明智光秀のタグまとめ

明智光秀」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには明智光秀に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「明智光秀」タグの記事(158)

  1. 明智荘の館へ - 写真撮り隊の今日の一枚2

    明智荘の館へ

    今日は可児市の花フェスタ記念公園が無料開放デーだったので出掛けてきました。先大河ドラマ『麒麟が来る』の明智光秀生誕の地と関係深い可児市では『明智荘の館』の展示が行われています。ちょっと懐かしくて色々見てきました。(*^-^*)では(*'▽')/まったね~♪

  2. 下克上といえば光秀だったのにぃーヽ( ˋ(00)´ )ノ - 憂き世忘れ

    下克上といえば光秀だったのにぃーヽ( ˋ(00)´ )ノ

    日本国民のほとんどが、明智光秀といえば「下克上」「三日天下」クロスワードのカギで何度も書いてきました。宮本武蔵=二刀流も。どーしてくれるんじゃヽ( ˋ(00)´ )ノそのへんは置いといて、山頭火さんに言われてみると「本能寺の変」って、変!!戦場で大将が、いきなり「敵は○○○だ」と、行き先を変えるとか、みんな素直に従う?光秀の家来=信長の家来。情報を鵜呑みにしてはダメだよね。反省。ここまでの解...

  3. 近江の旅 5 門前町"坂本"と琵琶湖に浮かぶ"浮御堂" - FK’s Blog

    近江の旅 5 門前町"坂本"と琵琶...

    旧竹林院のある大津市坂本は比叡山延暦寺の門前町として栄えた街です。織田信長の比叡山焼き討ちで廃墟と化しますが、同年(1571年)明智光秀が坂本城を築城、再び城下町として復活しました。本能寺の変後、坂本城は落城。天下の名城と言われた坂本城はわずか10年で消えてしまいました。昨年2020年の大河ドラマ”麒麟がくる”にあやかってなのか”明智光秀ゆかりの地”と書かれたのぼりをあちこちで目にしました。...

  4. 山頭火「もう明けさうな~」明智光秀=里村紹巴 - 憂き世忘れ

    山頭火「もう明けさうな~」明智光秀=里村紹巴

    この句、どうでしょう。もう明けさうな窓あけて青葉「明け」が「明智」っぽいなあ。こんなことに。Aもう=もう明=分=八刀=八十=耶蘇けさ=下さ=笠=流うな=ふな=船=戦窓=争あ=は=八=やけて=下て=あ=馬=め青=仰=こう=講葉=和もう耶蘇流戦争止め講和 \(^_^ )エライ💕Bもう=牛=後明=明けさ=下さ=し=知=智う=下い=さひ=三ひ=光ひな=生=お=下窓=そう下そ=...

  5. 水平思考って何だ(5/8) - ニャンコ座リポート  since 2005 April

    水平思考って何だ(5/8)

    医療・介護等々、最前線で働いている皆さんに感謝し、さらなる負担をかけないよう努力します。ニャンコ座町の予防接種は5歳きざみにやるそうで、17日から80歳以上の接種開始です。私は1番若いグループなので、7月かなぁ。ニャンコ座町全体が、🌸色になっているような感じです。北側の白い桜、枝垂れ八重桜も咲き始めました。昨日は歯医者とさすらいのヨガのおかげで、かなり元気でした。あま...

  6. 細川ガラシャ隠棲地「味土野」その1<女城跡・前編> - 坂の上のサインボード

    細川ガラシャ隠棲地「味土野」その1<女城跡・前編>

    丹後宮津城跡から北へ直線距離で約15km、丹後半島のほぼど真ん中に、味土野という小字があります。ここは、戦国の世の悲劇の女性・細川ガラシャが、父・明智光秀が起こした本能寺の変によって「逆臣の娘」となり、2年間ひっそりと隠れ住んだ地として伝わります。 丹後宮津城跡から信号のない県道を車で1時間ほど走り、京丹後市の山奥までやってきました。「細川ガラシャ隠棲地味土野」と書かれた看板が目に入りました...

  7. 明智光秀首塚その3<盛林寺の首塚> - 坂の上のサインボード

    明智光秀首塚その3<盛林寺の首塚>

    「その1」では、明智光秀の首が晒された場所に近い京都市内東山の粟田口にある光秀の首塚、「その2」では、光秀ゆかりの亀岡市内にある谷性寺の首塚をめぐってきましたが、ずっと北の日本海に面した宮津市の盛林寺というお寺の墓地にも、光秀の首塚と伝わる墓石があります。 宮津は今でこそ前者と同じ京都府ですが、当時は丹後国。光秀の領地でもないこの地になぜ光秀の首塚があるかというと、宮津は光秀の盟友・細川幽斎...

