斎藤隆夫のタグまとめ

斎藤隆夫」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには斎藤隆夫に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「斎藤隆夫」タグの記事(13)

  1. 歴史学者 磯田道史氏が涙した古文書 - マクーマの部屋

    歴史学者 磯田道史氏が涙した古文書

    昨年11月22日(水)TBSテレビで「1番だけが知っている魂震えるスゴイ日本人」という番組が放映されました。この中で「武士の家計簿」などで知られる歴史学者の磯田道史さんが、一枚の色紙との出会いを語られました。「大戦直前…たった一人で戦争を止めようとした男がいた」彼の魂を最も震わせた古文書とは…それは今から20年ほど前、当時大学院生だった磯田さんは露店の骨董市をのぞくのが趣味だったそうです。そ...

  2. 再び斎藤隆夫 - マクーマの部屋

    再び斎藤隆夫

    2018年がスタートして、気が付けばもう1月は終わろうとしています。今年はインフルエンザが大流行。予防接種をしたにもかかわらず、やられました。夫は後期高齢者で未接種にもかかわらず、未だ発症を免れています。昨年末から超多忙が続き、ブログの更新も出来ないまま新しい年を迎えてしまいましたが、今年も「斎藤隆夫」に関する記事を出来るだけ皆様にご紹介できたらと思っています。その第一回は、昨年末の出来事を...

  3. 斎藤隆夫にみる真の政治家(12)~粛軍演説~ - マクーマの部屋

    斎藤隆夫にみる真の政治家(12)~粛軍演説~

    『粛軍演説』の反響は大きかった。翌日の各新聞は大見出しをつけて演説の一部を掲載し、歴史的大演説だとほめあげた。東京日日(今の毎日)新聞標題。「斎藤氏熱火の大論陣、国民の総意を代表し今事件の心臓を衝く、軍部に一大英断要望」元海軍士官で評論家の水野広徳は、「誠叫ぶ舌三寸の力には弾丸もつるぎも及びこそすれ」という歌を、また尾崎行雄は、「正しきを践みて怖れす君独り時に諛る人多き世に」という歌をそれぞ...

  4. 斎藤隆夫にみる真の政治家(10)~粛軍演説~ - マクーマの部屋

    斎藤隆夫にみる真の政治家(10)~粛軍演説~

    さらに、5.15事件に関係した青年将校20名のほかに、「これ以外に、より以上の軍部首脳者にしてこの事件に関係している者は一人もいないのであろうか」と追及した。山本検察官の論告の中に、この疑いの可能性を示すものがある。簡単に挙げると、①被告は、戒厳が宣告されそうになったらどこからか大きな勢力が現れて、当然これを収拾してくれるだろうと確信していた。②部下指導における上司の態度はきわめて曖昧で、彼...

  5. 斎藤隆夫にみる真の政治家(9)~粛軍演説~ - マクーマの部屋

    斎藤隆夫にみる真の政治家(9)~粛軍演説~

    5.15事件においては、軍人が一国の総理大臣を銃殺したわけで、その罪の重大であることは言うまでもない。海軍刑法によれば、叛乱罪は死刑一点張りで、選択刑は許されていない。よって、死刑の要求が下った。ところが、その判決に反対運動が起こり、軍の上層部はこれを抑止せず、山本検察官の身に危険が迫ったため、多数の憲兵が彼を保護する、家族は遠方に避難…このような状態で、裁判の独立が維持できるはずがない。裁...

  6. 斎藤隆夫にみる真の政治家(8)~粛軍演説~ - マクーマの部屋

    斎藤隆夫にみる真の政治家(8)~粛軍演説~

    斎藤は首をふりふり核心に入る。事件のもう一つの原因として、青年軍人の直接行動に対する軍部当局の態度を挙げている。昭和6年の3月事件、10月事件は、5.15事件および今回の反乱事件(2.26事件)と性質を同じくするものだが、この両事件に対し、軍部はどう処置したかというと、少しも徹底した処置をとっていない。「寸にして断たざれば尺の憾みあり、尺にして断たざれば丈の憾みあり、たとえ一木といえども、そ...

