文学者・作家のタグまとめ

文学者・作家」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには文学者・作家に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「文学者・作家」タグの記事(86)

  1.  クラシック雑記帳15最晩年のクレンペラー - 気楽おっさんの蓼科偶感

    クラシック雑記帳15最晩年のクレンペラー

    2019年7月22日(月)何でまた突然クレンペラー?一つには、図書館で目新しい書籍を発見し、しかもそれが第一号の借り手と分かった時はささやかな喜びがある。それはまるで高価本を自分の蔵書のように3週間にわたり、しかも無償で味わえるのだからこんないい気分はない、ということ。二つには、オットー・クレンペラー(1885~1973)という偉大な指揮者について、以前からずっと気にはなっているがもうひとつ...

  2. 「我思う、ゆえに我あり」 - 気楽おっさんの蓼科偶感

    「我思う、ゆえに我あり」

    2019年7月17日(水)西洋哲学の省察を行ないます。どこから始めるか。やはり、ルネ・デカルトから始めるべきでしょう。なぜ、デカルトからか。ルネ・デカルトは、現在の科学技術文明を基礎づけた「近代哲学の父」とも呼ばれる哲学者です。近代西洋哲学者のなかでも、とりわけ偉大な哲学者だと言わざるを得ません。デカルト以後の哲学は、たとえデカルトの理論に反対する哲学者であっても―賛成の人は当然のことながら...

  3. 夜逃げの鰻丼 - 気楽おっさんの蓼科偶感

    夜逃げの鰻丼

    2019年6月9日(日)「文人暴食」(嵐山光三郎著)の〔斉藤緑雨 筆は一本、箸は二本〕の章で冒頭おもしろい話を紹介している。斉藤緑雨の警句に「筆は一本也、箸は二本也」がある。明治時代の文士はそのほとんどが貧乏で緑雨ほど名が売れていても生活は苦しかった。それを、筆は一本しかないのに人が使う箸は二本だ、と自嘲したのである。この戯文は、明治三十三年の随筆「青眼白頭」に出てくるもので、のちの文士も、...

  4. 本の背表紙 - 気楽おっさんの蓼科偶感

    本の背表紙

    2019年4月7日(日)本との出会いは実に妙で不思議なものである。まるで人と人との出逢いとおんなじである。昨日も図書館に、例の万葉集の訳本をもとめて行ったが、いつも必ず立ち寄るところに《音楽》のコーナーがある。ここで、ざっと見渡して、なにか目新しい蔵書が入っていないか探す。長年見てきているのでどこに何が置いてあるのかすぐにわかる。そのなかで時折り見かけない本が混ざっていると、それはすぐに新刊...

  5. こうちゃん - 気楽おっさんの蓼科偶感

    こうちゃん

    2019年3月20日(水)三月もなかばの南の風のやわらかい朝町のまんなかの大きな広場をわたしはいそいで通ってゆきました。教会の大きな時計も、もうすぎ去った冬の日のようにはきびしい顔つきをせず、時間などほんとうはどうでもいいのだというように、のんびりと時をきざんでいました。陽だまりには、そろそろオーバーをぬぎはじめた子供たちがかけたり笑ったりしていました。こうちゃんもやっぱりいました。ふっくら...

  6. 塩一トンの読書 - 気楽おっさんの蓼科偶感

    塩一トンの読書

    2019年3月20日(水)「ひとりの人を理解するまでには、すくなくとも、一トンの塩をいっしょに舐めなければだめなのよ」ミラノで結婚してまもないころ、これといった深い考えもなく夫と知人のうわさをしていた私にむかって、姑がいきなりこんなことをいった。とっさに喩えの意味がわからなくてきょとんとした私に、姑は、自分も若いころ姑から聞いたのだといって、こう説明してくれた。一トンの塩をいっしょに舐めるっ...

  7. 「さるまたは少なくとも一週間は穿いていないと、馴染まない」 - 気楽おっさんの蓼科偶感

    「さるまたは少なくとも一週間は穿いていないと、馴染まない」

    2019年2月17日(日)三月金子光晴あゝ三月が近づいた。金晴の曙の空は、紅色の樹林は夢見つつ唄ふ。緑樹の季節が近づいた。草叢に鈴蘭の揺れる日は近づいた。空気が花花の賦粉と沒薬(もつやく)に咽び、五官を持つ者の歌ひ、且つ歎く時は近づいた。少年の物思の日は近づいた。あゝ此身の記念の三月、美しい三月。(詩集「こがね蟲」から)1990年から1993年にかけて雑誌「オール読物」に連載された「思い出の...

