森鴎外のタグまとめ

森鴎外」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには森鴎外に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「森鴎外」タグの記事(34)

  1. 超訳鴎外の知恵 - 心の隅っこ、吹き溜まり

    超訳鴎外の知恵

    私の住む町は文豪ゆかりの土地で住居跡なども多くあります。住み始めた頃は、これといって何もない土地だなぁ・・・という印象でした。生活するのにも大型スーパーなども少ないし(あっても場所が遠い)。気の利いた商店街も、他の地域にはあるけど私の住む地域にはない。でも、地名だけはやたらと有名である。“向島”“向島”と名付けられたのには、諸説あるらしく決定的なものはないけど、浅草(西)側から見て隅田川の対...

  2. 作家とその娘 - サンカクバシ 土と私の日記

    作家とその娘

    ちょっと前の秋模様的な天気は幻だったようで、本日も酷暑でした。今年は自然災害が多く発生して、まだ年の半ばなのにこの先が思いやられます。過信は禁物です。くれぐれも身の危険を感じる前に行動して下さいね。さて連日制作の技法の記事なので陶芸制作に興味のない方にとっては退屈なものになってる事と思います。なので今日は著名な作家の事について私が感じた事を書いてみたいと思います。森茉莉、幸田文、萩原葉子の3...

  3. 森鴎外氏が認識する熊阪系譜②:熊阪台州氏(その2)37~「處士台州熊阪翁墓碑」④ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    森鴎外氏が認識する熊阪系譜②:熊阪台州氏(その2)37...

    「伊沢蘭軒(森鴎外)」はノンフィクションの史伝で、作中のわたしは森鴎外氏と捉えてもよいのだろうと思う。ただ、作中で捉える熊阪系譜は、熊阪盤谷氏と伊沢蘭軒氏や菊池五山氏との交流という範疇で捉えられる系譜であって、作者である森鴎外氏の捉える熊阪系譜の一部でしかないのではないのかなと思う。というのは、ここでは盤谷氏を通して台州氏や覇陵氏を語るが、鴎外氏自身は熊阪台州氏の作品にも造詣が深いことは先に...

  4. 森鴎外ゆかりの地 【北千住】 - ワタシ流 暮らし方   ☆アトリエきらら一級建築士事務所☆

    森鴎外ゆかりの地 【北千住】

    北千住は森鴎外所縁の地。現在、建替中ですが、このような工事の看板も良いですね!その地の歴史を知ることができます。森鴎外は、この地での臨床経験しかなかったようです。午後から、セミナーに行って参りました。建築関係の講習会に、参加することは多いのですが、異業種の人達の講演を拝聴するのは久しぶりです。事務所スペースをシェアしていただいて居るユナイテッド・ブックスの代表取締役 ハビックさんが出られて居...

  5. 森鴎外と福島36 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    森鴎外と福島36

    史伝「渋江抽斎(森鴎外)」を保氏の動向と関連付けた興味で読むのは、文学作品の読み方としては邪道であろう。しかし、この史伝がノンフィクションである故に、読者にその読み方の自由度が許容されるのではないかと勝手に思っている。これが、この作品を読み進めたいと思う原動力ともなる。ただ、鴎外氏自身も抽斎伝から離れて保伝になってしまわないように配慮していることが伺える。特に抽斎没後について、その時代を「斎...

  6. 森鴎外と福島35 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    森鴎外と福島35

    鴎外氏が求めた「抽斎ノ親戚並ニ門人」及び「抽斎の学説」の題での起稿に、しっかり応じることができる抽斎氏嗣子渋江保氏というのはどんな方なのだろうということが気になる。「渋江抽斎(森鴎外)」をその視点で眺め直す。渋江保氏と出会うきっかけになるのが、東京在住で渋江氏と交わった飯田巽(たつみ)氏と郷土史家として渋江氏の事績を知っている戸崎覚氏だが、この方々が「その4」で紹介される。「その5」で「道純...

