教育・学問ジャンル×歴史のタグまとめ

歴史」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには歴史に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「歴史」タグの記事(447)

  1. 【浅草近代迷信紀行】紙玉仁王と西郷隆盛像+瓜生岩子像【像は燃えても迷信残る】 - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【浅草近代迷信紀行】紙玉仁王と西郷隆盛像+瓜生岩子像【...

    2018/2/10(浅草寺旧仁王門仁王像、戦災焼失)運慶作と噂された。「国際写真情報」s6/2浅草寺大観、国際情報社より豊国(スミソニアン・インスティテューションより外国人観光客による旧仁王門(本堂側から)、仁王は本来本堂から向かって見ます。左右が阿吽となります、1903年)同じ角度ですが明治初期ごろ。灯籠はなく簾を立て掛けた板屋根の店が見られます。風神雷神像もありましたがそちらは戦火をくぐ...

  2. 【歳時記7月】幸いと書いて幸神社の謎(京都、銀座、大井追記)、東京タワーと石仏もろもろ妄想2016年【塞の神】 - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【歳時記7月】幸いと書いて幸神社の謎(京都、銀座、大井...

    2017/2/9「幸神社」は港区に古くからあった村社でしたが、増上寺拡張にともない村が移転していったあと荒廃し、増上寺僧の夢のお告げによって再興されたといいます。氏子に良い事が連続したことから幸神社と名付けられたそうです。現在は稲荷社となっていますが、「サイワイノカミ」という読みから「賽の神」であったのではないかとも考えられています。京都御所の北に桓武天皇創建と伝える幸神社(さいのかみのやし...

  3. 【司馬江漢漫遊記】京都にまだ大仏あり、生月島はわりとそのまま【現代写真付き】 - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【司馬江漢漫遊記】京都にまだ大仏あり、生月島はわりとそ...

    :画図西遊譚(西遊旅譚)司馬江漢18世紀末の京都三条大橋から四条現在景色は建物や木々にはばまれこのようには見えません。当時も見えていたかどうか・・・(参考、丸太町橋から)★戦前(戦中だったっけ)に室戸台風で壊れた江戸時代からの三条大橋、唯一残った巨大な欄干が庭園装飾として残った。現地に石柱も残る。極端な司馬江漢の描法で距離はバラバラだが方向はわかりやすい。清水寺子安塔??八坂の塔?方広寺大仏...

  4. 【浮世絵つれづれ】北英、師匠北斎の化け物を役者に斬らせようとする【季節外れ】 - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【浮世絵つれづれ】北英、師匠北斎の化け物を役者に斬らせ...

    2019/10/30春梅斎北英。大阪の絵師。文政から天保の九年間だけ活動するが(浮世絵師は明治に至るまでこの短期決戦パターンが多い)、初期から技巧に優れ、役者絵での人物の力の漲る体躯と面相の強さが、とくに後のほうに明らかである、と思う。春江斎、雪花楼など時期を経て名を多く使い、印はまた風雅な言葉で作られいかにも上方風である。北、春を頂いた絵師による江戸後期の上方絵の流れはここで絶えたというこ...

  5. 【衆人環視】鎌倉事件とワーグマンスケッチ、Illustrated London News【斬首刑始末】 - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【衆人環視】鎌倉事件とワーグマンスケッチ、Illust...

    2019/10/20鎌倉事件は幕末1864/11/21(元治元年)東禅寺事件や生麦事件など外国人殺傷事件の相次ぐ中、景勝地鎌倉で起こった英国人2名の殺害事件で、当時膨大な賠償金支払いや過酷な要求に押し切られるばかりの幕府方が犯人の、駐留英国人衆目下での斬首という要求をのんだ。〜幕末の鶴岡八幡宮参道(段葛)より左に大仏道があったが、この正面少し左、大木の生えているところ辺り。ここが殺害現場とい...

  6. 【過去記事】十二階凌雲閣に関する情報整理3.関連情報、浅草寺【再編成】 - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【過去記事】十二階凌雲閣に関する情報整理3.関連情報、...

    元記事(更新停止)アルバム〜浅草六区の十二階凌雲閣は大正の大震災で半壊され危険なので、赤羽工兵隊の手で爆破した。明治二十三年に出来てから僅か三十四年の寿命でこの世から消えた。 十階までは八角形の総練瓦、十一、十二階は木造で高さは二百二十尺、総経費五万五千円。入場料大人六銭、軍人小児三銭也。日清役後は洋風画で台湾ボウコ島、遼東半島ののぞき絵や、東京美人の写真を各階に並べ、三階に西洋音楽を聞かす...

  7. 【過去記事】十二階凌雲閣に関する情報整理2.十二階遠景・残骸【再編成】 - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【過去記事】十二階凌雲閣に関する情報整理2.十二階遠景...

