楠木正成のタグまとめ

楠木正成」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには楠木正成に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「楠木正成」タグの記事(9)

  1. 太平記を歩く。その191「石清水八幡宮」京都府八幡市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その191「石清水八幡宮」京都府八幡市

    京都府八幡市の男山山中に鎮座する「石清水八幡宮」を訪れました。貞観元年(895年)の創建と言われる石清水八幡宮は、数々の歴史の舞台に登場する大社ですが、『太平記』の時代にも、その地理的要衝から恰好の軍事目標となり、何度も軍事拠点となって兵火にも晒されました。 『太平記』で最初に石清水八幡宮が登場するのは、配流先の隠岐島を脱出した後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)が船上山に立てこもると、...

  2. 太平記を歩く。その177「楠母神社跡」大阪府富田林市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その177「楠母神社跡」大阪府富田林市

    前稿で紹介した妣庵観音寺から府道209号線を挟んで東へ5分ほど歩いたところの丘の上に、かつて存在した「楠母神社」の廃墟跡があります。ここは、その名のとおり楠木正成の夫人・久子を祭神とした神社でした。 入口には門柱の跡が残っていて、その側には「楠母神社創建の経緯」を記した扇型の石碑があります。 以下、碑文。楠母神社大阪府南河内郡東條村矢佐利。この地は贈正一位橘朝臣正成公夫人誕生の地なり。楠公父...

  3. 太平記を歩く。その96「阪本城跡(大倉山公園)」神戸市中央区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その96「阪本城跡(大倉山公園)」神戸市中央区

    前稿で紹介した廣厳寺のすぐ北に、大倉山公園という市民憩いの場があるのですが、ここに、かつて楠木正成が築いた阪本城があったといわれているそうです。 阪本城が築かれたのは、建武年間(1334年~1338年)だったと考えられているそうですが、詳しいことはわかっていません。ただ、時期的に見て、「湊川の戦い」に何らかの役割を果たしていたと考えられるでしょうね。 公園は高台になっており、現在は高層の建物...

  4. 太平記を歩く。その95「廣厳寺」神戸市中央区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その95「廣厳寺」神戸市中央区

    「その92」「その93」「その94」で紹介した湊川神社から400mほど北上ところに、廣厳寺という寺院があります。ここは別名「楠寺」とも呼ばれ、楠木正成の菩提寺となりました。正成は「湊川の戦い」を前にしてこの寺に参り、明極禅師と問答して大いに悟って戦いに臨んだと伝えられます。 また、正成と弟の楠木正季が自刃したのも、ここ廣厳寺の塔頭だったとも言われます。戦歿地としては「その92」で紹介した湊川...

  5. 太平記を歩く。その90「楠木正成本陣跡」神戸市兵庫区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その90「楠木正成本陣跡」神戸市兵庫区

    神戸市兵庫区の山の手にある会下山公園を訪れました。ここは、湊川の戦いにおいて楠木正成が陣を布いたといわれるところです。 『太平記』には楠木正成軍が陣を置いた地について、「湊川の西の宿にひかえて、陸地の敵に相向う」と記されており、『梅松論』には「湊川の後ろの山より里まで」とあります。それらの条件を満たす場所といえば、高台になっているこの場所なんですね。現在は、見晴らしのいい公園になっており、そ...

  6. 太平記を歩く。その87「櫻井驛跡(楠公父子訣別之所)」大阪府三島郡島本町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その87「櫻井驛跡(楠公父子訣別之所)」...

    大阪府と京都府の府境近くに位置する「櫻井驛跡」を訪れました。「駅跡」といっても現代でいうところのそれではなく、古代律令制度下の「駅家」の跡です。ここは、「楠公父子訣別之所」として知られています。 『太平記』によると、建武3年(1336年)、九州から大軍を率いて上洛してくる足利尊氏を討つべく湊川に向かう楠木正成が、この地で11歳になる嫡子・楠木正行に訓戒を与え、河内国に帰らせたと伝えられていま...

  7. 楠木正成の旗印について~「非理法権天」と正成が結びついたのは?~ - とらっしゅのーと

    楠木正成の旗印について~「非理法権天」と正成が結びつい...

    以前、北畠顕家や新田義貞の軍旗について話題にしました。今回は、楠木正成について。正成を祀った湊川神社には、二種類の旗が残されているようです。一つは、楠木氏の家紋である菊水が描かれた下に「非理法権天」と書かれているもの。割に有名ではないかと思います。もう一種類、「蟠龍起萬天」という言葉の下に竜の絵が描かれ、右に「元弘辛未歳二月日」、左に「橘正成」とあるものもあります。これらの旗につきましては、...

  8. 太平記を歩く。その66「打出合戦、大楠公戦跡の碑」兵庫県芦屋市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その66「打出合戦、大楠公戦跡の碑」兵庫...

    建武3年(1336年)2月10・11日に起きた、打出合戦の地を訪れました。現在、その跡地である兵庫県芦屋市楠木町には、「大楠公戦跡」と刻まれた巨大な石碑があります。 「建武の新政」に不満を募らせた武士たちの期待に呼応するかたちで、後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)に反旗を翻した足利尊氏は、建武2年(1335年)12月11日、攻め寄せた新田義貞軍を箱根竹ノ下で撃破すると、その勢いで、翌年...

  9. 太平記を歩く。その25「持尾城跡」大阪府南河内郡河南町 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。その25「持尾城跡」大阪府南河内郡河南町

    前稿で紹介した嶽山城(龍泉寺城)から千早赤阪村を挟んで6kmほど北西にある、持尾城跡を訪れました。ここも、元弘2年(1332年)に楠木正成が築いたと伝えられる城です。 持尾地区は道が狭く車を停める場所がないと聞いたので、途中で車を置いて歩きます。 こんな誘導サインがあるので、すぐにわかります。 ここから西側の眺望です。右に見えるのが某教団の平和の塔、左に見えるのが嶽山城(龍泉寺城)のある嶽山...

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