  8. 「道徳」の大切さ - 気楽おっさんの蓼科偶感

    「道徳」の大切さ

    2019年1月17日(木)「精進」「禅定」「正語」「忍辱」精進をして、集中力を高めて、正直で、耐え忍ぶことを知っていれば、人生はうまくいき充実した人生が送れます、と梅原猛氏は語った。梅原氏は大正14年、仙台市に生まれ、京都大学の哲学科を卒業したあと、哲学者の道を歩み、立命館大学や京都市立芸術大学で教授を務めたほか、日本の歴史や文化、思想を独特の視点で読み解いた多くの著作を発表し、その学問は「...

  9. 梅原哲学は永遠に。。。 - 気楽おっさんの蓼科偶感

    梅原哲学は永遠に。。。

    2019年1月14日(月)梅原哲学は永遠に。。。哲学者の梅原猛さんが死去独特の史観確立2019/1/14 02:07 共同通信戦後日本を代表する哲学者で国際日本文化研究センター初代所長を務めた梅原猛(うめはら・たけし)さんが12日死去したことが14日、関係者への取材で分かった。93歳。仙台市出身。哲学や歴史、文学など幅広い分野で著作を発表、「梅原日本学」とも呼ばれる独自の史観を確立した。19...

  10. またとない日々 - 気楽おっさんの蓼科偶感

    またとない日々

    2018年11月29日(木)パステルナークの詩集からもうひとつ、生涯、最後の詩。またとない日々どれほど多くの冬を経たことかけれども冬至の日は忘れない冬至の日は一度きりさうして数へきれず繰り返されて来たその冬至の日の順序はしだいにしだいに並びーまたとないその日々は時が止ったと感じられたではないかわたしはその日をすべて記憶てゐる冬が半ばに近づくと雪道は水に濡れ屋根からしづくが流れ落ち太陽は氷塊の...

  11. 桜の実の熟する時 - 気楽おっさんの蓼科偶感

    桜の実の熟する時

    2018年11月8日(木)桜の実の熟する時思わず彼は拾い上げた桜の実を嗅いでみて、おとぎ話の情調を味わった。それを若い日の幸福のしるしというふうに想像してみた。島崎藤村最後の作品で未完の「東方の門」が読みたくて、図書館で借りて来た。そのついでに表題に魅かれてもう一冊借りて来た。まず読みかけの「春」を早く済ませなくてはいけないし・・・しばらくは読書で忙しくなりそうだ。図書館への道は、桜ならぬ、...

  12. ひょんなことから藤村の「春」を読んでいる。 - 気楽おっさんの蓼科偶感

    ひょんなことから藤村の「春」を読んでいる。

    2018年11月4日(日)琵琶湖に近い茶丈の生活はまだ岸本の眼にあった。彼が西京から湖水の畔へ引返して、それから斯の吉原へやって来る迄、二月半ばかりの間は茶丈を一間借りて居た。其頃は自炊だ。終には小炉を煽ぐのも面倒臭くなって、三度三度煮豆で飯を喰ったこともあった。亭主といふは大工が本職で、傍寺へ納める花を作ったし、内儀は内職に蛍の籠を張る。子息は大津の下駄屋へ奉公して居る。斯様な人達と岸本は...

  13. スポオルの「コンチェルト九番」 - 気楽おっさんの蓼科偶感

    スポオルの「コンチェルト九番」

    2018年10月30日(火)上野の花の盛りの頃には、音楽会の帰りにここへ立寄って、演奏の評判をする人もあった。斯ういふ手合の中には、岡見の弟、福富なぞを数へることが出来る。福富は、市川、栗田、それから岡見の弟と同じやうに、高等学校の制服を着けて居て、市川よりもすこし若い位の年頃であった。芸術といふものに深く趣味をもった青年で、其方で市川なぞとよく話が合ふ。ルナンの基督伝を連中の間に紹介したの...

