛宕灯籠を教えてもらったところ松尾の近くで、探しに行っ...

  6. 宇治田原町の愛宕灯籠、大発見 - 手抜かりでした

    宇治田原町の愛宕灯籠、大発見

    宇治田原町自身が、広報誌で、町内に愛宕灯籠が2基あると書いていたと思っていたのですが、この度もう一度読んでみたら「記録されている」のが2基ということでした。なるほど。というわけで、記録されていない愛宕灯籠を3基発見。新たに記録にしてもらえるだろうか。473_宇治田原町奥山田602_宇治田原町湯屋谷603_宇治田原町湯屋谷603_は、ちなみに、向かいの家のおばさんに確認済です。記録されていない...

  7. 大津市葛川の愛宕灯籠かな、追加 - 手抜かりでした

    大津市葛川の愛宕灯籠かな、追加

    葛川とはいえさすがにこれは違うかなー、とは思いますが、お札箱。一応。集落の出口と入り口、二つしかないと言っていい外部との連絡口に立っています。そして、558_の方は、このすぐ北というか、坂の上が地蔵院ですので、地蔵院の足もとにある感じです。地蔵といえば、愛宕神社は勝軍地蔵ですので、縁があるよね、と。それと、この中村町の少し南の坂下町には愛宕神社と書かれた祠もあります(ただし、そう明記された灯...

  8. 宇治から城陽にかけての愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    宇治から城陽にかけての愛宕灯籠

    「村の境界に関する一考察」という学術論文があって、園田学園女子大学の山本紀世子という教授が講師時代の1992年に、古老の話を聞くなど当時の史実を足で追いかけて調べ上げた記録です。なので、その報告はなかなか迫力があります(論旨の良しあしはわかりません)。お地蔵さんやお祭りを「村の境界を示すもの」として扱っており、愛宕灯籠は「お地蔵さんの他にも・・・」程度の扱いです。これには、「道祖神的な役割と...

  9. 高島市の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    高島市の愛宕灯籠

    愛宕捜索を始めて以来、長らくの間、最北でありつづけているのが高島市のこの灯籠です。233_高島市安曇川町田中正直、どうしてここにあるのかさっぱりわかりません。移設されてここへきているようですが、それしたって何十キロも移動させたわけではないでしょうから、元々高島辺りなんだろうと思われます。西近江路の果てなのかもしれませんが、西近江路という意味では、この灯籠の一つ南が比良の451_で、だいぶ離れ...

  10. 花脊の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    花脊の愛宕灯籠

    幡枝人さんから情報提供いただきました。驚きの花脊。松上げあるところ灯籠なし、の理論で行くと花脊に愛宕灯籠はないはずでした。が、ありました。しかし、幡枝人さんがすでに先回りして、松上げをしているのは花脊でも八桝という場所で、この灯籠がある別所というところは、同じ花脊でも南側だと教えてくれたのです。なるほど!そういうわけで、鞍馬の奥の奥の奥へとえんやこら行ってきました。九十九折りという言葉そのま...

  11. 大枝の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    大枝の愛宕灯籠

    大枝と書いて「おおえ」と読みます。昔は「おおい」と呼んでいて、それが京都と亀岡の間の「老ノ坂」になったという説もあります。そして、鬼で有名な大江山も実はここじゃないか、少なくも、ここも「オオエヤマ」で、鬼のような悪党が山中に潜んでは、夜な夜な京の都を脅かしていたのだろう、といわれています。なるほど、距離感的にはこちらの方が非常にすっきりしますね。酒呑童子の首塚もあるし。さて、そんな大枝の旧山...

  12. 南丹市内の亀岡盆地の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    南丹市内の亀岡盆地の愛宕灯籠

    園部町では南丹市の観光パンフを紹介しましたが、同じものでも仕方ないので、市民向けの市勢要覧というのを紹介いたします。表と裏で別になっております。この地図でも四分割されているというか、市の成り立ちがそもそも四つの地域の合併なのですね。位置的には下から二つ目、園部町の一つ上の東側が八木町です。市役所は園部にありますし園部の方が有名なのですが、起源的には八木の方が古いようです。山陰街道が一筋通って...

