社会ジャンル×教会のタグまとめ

教会」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには教会に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「教会」タグの記事(1196)

  1. なんとも重苦しい気分になっているので、ヨハネによる福音書を読んで気づいたことがある。 - 御言葉をください2

    なんとも重苦しい気分になっているので、ヨハネによる福音...

    そうすると、今まであまり響いてこなかった言葉が響いてきた。マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、「わたしは主を見ました」と告げ、また、主から言われたことを伝えた。(20章18節) そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。(20.25)今まで20章29節のイエスの「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」という言葉のに強く印象付...

  2. 政治的に「臣民」ではないが、精神的に「臣民」なのではないか。 - 御言葉をください2

    政治的に「臣民」ではないが、精神的に「臣民」なのではないか。

    「臣民」は、大日本帝国憲法に使われている用語であり、日本国憲法では使われてない。日本国憲法では「国民」という言葉が使われており、「主権の存する国民」という箇所もあり、「臣民」であることはきっぱり否定されている。確かに、今や、わたしたちは、天皇の政治的な「臣民」ではない。しかし、現実には、「精神的な臣民」であって、これがあるために、「国民」に主権者意識が育たないのではないか。日本国憲法の三大原...

  3. 「イエスは勝利者だ」という信仰について - 御言葉をください2

    「イエスは勝利者だ」という信仰について

    この「イエスは勝利者だ」というのは、ブルームハルト父子の言葉として有名であるが、わたしは、ブルームハルト父子の言葉を知る前から、「イエスは勝利者だ」の信仰を持っていたと思う。ベテズタホームでの激しい「霊的な戦い」の後、わたしの心の中には、ヨハネによる福音書16章33節の、「あなたがたはこの世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。私は既に世に勝っている」という主の御言葉が与えられていたのであ...

  4. 「臣民」意識が、現代の日本人の心の底に残っているのではないか。 - 御言葉をください2

    「臣民」意識が、現代の日本人の心の底に残っているのでは...

    このタイトルのことについては、今、考察を続ける時間がない。これは、今まで、わたしが「奴隷根性が日本人には強いのではないか」と考えて来たことを、「臣民」という言葉で考え直してみようということである。主権者という意識は、イギリスという王国から、アメリカという植民地が独立しようとして戦争をしている中で、明瞭になったようである。ヴァージニア権利章典。そして、フランス人権宣言。フランス革命は、王制を廃...

  5. 3月27日(水) - 御言葉をください2

    3月27日(水)

    恐れることはない。愛されている者よ。平和を取り戻し、しっかりしなさい。(ダニエル10.19)にほんブログ村人気ブログランキング

  6. 吉田裕著『昭和天皇の終戦史』を最後まで読んて、一休みしたい。 - 御言葉をください2

    吉田裕著『昭和天皇の終戦史』を最後まで読んて、一休みしたい。

    しばらく、「天皇制」について考えるのをやめたい。ひどく疲れさせられる。あちこちに混乱があり、ひどいものだ。秦郁彦という歴史学者に注目するようになった。全面的に同意見ではないにしても。ここのところ、占領下の日本について、ある程度知るようになって、わたしがどういう社会に生まれたのか、いままでよりわかってきたと思うが、年をとって推進力を失っているので、すぐ疲れる。確かに、軍部が暴走したというのは否...

  7. 無責任に生きる方が楽である。しかし、…… - 御言葉をください2

    無責任に生きる方が楽である。しかし、……

    無責任に生きる方が楽である。独立を求めるより、依存する方が楽である。しかし、それでは社会は立ち行かない。それで、思い浮かんできた主の言葉がある。わたしが上で書いたことと同じではないが、とこかで近いものがあるのだろう。狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見い出す者は少ない。(マタイによ...

  8. 私の「再臨信仰」は、原爆が落とされた後、日本に生まれ、核戦争におびえた時代を生きて来たことに関係しているだろう。 - 御言葉をください2

    私の「再臨信仰」は、原爆が落とされた後、日本に生まれ、...

    私は、イエス・キリストの再臨を待ち望んでいる。「義の住む新しい天と地」を待ち望んでいる。私は、ブルームハルト父子やカール・バルトや井上良雄の「再臨信仰」に共感している。しかし、私の「再臨信仰」は、新約聖書のイエス・キリストから来ているのであって、まだブルームハルトも知らず、カール・バルトも知らない前から、わたしの中に根付きつつあった。そのことを今朝思った。そして、それは、わたしが青年期に、「...

