楠木正成のタグまとめ

楠木正成」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには楠木正成に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「楠木正成」タグの記事(3)

  1. 太平記を歩く。 その194 「楠木正儀の墓」 大阪府南河内郡千早赤阪村 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その194 「楠木正儀の墓」 大阪府南...

    「その15」で紹介した千早城跡から「その16」「その17」で紹介した金剛山に登る登山道に、楠木正儀の墓と伝わる五輪塔があります。 楠木正成の三男・楠木正儀は、正平3年/貞和4年(1348年)1月5日の「四條畷の戦い」で兄の楠木正行・正時が討死すると、楠木家の家督を継いで南朝方の先鋒武将として各地で戦い続けます。 足利幕府内の内紛・「観応の擾乱」に乗じて正平7年/文和元年(1352年)には、一...

  2. 太平記を歩く。 その191 「石清水八幡宮」 京都府八幡市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その191 「石清水八幡宮」 京都府八幡市

    京都府八幡市の男山山中に鎮座する「石清水八幡宮」を訪れました。貞観元年(895年)の創建と言われる石清水八幡宮は、数々の歴史の舞台に登場する大社ですが、『太平記』の時代にも、その地理的要衝から恰好の軍事目標となり、何度も軍事拠点となって兵火にも晒されました。 『太平記』で最初に石清水八幡宮が登場するのは、配流先の隠岐島を脱出した後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)が船上山に立てこもると、...

  3. 太平記を歩く。 その177 「楠母神社跡」 大阪府富田林市 - 坂の上のサインボード

    太平記を歩く。 その177 「楠母神社跡」 大阪府富田林市

    前稿で紹介した妣庵観音寺から府道209号線を挟んで東へ5分ほど歩いたところの丘の上に、かつて存在した「楠母神社」の廃墟跡があります。ここは、その名のとおり楠木正成の夫人・久子を祭神とした神社でした。 入口には門柱の跡が残っていて、その側には「楠母神社創建の経緯」を記した扇型の石碑があります。 以下、碑文。楠母神社大阪府南河内郡東條村矢佐利。この地は贈正一位橘朝臣正成公夫人誕生の地なり。楠公父...

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