津軽のタグまとめ

津軽」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには津軽に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「津軽」タグの記事(73)

  1. 津軽の冬 四十八景 - お出かけ日和 - ギャラリー同仁斎

    津軽の冬 四十八景 - お出かけ日和

    たまの雪晴れの日には お買い物!光輝く雪面が目に眩しい!

  2. 津軽の冬 四十八景 - ススキ野・金木町 - ギャラリー同仁斎

    津軽の冬 四十八景 - ススキ野・金木町

    津軽野を歩き、よく目にするものは田んぼの中に立つ電柱である。そして電柱と電柱を結ぶ電線。冬には耳に届く“もがり笛”の悲し気な音。津軽野を吹き抜ける風の音は、幾多の飢饉で死んだ亡者の悲鳴かうめき声か。二十歳のわたしには心地よい音楽のように聞こえた。画像をクリックすると拡大できます富士には月見草がよく似合う、といったのは太宰治。津軽野には芒(ススキ)が似合うと言ったなら、この町(金木)出身の太宰...

  3. 津軽の冬 四十八景 - 時化る海・小泊 - ギャラリー同仁斎

    津軽の冬 四十八景 - 時化る海・小泊

    海岸線沿いの砂利道を歩いていてこの場所にたどり着いた。その記憶はあるのだが、撮影場所が思い出せない。ネガは二枚だけ残っている。おそらくは小泊、あるいは十三かもしれないのだが前者としておく。これといった被写体もなく所在なげに歩いていたところ、突然海の方から雪が襲ってきた。これは堪らんと引き返そうとしたところ、荒れ狂う海の手前の廃船に雪が白くかかりいい感じになっていた。 画像をクリックすると拡大...

  4. 津軽の冬 四十八景 - 時化る海・磯松 - ギャラリー同仁斎

    津軽の冬 四十八景 - 時化る海・磯松

    画像をクリックすると拡大できます歩いている者など ほとんどいない集落、一人のご婦人が海辺で作業をしていた。 流れ着いた海藻を採っているのであろうか。バケツらしき物を手に持ち、海に向っている姿が印象に残っている。あたりには漁師の作業小屋だったと思しき廃屋がポツリポツリ残っていた。 海鳴り砂防林に囲まれてポツンと小屋が一軒、その向こうには荒れる日本海が見えた。

  5. サクラの国 地震の国 - 日本列島 - ギャラリー同仁斎

    サクラの国 地震の国 - 日本列島

    菊の国、櫻の国、地震の国、火山の国。日本という国は、誠に美しい国でもあるが、また誠に恐ろしい国でもある。しかし諸君、いかにそれが恐ろしくあろうとも、我々は必ず地震に耐えることを学び、火山を愛することを知らねばならぬ。菊と櫻ばかりで人生の春秋が過されるものではない。…堺 利彦『櫻の国 地震の国』昭和三年刊我々日本人の祖先は、何故この土地に住むことを選んだのであろうか。画像をクリックすると拡大で...

  6. 津軽の冬 四十八景 - 吹雪の中をゆく - ギャラリー同仁斎

    津軽の冬 四十八景 - 吹雪の中をゆく

    地吹雪の中では傘など役に立たない。

  7. 津軽の冬 四十八景 - 地吹雪・中泊の風 - ギャラリー同仁斎

    津軽の冬 四十八景 - 地吹雪・中泊の風

    画像をクリックすると拡大できます吹き荒ぶ地吹雪の「声」が聞える!木の葉が飛ぶ、樹上から雪の塊が襲ってくる!指先が凍りつくようだ!フィルムを巻き上げると、千切れる音がした。

  8. 津軽の冬 四十八景 - 地吹雪・中泊 - ギャラリー同仁斎

    津軽の冬 四十八景 - 地吹雪・中泊

    画像をクリックすると拡大できます通りすがりの者には美しいとさえ思える地吹雪。この土地に住む者にとっては、雪と日本海を越えて渡ってくる強い風は招かざる客であろう。この日、積雪量は少なかったが強い風には心底参った。中泊町を起点に金木町へ向かう道すがら撮影した記憶がある。

  9. 津軽の冬 四十八景-隠れ里・下前 - ギャラリー同仁斎

    津軽の冬 四十八景-隠れ里・下前

    隠れ里「二十ばかりの家が崖や谷間に重なるようにたてられている。ここの生業は夏蚕を飼うための桑をとってあるいたり、粟畑つくりや柴とりに精をだしたり、また磯辺にでて魚釣りの仕事は、だれでも子供のときから見習ってしているという。」…『菅江真澄遊覧記』江戸時代の紀行作家・本草学者・医師でもあった菅江真澄は小泊から十三湖へ向う途中、峠道を逸れて山中に入る里の人にどこへ行くのか尋ね、その後に付いて行った...