  7. 斎藤隆夫にみる真の政治家(7)~粛軍演説~5.15事件 - マクーマの部屋

    斎藤隆夫にみる真の政治家(7)~粛軍演説~5.15事件

    斎藤は、自ら公判を傍聴した5.15事件に、その論点をもっていく。法廷における被告人の態度はきわめて堂々としていて、さすが青年軍人であった。彼らのしたことは、もとより国家社会を思う熱情から来たものであり、内にやましいところは一つもないのだから、それも当然のことだ。しかし、その思想はあまりに単純すぎた。彼らは22,3から30歳に満たない青年であり、軍事に関して一応の修行を積んでいるほかは、政治、...

  8. 斎藤隆夫にみる真の政治家(6)~粛軍演説~軍部の政治介入 - マクーマの部屋

    斎藤隆夫にみる真の政治家(6)~粛軍演説~軍部の政治介入

    『粛軍演説』の主調音は、政治集団と化した軍部の暗部をつくことにあった。つまり彼は、軍部そのものではなく、その「政治性」を批判したのである。明治天皇が軍人に賜った『軍人勅諭』,伊藤博文の『憲法義解』をはじめ、どの法律・規則を見ても、現役軍人に対しては、選挙権も被選挙権も認めていない。この理由は一つ、陸海軍は国防のために設けられたものだからだ。軍人はつねに天皇の統帥権に服従し、いざとなったら国家...

  9. 齋藤隆夫にみる真の政治家(5)~粛軍演説~ - マクーマの部屋

    齋藤隆夫にみる真の政治家(5)~粛軍演説~

    広田弘毅首相がその声明書の中で、「庶政一新」(各方面の政治を一新する)の決意を発表しているが、それに対して斎藤は、「申すまでもなく政治は宣言ではなくして事実である」百の宣言ありといえども、一の実行なきところにおいては政治の存在を認めることはできないのであります」要するに日本では、戦前も戦後も、行政改革の実現など内閣の宣伝だけだ、ということになるかもしれない。宣言と決意の大安売りで、どれも至難...

  10. 齋藤隆夫にみる真の政治家(4)~粛軍演説~ - マクーマの部屋

    齋藤隆夫にみる真の政治家(4)~粛軍演説~

    昭和11年5月、2・26事件による戒厳令下の緊張のもと、第69特別議会が召集された。齋藤隆夫は、7日の衆議院本会議壇上に立ち、自他ともに認める三大演説の一つ『粛軍演説』を行った。概要は、次のとおりである。広田内閣の説く革新政治の具体的内容、ならびに外交と国防政策の問題点を鋭く追及するとともに、その後半では、2・26事件の原因と軍当局の態度を論難。斎藤は、軍部大臣に対し、明治天皇の『軍人勅諭』...

  11. 斎藤隆夫にみる真の政治家(2)~斎藤隆夫という人~ - マクーマの部屋

    斎藤隆夫にみる真の政治家(2)~斎藤隆夫という人~

    明治3年(1870年)兵庫県但馬郡出石に生まれる。東京専門学校(現早稲田大学)を卒業、弁護士となり、渡米してエール大学に学ぶ。1914年以降、衆議院議員当選13回。2・26事件直後の臨時国会で粛軍演説を行い、また昭和15年(1940年)2月、支那事変(日中戦争)に関する質問演説を行って大陸政策を批判し、そのため議員を除名される。戦後は第一次吉田内閣、片山内閣の国務大臣となる。昭和24年(19...

  12. 斎藤隆夫にみる真の政治家(1) - マクーマの部屋

    斎藤隆夫にみる真の政治家(1)

    これは、1993年(平成5年)一人の女子高生の書いたレポートから抜粋したものです。『政治が乱れて国民の不信感が強まるたびに、にわかに脚光を浴びる一人の政治家がいる。「政党および代議士に対しては、常に監督の責任を忘れてはならない。これが国民の政治道徳である」とは、彼の言葉である。新聞や雑誌のどこかに、「彼を見習え」だの「真の政治家」だの、そういった言葉を見つけるとき、たいてい日本の政治はひどい...

  13. 1940年という年 - マクーマの部屋

    1940年という年

    またもや北朝鮮がミサイルを打ち上げました。今回は成功したようです。 何を考えているのでしょうか。不気味です。先日のTBS報道特集を見ていてキャスターの「今の状況は1940年の頃ととても良く似ている。」という発言に思わずドキッとしました。1940年というのは昭和15年、斎藤隆夫が2月2日に「「支那事変処理に関する質問演説」をした年です。この演説が聖戦を冒瀆するものだとして、議長により演説後段の...

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