  13. 南丹市園部周辺の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    南丹市園部周辺の愛宕灯籠

    どうしてこういう行政区画をしてしまったのか、南丹市。北は茅葺屋根の集落で有名な美山から、南は先日亡くなった野中広務で有名な園部町まで、どう考えても全然違う文化圏を含んでいます。南丹市がきれいな観光ガイドを出していて、地図もついていますので、ぜひご覧ください。力作だと思います。さて、山陰街道をウィキペディアで見てみます。京の七口の一つとされる丹波口を起点として、樫原を経由し老の坂を越えて丹波国...

  14. 上賀茂の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    上賀茂の愛宕灯籠

    松上げのできないところに愛宕灯籠、というのがこのブログでの愛宕灯籠の扱いです。本当の愛宕信仰は松上げという一種の山焼きであり、山がないとか木がないとか人里に近いとか、そういう理由で盛大な山焼きをできないところに置かれる縮小版の炎が愛宕灯籠という説です。(ちなみに、松上げと五山の送り火は全く別のものです。)そういう意味では、愛宕の火伏信仰の本質は「火をもって火を制す」なのかもしれません。火の神...

  15. 西加茂の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    西加茂の愛宕灯籠

    上賀茂から賀茂川を渡って西側が西賀茂です。ここでも2つ見つかりました。京都市内北寄りの060_の近くというか、それよりも北西ですね。驚いたことに、今回の2つと既出の060_がまったく一直線上です。奇遇ですね。しかも、火袋の上にお札置きの小窓という形態もよく似ています。偶然といえば偶然かもしれないけれど、何らかの一貫性を見出したくなるのが人情。440_北区西加茂北鎮守菴町441_北区西加茂光院...

  16. 宕陰地区の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    宕陰地区の愛宕灯籠

    愛宕神社に最も近い愛宕灯籠ではないかと思います。356_。この仕事(じゃないけど)をするまで知らなかったのですが、この辺りを宕陰(とういん)地区というのです。まんま、愛宕山の陰ということで、過去には愛宕神社への参拝者の宿坊などもあったという。素敵なサイトやマップが用意されていますので、ぜひご覧ください。356_右京区嵯峨樒原宮ノ上町実際行ってみても、なんかこう、圧倒されます。その名も樒原(し...

  17. 久世の愛宕灯籠、追加 - 手抜かりでした

    久世の愛宕灯籠、追加

    ここも久世なのか、というところに倉掛神社という神社があって、その境内に、土を盛って作ったミニ愛宕山が形成されていました。その頂に灯籠。まさに愛宕灯籠。422_南区久世東土川久世から向日へ抜けていく西国街道からは少し外れており、そういう意味では、向日の389_と似たような位置取りになっています。ただ、このままドスンと南に突き抜けると、桂川にぶつかるところにも1基確認されていますので、南北の線で...

  18. 大津市千野の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    大津市千野の愛宕灯籠

    既に大津市山寄りで取り上げた大津市千野ですが、妙に気になって本腰を入れて探してみました。そしたらすごかった。興奮が止められない。集落全体の雰囲気が何となく秘め事なのです。いかんともしがたく、しかし、そこはかとなく密事。道が細いとか、建物が古いとか、喧噪が無いとか、そういうことにとどまらない風情。そういうのがビシビシ伝わってきます。きょろきょろしながら歩いていると、(略)比叡山延暦寺の第18世...

  19. 修学院の愛宕灯籠、追加 - 手抜かりでした

    修学院の愛宕灯籠、追加

    修学院、赤山禅院のすぐ近く、極めて頻繁に前を通りがかっている灯籠です。お地蔵さんと一緒に並んでいるので、お地蔵さん用の石灯籠だと頭っから思い込んで確認もしておりませんでした。近くにある明確な愛宕灯籠とは様式・形式も著しく異なっているし。しかし、宇治川沿いの386_など、地蔵と一緒にある石灯籠にもよくよく見ると「愛宕」の何かが彫られているというケースが散見され始めまして、ちょっと目を凝らしてみ...

  20. 醍醐寺周辺の愛宕灯籠 - 手抜かりでした

    醍醐寺周辺の愛宕灯籠

    市内の北側に住んでいるとあまり馴染みがなく、南というと一気に平等院鳳凰堂まで意識が飛んでしまうのですが、その格たるや、星の数ほどある京都の寺社仏閣の中でも最有力の部類に入るのではないでしょうか、醍醐寺。なんといっても時の天皇陛下の庇護を受け、時の征夷大将軍・太閤秀吉の庇護を受けています。ハンパないです。ウィキペディアによると、しかし、元々は修験者の霊場だったようで、その点は愛宕神社と同じです...

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