明智光秀のタグまとめ

明智光秀」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには明智光秀に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「明智光秀」タグの記事(10)

  1. 「風の中のマリア」光秀、ニヤっとす - 憂き世忘れ

    「風の中のマリア」光秀、ニヤっとす

    「風の中のマリア」第二部4「死闘」明智光秀という読みです。死闘が繰り広げられますが、場所が「建物」本能寺の変のイメージ。「死闘」がなぜ明智光秀なのか。10人中、もっとも悩んだのがコレ。「死」=四=下五=下戸もう「伝統的」「お約束」「ツーといえばカー」のテクニック。光秀は、北斎を解読したときも度々出て来ました。「下克上」の代名詞です。だから、「下戸」=ゲコクジョウのゲコそうなると「闘」を「クジ...

  2. 日本人のおなまえ!徳川のルーツを探っていくと、トンデモないことがわかってきた! - めざまし政治ブログ

    日本人のおなまえ!徳川のルーツを探っていくと、トンデモ...

    NHKネーミングバラエティで、そのうちに取り上げるかな、と見てても、戦国時代から、一番、有名でレアな武将の名前である「徳川」のルーツが取り上げられることはなかった。何か、不都合な真実があるのか、と調べ始めたら、トンデモない情報が飛び込んできた!実は徳川家康は豊臣秀吉に拉致されてきた陶工の陳寿官と同じ徳川村だ、と言うのだ。その村では、同じように陶工として連れてこられた外務大臣を務めた東郷茂徳氏...

  3. 福知山へスイーツとラーメン - SAMとデルソルの「お日様がまぶしい」

    福知山へスイーツとラーメン

    我が家から、名神・京都縦貫・R9とつないで1時間と30分 福知山到着。いやはや近くなった。 明智光秀出世城の福知山城へ行く前に訪れたのが、 福知山市民憩いの場三段池公園に隣接する、洋菓子「マウンテン」。このお店チョコレートで有名で、世界大会で優勝したんだとか。 以前にhideさんと来た時もいただいたけど、迷わずやっぱりモンブラン。お店の前の駐車場はそんなに広くないけれど、 公園の駐車場がす...

  4. 「ガラシャのさくら」 - ほぼ京都人の密やかな眺め

    「ガラシャのさくら」

    春本番!あなたのお気に入りの桜ショット20191584今日は朝から自転車で桜撮りに。目指したのは長岡京勝竜寺。1585戦後時代には細川家の城があった場所で、ガラシャ夫人が嫁いだ場所とされています。1586見事な枝垂れざくらです。1587天王山の戦いでは明智光秀の本陣だったとも言われています。来年の大河ドラマでは注目の場所になりそうです。「麒麟の桜」かな。1588桜を重ねて。FE24mm f1...

  5. 呉座勇一さん執筆の記事に明智光秀が取り上げられていたこと - in my humble opinion

    呉座勇一さん執筆の記事に明智光秀が取り上げられていたこと

    要潤がごごナマに出演(録画放送)していた。タイムスクープハンター、またやってほしいなー。今朝の新聞(山陽新聞)に、呉座勇一さんが書いた記事(随時掲載)が載っていた。「名ぜりふで読み解く日本史」というタイトル。連載は始まったばかりだろうか(そのへんは不明)。おそらく毎回テーマは違うのだろう。今回の記事は、来年の大河『麒麟がくる』の主人公にもなっている、明智光秀に関する考察だった。この記事で呉座...

  6. 明智光秀三部作その三「天王山山崎の合戦」 - SAMとバイクとpastime

    明智光秀三部作その三「天王山山崎の合戦」

    1582年6月2日明智光秀本能寺において主君の織田信長を討った。天下取りに向け動き出したものの、事は計画通りに進まないまま、思いのほか早く岡山出張から帰ってきた秀吉にダメだしされて、わずか13日間の天下人に幕を閉じた。 その、思いのほか早く岡山出張から帰ってきた秀吉と一戦を交えたのが事変から11日後の6月13日、天王山の麓の山崎(現在の京都府大山崎町と大阪府島本町にまたがる地域)で新政権を...

  7. 大坂漫遊その29 - H.ABE SASAKI の日記

    大坂漫遊その29

    各位関東、東北の見張り役として、家康は江戸に入府したが、そのころの江戸は多くの河川の氾濫で、あまり人は住めなかった。そのため河川の改良、改修、整地に励まなければならなかった。これが、信長、秀吉の狙いだったのである。しかし、のちになり、家康が天下を取ると、各藩の勢力を伸ばさないため、この戦法を取り、徳川260年の政権維持につながるので無駄ではなかった。さて、信長はほぼ全土を掌握したが、残ったの...

  8. 明智光秀三部作その二「本能寺の変」 - SAMとバイクとpastime

    明智光秀三部作その二「本能寺の変」

    本能寺の変が起こった本能寺跡を訪れた。今はただ石碑と解説が残されているのみで面影や往時をしのぶものは何もない。(紫陽花にはチョット早かった) 信長の家臣として召し抱えられた光秀はその才能を遺憾なく発揮し地位を築いた。光秀は「明智家法」に「自分は石ころのような身分から信長様にお引き立て頂き、過分のご恩を頂いた。一族家臣は子孫に至るまで信長様のご奉公を忘れてはならない。」とかいている。一方信長は...

  9. おんな城主 直虎第49話「本能寺が変」~本能寺の変~神君伊賀越え~ - 坂の上のサインボード

    おんな城主 直虎第49話「本能寺が変」~本能寺の変~神...

    「敵は本能寺にあり!」 過去、大河ドラマにおいて数々の役者さんが発してきたこの台詞ですが、おそらく、明智光秀を演じられた役者さんは、みなさん、配役が決まったときからこの台詞をどのように吐くかを悩まれるんでしょうね。演出家さんや脚本家さんの意向とかもあるのでしょうが、光秀のいちばんの見せ場ですからね。この台詞を吐くために他の場面があると言っても過言ではないかもしれません。今回のそれは、躊躇して...

  10. おんな城主 直虎第48話「信長、浜松来たいってよ」~信長の駿河訪問~ - 坂の上のサインボード

    おんな城主 直虎第48話「信長、浜松来たいってよ」~信...

    甲州征伐で武田氏を滅ぼした織田信長は、その帰路、富士山見物に出かけます。これまで富士山が見られる地域は敵対してきた今川氏、武田氏の領地でしたから、おそらく富士山を間近で見たことはなかったのでしょう。富士山といえば、言わずと知れた日の本一の名山で、当時は信仰の対照でした。富士山を一度この目で見たいという願望は、魔王・信長といえども同じだったんですね。 このとき、富士山を有する駿河の国は、甲州征...

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