戊辰戦争のタグまとめ

戊辰戦争」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには戊辰戦争に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「戊辰戦争」タグの記事(23)

  1. 2021年戊辰殉難者秋季祭典 - 漆器もある生活

    2021年戊辰殉難者秋季祭典

    9月23日、「2021年戊辰殉難者秋季祭典」を執り行いました。今年もコロナウィルス感染防止のため、会津弔霊義会の役員のみでの開催です。9時、長命寺で法要を行いました。「戦死墓」は、今日も静かです。時がゆるやかに過ぎていきます。

  2. 2021年戊辰殉難者春季祭典 - 漆器もある生活

    2021年戊辰殉難者春季祭典

    2021年戊辰殉難者春季祭典は、コロナウィルス感染防止のため、会津弔霊義会の役員のみで4月23日開催されました。午前9時より、長命寺での慰霊です。例年ですと満開の戦死墓の桜も、今年はもう散ってしまいました。1週間くらい早いでしょうか。

  3. 白河の会津銷魂碑を訪ねる - 漆器もある生活

    白河の会津銷魂碑を訪ねる

    戊辰戦争激戦地の白河市稲荷山ある会津藩士の銷魂碑をやっと訪ねられました。旧奥羽街道脇にひっそりと立っています。1868年5月1日の激戦で約700名の会津藩士が戦死しました。

  4. 鶴ヶ岡城址に行ってきた - 歴史と素適なおつきあい

    鶴ヶ岡城址に行ってきた

    歴史と素適なおつきあい番外編2019・4・11鶴岡城址公園城主は鎌倉時代大泉氏で、地頭だった。室町時代は武藤長守で、大宝城といわれた。武藤義氏のころ全盛となり、義氏は家臣が最上氏と手を組んだため、自害に追い込まれた。その後上杉氏、最上氏との争奪戦になったが、上杉景勝が勝利し、尾浦城の支城となった。その後、検地で一揆が起こり、落城、その後直江兼続は越後兵を常駐させる。関ヶ原の戦いのあと、最上義...

  5. 攬勝亭その後 - 漆器もある生活

    攬勝亭その後

    皆様のご支援をいただきながらの攬勝亭保存運動でしたが、残念ながら会津若松市長の理解を得られぬまま、破壊、分譲地工事が進んでいます。といっても大きな庭木の特殊伐採など、大変な工事のようです。1月後半に、市文化課から「緑地には容保公の歌碑 と享保19年の九華堂東三句碑のみ残す」との連絡が市会議員と通じて突然ありました。急遽、石碑や石造物の救出活動が始まりました。お茶室前の攬勝亭碑。見事な字ですが...

  6. 2020年戊辰殉難者秋季祭典 - 漆器もある生活

    2020年戊辰殉難者秋季祭典

    コロナウィルスのため、春に続き、本年の戊辰殉難者秋季祭典は会津弔霊義会の役員のみで開催しました。午前9時より、長命寺本堂で厳粛に執り行いました。コロナウィルス感染防止のため、ソーシャル・ディスタンスを保っての着座です。

  7. 爪痕 - summicron

    爪痕

    ここは戊辰戦争のとき(上野戦争)の戦場だった彰義隊260名が戦死谷中の墓地の近くのお寺さんには門の扉に今でも鉄砲の玉の跡がの残ってる穴は元々小さかった、近所の子供達が指を入れて遊んでいたらしく今の穴になったらしい

  8. 容保公の歌碑には、御成の日が刻んであった! - 攬勝亭(らんしょうてい)物語

    容保公の歌碑には、御成の日が刻んであった!

    安政六御成己未年十月十九日.以前ご紹介した2009年刊行の「福島の歌碑」。筆者の今野さんの証言によれば、当時の手帳に上記のように書いてあり、碑に刻まれていたと記憶している、とのことでした。容保公の歌碑は、倒れて埋もれかけた状態で見つかりました。その時右肩部分は苔が生えていました。その後、もりの案内人さんが手入れされたときでしょうか起こしてくださったお蔭で苔が乾いてきました。今回、そっと苔を払...

  9. 武士に忠義を求めるな⑥~楢山佐渡武士道を世界にきっかけになった侍②~ - Shinanonobushi's Blog

    武士に忠義を求めるな⑥~楢山佐渡武士道を世界にきっかけ...

    前回の続きに候。楢山佐渡は、新政府の動向や実態を探るため京都に入ったところまでお話し申した。で、京都に入った佐渡が見たものは、薩長などのいわゆる新政府軍側の兵士が京都で横暴を働いている有様にござった。一部を除けば地方の下士や郷士といった者たちが時流にのって勝った側に立ったわけにて候。ゆえに、驕りもあったのでござろう。酒に女に金に汚くない連中が跋扈している状態でござった。……これが天朝様の軍の...

  10. 2020年戊辰殉難者春季慰霊祭 - 漆器もある生活

    2020年戊辰殉難者春季慰霊祭

    4月23日、2020年戊辰殉難者春季祭典が執り行われました。激戦地だった長命寺の桜が一段ときれいです。今年は、新型コロナウィルスの感染防止のため、16名の役員のみで執り行いました。

  11. 攬勝亭は会津藩と密接な関係のある庭福島民報 - 攬勝亭(らんしょうてい)物語

    攬勝亭は会津藩と密接な関係のある庭福島民報

    今朝(4月21日)の福島民報の記事です。攬勝亭が会津藩と密接な関係のある庭であったことを、渡辺東郊が戊辰後に描いた画と、江戸後期の儒学者安積艮斎(ごんさい)が記した「攬勝亭記」から裏付ける記事が載りました。安積国造神社の宮司様からは、攬勝亭を守る会に「艮斎文略続巻一」所収の「攬勝亭記」部分の画像をご提供いただいております。漢文なので😅読み方も詳しく教えていただきました...

