楠木正成のタグまとめ

楠木正成」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには楠木正成に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「楠木正成」タグの記事(10)

  1. 太平記を歩く。 その104 「楠木正成首塚(杜本神社)」 大阪府羽曳野市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その104 「楠木正成首塚(杜本神社)...

    大阪市羽曳野市にある杜本神社にも、楠木正成の首塚があると聞いて訪れました。 神社入り口には、「水分神社併楠公遺物陳列場」と刻まれた石柱があります。「水分神社」とは、「その21」の稿で紹介した千早赤阪村にある建水分神社のことだと思いますが、「楠公遺物陳列」というのは、正成の首ってことでしょうか? 鳥居をくぐって丘の上にある本殿を目指します。 こちらは拝殿です。 由緒書きには、たしかに「大楠公首...

  2. 太平記を歩く。 その103 「楠木正成首塚(観心寺)」 大阪府河内長野市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その103 「楠木正成首塚(観心寺)」...

    楠木正成の廟所は「その94」で紹介した神戸市の湊川神社にありますが、前稿で紹介した大阪府河内長野市にある観心寺には、正成の首塚があります。 こちらが正成の首塚です。石碑に刻まれた「非理法権天」の文字は、「非は理に勝たず、理は法に勝たず、法は権に勝たず、権は天に勝たず」という意味の漢詩で、正成が旗印として用いたと言われています。 まるで天皇陵のような厳かさです。 門扉には、楠木家の家紋「菊水」...

  3. 太平記を歩く。 その102 「観心寺」 大阪府河内長野市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その102 「観心寺」 大阪府河内長野市

    大阪府河内長野市にある観心寺を訪れました。ここは、観心寺は楠木正成一族の菩提寺で、正成の少年時代の学問所だったという伝承もあります。 山門横では、正成の騎馬像が迎えてくれます。神戸の湊川公園の騎馬像よりは小振りなものです。 逆光の撮影なのでわかりにくいですが、精悍な顔をしています。 観心寺の寺伝によると、大宝元年(702年) に役小角によって開かれ、当初は雲心寺と称したとされますが、天長4年...

  4. 太平記を歩く。 その101 「真光寺」 神戸市兵庫区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その101 「真光寺」 神戸市兵庫区

    神戸市兵庫区にある真光寺を訪れました。一遍上人が中興の開祖として知られる同寺ですが、「湊川の戦い」の戦後、足利尊氏が楠木正成の供養を行ったと伝わる寺でもあります。 正成の首は前稿で紹介した阿弥陀寺の石の上で首実検が行われたあと、京の六条河原に1日だけ晒されますが、その後、尊氏はここ真光寺において正成の大供養会をとりおこない、首は正成の本拠地である河内の水分に届けさせたと、『太平記』は伝えます...

  5. 太平記を歩く。 その100 「阿弥陀寺(楠木正成首改め石)」 神戸市兵庫区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その100 「阿弥陀寺(楠木正成首改め...

    神戸市兵庫区にある阿弥陀寺にやってきました。ここには、湊川の戦いに勝利した足利尊氏が、討死した楠木正成の首実検を行ったと伝わる石があります。 本堂です。 境内の一角に、池を松が囲んだ庭園風の場所があります。その池の中央に、大きな石があるのですが、これが「楠木正成首改め石」だと伝わるものです。 説明板によると、池中の大石は、平清盛が魚を供養するために建てた魚の御堂礎石とも伝えられますが、延元...

  6. 太平記を歩く。 その96 「阪本城跡(大倉山公園)」 神戸市中央区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その96 「阪本城跡(大倉山公園)」 ...

    前稿で紹介した廣厳寺のすぐ北に、大倉山公園という市民憩いの場があるのですが、ここに、かつて楠木正成が築いた阪本城があったといわれているそうです。 阪本城が築かれたのは、建武年間(1334年~1338年)だったと考えられているそうですが、詳しいことはわかっていません。ただ、時期的に見て、「湊川の戦い」に何らかの役割を果たしていたと考えられるでしょうね。 公園は高台になっており、現在は高層の建物...

  7. 太平記を歩く。 その95 「廣厳寺」 神戸市中央区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その95 「廣厳寺」 神戸市中央区

    「その92」「その93」「その94」で紹介した湊川神社から400mほど北上ところに、廣厳寺という寺院があります。ここは別名「楠寺」とも呼ばれ、楠木正成の菩提寺となりました。正成は「湊川の戦い」を前にしてこの寺に参り、明極禅師と問答して大いに悟って戦いに臨んだと伝えられます。 また、正成と弟の楠木正季が自刃したのも、ここ廣厳寺の塔頭だったとも言われます。戦歿地としては「その92」で紹介した湊川...

  8. 太平記を歩く。 その94 「楠木正成墓所(湊川神社内)」 神戸市中央区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その94 「楠木正成墓所(湊川神社内)...

    前稿、前々稿で紹介した湊川神社の境内には楠木正成の墓所があります。 墓所の入口門です。墓所です。 この正成の墓は、正成の死から350年以上経った元禄5年(1692年)に、水戸黄門の呼び名で知られる徳川光圀によって建てられたものです。 墓碑に刻まれた「嗚呼忠臣楠子之墓」の文字は、光圀公の揮毫だそうです。裏面には明の遺臣・朱舜水の作った賛文が刻まれているそうです。この墓碑建立の実務を担当したのは...

  9. 太平記を歩く。 その93 「楠木正成戦歿地」 神戸市中央区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その93 「楠木正成戦歿地」 神戸市中央区

    前稿で紹介した湊川神社の本殿の裏に、何やら特別な場所といった感じの一角があります。近寄ってみると、「楠木正成公戦歿地」と刻まれています。 延元元年/建武3年(1336年)5月25日に起きた「湊川の戦い」で、足利尊氏の弟・足利直義軍と戦った楠木正成は、激戦の末、弟の楠木正季と共に自刃して果てますが、ここがその場所だったということでしょう。 「戦歿地」は玉垣に囲われていて、門が閉ざされています。...

  10. 太平記を歩く。 その92 「湊川神社」 神戸市中央区 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その92 「湊川神社」 神戸市中央区

    前稿で紹介した湊川公園から直線距離にして800mほど東にある湊川神社を訪れました。ここは「湊川の戦い」で討死した楠木正成を祀る神社で、境内には正成の墓所があります。 湊川神社の創建は比較的新しく、明治元年(1868年)、明治天皇(第122代天皇)が正成の忠義を後世に伝えるために神社の創建を命じ、明治5年(1873年)に創建されました。 全国にある「建武中興十五社」の一社でもあり、「別格官幣社...

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