  7. 森鴎外と福島34 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    森鴎外と福島34

    前回は、津軽地方の医学史、疾病史という地方史の研究に、「渋江抽斎(森鴎外)」の史伝を主要な資料の一つとして活用しているという観点から整理した。地方史研究の主要な資料となり得るのは、松本清張氏の指摘のように資料提供者の資料にフィクションの手法をほとんど施していないからだろう。その資料提供者というのが抽斎氏の息子である渋江保氏だ。鴎外氏は、史伝「渋江抽斎」執筆のため、抽斎氏の息子である渋江保氏に...

  8. 森鴎外と福島33 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    森鴎外と福島33

    「森鷗外と『北游日乗』・『北遊記』 ―函館,青森を中心として―(松本明知)」の序にあたるところに、「渋江抽斎(森鴎外)」の史伝を主要な資料の一つと位置付けて、津軽地方の医学史、疾病史の研究にまで深めていることが簡潔に紹介されている。具体例を拾う。例えば、松木明氏が、昭和28年(1953)頃から「渋江抽斎(森鴎外)」の史伝を資料として、津軽の医学史の研究を開始しているという。そして、昭和42年...

  9. 森鴎外と福島32 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    森鴎外と福島32

    「森鴎外と福島29」で、「渋江抽斎(森鴎外)」や「伊藤蘭軒(森鴎外)」などの作品に登場する探索方法を追試されたり、地域資料を元に作品の補強資料を探し出したりする散策情報についてふれた。その情報の一つが、「日曜スケッチ散歩」というページだ。http://aki.art.coocan.jp/frame-top.htmlこのページについては、先に「『伊沢蘭軒(森鴎外)』と福島④」と「『伊沢蘭軒(森...

  10. 森鴎外と福島29 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    森鴎外と福島29

    「渋江抽斎(森鴎外)」を読み進んでいる。この作品を普通に読み進んでいく中で、「日本種痘の恩人」から横糸のように紡がれる池田家宗家に出会いたいという思いだ。前回は、その3からその12まで鴎外氏が抽斎氏を知り確認していく経緯が語られていく辺りを整理したが、このあたりまで読み進むと、さほど読みづらさを感じなくなってくる。「日本種痘の恩人」から横に読んでいったときには、「渋江抽斎(森鴎外)」の作品は...

  11. 森鴎外と福島28 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    森鴎外と福島28

    その3からその12まで鴎外氏が抽斎氏を知り確認していく経緯が語られていくのだが、その過程で渋江抽斎氏の全体像が明らかになっていく。鴎外氏が抽斎氏を知るようになるのは、武鑑収集がかかわるようだ。武鑑については、その3で簡単に解説されているが、要は、徳川時代の武家にかかわる情報を収載したものらしい。いわば紳士録と履歴書とをあわせたようなものなのだとか。歴史家はそれを読み解くことによって、徳川時代...

  12. 森鴎外と福島27 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    森鴎外と福島27

    「渋江抽斎(森鴎外)」その2で、抽斎氏は躋寿館(せいしゅかん)の講師になったことが紹介される。作品では、躋寿館は明和2年(1765)に多紀元孝が医師の教育のため、神田佐久間町に建てた私塾から出発し、寛政3年(1791)に、幕府が医師養成の重要性を認めて官立とし医学館と改称規模を拡大したものであることは紹介される。ただ、この多紀元孝氏が幕府奥医師の漢方医であることや、次のような江戸時代の医学事...

  13. 森鴎外と福島26 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    森鴎外と福島26

    三十七年如一瞬学医伝業薄才伸栄枯窮達任天明安楽換銭不患貧「渋江抽斎(森鴎外)」では、冒頭に、渋江抽斎の作だとして上記の漢詩が提示される。古文に疎い散歩人としては、この事をもって作品を読む障壁となって読み進もうという気が削がれてしまう。しかし、よく見ると、以下のようにその読みが記されているのだ。三十七年如一瞬(さんじゅうしちねんいっしゅんのごとし)学医伝業薄才伸(いをまなびぎょうをつたえてはく...