  12. 渡辺東郊の攬勝亭十景画からわかること - 攬勝亭(らんしょうてい)物語

    渡辺東郊の攬勝亭十景画からわかること

    画を見ると、背炙り山にを背にしていますし、右手に路地門が見えていて、一応の区切りになっているようなので、当初の門は敷地の南西隅に在ったと言うことになります。現在の門より南だったという言い伝えにも符合しています。鄙びた冠木門の脇に芝垣が巡っていて質素ですが趣のある風情です。更に驚くことには、当初の場所とおぼしき場所に今でも同じ碑が立っているではありませんか!!画では碑の斜め後ろに見える小ぶりの...

  13. 2019年戊辰殉難者秋季慰霊祭 - 漆器もある生活

    2019年戊辰殉難者秋季慰霊祭

    9月23日10時から、長命寺の戦死墓前にて、2019年戊辰殉難者秋季慰霊祭が執り行われました。今回は、初めて副住職が読経です。衣の色も変わりました。同じく11時からは、阿弥陀寺本堂で慰霊祭が執り行われました。台風の影響か、かなり蒸し暑い日でした。

  14. 桑名観光「七里の渡し」、締めはやっぱりスイーツだな - SAMとデルソルの「お日様がまぶしい」

    桑名観光「七里の渡し」、締めはやっぱりスイーツだな

    この日は桑名市博物館で「戊辰戦争と桑名藩」展が開催中、これは見ないとだめでしょと訪問した。桑名藩の立場から戊辰戦争を詳しく紹介していてとても興味深いものだった。(今風に言うとスピンオフかな?) 桑名と言えば「焼きハマグリ」と言うことで、マンホールは蛤。そして次なる観光史跡はここ「七里の渡し」京都三条大橋から江戸日本橋に続くで唯一海路があった、それが桑名宿から宮宿(愛知県熱田区)の間。この間が...

  15. 会津藩家老萱野権兵衛150回忌 - 漆器もある生活

    会津藩家老萱野権兵衛150回忌

    5月19日、戊辰戦争の会津藩の責任を一身に負って刑死した萱野権兵衛の150回忌が、芝白金の興禅寺で執り行われました。昨年は戊辰150年でしたが、戊辰から明治に変わった年は戊辰の役が終了したのではなく、会津にとっては新たな苦難の始まりだったとも言えます。

  16. 新潟大神宮「殉節之碑」再発見の物語ロビー展 - 漆器もある生活

    新潟大神宮「殉節之碑」再発見の物語ロビー展

    「写真でたどる知られざる戊辰史新潟大神宮「殉節之碑」再発見の物語」展が始まりました。第四銀行会津支店ロビーにて、11月末までの開催です。「戊辰役東軍慰霊碑」建立と、旧新潟大学本部跡地で発掘された92柱を埋葬した慰霊碑、会津藩士慰霊碑殉節之碑の2つの再発見と、3つの話が錯綜して、なかなか難しい説明となってしまいました。そして発見以降、殉節之碑慰霊祭を毎年執り行っていただいている新潟県の方々の話...

  17. 会津藩公行列へ行く!⑧ 150周年(2018.9.23) - 風の中で~

    会津藩公行列へ行く!⑧ 150周年(2018.9.23)

    さてさて、お彼岸の時に行われた、会津藩公行列。思うところがあって、今年は綾瀬はるかが来なくても行こうと決めていました。思うところとは、去年の末に、絵の先生がカレンダー作成の依頼があり、南会津の地を訪ねたそうです。カレンダー依頼は、150周年と言う事で…巷では、150年と言うと”維新”と言う事ですが、会津では”戊辰”と言う事になります。戊辰戦争の跡地を訪ねスケッチして、古老の話しを聞いてきたそ...

  18. 戊辰150年平成30年度戊辰殉難者秋季祭典 - 漆器もある生活

    戊辰150年平成30年度戊辰殉難者秋季祭典

    9月23日10時より、長命寺で戊辰殉難者秋季祭典が執り行われました。本年は戊辰150年、節目の年でもあります。戦死墓とのみ記された墓石を前に、本年も戊辰戦争で無念の戦死をした会津藩士を弔います。戦死者の霊を弔うかのように、彼岸花がきれいに咲いていました。

  19. 毘沙門通りの町屋の解体 - 浦佐地域づくり協議会のブログ

    毘沙門通りの町屋の解体

    浦佐地域づくり協議会の事務室には、毎日多くに人が訪れます。今日も何組かの方が事務室で打ち合わせや、情報提供をされていきます。本当はもっとゆっくり"茶飲み話"を楽しめると・・・良いのですが。今夜の"月齢は2.7"満月は先月末でしたが、今月が"中秋の名月"となるのでしょうか?陽も随分と短くなって、ゆっくりお月さまを眺める時間欲しいと思う...

  20. 殉節之碑を発見! - 漆器もある生活

    殉節之碑を発見!

    昭和63年に新潟県護国神社に戊辰役東軍慰霊碑を建立にするにあたり、石材店主に相談したところ、「子供の頃、祖父から新潟大神宮の境内に会津の碑を建てた、と聞いた覚えがある」と、意外な話になりました。新潟大神宮の宮司も知らないと言います。境内を調べたところ、それらしき碑を発見するも、一面苔むして字は砂に埋まってしまっていて全く読めません。石材店に頼み、碑をきれいに洗ってもらいます。

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