  14. さだめなく とび散らふ 落葉かな。 - 気楽おっさんの蓼科偶感

    さだめなく とび散らふ 落葉かな。

    2018年10月13日(土)海潮音上田敏訳遙に満洲なる森鴎外氏に此の書を献ず落葉ポオル・ヴェルレエヌ秋の日のヴィオロンのためいきの身にしみてひたぶるにうら悲し。鐘のおとに胸ふたぎ色かへて涙ぐむ過ぎし日のおもひでや。げにわれはうらぶれてこゝかしこさだめなくとび散らふ落葉かな。仏蘭西の詩はユウゴオに絵画の色を帯び、ルコント・ドゥ・リイルに彫塑の形を具そなへ、ヴェルレエヌに至りて音楽の声を伝へ、而...

  15. 「白村江の戦い」がもたらしたもの - 気楽おっさんの蓼科偶感

    「白村江の戦い」がもたらしたもの

    2018年10月5日(金)時代は天智天皇2年、西暦663年10月4日から5日にかけて朝鮮半島白村江(現在の錦江近郊)にて戦いが繰り広げられた。「白村江の戦い」(はくすきのえのたたかい)と呼ばれ、今から1355年前の今日の出来事である。平泉澄著の「物語日本史」(上中下三巻)を読み出したが、第十四序天智天皇、いよいよ面白くなってきた。天智天皇は蘇我氏を滅ぼして大化の改新を断行したが、ほかにもうひ...

  16. 「神宮の奇跡」③ - 気楽おっさんの蓼科偶感

    「神宮の奇跡」③

    2018年6月8日(金)引き揚げで日本へやっとの思いで辿り着いた井元俊秀は義母が「ひとのみち教団」(PL教団の前身)の信者だった影響で佐賀の鳥栖に行き、鳥栖の小学校へ通い、やがて全国のPL教団の寮を転々としながら野球好きの少年に育っていく。1952年(昭和27)、東京の都立戸山高校に入学、勉学に野球に励んでいると突然、大阪に戻ることになる。富田林にPL学園を開校することになり、代々木のPL寮...

  17. もっとも心動かされる人物、川路聖謨 - 気楽おっさんの蓼科偶感

    もっとも心動かされる人物、川路聖謨

    2018年4月7日(土)作家吉村昭が「これまで書いた主人公の中で、もっとも心動かされる人物」と評した川路聖謨。昨秋神田の古書街で見つけ、帯に書かれたこの言葉に心動かされて買ったものだ。買ったものの読む機会がなく書棚で半年眠っていたが、何を思ったか、急に思い出して読みたくなり引っ張り出してきた。ところが偶然とはホントおそろしいもので、なんと今日4月7日が川路聖謨の150回目の命日にあたるではな...

  18. 三月半ばだというのに - 気楽おっさんの蓼科偶感

    三月半ばだというのに

    2018年3月22日(木)三月半ばだというのに今朝は珍しい大雪だ長靴はいて雪の中をざくざく歩くとこれはまたわが足跡のなんと大きなこと東京のまん中で熊になった人間は居らぬか人間という奴は居らぬか壷井繁治「熊」(2018.3.22信州リゾートサービスブログより)今週に入って関東甲信越で季節外れの大雪をみた。昨日などは中央道が中津川付近からタイヤ規制が敷かれた。先週の水曜日、下呂の湯に親しんだが、...

  19. 午后は中京、明石あつくてまゐる、十八回まで見て退却 - 気楽おっさんの蓼科偶感

    午后は中京、明石あつくてまゐる、十八回まで見て退却

    2018年3月22日(木)志賀直哉が「菰野」を出版した前年の1933年に湯の山温泉を訪れているが、その年1933年の「日記」を読んでいる。春に扁桃腺炎を患い、苦しんでいる。直哉50歳の時である。この人、賭け事がたいへん好きだったようで、暇を見つけては賭け事の話が出てくる。その遊び相手として必ず若山という男性が登場する。若山 為三という日本画家で志賀直哉の挿絵なども書いた人物のようだ。とにかく...

  20. 「悪口を淡白に発する臨機応変によって人は信用を得るのである」 - 気楽おっさんの蓼科偶感

    「悪口を淡白に発する臨機応変によって人は信用を得るのである」

    2018年3月4日(日)ものごとを外からの判断だけで決めつけるのは危険が伴う。(このことは小生の欠点の一つとは重々承知しているが、なかなか治らない)谷沢永一(1929~2011)という論客がいた。物事をズバズバと言ってのけて好きだったが、亡くなってもう丸7年になる。この人は、恩師の影響によって10代で日本共産党員になったが、大学在学中に転向し、いずれ皇室を重んじる保守の論客の一人となった。だ...

総件数:86 件

似ているタグ