深浦町のタグまとめ

深浦町」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには深浦町に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「深浦町」タグの記事(8)

  1. 停滞日のキロク~千畳敷~ - 山猫を探す人Ⅱ

    停滞日のキロク~千畳敷~

    8月の終わりの青森県日本海側は高曇り時々陽光の天気でした。気温は24℃くらいでしたが、湿気が強く、うっすら額に汗が・・・生まれてこのかた・・・・この名所を通過したこと、クルマで1回、鉄で2回この観光名所を真剣に取材したのは初めてです。(このが何気に多いw)ふぁーすとしょっとはライオンのような犬のようなアザラシのような岩wタイトルでネタバレですが、ここは・・・・・千畳敷です。かつて津軽の殿様が...

  2. 十二湖散策(深浦町)*2018.05.26 - 津軽ジェンヌのcafe日記

    十二湖散策(深浦町)*2018.05.26

    青い池に癒されるために、ドライぶーん(((っ・ω・)っ弘前から車で2時間半くらい。深浦町の十二湖へ。森の物産館キョロロの有料駐車場利用。駐車場のおじさんが、1組1組に地図を渡して散策の案内をしていて親切◎ここから車の立ち入り禁止。十二湖には、‶33”の湖沼があるのだとか。知ってた???「十二湖だけど12湖じゃないんです」。大崩という山から見ると33湖のうちの12湖見えるという、名前の由来((...

  3. ふかうら雪人参ビーフシチューおまかせパスタセット:食事処セイリング(深浦町) - 津軽ジェンヌのcafe日記

    ふかうら雪人参ビーフシチューおまかせパスタセット:食事...

    ここ、ここ。念願叶った(*゚∀゚ノノ゙☆何年も前から「行ってみたーい」と思っていた、ご飯屋さん。深浦町役場そばの「食事処セイリング」。ひなちゃんさんのブログでよく見てたの。ちょっと遅いお昼ご飯。menuブックの、手書きの字。味があって好きな雰囲気(ノω`*)注文するものは、数年前から既に決めていました。←怖wふかうら雪人参ビーフシチューのおまかせパスタセット1,500円パスタは、野菜たっぷり...

  4. 太宰治と深浦町№8一家団欒の海辺 - 遠い空の向こうへ

    太宰治と深浦町№8一家団欒の海辺

    深浦の秋田屋旅館に泊まった翌日の昭和20年7月31日、太宰一家は駅の発車時間まで間があったので、海での団欒を楽しんだ。その時のことが『回想の太宰治』に書かれている。『翌日は、晴天で、窓をあけてみると空地に網や漁具が干してあって、漁港に泊ったことを実感した。宿に頼んでワカメを土産用に買って駅に向かった。…(中略)…夕方までに金木へ着けばよいので、のんびりした気持で駅で発車の時間をたしかめてから...

  5. 太宰治と深浦町№7兄たちの勢力を思い知る… - 遠い空の向こうへ

    太宰治と深浦町№7兄たちの勢力を思い知る…

    太宰は料亭二葉で一人さみしくお酒を飲み、ふたたび秋田屋旅館へ帰ってきた。そして、翌日、朝食を食べていたら主人がお銚子を持ってきて、あなたは津島さんでしょう、と言った。宿帳には筆名の太宰を書いていたはずなのだが、『「そうでしょう。どうも似ていると思った。私はあなたの英治兄さんとは中学校の同期生でね、太宰と宿帳にお書きになったからわかりませんでしたが、どうも、あんまりよく似ているので」「でも、あ...

  6. 太宰治と深浦町№6料亭二葉跡 - 遠い空の向こうへ

    太宰治と深浦町№6料亭二葉跡

    秋田屋旅館にてすぐにお膳が運ばれてきたことに救われた太宰であったが、どうやらお酒はもうないとのことであった。そこで太宰はお膳を持ってきた若い娘さんに、他にお酒を飲める場所はないかと尋ね、ございますという返事に安堵し、その料亭へそそくさと足を運ぶのであった。『ほっとして、その飲ませる家はどこだ、と聞いて、その家を教わり、行って見ると、意外に小奇麗な料亭であった。二階の十畳くらいの、海の見える部...

  7. 太宰治と深浦町№4家族への葉書を求めに郵便局へ - 遠い空の向こうへ

    太宰治と深浦町№4家族への葉書を求めに郵便局へ

    太宰治は深浦の円覚寺におまいりし、深浦を引きあげようかと悩んだ。東京へ残した妻子のことなどを、ふっと思い出してしまったのだ。『私は立ち上って町の郵便局へ行き、葉書を一枚買って、東京の留守宅へ短いたよりを認めた。子供は百日咳をやっているのである。そうして、その母は、二番目の子供を近く生むのである。』太宰の子煩悩な一面がうかがえる。太宰がこの日、木造から深浦へと訪れたのは昭和19年5月25日のこ...

  8. 太宰治と深浦町№2当時人口5千人、そして現在は… - 遠い空の向こうへ

    太宰治と深浦町№2当時人口5千人、そして現在は…

    『深浦町は、現在人口五千人くらい、旧津軽領西海岸の港である。江戸時代、青森、鯵ヶ沢、十三などと共に四浦の町奉行の置かれたところで、津軽藩の最も重要な港の一つであった。』太宰が訪れた当時は人口約5千人ほどであったが、少し深浦の人口について調べて見ると、1955年(昭和30年7月29日)大戸瀬村と合併し、1970年には人口が1万8千人を超えた。しかし、過疎化や少子高齢化が進み、1980年は1万5...

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