真俗二諦のタグまとめ

真俗二諦」のタグがついている新着記事と人気記事をまとめました。エキサイトブログには真俗二諦に関連するブログ(日記、記録、写真、レビュー、噂、まとめ)がたくさん投稿されています。

「真俗二諦」タグの記事(6)

  1. 「戦争と本願寺⑧」 - 「親鸞さんと生きる」

    「戦争と本願寺⑧」

    ■■■第5章「(補足2)本願寺の歴史」★5-25「戦争と本願寺⑧」 ■「苦渋の選択」だったのか? ●「宗門の過去をふりかえりますと、あるいは時代の常識に疑問を抱かなかったことによる対応、あるいは宗門を存続させるための苦渋の選択としての対応など、ご法義に順っていないと思える対応もなされてきました。このような過去に学び、時代の常識を無批判に受け入れることがないよう、また苦渋の選択が必要になる社会...

  2. 戦争と本願寺⑤ - 「親鸞さんと生きる」

    戦争と本願寺⑤

    ■■■第5章「(補足2)本願寺の歴史」★5-22「戦争と本願寺⑤」 ■本願寺教団の戦後責任 戦後責任という言葉があります。戦争行為を行った人間に対して戦争責任が問われることと同様に、戦後を生きる人間に対しては戦後を生きる人間としての責任が問われると言うのです。自らの戦後責任が明確に問われてこないということは、戦争という人類最大の罪に対する認識が不十分なままであるということです。それはすなわち...

  3. 「戦争と本願寺④」 - 「親鸞さんと生きる」

    「戦争と本願寺④」

    ■■■第5章「(補足2)本願寺の歴史」★5-21「戦争と本願寺④」 ■敗戦をまたいで何が変わったのか 大日本帝国は戦争に負けました。この国にとってそれは、明治維新に続いてのとても大きな転換点でした。帝国主義国家としてのあり方を清算しようとする空気が、それなりにあったはずです。しかしながらこの国のアンデンティティとしての神道、および祭政一致という思想性は、そう簡単に壊れるものではありませんでし...

  4. 「戦争と本願寺②」 - 「親鸞さんと生きる」

    「戦争と本願寺②」

    ■■■第5章「(補足2)本願寺の歴史」★5-19「戦争と本願寺②」 ■「驕敵撃滅ニ突進スベキ」 戦時中に出された勝如の消息の最後は、敗戦の年になった1945(S20)年5月21日付けのものです。奇しくも降誕会のこの日に出された次の消息は、敗戦を目の前にした悲壮感から言葉が激情しているのが分ります。 ●「戦局愈々重大にして皇国今や存亡の関頭に立てり。一宗挙げて国恩に報ゆるのとき今日を措いてまた...

  5. 「『妙好人』というモデル門徒②」 - 「親鸞さんと生きる」

    「『妙好人』というモデル門徒②」

    ■■■第5章「(補足2)本願寺の歴史」★5-17「『妙好人』というモデル門徒②」 ■浅原才市 鈴木大拙が『日本的霊性』で取り上げたもう一人の人物は、浅原才市(あさはらさいち)です。石見の国(今の島根県)の人で、昭和8年に83歳で亡くなったそうですから、1850年ころの生まれでしょうか。「妙好人」の筆頭とも言うべき人で、法話の題材としてもさまざまに取り上げられてきた人です。下駄職人で、かんな屑...

  6. 「明治維新と本願寺」 - 「親鸞さんと生きる」

    「明治維新と本願寺」

    ■■■第5章「(補足2)本願寺の歴史」★5-15「明治維新と本願寺」 ■王法の変化と、変わらぬ「仏法」 長い徳川幕藩体制が崩壊し、再び天皇を中心にした政治体制に変わりました。それは議会制を持った近代国家としてのスタートでしたが、その精神的基盤として利用されたのが、この国の古代からの民族宗教であった神道であったことは、第4章で詳しくお話しました。明治維新政府の発足と同時に、無理やり強引に推し進...

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