    元記事(更新停止)十二階は帝都初のランドマークとなった。〜浅草公園遠望。十二階と浅草パノラマ館の間が六区。上野から「博覧都市江戸東京」江戸東京博物館h5〜明治四十一年「東京名所図会」下谷浅草附近遠望、と称する写真。左上に薄く十二階が写っています。(復刻版よりはるかにクリアな写真です。。)〜同じ頃と思われる絵葉書。この構図で何パターンかあるようです。〜明治四十一年「東京名所図会(復刻本)」上野...

  8. 【過去記事】十二階凌雲閣に関する情報整理1.十二階近景整理【再編成】 - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【過去記事】十二階凌雲閣に関する情報整理1.十二階近景...

    数年前に記事をあげたものですが、大量の写真と文章と動画をつけているため編集規制がかかってしまいました。少しではありますが資料も増えているため、記事を分けてこちらを更新することにします。元記事(更新停止)浅草十二階「凌雲閣」は明治23年に浅草寺北西の六区の北、千束に建てられた当時としては日本一の民営の高層タワー。当初周囲に何も高い建築物が無く、夜はまばゆい無数のアーク灯がぐるりをめぐる窓のすべ...

  9. 1999/5高知大分石仏とTシャツ展と100年ぶりの墓参り旅(2)大分国東編 - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    1999/5高知大分石仏とTシャツ展と100年ぶりの墓...

    こちらのつづきです臼杵→三重町駅→タクシーしかない→菅尾磨崖仏(すごい、ベンガラ彩色は近所の爺さんが塗った説も聞いた)→菅尾駅→緒方駅→原尻の滝(東洋のナイアガラ、、、)荒平の池石仏→蒸し風呂跡→宮迫磨崖仏(三尊が谷を挟んで2窟、細面で大野川流域の藤原時代石仏からはすこし時代が下るか)東石仏西石仏緒方駅→豊後竹田→タクシーで強引に岡城上までいってもらえたキリシタン洞窟礼拝堂下車観音寺の十六羅...

  10. 【江戸切支丹屋敷】八兵衛は夜泣く【シドッチ神父発見】 - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【江戸切支丹屋敷】八兵衛は夜泣く【シドッチ神父発見】

    (穴の中に逆さ吊りする拷問、これは想像図役方の八兵衛は収容キリシタンにより改宗。穴吊りのうえ生き埋めにされ、上に大石で封じられた。「八兵衛苦しいか」と問うとカタカタ揺れたという。これは伝承であり、抜け穴説など検証が必要な話ではある。):現在地蔵も破壊されツギハギになっているが、前の黒い石が八兵衛石の残欠ではないか?中沢新一さんのディープ東京本を感傷的になぞった深夜番組(録画)を見ていたら、古...

  11. 【田舎なのに大変化】絵葉書でたどる高知ひとむかし【人工彩色処理】 - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【田舎なのに大変化】絵葉書でたどる高知ひとむかし【人工...

    大杉大杉漣さんが「漣ぽっスペシャル」で冒頭おとずれたところ。。越知佐川よりしばらく行って仁淀川の深く分け入る山の中、「落ち武者」伝承が語源ともされています。背後に岩山の横倉山、アプローチが悪く横倉宮までは登ったことがありません。このへんの崖の風景を絵葉書にしたものも多くあります。「落ち」てきた安徳天皇陵参考地があります。鎌井田越知よりさらに山を越え仁淀川沿いに行った先にある幅狭い集落です。手...

  12. 【明治浅草写真館】写真を称してキリシタンと呼び荒神様に怒られると【江戸から東京へ】 - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【明治浅草写真館】写真を称してキリシタンと呼び荒神様に...

    江崎明治四年、江崎禮ニ橫濱より歸來して其宇田川町荒物屋武藏屋の二階借りして寫眞師となりしが、まだこの頃ほひは、寫眞を称してキリシタンと呼ぶ迷信なり、御客といって極めてあらず、赤貧縫うが如き生活、或時飯を焚かんとすれど燃料に苦しみ、隣家で捨てた古下駄を拾って、彌々飯を炊いてゐる處へ、武蔵屋の妻君に見付かり、荒神檨に罰が当ると叱りを受け、折角燃いているを搔き消し、切火を打つやら、塩を振りまく喧ぎ...

  13. 【江ノ島いにしえの風景】絵葉書と古写真で見る神奈川海の情景(漫画追記、箱根地蔵、司馬江漢、ザ・ファー・イースト写真、ライデン大学、横浜開港資料館、遊行寺、段葛、青銅鳥居追記)【郷愁】 - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【江ノ島いにしえの風景】絵葉書と古写真で見る神奈川海の...

    2018/3/12現在先代の江ノ島展望台明治中期(弁天洞窟)撮影:小川一真写真館、前者は英国の写真集、後者は小川一真による写真集より。共に明治後期出版。同じですね。昭和初期戦後、本洞(富士の人穴まで続いているとされた)のあたりは明治時代と変わらないが、もう一つの洞窟への橋が架けられている。~片瀬で電車を下りると、両側に土産物店が軒を並べてうるさく客を引く。桟橋を渡って岩山道を窟に向ふのである...