  9. 3月26日(火) - 御言葉をください2

    3月26日(火)

    私の若い時の罪と背きは思い起こさず、慈しみ深く、御恵みのために、主よ、私を御心に留めてください。(詩編25.7)にほんブログ村人気ブログランキング

  10. 「責任をとらないこと」が「国體護持」ということ。 - 御言葉をください2

    「責任をとらないこと」が「国體護持」ということ。

    「天皇制」の本質は、日本人の無責任性、ということではなかろうか。

  11. 「責任をとらないこと」が「国體護持」ということ。 - 御言葉をください2

    「責任をとらないこと」が「国體護持」ということ。

    「天皇制」の本質は、日本人の無責任性、ということではなかろうか。

  12. ペルガモンにある「サタンの王座」 - 御言葉をください2

    ペルガモンにある「サタンの王座」

    新約聖書の最後に位置する「ヨハネの黙示録」は、謎めいた表現が多く、そこで何が言われているか読み取りにくいものであるが、最近、第2章を担当して、教会の聖書研究祈祷会で話をした。そこに「ペルガモンにある教会に宛てた手紙」の部分があり、そこに「サタンの王座」のことが書かれている。この「サタンの王座」が何かということであるが、ペルガモンは「皇帝礼拝」と「ローマの女神」の崇拝がされていたという。「サタ...

  13. 「主権在民」と「民主主義」 - 御言葉をください2

    「主権在民」と「民主主義」

    「天皇の代替わり」をどのように迎えるか、というのが、このところの私の問題なのだが、実は、このことと安倍政権とどのように対峙するか、という問題があり、この二つの問題がどこかでつながっているという思いがあり、心の中がなかなかまとまらなくて困惑していたところがある。しかし、「国民」主権というところを、土台に置いて考えていけば、天皇制にも否定的になり、安倍政権にも否定的になるということに気づいた。「...

  14. 3月25日(月) - 御言葉をください2

    3月25日(月)

    あなたの同胞は言っている。「主の道は正しくない」と。(エゼキエル33.17)

  15. 戦争責任の追及だけでなく、主権在民の確立を目指すべきだろう。 - 御言葉をください2

    戦争責任の追及だけでなく、主権在民の確立を目指すべきだろう。

    戦争責任の追及が徹底されたなら、今頃、天皇制はなくなっていただろう。しかし、ほとんどされなかったために、「国民主権」の前進がなかったのである。わたし自身にも、この問題はある。単に「タブーへの挑戦」だけでなく、一人一人の「国民」の主体が確立されること。「主権が国民にあること」このことが、日本「国民」の心に根付くことがどうしても必要であろう。そのためには、市民運動の力が必要であろう。いくつか、記...

  16. 天皇の戦争責任を追及するだけでなく、「主権在民」に力をふるわしめること。 - 御言葉をください2

    天皇の戦争責任を追及するだけでなく、「主権在民」に力を...

    戦争の惨禍があったからこそ、「天皇制」は残されたにせよ、9条が憲法に登場したのであり、「主権の存する国民」という言葉が憲法にはいったのである。「国民主権」「主権在民」は、たくさんの人の血が流されることなしに、日本国憲法に入れられることはなかった。そのことをよく考える必要がある。おそらく、戦後に生まれた私のような人間にも、明治憲法の精神は知らない間に入り込み、力をふるっているところがあるのだろ...

  17. 「国體は護持された」と短絡的に言わない方がよい。 - 御言葉をください2

    「国體は護持された」と短絡的に言わない方がよい。

    「国體」が本当に護持されたのであれば、「主権の存する国民」という言葉は、憲法に入ることはゆるされなかったのではないか。確かに、「天皇制」と「民主主義」は両立し得ないであろう。「主権の存する国民」という言葉がはいったところで、「国體の護持」は失敗したのではないか。だから、「主権」が「国民」にあるならば、「天皇支配」をゆるさないということが基本的に認められており、国家の支配、アメリカの支配、天皇...

  18. もう一度「責任」という言葉を取りあげる。 - 御言葉をください2

    もう一度「責任」という言葉を取りあげる。

    私は、今朝、ある思想に達した。それは「責任」という言葉と関係がある。そして、前から、もう一つわからなかったボンへッファーの言葉がわかるようになった、と思う。それは、よく知られた言葉である。ボンへッファー選集5巻。「抵抗と信従」倉松功、森平太訳。新教出版社1964年刊。253頁。「神の前で、神と共に、僕たちは神なしに生きる」これは、「キリスト教倫理」で言われている「責任を負って生きる」というこ...

  19. 3月24日(日) - 御言葉をください2

    3月24日(日)

    わが主よ、わたしは責めさいなまれています。どうかわたしの保証人となってください。(イザヤ38.14)にほんブログ村人気ブログランキング

  20. わたしは、前進している。 - 御言葉をください2

    わたしは、前進している。

    私は、ここのところ、学びを主にして、ブログには力を入れていない。71歳にもなって、また新しく進めるということは、体力的にも、困難であり、知的能力においても困難であることは感じている。推進力が少なくなっていることも感じている。しかし、ここのところの私の前進は、質的な前進と敢えて書くようなもので、私は自分が新しい段階に入ったことを感じている。とはいえ、私は、28歳ごろから歩み始めた道をほぼ一直線...

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