  14. 森鴎外と福島25 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    森鴎外と福島25

    まだ「渋江抽斎」を一つの作品と読めていない。作品を眺め回して、その全体をつかもうとしている段階だ。鴎外氏の「渋江抽斎」の調査経緯が説明されるのは、その3からその12までだが、まずは、鴎外氏が「渋江抽斎」を知った経緯が説明される。その内容は、「渋江抽斎」氏の性癖と自らのフェチとの同一化という文学的な意義も兼ねているのかなと思っている。次には、渋江抽斎の詳細を知る人に出会い、その時代にまだご存命...

  15. 森鴎外と福島24 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    森鴎外と福島24

    前回は、「日本種痘の恩人」から横糸のように紡がれた「渋江抽斎」その16からその20までの池田家宗家の墓探しの話を読み、そこから、「伊沢蘭軒」その87から90までの福島市大町在住池田宗家第5世池田鑑三郎氏の案内でその関係性か確認されるということに辿り着く読み方をした。今度は、「渋江抽斎」の作品を読む中で、池田家宗家の話に出会うという読み方をしてみたいと思っている。この作品、東北という限定した地...

  16. 森鴎外と福島23 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    森鴎外と福島23

    池田家宗家については、先に「伊藤蘭軒(森鴎外)」の作品とのかかわりで整理したところだった。〇「伊藤蘭軒(森鴎外)」と福島http://kazenoshin.exblog.jp/23505927/〇「伊藤蘭軒(森鴎外)」と福島②http://kazenoshin.exblog.jp/23508109/〇「伊藤蘭軒(森鴎外)」と福島③http://kazenoshin.exblog.jp/235...

  17. 森鴎外と福島22 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    森鴎外と福島22

    鴎外氏は、「日本種痘の恩人」を読んでから、「渋江抽斎」のその16からの「池田瑞仙の墓をたずねる」を読んでほしかったと思ったのにはもう一つの訳がある。先に「伊沢蘭軒」の作品中に島市大町在住の池田家宗家末裔鑑三郎氏が登場することを整理した。ここから鴎外氏の墓探しを追試する散歩資料を元に池田家宗家についての概要を整理してみた。実は、その後、「渋江抽斎」の作品の中の池田家宗家にかかわるその16からそ...

  18. 森鴎外と福島21 - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    森鴎外と福島21

    「歴史其儘と歴史離れ」の中では、歴史小説は、「山椒大夫」のように(まだまだだとはいいながらも)「歴史離れ」が大切だとしているように思える。そして、この対極に「椙原品」や「栗山大善」の作品を挙げ、こちらは「歴史離れ」が全くできていない作品で、殆ど単に筋書をしたのみの物になっているとしているように読み取る。しかし、氏の最晩年の文業を飾るものは「渋江抽斎」から「伊沢蘭軒」へ連なり、そこから「北條霞...

  19. 森鴎外と福島⑱ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    森鴎外と福島⑱

    鴎外氏は、歩兵第四聯隊営視察後の散策で「新寺小路孝勝寺三澤光子の墓に往」ったことを、「歴史小説」創作につなげている。それが、「椙原品」という作品だ。青空文庫で読める。http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2081_23048.html 作品の最後が、以下のようにしめられていることから、これが大正4年に創作されたものであることが分かる。私は去年五...

  20. 森鴎外と福島⑯ - 風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)

    森鴎外と福島⑯

    仙台衛戍病院飯坂分院は、その後、次のような経緯をたどるようだ。昭和20年12月には厚生省に移管されて、国立飯坂病院と改称される。昭和28年6月には福島県に移譲されて「福島県立飯坂病院」となる。その後、福島県立リハビリテーション飯坂温泉病院と改称される。他の軍が保有する医療機関も同様な経緯をたどるのだろうと勝手に想像するところだが、確認すると、この病院の特殊性から微妙な違いもあるようだ。全国的...

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