桃蹊のタグまとめ

桃蹊」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには桃蹊に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「桃蹊」タグの記事(11)

  1. 書を志して桃蹊 - 桃蹊Calligrapher ver.2

    書を志して桃蹊

    書を志して随分時間ばかりが過ぎましたが、まだまだ入り口の門の前でモタモタしています。200年先を目指していますから、ついそんなことにもなります。無限大の命のような、祈りでもある書とは「墨で文字を書く」ことにあります。よって文字を知る者であれば誰にでもできる自己表現です。その、誰にでもできることを、誰にもできないほど深く掘り下げる、生き方を問うているのもまた「書」であります。『書の究極は人物に...

  2. 若き頃の聖観音立像菩薩制作を訪ねる旅にて - 桃蹊Calligrapher ver.2

    若き頃の聖観音立像菩薩制作を訪ねる旅にて

    親不孝を重ねた私が、時を重ね老いた親の病に際してもう、やらなかったこと、できなかったことを悔やみたくないと今でしょう、という時の声に従い、母の故郷岩手の旅行を続けています。今回は、私がかつて若い頃にご縁いただき刻した聖観音菩薩を見ていたいものだ、ということで、奈良旅となりました。妹が同行し車を運転してくれることになり、奈良二泊の旅となりました。こんなこともなければ再会叶わなかったかもしれない...

  3. 奈良、時の雫映像作家保山耕一作品上映会 - 桃蹊Calligrapher ver.2

    奈良、時の雫映像作家保山耕一作品上映会

    奈良、時の雫映像作家保山耕一作品上映会奈良公園バスターミナルにて2020年12月27日『鳴』を描くまで写真和田聖ニさん自己表現の場ではあっても、俺が俺がと言った自己主張する場ではなく映像に寄り添うというか溶け込むことに集中して表現する、この場に集った方は皆さんは、自然にそうきっと心得ている場に、今回も身を置くことができました。保山さんからの14分にまとめられた美しい映像をいただいたときにはま...

  4. 299枚目の領収書 - 桃蹊Calligrapher ver.2

    299枚目の領収書

    昨日299番目の書の領収書をきりました。299、「華厳経唯心偈」(数字は手元を離れた作品の数ではなく)2014年の個展から、二十数年ぶり作家の仕事を再開してからは数少ない売る、売れる作品。奈良に来てからは自分で自分を評価して価格を決めなくてはならなくて、ざっくり表具代の2、3倍でなんとかなるかな?程度。も時折自信なく崩れる。生業という、言葉を意識しないことはなかったけれど、奈良に逃げるように...

  5. 百人一首 - 桃蹊Calligrapher ver.2

    百人一首

    百人一首おそらく随分も前からこの百人一首の美しい料紙は、あのショウウィンドウの中に居たのです。私が気づかなかった時から。そして気付いてから私を待っていてくれた、という気持ちになってしまうのは、大袈裟ではない正直な気持ちです。「物買ってくる、自分買ってくる」河井寛次郎の言葉を思い出します。私は描いてみたかったのです、一枚一枚手作りの美しい継紙のかるたです、私などが使ってしまうのは勿体ない気持ち...

  6. 桃のこと、書の究極は人物に歸するの事 - 桃蹊Calligrapher ver.2

    桃のこと、書の究極は人物に歸するの事

    今年は梅が終わるか、否 かのうちに、桜も桃も杏も木瓜も咲き始めました。桃といえば桃色なのでしょうが、今年は白だけが咲きました。「野に出れば人みな優し桃の花」 (高野素十)桃がつく名を老師からいただきましたので、この時期には思い出すこの句を部屋に飾ります。「萬葉集」には、「春の苑紅にほふ桃の花 下照る道に出て立つをとめ」とありますように、桃が健康的な乙女の姿とまばゆい命を表しているよう...

  7. 何のために  誰に届けたいのか? - 桃蹊Calligrapher ver.2

    何のために 誰に届けたいのか?

    わたしにはやりたかったことがかつてまあ、それなりにいくつもあったわけですが。今や今しかないと気負っっていたあの頃から 今は?といえばことに出会って、かれこれ理由を見つけ自分自身の脳裏に羅列して、諦めてきたこともあるには 、あるわけですが刻々と変わる感情さてなあ、今、が その時かはわからないけれど。今がいいんやないかんなあ、と冷静な判断ができない感情の高ぶり、理屈ではなく、それは結婚を決めると...

  8. Tokinowa ご恩送りについて - 桃蹊Calligrapher ver.2

    Tokinowa ご恩送りについて

    奉納展・ライブ「物語」老師の書物『塵涓抄』(足立大進著)に華厳経に触れた一節があります。「・・・華厳経というお経の中にこういうことが書いてあります。・・・帝綱珠とは・・・空いっぱいに張り巡らされた帝綱珠の珠の光は、全て反射しあって最後には自分の珠にうつる。そういった素晴らしい世界を華厳経では説いています・・・仏様の教えというのは、そういう世の中全ての存在の関わり合いで私たちが支えられて生かさ...

  9. 寂しい日 - 桃蹊Calligrapher ver.2

    寂しい日

    逢いたいなあ、逢いたいとふと湧いてくる想いがある。「忘れるなよ」って、言っているかもしれずアホ!そうね・・・忘れてる時もあれば思い出さないようにしている日もある日々、仕事が暮らし、暮らしが仕事。暮らしの時間に、感傷の隙間もなく働いているけど、なんやなあ、そう望んでいる泣きたい時だって私もある、ちょっとした、なんでもない瞬間にその隙間に寂しさが入り込んでSwitchを入れてしまうのを阻止して忘...

  10. 氷室神社御造替一隻六扇(六曲)屏風の物語 - 桃蹊Calligrapher ver.2

    氷室神社御造替一隻六扇(六曲)屏風の物語

    氷室神社ご造替奉納屏風の制作を終え、屏風として描いた作品の表具の仕上がりを待つばかりの今があります。少し、燃え尽き何とやらを過ごし、奈良の愛する場所を目的もなく呼吸を調えに歩きます。東に向かえば、いつもそこに御山が目に飛び込んできます。私は、私の表現は書を書くのではなく、描くのだと思っています。心象の風景に言霊を響かせたいという理想が私には常にあります。ですから、こうした広がりのある奥の深い...

  11. 法雨 - 桃蹊Calligrapher ver.2

    法雨

    白隠禅師座禅和讃に「衆生本来仏なり 水と氷の如くにて 水をはなれて氷なく 衆生の外に仏なし・・・ 此の身即ち佛なり」とあり若き頃通った円覚寺居士林で 幾度となく、般若心経と同じく唱えたものです。「衆生 本来 佛 なり」佛の弟子となる。佛への曖昧な自分自身の、意思表明の形を示すご縁を頂き、奈良に生きるのやから奈良東大寺で受戒させていただこう、とおもったのでした。何にも考えずに円覚寺...

総件数:11 件

似ているタグ