  8. 明智光秀首塚その2<谷性寺の首塚> - 坂の上のサインボード

    明智光秀首塚その2<谷性寺の首塚>

    「その1」では、京都市内東山の粟田口にある明智光秀の首塚を訪ねましたが、京都府亀岡市にある谷性寺にも、光秀の首塚が伝わっています。 谷性寺の創建は古く、平安時代とされます。明智光秀ゆかりの寺であることから「光秀寺」とも呼ばれ、また、光秀の家紋である桔梗が初夏にかけて咲き乱れることから「桔梗寺」ともいわれているそうです。 いきなり、桔梗紋の入った幟がお出迎えです。 谷性寺の由緒書です。光秀の首...

  9. 明智光秀首塚その1<粟田口の首塚> - 坂の上のサインボード

    明智光秀首塚その1<粟田口の首塚>

    本能寺の変で主君・織田信長を討ったあと、山崎の戦いで羽柴秀吉に敗れ、自身の居城である坂本城小栗栖の藪に落ち延びる途中、小栗栖の藪で土民の竹槍に刺されて落命した明智光秀。その胴塚は、光秀が落命した小栗栖の近くにありますが(参照:明智藪~明智光秀胴塚~小栗栖八幡宮)、光秀の首塚と伝わる五輪塔が、京都の東山の粟田口にあります。 白川沿いにある古い石碑をよく見ると、「東梅宮」と刻まれたその下に「明智...

  10. 麒麟がくる総評 - 坂の上のサインボード

    麒麟がくる総評

    「歴史は勝者が書く勝者の歴史である」といわれます。いつの時代も、勝者は自身の足跡を正当化するため、必ずといっていいほど敗者を貶めます。そのため、敗者は実像以上に悪人にされてしまうのが常で、その最たる例が明智光秀と言ってもいいでしょう。大河ドラマ『麒麟がくる』は、そんな明智光秀を主人公にした物語でした。毎週ここで解説やレビューを起稿してきましたが、全44話を観終えて、改めて本作品を総括してみた...

  11. 麒麟がくる第44話「本能寺の変」~ピュアな信長と信念の光秀の友情の結末~ - 坂の上のサインボード

    麒麟がくる第44話「本能寺の変」~ピュアな信長と信念の...

    いよいよ最終回、本能寺の変ですね。安土城での徳川家康の饗応役を解かれた明智光秀は、備中で毛利軍と対峙している羽柴秀吉軍の援軍として出陣するよう織田信長より命じられます。ドラマでは、鞆に赴いて足利義昭を殺害するよう命じられていましたが、このような記録は残っておらず、ドラマのオリジナルでしょう。天正10年(1582年)5月17日、光秀は近江の居城である坂本城に戻り、ここで9日間を過ごしています。...

  12. そう来たか麒麟 - SAMとバイクとpastime

    そう来たか麒麟

    自分で言うのもなんだが予想通りの「完」となった「麒麟がくる」。ただ、素人予想をくつがえすような結果も期待はしていたのだが・・・。ただし「そう来るか」の展開と台詞は楽しませてもらった。 細川藤孝の煮え切らない態度と備中高松城攻め中の羽柴秀吉に密使を送ったシーンに「裏切者はお前か!」とイメージが崩れた。 「さような大事な話を、私に一度もなさらずに」と信長に対して怒りをあらわにした光秀。そんな信...

  13. 「本能寺の変」の諸説再考。~なぜ明智光秀は織田信長を討ったのか~ - 坂の上のサインボード

    「本能寺の変」の諸説再考。~なぜ明智光秀は織田信長を討...

    NHK大河ドラマ『麒麟がくる』が次回で最終回をむかえ、本能寺の変が描かれます。歴史好きな人はもちろん、歴史にそれほど興味がない人でも、日本人なら誰もが知っている歴史のターニングポイント、本能寺の変。これほど有名な事件だけに、そこに至る経緯や結果についてはかなり詳細に明らかにされていますが、明智光秀が謀反を起こした動機については、虚実とりまぜた様々な説があり、定説といわれるものはありません。そ...

  14. 麒麟がくる第43話「闇に光る樹」その3~信長のパワハラと光秀の饗応役解任~ - 坂の上のサインボード

    麒麟がくる第43話「闇に光る樹」その3~信長のパワハラ...