  14. 【石仏】いろんなおしゃかさまだけでなく【野のほとけ】 - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【石仏】いろんなおしゃかさまだけでなく【野のほとけ】

    古いフィルム写真が多いのすいません。古くても30年くらいだとは思います。日本中かな。

  15. 【東京駅丸の内】三菱が原のお艶殺しの思い出【有楽町そのむかし】 - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【東京駅丸の内】三菱が原のお艶殺しの思い出【有楽町その...

    東京駅八重洲口大名小路近辺(練兵場跡含む)谷崎潤一郎さんのお艶殺しは実話、という話を読んで、ん、と思ったらこれだった。名前だけ、大正になって借りた形で、中身は違う。<谷崎版お艶殺しのあらすじ>駿河屋お艶は番頭新助と船宿に駆け落ちする。しかし船頭清次が横恋慕、柳橋の料亭で新助を酔いつぶし子分に殺させようとする。大川端で返り討ちにした新助はすべてを悟り清次の家に行くがお艶はいない。そこで清次の妻...

  16. 【神田上水懸樋】画像まとめ~江戸から明治、そして現在 - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【神田上水懸樋】画像まとめ~江戸から明治、そして現在

    〜広重初代ほかwikipediaより~神田上水懸樋(かんだじょうすいかけひ)は、江戸時代に神田上水が神田川を跨ぐ地点に設置されていた懸樋(掛樋)。現在の東京都千代田区神田三崎町と文京区本郷の間の神田川上空に架けられ、木製の木樋や石製の石樋が主に使われた。現存しないが、跡地には石碑が設置されている。水道橋という駅名の由来にもなった。※現在クルーズ船が出ていて、明治までのお茶の水渓谷の感じが比較...

  17. 【東京墓マイラー】多磨霊園、雑司が谷墓地、護国寺墓地、青山霊園(まとめ)+深川共葬墓地の起源は江戸三十三間堂にあり - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【東京墓マイラー】多磨霊園、雑司が谷墓地、護国寺墓地、...

    <多磨霊園>雑巾を忘れてしまい体力的にも剪定草取りは無理と判断、早々に引き上げました。。あまりいつも時間がないので帰りがてら巡礼。江戸川乱歩さん徳川夢声さんほか。 https://pic.twitter.com/uxbhdFNhy2野村家は野村胡堂こと野村あらえびすさんが眠るところです。銭形平次もテレビでやらなくなったなー。平井家が江戸川乱歩さん。戒名がかっこいい。幻城乱歩居士。あと田山花袋...

  18. 【富士講】富士塚を並べてみた【過去記事まとめ】写真ならまだまだあります - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【富士講】富士塚を並べてみた【過去記事まとめ】写真なら...

    品川富士浜川戸富士塚(重行公居館跡)春日部〜明治34年「東京名所図会」日本橋区より南茅場町永田馬場日枝神社御旅所。向かって右脇に文政年間の富士塚(浅間神社、現存せず)江戸名所図会に飛鳥明神社(飛鳥社小塚原天王社)が掲載され、現在の素盞雄神社(飛鳥明神も祀られている)とされる。瑞光石の塚の逸話が書かれ、小塚原の起源とある。これは現存し富士塚に転用された。千住大橋手前のこの社の箇所より通称コツ通...

  19. 【かつて国民だった神の社】九段坂・靖国神社思うところ逍遥【燈明台】 - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【かつて国民だった神の社】九段坂・靖国神社思うところ逍...

    花見の靖国:番町皿屋敷、九段牛ヶ淵(左上、原画都鏡・補写河鍋暁斎)安治の東京真画は元が安く大量に種類があるのでそもそも難しい。師匠の簡略丸写しが六割、ダリ式に名前だけ清親と入れ替えてるものが多い。自分の手元のものなんてほとんど清親コピーだと思う(わかってて手軽で安いから買っただけ)。刷る色違いがあるので自身のものでも別物に見えるやつがあるのだからほんとややこしい。また清親とは少し「変えた」劣...

  20. 【江戸の残り香】山田浅右衛門の墓に血の匂いはもうしない【消えたオカルト】 - 揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

    【江戸の残り香】山田浅右衛門の墓に血の匂いはもうしない...

    <山田浅右衛門墓の不思議>:宮武外骨「文明開化」「首切り浅右衛門」でおなじみ罪人の斬首役、山田浅右衛門一族は明治までその役目を続け、刀の鑑定から人肝などの薬の販売で独特の地位を築いていた。しかし役目を終えてからは風雅な趣味の本のほか目立った活動をみない。どこか怖れられるところはあったろう。古い本はあいまいということはあるが昭和5年の史跡本によれば深川霊巌寺に墓があり代々(家)の戒名が刻まれて...

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