  10. 津軽の冬 四十八景-大雪原の小さな集落 - ギャラリー同仁斎

    津軽の冬 四十八景-大雪原の小さな集落

    雪に埋もれた家々どこで撮影したものであろうか。津軽半島のほぼ中央部、金木町近辺であることには間違いない。地吹雪の去った翌日に撮影したものである。津軽の地吹雪を撮りたくて、はるばる東京から夜行列車に乗り通った津軽平野。二シーズン通ったが、初めての冬は暖冬のせいかさっぱり雪が積らなかった。二度目の冬にようやく雪らしい雪に出会った。

  11. 津軽海峡冬景色 - 袰月(ほろづき) - ギャラリー同仁斎

    津軽海峡冬景色 - 袰月(ほろづき)

    陽のあたらない村袰月へは、津軽半島最北端の駅、三厩(みんまや)から海沿いの雪道を二時間は歩いたであろうか。集落は北に津軽海峡、道路をはさんで南側には山肌にへばり付くように家が建ち並んでいた。高木恭造氏の方言詩集『まるめろ』で読んだとおり日当たりは悪そうな集落であった。よりによって何故このような土地に住むことを選んだのであろうか。もともとここにはアイヌの人々が住んでおり、ホロヅキという地名はア...

  12. 津軽海峡冬景色 - 竜飛崎 - ギャラリー同仁斎

    津軽海峡冬景色 - 竜飛崎

    太宰の描いた竜飛崎"ここは本州の極地である。この部落を過ぎて路はない。あとは海にころげ落ちるばかりだ。路が全く絶えているのである。ここは、本州の袋小路だ。読者も銘記せよ。諸君が北に向って歩いている時、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の...

  13. 津軽海峡冬景色 - 小泊岬 - ギャラリー同仁斎

    津軽海峡冬景色 - 小泊岬

    上野発の夜行列車 おりた時から青森駅は雪の中……ごらんあれが竜飛岬北のはずれと……ああ津軽海峡冬景色ああ 津軽海峡冬景色 と歌いところであるが、そんな歌など生まれてもいなかった昭和40年代の中頃、わたしは一人で津軽海峡目指して旅立った。向ったところは小泊。そんな地名をほとんどの方は知らないであろう。太宰治の『津軽』を読んだ方なら、「ああ あそこか!」と思い出すかもしれない。幕末には、吉田松...

  14. 小説『津軽』の太宰治の鯛を調理した人が判明!? - 遠い空の向こうへ

    小説『津軽』の太宰治の鯛を調理した人が判明!?

    太宰治の新たな情報が入った。なんでも小説『津軽』で太宰が自分で購入した鯛を宿で調理してもらった人が判明したのだという。というのも、『津軽』を読んだ人なら分かるが、太宰は故郷・津軽についての小説を書くためにN君、Mさんと一緒に歩いてまわっていた。途中、リヤカーにいっぱい積まれた魚を見て、二尺くらいある鯛を一円七十銭で、つい買ってしまった。つまらんものを買ったねえとN君たちに軽蔑されながらも歩き...

  15. 年の瀬の神様 - Edo-CoCo

    年の瀬の神様

    あっという間に年の瀬も近くなり、大掃除も何とかしなくちゃ・・・と思うこの時期。わが故郷・青森県の津軽地方では、おせち料理よりも、大晦日の「お年越し」のほうが大事な行事で、お年越し(大晦日)の夕方4時頃には、お膳が次々運ばれ、いつもの茶の間ではなく、座敷にお膳を並べます。 もちろんそれまでに、おせち料理を全部お重につめ終わり、 年越し蕎麦の準備も万端にします。 お膳を並べ終えると、女衆(おなご...

  16. 津軽の音と匂い映画「津軽のカマリ」 - 梟通信~ホンの戯言

    津軽の音と匂い映画「津軽のカマリ」

    カラカラっと缶の音に目が覚めると、イケネ、7時15分、雨の朝とはいえ寝坊をしてしまった。よく寝てる僕を起こさないようにとカミさんが資源ゴミを捨てに行ったのだ、すまん。朝のFM「音楽遊覧飛行」は、子供の歌うクリスマスソング。せんじつスタバで聴いていやになった、大人のひねくった歌い方じゃないから、懐かしく聴けた。そのあとの、せんげつ76歳で亡くなったアレサフランクリン特集もよい。雨の朝、ぜいたく...

  17. 光る海 - ギャラリー同仁斎

    光る海

    投稿した一連の津軽半島の写真は、すべて半世紀ほど前に撮影したものです。人に関心をよせ撮影に向ったのですが、いまディスプレイで全てのネガを見直して見ると、興味のなかったはずの風景、民家の写真がたくさんあって実に不思議な気がします。潜在意識のなかの嗜好が表れたのでしょうか。津軽半島・下北半島の写真は、十代後半から二年余り、都合11回の撮影行での写真です。以降一度も訪ねたことはありません。これから...

  18. 光る波 - ギャラリー同仁斎

    光る波

  19. 隠れ里 下前 - ギャラリー同仁斎

    隠れ里 下前

    写真をクリックすると画像が大きくなります「二十ばかりの家が崖や谷間に重なるようにたてられている。ここの生業は夏蚕を飼うための桑をとってあるいたり、粟畑つくりや柴とりに精をだしたり、また磯辺にでて魚釣りの仕事は、だれでも子供のときから見習ってしているという。」当時の私は、真澄が下前に来ていたとは知らなかった。岬に行こうとして、どこまでも歩いていたら行き止まりの集落が下前であった。その集落が江戸...

  20. 波の彼方 - ギャラリー同仁斎

    波の彼方

    ・江戸時代、権現岬には下前という隠れ里があったという。半世紀前、その集落へ立入った。「二十ばかりの家が崖や谷間に重なるようにたてられている。」真澄の書いているとおりだった。

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