    「その2」のつづきです。天正10年(1582年)2月、甲斐武田征伐に乗り出した織田信長は、同年3月11日、甲州の天目山において武田勝頼を自刃に追い込みます。ここに、信長の東の憂いだった武田氏は滅亡しました。その後、気を良くした信長は、僅かな供廻りだけをつれて甲斐から東海道に至る道を富士山麓を眺めながら悠々と帰国の途に就いたと『信長公記』は伝えます。 この甲州征伐には、明智光秀も従軍しています...

  15. はたして麒麟はくるのか? ドラマ編 - SAMとバイクとpastime

    はたして麒麟はくるのか? ドラマ編

    キャストの交代、コロナ延期と荒れに荒れた大河ドラマ「麒麟がくる」も遂に今週末で最終回。今回の大河ドラマの主人公が明智光秀と知った時落胆したのは私だけだっただろうか?いいえ、多くの人が「明智光秀かよ~」って思ったはず。何故なら、主人公がいくら活躍したとしても最後の最後は「適は本能寺にあり」・「是非に及ばず」・山崎の合戦・竹やりでぶすりで終わるストーリーは素人でもわかると言うものだから。ネタバ...

  16. 麒麟がくる第43話「闇に光る樹」その2~佐久間信盛の追放~ - 坂の上のサインボード

    麒麟がくる第43話「闇に光る樹」その2~佐久間信盛の追放~

    「その1」のつづきです。丹波国と丹後国を平定した明智光秀と細川藤孝に対して、織田信長は、その功によって光秀に丹波国、藤孝に丹後国を領地として与えます。ドラマ中、信長が二人を労っていたその席で、家老の佐久間信盛を叱責していましたね。曰く、「本願寺を落とすのが遅い。夜ごと連歌や茶会にうつつを抜かしておっては明智十兵衛の足元にも及ばぬ!恥を知れ!」と。これは、信長が佐久間信盛・信栄父子に突きつけた...

  17. 麒麟がくる第43話「闇に光る樹」その1~第二次丹波攻略~ - 坂の上のサインボード

    麒麟がくる第43話「闇に光る樹」その1~第二次丹波攻略~

    今回、天正7年(1579年)6月から本能寺の変の直前の天正10年(1582年)5月まで、一気に時代が3年も過ぎちゃいました。この間、明智光秀が関係した重要な歴史だけを見ても、丹波攻略からの丹波国平定、そして統治、有名な明智光秀家中軍法、福知山城、周山城、亀山城の築城、近畿管領としての働き、京都御馬揃え、そして武田氏との最終戦である甲州征伐と、普通なら4~5回は費やせそうな濃厚な歴史が、全部端...

  18. 明智越えその4<土用の霊水~JR保津峡駅> - 坂の上のサインボード

    明智越えその4<土用の霊水~JR保津峡駅>

    「その3」のつづきです。土用の霊泉をあとにして東へ進みます。 土用の霊泉から尾根筋を15分ぐらい進むと、鉄塔の立つ場所に出ました。 山を登っていていつも思うことですが、こんな山奥にどうやってこんな鉄塔を建てるのでしょう?資材を運び込むこと自体、困難だと思うのですが・・・。 北西側に亀岡の街が見えます。 南東に目をやると、山間に京都市内が見えます。 拡大すると、京都タワーが見えます。本能寺は見...

  19. 明智越えその3<峯の堂~土用の霊水> - 坂の上のサインボード

    明智越えその3<峯の堂~土用の霊水>

    「その2」のつづきです。JR亀岡駅から約1時間10分、登山口から約40分のところに、駅でもらった案内パンフにあるチェックポイント「峯の堂」に到着しました。 立て札には「石堂丸ゆかりの石堂の森峯の堂通称いしだぁはん」と書かれています。峯の堂(むねんどう)と読むそうです。そして、その向こうには説明板が見えます。 説明板です。ここに清和天皇(第56代天皇)を祀ると書かれています。清和天皇といえば、...

  20. 明智越えその2<保津城跡~峯の堂> - 坂の上のサインボード

    明智越えその2<保津城跡~峯の堂>

    「その1」のつづきです。明智光秀が織田信長を討つために本能寺へ向かう際に通ったと伝わる「明智越え」登山口からスタートです。 敵は本能寺にあり!いざ、出陣! 立て札には「通称、簾戸口」と書かれており、その下に小さく「保津城口」とあります。保津城?・・・て、ここに城があったのでしょうか? とにかく、進みましょう。 登山口を入ってすぐ、「愛宕神社・貴船神社妙見さん跡」と「伝承民話保津三狐山坊の甚五...

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