教行信証のタグまとめ

教行信証」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには教行信証に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「教行信証」タグの記事(11)

  1. 主著の『教行信証』の内容を実践された親鸞聖人 - 仏教フリーク

    主著の『教行信証』の内容を実践された親鸞聖人

    親鸞聖人の主著『教行信証』に書かれている内容は、三重廃立です。阿弥陀仏に救われるためには、三重廃立は、三つのものを捨てよ、三つのものを立てよ、信ぜよということが教えられています。非常にハッキリした教えですが、それを実践されたために、捨てよといわれたものを信じていた人たちから、非難攻撃を受けられることになりました。それでも、親鸞聖人の潔癖さ、非妥協制は老成円熟されても一向にかわらなかった。こと...

  2. 親鸞「噫、弘誓の強縁は」(教行信証) - 仏教フリーク

    親鸞「噫、弘誓の強縁は」(教行信証)

    親鸞聖人は、『教行信証』の最初に「噫、弘誓の強縁は多生にもあいがたく真実の浄信は億劫にもえがたし」といわれています。「噫」というのは、絶対の幸福に救われた喜びと驚きです。生き別れになっていた家族に、50年ぶりにあったらどう言うでしょうか。あらー、不思議。本当にそんなことあるのだろうかと思うだろう。最初はそう思う。しかし、なったら、はっきりする。なった人はこんなにハッキリした世界はない。なって...

  3. 阿弥陀如来に救われた時の驚き - 仏教フリーク

    阿弥陀如来に救われた時の驚き

    蓮如上人は、御遺言に、「みなみな信心決定あれかし」といわれています。親鸞聖人は「噫、弘誓の強縁は」と教行信証に言われています。「噫」は、言葉にならない喜びです。蓮如上人は、あらといわれています。それ以外に、阿弥陀如来に救われた妙好人の歌にも、「あら不思議、心も六字、身も六字浮世の空にかかる雲なし」といわれています。日本晴れの心を言われたということです。阿弥陀如来に救われた時に読まれた歌です。...

  4. 煩悩即菩提は科学はおろか言葉でも表せない - 仏教フリーク

    煩悩即菩提は科学はおろか言葉でも表せない

    煩悩をそのまま喜び転じる煩悩即菩提というのは、科学では表せません。なぜかというと、科学は、物質のみを対象としているからです。煩悩即菩提の世界は、心の体験ですので、科学はおろか、言葉でさえも表せません。例えば、ベビーキウイの味を表現するにはどうしたらいいでしょうか。メロンの味?と聞かれたら、メロンに非ず、といいます。リンゴの味?と聞かれたら、リンゴに非ず、といいます。どんな果物を聞かれても、そ...

  5. 阿弥陀如来に救われた体験 - 仏教フリーク

    阿弥陀如来に救われた体験

    親鸞聖人は、阿弥陀如来に救われた体験を、主著の『教行信証』にああ弘誓の強縁は多生にもあいがたくと言われています。ああ、というのは、いつも会っている近所の人にあってもあまり言いません。小学校の友達に30年後くらいにばったり出会うと、ああといいます。今まであったこともない想像でもきなかった世界に出たのです。あら不思議心の六字身も六字浮世の空にかかる雲なし阿弥陀如来に救われて絶対の幸福になると、心...

  6. 「教えを残したい『教行信証』。京都へ」 - 「親鸞さんと生きる」

    「教えを残したい『教行信証』。京都へ」

    ■■■第2章「親鸞さんってどんな人?」★2-9「教えを残したい『教行信証』。京都へ」■最終ステージ、京都へ 親鸞さんは60歳のころ、再び京都へもどられたようです。ちなみに鎌倉時代の平均寿命は24歳だそうで(この時代の墓地から出土した遺骨を調べると分かるそうです。幼年で亡くなる者が多かったとか。真偽は分かりませんが、いずれにしろ今よりははるかに短い人生だったようです)、50代はほんのわずか...

  7. 仏の心を賜わるなり - 仏からの道

    仏の心を賜わるなり

    一二二、仏のこころを知る者は、仏の心を賜わるなり。故に大悲の御心を聞かねばならぬ。(香樹院語録)煩悩がない悟りの境地を涅槃という。仏教ではそう教えているのに、真宗では「煩悩を断たずに涅槃を得る」という。悟るのではなく、信ずる心一つで、煩悩をもったまま悟りの境地である涅槃に入るというのです。こんなことはありえないことだが、実際に起こることだから「誓願不思議」という。仏の心を涅槃という。だから仏...

  8. 心をすてて - 仏からの道

    心をすてて

    一〇四、或る人申し上ぐるよう。心にしっかりと落ち付きとう御座ります、と。仰せに。それは自力のこころ。それすてて能く骨折って聞け。左様なれば、心をすてて、仰せに順いまするで御座りますか。仰せに。そうじゃ、そうじゃがそれは、我が力では順われぬ。 (香樹院語録) わたしの心は落ち着かない。あれやこれやととにかくうるさい。そんなことはわかりきっている。仏のお心は静かで平和だ。仏のお心を涅槃という。わ...

  9. 離れられぬを離して下さる - 仏からの道

    離れられぬを離して下さる

    十四、大事な後生と知りながら大事にならぬは、この世の愛欲貪欲の手強さゆえと、聞けども聞けども地獄も恐しからず、極楽もとうとまれぬは、邪見の強き故なり。よくよく聞けば、疑いの晴れねばならぬ浄土往生に、疑いのはれかぬるは、自力執心の迷いの心が手強き故のことなり。是れが離れねば往生すべき身とはなられぬ。然れども、己が心にて、是れを離るることがならぬ故に、御成就の他力回向の大信心なり。(香樹院語録)...

  10. 信心を捏造する - 仏からの道

    信心を捏造する

    二七、或る時一蓮院師を招きて、酒杯を傾けながら、仰せに。凡そ誰れでも我が心中をこしらえる事にかかりて居る故、其の心中は我がこしらえもの也。教える人も唯理屈ばかり教えて、心中を造ることに骨を折る也。信心と云うことは、聞其名号信心歓喜の八字を我が腹とするばかりじゃが、そう思う人の少ないのは、甚だ残念なり。 一蓮院師曰く。ただ仏の力お一つで、助けて下さると信ずる外には、聞其名号のいわれはない、と聞...

  11. おれはおれの後生がある - 仏からの道

    おれはおれの後生がある

    一九三、 京都西六條の人明信寺宝洲、若年の頃師に謁し、私は後生に大事がかかりませぬ、と申し上ぐ。師はただおれはおれの後生がある。その方は其方で心配したがよい。一人一人の後生じゃ。他人のことは、おれの知ることでない。 と、一言の下に郤けられけり。明信寺それより、いよいよ来世のことは己が一大事なりと云うことに打ち驚き、師に随うて遂に信を獲られき。(香樹院語録)信心をいただくことは過去世までの宿善...

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