承元の法難のタグまとめ

承元の法難」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには承元の法難に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「承元の法難」タグの記事(5)

  1. 「戦争と本願寺③」 - 「親鸞さんと生きる」

    「戦争と本願寺③」

    ■■■第5章「(補足2)本願寺の歴史」★5-20「戦争と本願寺③」 ■戦時教学 「戦時教学」という言葉が使われることがあります。新しい教学が作られたのかというと、そういう意味ではありません。これまでお話してきましたように、本願寺成立時から基本的な念仏理解は何も変わっていません。明治大正昭和の戦争の時代も、覚如存覚や蓮如などと同様の念仏理解を持ちながら本願寺は生きています。ただ、戦争という特殊...

  2. 「『承元の法難』・・・権力からの念仏弾圧⑤」 - 「親鸞さんと生きる」

    「『承元の法難』・・・権力からの念仏弾圧⑤」

    ■■■第4章「(補足1)神と仏」★4-10「『承元の法難』・・・権力からの念仏弾圧⑤」 ■延暦寺奏状 旧仏教勢力の中で動き出したのは、延暦寺と興福寺でした。★4-7でお話しましたように、1204年に延暦寺のお坊さんたちが専修念仏の停止を言い出しました。この時の内容を私は確認できていません。しかし1224年に延暦寺から朝廷に出された上奏文は見ることが出来ます。項目だけ列挙しますと次の通りです。...

  3. 「『承元の法難』・・・権力からの念仏弾圧④」 - 「親鸞さんと生きる」

    「『承元の法難』・・・権力からの念仏弾圧④」

    ■■■第4章「(補足1)神と仏」★4-9「『承元の法難』・・・権力からの念仏弾圧④」 ■人間社会の構造 これまでのところで、この事件が専修念仏の本質にかかわるものであり、それが本来の仏教に立とうとするがゆえの弾圧であるということをお話してきました。何度も繰り返しになって恐縮ですが、親鸞さんの念仏を理解する上での、もっとも重要な部分だと思っています。★4-6の「専修念仏をきらう人たちと理由・・...

  4. 「『承元の法難』・・・権力からの念仏弾圧③」 - 「親鸞さんと生きる」

    「『承元の法難』・・・権力からの念仏弾圧③」

    ■■■第4章「(補足1)神と仏」★4-8「『承元の法難』・・・権力からの念仏弾圧③」 ■弾圧の理由 「ひそかにおもんみれば、聖道の諸教は行証久しく廃れ、浄土の真宗は証道いま盛んなり。しかるに諸寺の釈門、教に昏くして真仮の門戸を知らず、洛都の儒林、行に迷ひて邪正の道路を弁(わきま)ふることなし。こころもつて興福寺の学徒、太上天皇後鳥羽の院と号す、諱(いみな)尊成今上土御門の院と号す、諱為仁聖暦...

  5. 「『承元の法難』・・・権力からの念仏弾圧②」 - 「親鸞さんと生きる」

    「『承元の法難』・・・権力からの念仏弾圧②」

    ■■■第4章「(補足1)神と仏」★4-7「『承元の法難』・・・権力からの念仏弾圧②」■弾圧の動き・・・幕府まず最初に動いたのは鎌倉幕府でした。『本願寺年表』(本願寺派発行)によると、1200年5月「幕府、専修念仏を禁止」とあります。この年親鸞さん28歳。つまり六角堂参篭ののち、法然さんの一門へ入る前年ということになります。法然さんが専修念仏を唱えはじめてから25年。源頼朝が征夷大将軍となり幕...

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